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2008年1月21日 (月)

都市型居住・マンション50年

 古代ローマ市の庶民居住の形態として、インスラという立体積重ね型の共同住宅がありました。最盛期には人口100万とさえ言われた大都会では、当然の居住手法とされたのでしょう。私たちの国では、1945年の敗戦時には、420万戸の住居不足を来たし、応急的な公共住宅として立体積重ね型の共同住宅の供給が始まりました。都道府県、市町村、公団、公社など精一杯の施策を進めました。公共住宅はすべて当然のごとく「賃貸」住居でしたが、1953年には東京都が「分譲」タイプの宮益坂都営アパート(東京渋谷)、1956年には日本信販の四谷コーポラス(東京四谷)が誕生し、その後は団地住宅とは違うステータスを感じさせるためか「マンション」とネーミングしたものが現れ出しました。話題になったのが1964年のリキマンション(東京赤坂)、これ以後分譲共同住宅を「マンション」と呼ぶようになったのです。これらの初期「マンション」はいまだすべて現存しています。(リキマンションの64㎡の住戸が月額30万円で賃貸に出ています)
 この分譲を支える区分所有というややあやふやな概念を法制化した最初の法律が、1962年の「建物の区分所有に関する法律」です。この法律によって、住宅デベロッパーにとってはたいへん重宝な仕組みが誕生したので、大都市圏のみであったこの「マンション」は、拡大を重ね、建設産業の大きな部分を占めるまでに成長しました。
 この新種住宅は、さまざまな問題を投げかけ続けています。一つは「地域環境」「景観」などの問題、もうひとつは、「住居管理」の問題です。前者はいわゆるマンション紛争として、住民運動の最大のものとなっております。我が小田原でも、各地で激しい反発を招いております。この混乱は、容積率と高さ制限の驚くべき「規制緩和」によってもたらされたものです。ゾーニングの混乱や住居系地域の高さ制限撤廃などは、何とも取り返しのつかない地域破壊をもたらしました。
 もう一つの「住居管理」については、区分所有法の1983年、2002年の大改正、そしてこの改正に歩を揃えて生まれた「マンション管理の適正化の推進に関する法律」「マンションの建替えの円滑化等に関する法律」によって、施設維持あるいは建て替えなどの法整備は進みましたが、やはり供給者側の論理が先行しているように思えます。共同居住、住居自治など、居住にかかわる仕組みについては、大きな問題が積み残されています。マンション管理については、市町村行政の厄介な負荷になってくる恐れがあります。施設の老朽化、それにともなう居住者の高齢化は、地域環境、住民福祉の両面で解決を迫られることになりそうです。今後の大きな行政課題だと考えます。
 マンションの研究団体、日本マンション学会が「マンション50年を振り返る」という特集誌を出しています。この中で、山本育三関東学院大教授と丸山英気中央大学法科大学院教授の報告は、問題を整理した良い論文です。ご関心ある方には、ご案内できます。お申し越しください。

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