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2008年2月 7日 (木)

小田原市の競輪事業(4)

 2月4日に「小田原市競輪事業検討委員会」の5回目最終回の会議が開かれました。当日は、どうしても外せない会議があり、傍聴できませんでしたが、2月5日の神奈川新聞朝日新聞が報じてくれましたので、結果を確認させていただきました。第1回の会議から委員長による「事業継続」の意向が強く出ており、どの委員も[廃止」の声を出す方は居られませんでしたので、この結果は、予測されたとおりと言えます。かつて48億円(1991年度)あった繰出し金は、2億3千万にまで落ち込んだが、まだ赤字ではないのだから、頑張って続けたっていいじゃないか。もっともっと若者や女性客を呼び込もうなんてのんきな意見もありました。競艇に学べという意見までありました。
 公営賭博という戦後復興の「公共事業」は、歳入確保のためには「背に腹は代えられない」として許容されて来たと思いますが、1円でも繰り入れがあれば継続なんでしょうか。この事業のために、ここ城山の文教環境は大きな負荷をかけられています。中学・高校の校舎に、競輪アリーナからさまざまな拡声器音が流れたり、歩道のない狭隘な道路に、競輪客と中高生それに競輪バスが混在して通行する、こんな恥ずかしい光景が連日続くのです。ゴミの散乱投棄はもとよりふしだらな排尿行為などもが日常的に行われているのです。市民の誇りである城址公園と短大・高校・中学などに囲まれた得難い美しい地域に、公営賭博場が今後も継続していくのは堪え難い思いです。公営賭博場の歳入確保役割は9年前に終ったのです。どうしてきちんと「検討」が出来ないのでしょうか。
 2004年の市長選挙で、「競輪事業は廃止も視野に入れた検討」という小澤市長マニフェストの結果がこう言うことだったのですね。彼は「平成20年はこの敷いたレールに新しい電車が『出発進行!』と走り始める年」と幹部職員にアドレスしたそうです(市報2月号)一体どこに走っていくのでしょう。「今後はソフト主体のまちづくり」だそうですが、何を意味しているのでしょうか。幹部職員はご理解なさったのでしょうか。「一生懸命考えて、未来への種まきをしてきました」とも言われています。
 敗戦まもなくから始まって60歳になったこの事業、とうとう「赤字になるまで」「自然死を迎えるまで」静かに待ちましょう。こんなことは彼のマニフェストからは感じられなかっただけに、惨憺たる思いです。今年の市長候補者、みなさんには競輪事業について、明確なマニフェストを出していただきたいですね。

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