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2008年7月

2008年7月27日 (日)

地域自治の土台が先決

 昨夕市民会館小ホールで「市町合併に関する説明会」が、市長も出席しての全体説明会が開かれました。ふらつく体で出かけましたが、出席者の少なさにいささか戸惑いました。市長の発言は、選挙前からの考えと全くぶれることのない指針をはっきりと示しました。企画政策課長の説明は、3月までに作成され6月に全戸配布された「検討報告書概要版」にしたがい、「考えてみませんか?」という材料の提供ではなく、合併しないと財政破綻ですよと言う風に聞こえるものでした。
 これまでにも市町村合併は、この地域においてもたびたび行われ、既に村は失われ、わずか10団体に整理されています。概要版が示す「人々の流れが地域内で完結している」ということも、部分的には頷けますが、この10の市町は、それぞれ独自の日常を持っているのだと思います。先の真鶴町と湯河原町のケースでも、住民意思はかなりの独自性を示しています。
 市町村の合併は、地方行政の合理性で判断するのではなく、行政単位の広域化を地域自治の成長が十分に支え得る段階で、考えるべきではないでしょうか。「法定期限」などというような国策的な設定に寄りかかるのではなく、地域コミュニティーの成熟、地域力の強化に支えられた「新たな団体」が出現する、これが本来の道筋ではないでしょうか。
 説明会における加藤市長の説明は極めて明解でした。決してぶれることのない「自治」の理念を完遂して下さい。

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2008年7月23日 (水)

美しい町

 もうすぐ8月です。日本の夏はきびしい。昭和20年の夏も暑かった。大変な夏休みを経験しました。敗戦という恐怖,占領という屈辱、その後に襲った空腹という悲惨、遅れて届いた長兄の戦死公報、これらの記憶は63年を経た今もずっしりと心にかぶさっています。占領米軍にとっては理想的な敗戦国だったのでしょう。軍事独裁国と思われていた「ならず者国家」が、イラクのような惨状を招くことなく、きわめて穏やかで従順な被占領国になり、今では米国の優良同盟国として繁栄させてもらい、一時は米国に次ぐ経済大国の地位を謳歌するまでにもなりました。
 しかし、米国流の自由化,グローバル化は、この穏やかな日本社会さえ格差拡大のゆさぶりで締め上げられています。にもかかわらず、人口減少、縮小社会を迎えた今も、「高度経済成長」「右肩上がり」の気風は抜けていないように思えてなりません。
 占領政策の一つであった「地方自治」も、遅々として成長しないようにみえても、戦後日本の最大の果実であったと思います。ただ、都市計画、まちづくりの法制度は、戦後民主主義からすり抜けて、いまだに一割自治でさえありません。霞ヶ関から見れば,地方利権が食い荒らすことを,国家が防御しているとでも言うことかもしれませんが、都市計画法も建築基準法も地方分権からはほど遠い法制度です。都市経営者は、地区計画や高度地区指定、あるいは景観条例など限られた手法で町を守るしかない有様です。
 20万都市小田原は、優良な都市資源に恵まれています。乱暴なまち壊しが「適法」として出現した事例、出現しつつある事例もありますが、まだこの町は大きな可能性を潜在させています。これからのスローライフの時代に、大型ディスカウントショップを駅前に据えるような愚策は,絶対にだめです。前市長の賞味期限は切れたのでしょうが,この誇り高き町は期限切れではありません。
 新市長の「地域自治」「市民参画」という市政の大転換の基底を、「美しい町」に置いて欲しいものです。炎熱の町を逃れて伊勢原という新しい小都市を、14階の小部屋から俯瞰していて、美しい町こそ住民の福祉と言う地方政府の責務だと確信しました。今までやったことがない、法制度上困難、できないと思われるバリアは山ほどあるでしょう。ぜひ,できない壁を探すのではなく、それを乗り越える知恵と勇気が求められています。市力、市民力を尽くして「新しい小田原」に向かって行きましょう。

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2008年7月15日 (火)

赤字で町はつぶれない

 いま、伊勢原市に長期滞在しています。国道246の沿線です。滞在している14階から、忙しげな自動車トラックの交通、交差点での渋滞を眺めながら、かなりむなしい気分になっています。関連無い数冊の本も持ち込みましたが、疲労感の募る体で、やっと受け入れた1冊の本を紹介します。
 1970年代初め、全国で大変注目を集めた北海道十勝支庁の池田町と言う小さな町(人口8,132人)の話です。話題を作った若き町長丸谷金保さん(40歳)が、米寿を迎えた昨年、1957年の町長選挙当選からの、ワイン開発の話を中心にあらためて町の若い職員たちに伝えんとして書き起こしたものです。
 頑張ろう 地域社会 赤字で町はつぶれない 米寿の『ワイン町長』が語るという長い書名のものです。「二月二十七日、雪の北海道から小田原の佐伯眼科に着くと、タクシーを降りた途端に肌で春の息吹を感じる。」という書き出しで始まる、「疲労感の募る体」を疲れさせない読み物です。一気に読んでしまいました。さすが高齢者の配慮でしょうか、大きな文字が幸いしました。
 なお、今から34年前、1972年に読売新聞社から出版されたワイン町長奮戦記をあわせ読むと、国の行政と地方政府の奮戦の有様が大変良くみえてきます。どちらも、お貸しできます。ご関心のある向きは、お声をかけてください。(私はAmazonで入手しました)

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2008年7月 7日 (月)

何もかもが違う

 今日7月7日、届けてもらった4日分の神奈川新聞と神静民報に目を通すことができました。(この神奈川の大病院のコンビニには、神奈川新聞が置いてありません)地域のこと、その報道など何となく目新しく感じながら読みました。
 先週は、阪神と横浜の試合が横浜球場でありました。60年来の虎フアンの神奈川県民にとっては、このカードはつらいものです。横浜球場では(神宮球場も)ホームチームより阪神フアンの方が多いとか聞きましたが、今年は何とも痛々しい状況が止まりません。金曜日の試合「首位との差まざまざ 何もかもが違う」との見出しです。7回まで下柳に2安打に抑えられて、7・0の完封負け。土曜日は「ハマに星見えず」9・4、日曜日は9回2死までの3点リードを逆転されて「50敗」8・7。
 この週は、阪神は2位の中日を3タテで仕留めて勢いがあったにしても、ちょっと過激な光景になってきました。50勝の阪神は中日に11.5ゲーム差、横浜はヤクルトに12ゲーム差。今週の週末は、ひょんなことで、TV観戦ができましたので、幸か不幸かこの異様な光景をかいま見ることができました。「何もかもが違う」との見出しを選んだ運動部横浜支援デスクの苦渋が察せられます。
 「何もかもが違う」ことになったのは、それなりの経緯を経て、想定された結果としてのことなのでしょう。環境の違う世界から久しぶりにブログを更新しました。

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