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2008年4月 2日 (水)

されどネーミング

 今朝の神奈川新聞県西面に「小田原に大型直売所]との見出しで5段記事がありました。以前から、さまざまな機会に「ファーマーズマーケットをぜひぜひ」と言い続けてきましたので、本当に嬉しいことです。14日の月曜日、開店早々に駆けつけようと思っています。パリやサンフランシスコ、ニューヨークなど、世界のどこでもこの朝市は町の暮らしに必須のものになっているのに、なんでわが国ではダメなのと思っておりました。記事によると100坪強の木造平屋建ての売り場があり、324の出荷者でスタートするとのことです。なにか、施設先行のような気もしますが92台の駐車場があるそうですので、ぜひ順調な運営で繁盛してもらいたいものです。
 でも、この話で以前から気になっていたこと、ネーミングです。「朝ドレファ〜ミ♪」って何なんでしょうか。このJAかながわ西湘農産物直売所のHPによると『「朝採れ」新鮮農産物、「ファーマーズ」農家、「ファミリー」家族、プラス「♪ドレミファ・・・」の音階をもじってリズミカルなイメージを出しています。農家の皆さんが丹精込めて育てた新鮮な農産物を家族みんなで揃って、楽しみに買いに来てくれる・・・そんなお店を目指したい。生産者と消費者をつなぐ懸け橋になりたいという願いを込めた名前です。』と説明されています。
 ご苦労して命名なさったのでしょうが、もう少し普通の名前に出来なかったのでしょうか。なにか政治的、地域的な配慮などがあったのでしょうか。何とも不思議な気がします。ネーミングが成功すればその事業の成功は半分以上保証される、と言われていますのでとても気になります。お店や会社などでも、うーんと首を傾げるネーミングに良くぶつかりますが、「世界にきらめく明日の1000年都市」などと言うのもナゾナゾのようで、不思議な気分にさせられます。
 ネーミングにもいろいろあります。まず、「日本国」。アメリカ合衆国とか朝鮮人民民主主義共和国とかフランス共和国とかリヒテンシュタイン公国とか、国名はなにか政体を示すのが普通のようで、わが国も新憲法以前は、大日本帝国と称していたはずです。帝国でも立憲君主国でもないしもちろん共和国でもないし、なんでもないから日本国なんでしょうか。カナダもカナダです。英連邦王国の一員ですが、カナダ王国では、実態と違うと言うことでしょうか。国名もネーミングは難しいですね。
 保守政治家の一部、「美しい国」派の方は、日中戦争とアジア太平洋戦争を「大東亜戦争」と言うのに拘られます。このネーミングは、12月8日の4日後に閣議決定して、「今次の対米英戦は、支那事変をも含め大東亜戦争と呼称す。大東亜戦争と呼称するは、大東亜新秩序建設を目的とする戦争なることを意味するものにして、戦争地域を主として大東亜のみに限定する意味にあらず」と発表された大日本帝国政府によるネーミングです。フィリピン、ベトナム、ラオス、ビルマ、カンボジア、満州国などと中華民国(汪兆銘政権)が、日本を盟主とした「大東亜共栄圏」を築くための戦争だったのです。雄図むなしく無惨な結果に終わりましたが、まだこの理想に燃える方々は、このネーミングを捨てきれないのでしょうか。
 もう一つ、時間のネーミングです。1979年(昭和54年)6月12日に公布・即日施行された元号法にはこうあります。「1 元号は、政令で定める。2 元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。」政令「内閣は、元号法(昭和五十四年法律第四十三号)第一項の規定に基づき、この政令を制定する。元号を平成に改める。」ということ。法定のネーミングです。元号は、明治以降天皇一代一元号になりましたが、神武以来数百の元号があります。それぞれ国学者が精神活動を総動員してネーミングしたものでしょう。美しいものも、あれっというものもあるやに思います。
 美しい、品性のあるネーミングがほしいですね。これも大きなまちづくり文化です。

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コメント

>「今次の対米英戦は、支那事変をも含め大東亜戦争と呼称す。大東亜戦争と呼称するは、大東亜新秩序建設を目的とする戦争なることを意味するものにして、戦争地域を主として大東亜のみに限定する意味にあらず」
 
>フィリピン、ベトナム、ラオス、ビルマ、カンボジア、

>満州国などと中華民国(汪兆銘政権)

 大東亜戦争開戦当時のアジアで、独立国は日本とタイ、そしてチベットくらいのもので、満州国は日本の保護国ですし、中華民国(蒋介石政権)とは既に戦闘状態に入ってます。アジアの亡命政権の駆け込み寺とでもいうような状況だったのでしょうか。

 サッカーのアジア大会で反日の嵐が吹き荒れた重慶。その重慶に、日本が空爆(内陸部で、大量の爆弾を積載できませんでした)を行ったのは、蒋介石政権を擁護する背後のアメリカ義勇軍(実際は正規軍ですが)・フライングタイガースを攻略するためで、既に日米戦が開始されていました。

 そういう意味で、日本としての作戦名「大東亜戦争」は正統性があります。

 大東亜戦争という名称を語る者が今でも大東亜共栄圏の実現を求めているかといえば、そんなことは絶対にありえません。

 かえって、近年はリベラルとか左派とかいわれる方々のほうが、日中韓朝の東アジア共同体という幻想にこだわっているように思えます。

 日本のように1国で完結する文明圏を構成する国は、ハンチントンの言うように多民族で共同体を構成せず、過去と現在とが共存できる唯一無二の存在として生存し続ける方向を追及するべきかと思います。

 ネーミングといえば、2市8町の広域合併構想。実現するとしても、そのネーミング。
 かなり難航するように思えます。

 熱心なご活躍にはあらためて敬服いたします。

 

投稿: 加藤哲男 | 2008年4月 4日 (金) 20時32分

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