« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »

2008年1月

2008年1月28日 (月)

小田原市の情報公開(2)

 1月25日にあまりにひどい情報秘匿の「公開]のことを記事にしましたが、その翌日、一昨年12月に行った公開請求の「公文書不存在決定に対する異議申立ての答申の写し」の送達を受けました。
[審査会の結論]異議申立人の公文書公開請求に対し、小田原市長が行った公文書不存在決定処分は妥当である。
[審議等の経過]として、異議申立人の口頭意見陳述が1回、実施機関の口頭意見陳述が4回、事案の審議が2回、答申案の検討が6回、昨年12月27日の審査会で答申案が決定して、本年1月24日に市長に答申したとされています。これらの審査会はすべて非公開ですから、審議,検討については伺い知ることは出来ませんが、この審査会はかなり多忙のように見えます。
[審査会の判断]では、「用済みとなったため廃棄したとのことである」などとされていますが、さすがに次のような附帯意見がついております。全文転記します。
[附帯意見]
 小田原市では、平成15年4月に情報公開条例が施行され、4年が経過した。この条例には、「市民の知る権利」と「市の説明責任」が明記されている。また、同条例第27条には、実施機関は、情報公開の総合的な推進に努めなければならないと規定されている。
 情報公開制度の趣旨に従えば、文書による行政を推進し、行政過程を記録化することが重要になる。情報が記録化されず、文書等が適正に管理されなければ、公開すべき文書が存在しないことになり、情報公開制度が有効に機能しなくなるからである。
 しかし、本件でその一端がみられるように、本市の文書管理規程その他文書管理体制には、旧来のまま整備されず、情報公開制度の趣旨に必ずしも適応していない部分が見られる。このような実情を踏まえ、実施機関においては、文書管理規程の整備、その他、文書による行政を推進し、今後、本状例の趣旨がより一層浸透し、市の説明責任が全うされ、市民の知る権利に十分応えられるよう努力することを要望する。
 審査会は、会長が「元小田原市収入役」、職務代理者が「弁護士」、委員が「法科大学院教授」「法学部教授」、この4人の方です。収入役は特別公務員とは言え、このような審査会の会長に適切なんでしょうか。情報公開が、公正な行政執行の絶対条件です。行政情報の秘匿は、行政の「偽装」につながります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月25日 (金)

小田原市の競輪事業(3)

 2004年の市長選挙で、現市長小澤良明氏は「平成19年度までに競輪事業の廃止を視野に入れた検討を行う」趣旨のマニフェストを公表されました。ギリギリになってしまいましたが、平成19年4月1日に検討委員会設置の要綱を定め、8月20日に第1回、10月17日に第2回、11月14日に第3回、そして平成20年の今週1月23日に第4回委員会が開かれました。
 記憶にある主な委員意見 (商工会委員)2億の繰出し金が無くなると市民一人千円の増税、繰出し金貢献のアピールが要る。(UFJ委員)賃金の見直しなど経費削減でスリム化、経営努力、合理化を。(交通安全委員)安全要員の配置、子ども自転車競技の支援を。(公募委員)廃止したら賭博が地下に潜る、高齢者の大切な交流場所、賭博は人生の潤滑油、競艇から学べ、若者女性を開拓せよ。(足柄地域委員)赤字はダメ。赤字になるまでは頑張って継続。(自治会委員)皆さんの意見と同じ、収入確保が第一。(委員長)行政経営室の意見整理が良くできている。次回2月4日15時の第5回委員会で報告をまとて市長宛諮問する。
 早々と意見集約が済みましたが、最後に自治会委員から「防災」が話題に出され、開催中の被災時には競輪客を外部に出さず、アリーナ内に待機させて欲しいという自治会希望があるが?(所管課長)それは無理。市の防災計画では、滞留客は小田原高校に収容となっているが、そう上手くはいかないで周辺にあふれてしまうだろう。近隣の防災会議でいじめられているが、開催中に地震が来ないことを願っているだけ。
 この委員会の目的は何なんでしょうか。競輪事業の不採算は構造的なもので、事業課の努力が足らないとか、経営努力で解決するとか言ったレベルではないのですよ。小田原のまちづくり全体を俯瞰して競輪事業の処理を考えるためではなかったのですか。この施設は都市計画公園の中にあるのですよ。
 「小田原には公営賭博がよく似合う」などと言われたくありません。次回の最終第5回委員会は、2月4日(月)午後3時からです。
 この委員会には報道関係の傍聴がたいへん目立ちました。翌日の神奈川新聞の記事です。
以前の記事 小田原市の競輪事業(1)2007.12.7. 小田原市の競輪事業(2)2008.1.6.

