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2007年10月29日 (月)

国民防衛隊事件

 少し変った話題です。「国民防衛隊事件」というのをご存知でしょうか。朝鮮戦争中の大韓民国の疑獄事件です。
 私たちの現代日本社会は、朝鮮戦争によってその枠組みをつくったと言っても良いものです。敗戦後まもなくの半島での戦争、1950年6月25日に始まり、1951年7月10日開城にて休戦会談開始、1951年10月25日会談場を板門店に移す、1953年7月27日休戦協定調印、いまだに休戦(戦闘の一時休止)のまま推移しているのです。日本では、1947年5月3日新憲法施行、1950年8月警察予備隊(自衛隊の前身)発足、1951年9月8日対日平和条約調印、1952年5月1日血のメーデー事件と言った時代です。
 国民防衛隊は、韓国正規軍のほかに、大韓青年団の若者たちを中心に50万人を動員した準軍隊組織として、1950年12月に発足しています。トップは大韓青年団長の金潤根を陸軍准将として司令官に任命しました。急に現金を手にした青年団役員たちは、貧窮の国民をよそに27億ウォンを贅沢三昧の飲食遊興に費消して、防衛隊員たちを放置して、死者まで出したという事件です。国民の怨嗟、国会での追求などをかわすべく、司令官以下11人を軍法会議にかけ、1951年7月19日、5人を告訴棄却、1人が無罪、司令官、副司令官、財務室長、調達課長、補給課長の5人が死刑の判決、8月13日銃殺刑の執行をしました。
 青年団の役員が、急に軍の高官にさせられ、気がついたら死刑になっていたという、国家の勝手のような事件です。
 防衛省元次官の「証言」を聞きながら、急に思い出しました。児島襄さんの「朝鮮戦争」(1977年刊)に詳しく記述されています。

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コメント

>私たちの現代日本社会は、朝鮮戦争によってその枠組みをつくったと言っても良いものです

 一過性の特需の恩恵を受けたかもしれないが、その実、朝鮮人同士の内戦が、日本における連合国軍の進駐部隊の長期駐留の原因を作ったことに、もっと怒るべきではないか。
 
 

投稿: 湯快 | 2007年11月 1日 (木) 09時06分

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