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2006年4月21日 (金)

日本の都市計画を市民の手に

 一昨年以来、小田原のまちづくりにかかわる運動に加わってきましたが、たびたび心底不可解な仕組みにぶつかりました。私自身、若いころ1960年代「都市計画行政」に多少なりともかかわった経験を持っていますが、いくら何でもそれはないよという場面に遭遇させられました。一体、何が今日の都市計画行政の荒廃を生んだのか、誰が仕組んだのか、そんなやりきれない思いを膨らませていました。
 そんな中、先日「自治体研究社」という出版社の在庫棚で、一冊の本を発見しました。石田頼房著「日本近現代都市計画の展開 1868-2003」という労作です。すぐに買い求めたのは、著者の石田さんは、私が役人になってすぐ長期研修で派遣された当時(多分1960年)、都立大学の助手をなさっていて、難し気な原書の講読などの指導をしてもらった記憶があったからです。1965年に役所を辞めて以来、都市計画とはすっかり離れていましたが、この著作を読み進むに従って、まさに蒙を啓くがごとくに様々な疑念が解けてきました。
 腰を据えて都市計画史を学ぶ機会に出会ったこと、その幸運に感謝です。著者は日本の都市計画を九つの時期区分で示しています。明治新政府の「欧風化都市改造期」から始まり、第9期「住民主体・地方分権の都市計画に向けて」までを記述していられます。第8期「反都市計画・バブル経済期」に、今日の混乱の犯人を見いだすことができます。きわめて固い専門書ですが、平易な記述ですので、風通しの悪い私の頭にもがんがん入ってきます。
 1982年以降の浮沈空母首相時代から、加速的に都市が捨てられ、食い物にされていった姿が見えてきます。確かに土建産業は日本戦後経済の牽引力にはなったのでしょうが、ここまで身勝手に肥大化させなければならなかったのでしょうか。昨今のマンション悲劇を用意した時代だったのでしょう。ここでも歴史責任を明らかにすることの大切さを痛感させられます。
 日本の都市計画を市民の手に取り戻すために、みなさまにも、ぜひこの貴重な著作にふれていただきたいと思い、慌ただしいなかですがご紹介いたします。
 (石田頼房著「日本近現代都市計画の展開 1868-2003」 自治体研究社 2004.4.20. 第1刷 4,000円)この写真を見る

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コメント

都市と言うのは不思議な物だと思います。
何故こうしたものが出来上がってゆくのだろう。
多分、増殖するように、自ら方向を定めず、広がってゆく。
そして、必ず、衰退崩壊する。
学生の頃読んだ、「都市崩壊の論理」を思い出しました。

くらしのレベルから、こんな場所に住みたいというのは在る。これを計画的に配置してゆく。計画は視点持ちようで、自然増殖する方向が変わる。というような事なのでしょうか。

投稿: 笹村 出 | 2006年4月25日 (火) 06時00分

日本のような若い風土でも、「そして、必ず、衰退崩壊する。」まさにそのプロセスの中で生きているのですね。日々都市経済の渦中にとらえられて、流されたり流れに逆らったりしつつも、やはり都市から離れられないそんな疲れをいささか感じています。

投稿: 松本 茂 | 2006年4月25日 (火) 19時31分

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