| | コメント (2) | トラックバック (0)

小田原市の情報公開(1)

 小田原市にも平成11年から「情報公開条例」平成14年からは「小田原市情報公開条例」というものがあり、「--実施機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって市の諸活動を市民に説明する責務が全うされるようにするとともに、市民と情報を共有し、市政への市民参加を促進することで、市民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な市政を推進することを目的とする。」とされています。
 さまざまな批判に曝され、市民から不信の目で見られている二つの事業について、これまで大量の公開請求をしてきました。しかし、この2つの事業だけは業務の開示を避けたいのか、かたくなに情報公開を避けようとしております。
 2006年12月22日に請求した「城下町ホール設計者選定委員長藤森照信氏との協議の記録文書」については、2007年1月12日に「不存在」とされました。1月24日に異議申立てをいたし、2月9日の小田原市長の理由説明書に対して、2月19日に「意見書」を提出し、2月26日には情報公開審査会において「口頭陳述」しました。未だ「異議申立てに対する決定の送達」は受けておりません。この整備事業の不幸な状況は、藤森委員会の設計案選択から始まっています。どのような経緯で藤森選択が出たのかを明らかにすることは基本的な課題です。藤森委員長からの説明要求は拒否されています。
 2007年5月2日に請求した「城下町ホール施設建設工事費57億円の算定根拠を示す文書」については、「一部公開」として項目すべて黒塗りの合計額57億円を示すだけの「要請額」なる文書を公開しました。5月28日に異議申立てをいたし、6月26日の小田原市長の理由説明書に対して、7月12日に「意見書」を提出し、12月4日には情報公開審査会において「口頭陳述」しました。未だ「異議申立てに対する決定の送達」は受けておりません。この城下町ホールは、HPシェル構造の曲面壁を主要な構造壁に採用し、「非日常的」「記念碑的」な空間を造りだすという設計で、ホールという高機能の建築物として、コスト配分が適性であるかについては、大きな疑問があります。コスト配分を示す文書を秘匿することは極めて不当です。
 本年に入り1月7日に「城下町ホール施設建設についての神奈川県企業庁との打合せの議事録」を公開請求しました。1月22日になり22回の打合せの「議事録」が公開されました。請求者を唖然とさせる議事録でした。22枚の「議事録」すべてがこのスタイルですが、昨年10月11日付けの「議事録」を紹介します。この整備事業は、小田原市の設計図書作成、神奈川県企業庁の工事実施及びその管理、工事完了後に売買で小田原市が取得するという、官官PIF?のような珍しい手法です。財政逼迫の回避策でしょうか。建設工事というのは、その工程中に施設機能についての使用者要求がなされ、さまざまな見直しが行われるのが通例です。今回の手法は、建築主が神奈川県であり、使用者である小田原市がその工事実施管理にどのようにかかわっていくのか、その仕組みを明らかにすること、協議の中身を公開することは必須のことです。小田原市は、公共団体です。私企業ではありません。行政執行者は、どうして自らの行政執行を秘匿しなければならないのでしょうか。なぜ知らせたくないのでしょうか。暗澹たる気持ちにさせられます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月21日 (月)

