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2008年3月 9日 (日)

敗戦の記憶

 これまでさまざまな戦争があり、その幾つかは同時代体験として記憶しております。敗戦で終結したアジア太平洋戦争、敗戦直後に隣国の戦争の兵站基地を経験した朝鮮戦争、この二つの戦争は私たち自身の手できちんと精算しておかなければならないと考えてきました。
 昨年末に出版された『敗戦の記憶』(中央公論新社)は、五十嵐惠邦さんという若い文化理論の研究者の書かれたものです。「敗戦」がこの国でどのように受け入れられ、傷つき、記憶に残され、あるいは忘却されて来たかを、清新な切り口で描き出してくれます。この国が未経験の敗戦、占領支配をすり抜けるように曖昧にやり過ごす醜態、それに堪えられない多くの犠牲者を生み、日本の文化に深い傷を負わせて来たか、忘れ去りたいような戦後史の局面を解析してくれます。
 敗戦後63年、いまだにこの国は敗戦の呪縛から抜け出せません。「鬼畜米英」と断定したこの国が、いまはその鬼畜に寄り添って生きていかねばならない、まさに立国の精神の大転換であるはずのものが、ずるずると変態したままのように思えます。敗戦を「飢餓と恥辱」の体験として受け入れた世代にとって、もういい加減にきちんとした精算をして欲しい、その場しのぎの国政と外交で恥をかくのは止めて欲しいと強く思いました。
 たいへん示唆の豊かな作品です。ご一読をお勧めいたします。

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