都市型居住・マンション50年

 古代ローマ市の庶民居住の形態として、インスラという立体積重ね型の共同住宅がありました。最盛期には人口100万とさえ言われた大都会では、当然の居住手法とされたのでしょう。私たちの国では、1945年の敗戦時には、420万戸の住居不足を来たし、応急的な公共住宅として立体積重ね型の共同住宅の供給が始まりました。都道府県、市町村、公団、公社など精一杯の施策を進めました。公共住宅はすべて当然のごとく「賃貸」住居でしたが、1953年には東京都が「分譲」タイプの宮益坂都営アパート(東京渋谷)、1956年には日本信販の四谷コーポラス(東京四谷)が誕生し、その後は団地住宅とは違うステータスを感じさせるためか「マンション」とネーミングしたものが現れ出しました。話題になったのが1964年のリキマンション(東京赤坂)、これ以後分譲共同住宅を「マンション」と呼ぶようになったのです。これらの初期「マンション」はいまだすべて現存しています。(リキマンションの64㎡の住戸が月額30万円で賃貸に出ています)
 この分譲を支える区分所有というややあやふやな概念を法制化した最初の法律が、1962年の「建物の区分所有に関する法律」です。この法律によって、住宅デベロッパーにとってはたいへん重宝な仕組みが誕生したので、大都市圏のみであったこの「マンション」は、拡大を重ね、建設産業の大きな部分を占めるまでに成長しました。
 この新種住宅は、さまざまな問題を投げかけ続けています。一つは「地域環境」「景観」などの問題、もうひとつは、「住居管理」の問題です。前者はいわゆるマンション紛争として、住民運動の最大のものとなっております。我が小田原でも、各地で激しい反発を招いております。この混乱は、容積率と高さ制限の驚くべき「規制緩和」によってもたらされたものです。ゾーニングの混乱や住居系地域の高さ制限撤廃などは、何とも取り返しのつかない地域破壊をもたらしました。
 もう一つの「住居管理」については、区分所有法の1983年、2002年の大改正、そしてこの改正に歩を揃えて生まれた「マンション管理の適正化の推進に関する法律」「マンションの建替えの円滑化等に関する法律」によって、施設維持あるいは建て替えなどの法整備は進みましたが、やはり供給者側の論理が先行しているように思えます。共同居住、住居自治など、居住にかかわる仕組みについては、大きな問題が積み残されています。マンション管理については、市町村行政の厄介な負荷になってくる恐れがあります。施設の老朽化、それにともなう居住者の高齢化は、地域環境、住民福祉の両面で解決を迫られることになりそうです。今後の大きな行政課題だと考えます。
 マンションの研究団体、日本マンション学会が「マンション50年を振り返る」という特集誌を出しています。この中で、山本育三関東学院大教授と丸山英気中央大学法科大学院教授の報告は、問題を整理した良い論文です。ご関心ある方には、ご案内できます。お申し越しください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月14日 (月)

7516年おめでとうございます

 本年は、2008年そして平成20年となりました。平成20年は平成天皇の即位を元年として表記しています。2008年はキリスト生誕を元年として定めたものです。世界には、いろいろな年号表記が行われていますが、キリスト暦が主流です。日本ではついこの間まで、皇紀暦(神武天皇の即位)が強制されていました。今年は紀元2668年です。お隣朝鮮半島でもついこの間まで、檀君紀元が存在しました。今年は、紀元4341年。タイ、カンボジアでは仏滅紀元2551年、インドにはヒンドゥー暦------。
 最も古い記年法、オーソドックスの世界で使われていた「天地創造暦」ですと、今年は紀元7516年だそうです。システィナ礼拝堂の天地創造の天井画「光と闇の創造」、これが天地の始まりなんでしょうか。これで表記する限り、BC753年などという不便な表記は古代史の世界では発生しないですね。(画像は小学館世界美術大全集から)
 天皇の国土平定とかキリストの誕生、釈尊の寂滅などという人間世界の完了後に紀元をおくと、それ以前の記年に些か不便があります。元号表記はスパンが短くて、小さな数字で表されますが、ぶつぶつ切れで歴史がつながりません。昭和のことなども「忘却」処理には便利ですが、今年30年のローンを組むと、平成50年までの、返済期限になります。平成天皇には104歳までの長寿を願うわけです。昭和59年に他界した私の父親は明治24年生まれ、昭和20年に戦死した長兄は大正9年生まれ、何歳で死んだのか、今生きていれば何歳かなど厄介な計算を要します。昭和54年6月6日、元号法成立、同月12日公布・即日施行。何年前のことでしょうか、お役所のお仕事はすべて元号表記です。厄介だから昭和のことも大正のことも忘れましょうというわけではないですよね。
 私のMacには元号と西暦を換算してくれる便利な「ウィジェット」がついていますが、暗算法が「ウィキペディア」に載っています。1867年 = 「明治 0年」、1911年 = 「大正 0年」、1925年 = 「昭和 0年」、1988年 = 「平成 0年」と覚えるのだそうです。日常的にこの作業をして、加減算に上達することになるのでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 6日 (日)

小田原市の競輪事業(2)

 競輪事業検討委員会の第4回会議が、1月23日に開かれます。事業課の職員のみなさんは、一般会計への繰出し金を確保すべく、いろいろ工夫をなさっています。でも、この事業自身が賞味期限切れというのでしょうか、客離れは止められそうにありません。検討委員会の島和俊(しま かずとし 東海大学教授)委員長は、「競輪事業の将来のあり方の検討というと、いつ廃止するのか、どうしたらスムーズに廃止できるのか、といった議論に陥りがちだが、現在の黒字の状況下で特に大きな弊害がないことを考えると、どう経営していくのか、という議論があってもいいのではないかと思う。委員会として、経営改善に関して前向きな提案をしてもいいのではないかと思う。」という立場のようです。冨川正秀副委員長(小田原市自治会総連合会長)は、「学校などが集中している地域でもあるので、基本的には、競輪事業に採算が取れなくなったら廃止すべきだと思う。」と発言されています。
 委員長は、財政学、経済政策、経済理論の研究者とのことですが、経済と環境の共存ということにはあまりご関心がないようです。繰出し金2億3千万円のために、負わされている周辺環境の負荷がどのくらいのものなのか、お調べいただいたのでしょうか。
 ご承知のように、この地域は短大、高校、中学など教育施設が集中した文教地域です。小田原駅からの無料送迎バスが通行する国安道路は、都市計画事業が停滞したままのたいへん狭隘な道路です。ここを、バスと歩行者(競輪客、学生、近隣住民など)が、肩をすり寄せながら通行しています。競輪客は、かなりのゴミ投棄、排尿などで周辺住宅には被害を及ぼしています。
 「検討の材料」という資料では、「周辺住民対応」は「周辺道路の清掃美化][周辺道路の交通規制」[周辺地域(自治会や学校など)への助成金等」としています。この中で、文言通り実施されているものは、助成金です。私の属する自治会の予算書・決算書にも確かに「競輪場協力助成金」503,000円が組まれています。清掃美化、交通規制ともに、有名無実の実態です。
 二つの新聞報道がありました。少し大きな記事ですが、添付します。
昨年12月16日の朝日新聞 新年1月6日の神奈川新聞
 第4回の会議は「委員会の方向性を決めて、報告書の内容を構築していきたい」としております。ぜひ大勢の方の傍聴をお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 1日 (火)

2008年です

年頭のご挨拶
 2008年になりました。平成20年です。2007年、平成19年もそれなりに慌ただしく過ごしてきましたが、本年もいよいよでしょうか。グローバルにも、ローカルにも、忙しくなりそうです。年末仕事納めには、民事訴訟まで。
 このブログ、おかげさまにて、アクセス数64778になりました。お立ち寄りありがとうございました。今後もみなさまと情報などを共有して参りたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »