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2008年8月

2008年8月30日 (土)

まち壊しマップ

 地方都市の整備は、各地でさまざまな紛争を生んでいます。特に「民活」の拡大が進んだ中曽根総理の時代から地方は大きくひずんできました。都市計画法、建築基準法など、さまざまな法令が「民活」の号令のもとに改訂されて来ました。土木建築産業は、大きく成長し「スーパーゼネコン」と称する巨大企業も誕生しました。これらの事業展開は、都市、地方で展開されました。地域住民、地方政府の意に反した巨大投資が展開され、各地でさまざまな「紛争」が発生しております。
 我が小田原市でも、たくさんの「紛争」を経験してまいりました。2006年の夏、日本住宅会議の全国集会を小田原市に招致した際、報告資料として作成した「おだわらまち壊しマップ」をご覧ください。この中心市街地のマップは2年前のもので、「紛争」未解決で「工事完了」のものもいくつかあります。特にこの夏完成しそうな #6「南町4丁目早川口マンション計画」は、20m高度制限の地区に、既存不適格マンションとして44mの「偉容」を現しました。まち壊しの記念碑、地方公共団体に都市計画権限がないと言う悲劇の記録になるのでしょうか。2005年6月15日に規制された地区に、3年以上も経過した後「既存不適格」が完成する。こんな理不尽な法定事務の結末は悲しいものです。(2006年11月10日、10月31日、11月10日、2007年7月31日、10月5日のブログに記事があります)
 この中で、現在の大きな紛争は、#7の「東口再開発計画」と #10の「城下町ホール計画」です。ともに小田原市が関与する公共的な工事です。市政府自身が「まち壊し」に手を貸したという事例です。「再開発」は、選定された事業者が倒産すると言う事態で、市政府はその後始末に苦慮されているようです。「城下町ホール」は市民から異論が噴出し、市長選の争点にもなり「見直し」となりました。
 昨日、2008年8月29日、小田原市長は、この二つの事業についての「方向」示したことが今日の新聞等で報じられました。ヘッドラインを転記します。朝日新聞(加藤市長、方針を転換/前市長の枠組み踏襲/市長「理念・姿勢は不変」/市議会 市長に一定の評価)神奈川新聞(予定地従来計画に戻す/市長が見直し案、公約修正/地権者、市議に安堵感/市長支援者ら冷静な反応)神静民報(ホールは現計画地に/加藤小田原市長が重要懸案で方向性/マニフェスト柔軟に修正/市民会館は取り壊しへ)
 加藤マニフェストは、駅前再開発の核施設として市民ホールを選択しました。見直しというだけでなく、どのような見直しをするのかということに踏み込んだ責任ある施策提案として高く評価できるものです。駅前再開発は、これまで、余りにも迷走を重ね、無駄な時間と出費を重ねてきました。所管職員の労苦は霧散し続けて来ました。アーバン倒産で、これまでの失政が内部崩壊で結論が出されるのでしょう。しかしこの再開発は、緊急の大きな宿題です。市民ホールと言う「核」を奪い取られて、事業計画が成立するのでしょうか。商業施設が起動するのでしょうか。確かなパートナーが現れるのでしょうか。極めて大きな努力を要することとなります。
 一方、三の丸の5,900平米の「用地」、これを種地に用地整備を進め、適正な市民ホールを設置するという方向が示されたようです。用地整備の見通しができ、正規登場口の馬出し門に対置するこの地区に、公共性のあるオープンスペースが確保できるのでしょう。
 「市議に安堵感」「市長支援者ら冷静な反応」「市長 理念・姿勢は不変」ということですし、所管職員たちは「前市長の枠組み踏襲」という「行政の継続性」に安堵されたのでしょうか。これで、加藤市長の「チェンジ]市政が加速されるのであれば、マニフェストの変更にも市民は「冷静」に対応すべきでしょう。同時に、加藤市長は市民に対して早急にしっかりしたメッセージを出すべきです。また、市の職員に対しても、「チェンジ」市政の理念をより明確にアドレスして欲しい。
 私たち市民は、まち壊しの監視をしっかり継続して行かねばなりません。二つの集いを紹介します。
9月7日(日)午後2時30分から市民会館での「市民勉強会・美の条例再生」で、まちづくりのための資源発見と再生など学びます。参加無料です。もうひとつ、これは「区画整理・都市再開発対策全国研究会」が10月18日と19日の2日間、箱根高原ホテルで開催する集会があり、各都市からの報告などがなされます。帰路、メンバーは小田原を訪ねられます。

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2008年8月28日 (木)

山本理顯氏のまち壊し

 今日の日本経済新聞地域面に山本理顯氏のインタビュー記事が掲載されました。まさに驚愕の記事です。彼は、それなりに実績を重ねた「建築家」です。建築家が「社会的職能」であると標榜されるなら、自らの設計行動、その理念をきちんと、市民に説明すべきです。「設計費に1億6千万円も使うなど高い費用をかけて、委員会は長い時間をかけて議論して来た。」と語られていますが、どんな委員会で議論して来たのでしょうか。だれが1億6千万円を得たのでしょうか。誰が山本理顯氏を設計者に選択したのですか。その設計者選定の過程が市民に公開されましたか。藤森照信設計者選定委員長は、その選定についての説明要求に応えて下さいませんでした。すべて、数名の「専門家」によって選定が進められ、市民はまったくその経緯を伺い知ることは出来ませんでした。小田原市助役(当時)や企画部長など、市の職員からさえきちんとした説明もなされませんでした。
 HPシェルと言う構法選択の必然性も、未だかつて説明がなされていません。「耐震強度に優れている」などと意味のない虚言のみでした。彼はこう言っております「小田原市が事前にまとめていた基本構想では、シューボックス型の多目的ホールが想定されていました.———でもぼくは、シューボックス型の閉ざされたホールでは、多目的な使い方に限界があって、面白いことは出来ないんじゃないかと思いました。」「例えばプロレスやサーカス、フリーマーケット等々、普通の劇場ではできないような催しができるようなホール。」こんなものを造りたいと考えられたのです。小田原市によって市民に説明された「基本構想」を否定することから「エスキース」されたのです。これが、藤森照信氏の目にとまり「一等になった山本理顯案は、完全に、個人的で記念碑的な案です。」と言わしめたのです。(引用はGA Japan79から)
 今回のインタビュー記事では「シンボルがあることで地域が活性化する」といわれています。しかし「応募要綱」では、「設計にあたっては、お堀や緑を色濃く残している小田原城址公園に面した立地環境であることに配慮しーーー」とされています。お城に対比したシンボルを求めてはいません。
 この不幸なすれ違いは、この用地が未整備のまま見切り発車してしまった暴挙にあると考えます。山本氏でなくても、このわずか5,900平米、実質的なホール用地は4,800平米ほどと言う変形敷地に、立地環境に配慮した設計などできるはずもありません。誰がやっても、前面空地に欠けたバルキーな巨大ビルディングにせざるを得ない敷地条件です。小田原の未来にとって、これからのまちづくりにとって、この三の丸地区は、かけがえのない最重要景観地域です。美しい小田原の核になるべき地域です。エスキースコンペという拙速な手法で、建築家の記念碑になどされてはなりません。
 いま、この用地は、市道の改変で奇妙な形で静かに眠っています。荒れ地に雑草が茂っていますが、このオープンスペースが与えるものを、しっかり見ておいてください。この地区に、何らかの建築物を造るときには、お堀に面したオープンスペースは不可欠のものとして計画すべきです。それが「公共」の責務であると考えます。
 山本理顯さん、ぜひ一度市民に自らの建築理念を語って下さい。藤森照信さん、山本理顯案がどのように優れた設計なのか語って下さい。これまで、この施策に関わって来られた市の職員のみなさん、なぜこのホールがこう言う不幸な形で市民の前に放り出されたのか語って下さい。
 行政に携わっていられる方々、今後このような不幸を生み出してはなりません。建築設計を業となさっていられる方々、自らの業の社会的責任を自覚して下さい。今後とも、ここにオープンスペースを欠いた巨大建築物のホールをつくるような三の丸地区破壊を許すことはできません。

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2008年8月26日 (火)

小田原市情報公開審査会の「答申書」

 古い話、忘れてしまった2007年5月29日の記事「一部公開?」と2007年7月21日「小田原市情報公開審査会」の後日諶です。(請求の趣旨は、城下町ホールの山本理顕設計は、HPシェルの構造壁という特異な構法を採用しているが、コストバランスの適切性を検証したい。そのために工事種別毎の内訳金額を公開せよ、ということでしたが、「公正な競争入札の妨げ」という理由で公開できないとした決定への異議申立て)本日2008年8月26日に、標題の審査会会長鳥海壮六さんから9ページに及ぶ市長宛答申書の「写し」が送られてきました。
 2007年5月2日に行った公開請求に対する決定(5/18)についての異議申立て(5/28)を審査し、市長に答申(2008/8/22)した文書が、親切にも異議申立人に写しが送られて来たという訳です。ここに全文を公開したいと思う立派な答申書です。(データを送付いただきましたので、公開させていただきました)殺到する異議申立ての中、毎月のように11回もの審査会をお開きいただき、本当に一生懸命お書きいただいた答申書で、感動しました。ただ最後に「本件情報を公開することは、公正な競争入札の妨げになり、条例8条第4号イに該当すると考えられる。よって、本件情報の非公開は妥当であると判断する。」となっているのは残念ですが。
 それになにより、今日では「山本理顕設計」は消えてしまっています。おかげさまで、コストバランスの検証をする手間ひまは省けましたが、これから再公開請求をしたら公開していただけるのでしょうか。それとも「まだ競争入札実施の予定であるから公開できない」となるのでしょうか。
 情報公開審査会は多忙を極めております。小田原市行政の長年に渉る非公開体質が、異議申立てを殺到させたのでしょうか。「住民に情報が漏れるとやかましいことになる」という住民不信はぜひ払拭して、最大限で積極的な情報公開を念願します。

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2008年8月25日 (月)

美しいまち

 半月ほどの「Beijing 2008」でしたが、巨大な東風を世界中に見せつけて終ったようです。強い違和感が消化しきれないまま残っています。Beijing という都市も、力闘したアスリートたちも、「中華」と言う主役に飲み込まれてしまった違和感でしょうか。この8月は、重い宿題を背負わされたようなつらい月になりました。その中で、マラソン中継が映し出す Beijing のまちが、未だ「森の都」の姿を残していることは強い印象を与えました。このイベントのためには、かなり無理な「都市整備」も行われたのでしょうが、この「森」は美しいものでした。この「美しさ」が歴史と伝統を伝えてくれました。
 住民の暮らしが「豊か」になり、さまざまな都市施設をつくりだし、まちが「発展」し「活性化」していく、これはどこの地域でも共通の姿です。その姿が美しくあるために投入された努力は、まさに住民の甲斐性なのだとおもいます。後代に残す最大の資産は、この「美しいまち」です。
 私がいま住んでいる小田原は「美しいまち」になるための資源は、とても豊富です。この豊富な資源が、次々に食いつぶされていく「まち壊し」を、許してはなりません。無秩序な民間開発をまちの政府が統御することは極めて大切なことですが、その政府自身が「まち壊し」をすることなどあってはならない事です。「美しいまち」こそ住民の誇りであり、政府の最大の行政資産です。「美しいまち」に近づくために、やらなければならない事をすべてやる。やってはいけないことは、絶対にやらない。どんな困難があっても、このことを忘れてはならないと信じます。

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2008年8月23日 (土)

Paris-Plage

 小田原市の夏の恒例行事に「少年少女オーシャンクルーズ~きらめきシンドバッド~」というものがあります。今年も8月22日の金曜日に、600人ほどの小学生が商船三井の「にっぽん丸」で横浜を出航し瀬戸内海をめぐって日曜日の午後に帰着するというものです。海のまち小田原らしい、夏休みを締めくくる楽しい行事です。
 「海のまち小田原」と記しましたが、どうも小田原のまちづくりには海に対する憧憬が見えません。漁業という視点では政策があるのでしょうが、海を楽しむという方策は忘れられているように思います。相模湾パシフィックは、小田原にとって最高の地域資産です。現在は「西湘バイパス」という巨大構造物によって、すべての渚が閉鎖されています。海は身近に触れ合うものではなく、遠くに眺める遠景になっているのでしょうか。
 バカンスシーズンもいよいよ終りに近づいてきましたが、バカンスの国フランスの首都、パリにはご承知のとおり、海も渚もありません。でも、セーヌ川があるではないか、ということで、セーヌの河畔に海岸 Plage を作りだしているのです。パリ市の紋章は3本マストの大型の帆船で、港町なのです。一番近い英仏海峡まででも150Km以上もありますが。2001年のパリ市議会選挙で左派が勝利し、名簿1位のベルトラン・ドラノエ氏が市長になり、2002年パリ市民の願望である「海」を作りだしたのです。長いバカンス期間、パリ市民の多くは海辺のリゾート地で過ごします。しかし、パリ市から離れられない市民も少なからずいる訳です。この人たちに海辺のリゾートを提供しようという施策が、Paris-Plage なのです。それ以来さまざまな工夫を重ね、「パリ海岸」は定着したようです。今年も7月20日から8月20日まで実施されました。200万ユーロほどの費用は、民間企業のスポンサー支出だそうです。
 パリ市民の海のまち意識が、海のないまちに海を作りだすために知恵の限りを尽くしたようで、とても健気に見えます。我が小田原市は、素晴らしい海を持っています。最大の埋もれたまちづくり資源です。いま、二宮町では失われた渚に市民の関心が高まっております。神奈川県では「西湘海岸保全対策検討委員会」をこの2月に設置し、これまで3回の委員会を開いています。もっともっと「海」を大切にしたいものです。

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EUユース・オーケストラ

 昨夕、横浜の「神奈川県民ホール」で、アシュケナージの指揮になるEUユース・オーケストラ(EUYO)のコンサートに行ってきました。150人を超えるほどの大編成で、リムスキー・コルサコフ没後100年とかで、「シェエラザード」とオペラ「不死身のカシチェイ」と言う珍しい曲を聞かせてくれました。コンサートに出かけることは時たまありますが、この有能な若者たちの大編成には圧倒されて、あまり馴染んでいないリムスキー・コルサコフがものすごく新鮮に聞けました。オペラ「不死身のカシチェイ」の歌手は、サンクトペテルブルク育ちが3人、キエフの方が1人、二期会のバスの方の5人の掛け合いのオペラですが、もちろんロシア語での歌唱です。ロシア語のオペラ初めて聞きましたが、日本語字幕がでて、良く情景が理解できました。でも、この日本語訳が「自動翻訳機」なみで、いささかイライラ気分。折角のアシュケナージの誠実で素晴らしいオペラなのに、もう少し言葉に気を使って欲しいものです。
 それにしても、EUの文化政策の意気込み、世界各地を回る公演に、ロシアオペラ、ロシア人歌手を中心に据えると言うこのプログラムには感服しました。この公演は「平成20年度文化庁芸術拠点形成事業」として、3つの財団などからの助成を受けて企画されたもののようです。小田原市の文化政策に思いをいたしながら、横浜駅から満員の東海道線で帰宅したのは11時を過ぎていました。豊かさと貧しさ、その中での文化創造、地域力としての市民と行政の努力が求められます。

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2008年8月15日 (金)

判断放棄

 アーバン破綻という「事件」、市民は大きな関心を持っております。再開発の共同事業者である「民間権利者」は,さらに強い関心を持って.この「事件」を受け止めたのではないでしょうか。民事再生の申立人と「共同事業」をやってみようと言う無謀な事業体があるでしょうか。小田原市は,共同事業者であると同時に、アーバンを事業者として「補助金」を交付する公共団体なのです。小田原市の判断を、リアルタイムで、アクティブに出すべきだと思います。「情報集め対応する」というのは理解できません。
 どうにも我慢できずに、ちょうど2ヶ月ぶりに市役所を訪問しました。
 「倒産した訳ではない、再建のために債務整理を始めたにすぎない、現段階では判断できない」「拙速な判断では、損害賠償、業務妨害という訴えが予測される」「現在はまだ判断すべき段階ではない」「アーバンから正式な説明がない、事情説明を受けてから判断する」
 こんな所管の話を聞きながら、地方政府の行政というのは何だろうか。住民のためではなく、行政のための行政なのか。市民参画と言うのは虚妄なんだろうか。沸点に達しそうな気分を抑えながら、むなしく帰宅しました。

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2008年8月13日 (水)

小田原市の市力

 駅前再開発の事業者、株式会社アーバンコーポレーションが破綻しました。夏休み前を狙ったごとくに今日の夕刻、民事再生手続きの開始を申し立てたと発表しました。小田原市が取り仕切る準備組合は昨年2月に、同社を「優先交渉権者」に決定し、10月30日には、同社を再開発の「事業施行者」とする「覚書」を締結し、10月31日には小田原市、神奈川県は、同社からの補助金の一部117百万円の補助金申請を承認しています。
 いかに民間権利者が含まれていようと、きわめて公益性の高いこの再開発事業をゆだねる事業者としての資格は、明らかに失ったのです。覚書は早急に解除して、新しい事業構想を作るべきです。小田原市の誇りに関わることです。
 小田原市は、その行政庁としての責任を踏まえて、即刻市民に説明を行うべきです。「主人公」の市民は、説明要求を突きつけましょう。

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2008年8月 6日 (水)

西湘海岸の消波ブロック積み上げ工事

 今日8月6日は、日本人と米国人にとってとてもつらい日です。時間はかかっても、何れしっかり相互の歴史認識を整合させなければならないでしょう。そんな思いを抱きながら、7月いっぱいの病院生活を送った伊勢原まで、今日は術後経過の診察を受けに出かけました。帰路は平塚経由から、西湘バイパスを走ってみました。このところの「異常気象」の日常化は、悲惨な事故を連続させています。昨年9月の西湘バイパス崩落事故に、自然現象と人智の齟齬を強く感じましたが、「復旧工事」はたった1度の住民説明会で、消波ブロックの積み上げ工事を開始しています。二宮海岸には何とも異様なコンクリートブロックが3mの高さに積み上げられようとしています。
 西湘バイパスは、国道1号を補完する利用度の高い道路になっていますので、「早急な復旧」が求められたのでしょうが、どう考えても後先を考慮しないやや強引な「国道」工事(横浜国道事務所)であったと思います。
 道路管理は「国」海岸線管理は「県」という行政区分、この中で「消波ブロックの積み上げ工事」を国道の保全工事として実施するということでしょうが、明らかにこの工事は「海岸管理」にとって致命的なダメージを与えるものです。県の管理者は、「昔の砂浜が3mの高さがあった。その高さ以上には上げないという調整をして了解した」とされていますが、一寸腑に落ちない論理に思えます。西湘海岸保全対策検討委員会の第2回会議では、人口構造物の敷設が「砂を止めてしまった」という懸念が、多くの委員から出されている状況で、いかに「国道」優位とは言え、いささかの暴挙ではないかと思います。
 西湘海岸保全対策検討委員会は、国の京浜河川事務所と県の平塚土木事務所が所管しているようですが、これまでにH19年2月27日、6月3日、7月12日に会議を持っています。大磯町、二宮町の関係者の方々が、住民の懸念を鋭く発言されています。今回の崩落事故は、二宮の被害が最も大きかったことは事実ですが、西湘海岸保全の問題は、大磯と二宮に限定して考えて良いのでしょうか。漂砂の自然回復については、酒匂川が大きな要素となっていますし、台風9号の被災も大きかったのですから、当然に小田原市住民も参画すべきではないでしょうか。県の所管が平塚土木事務所ということで、大磯港から二宮漁港までの6Kmに止めている訳ではないでしょうが、一寸納得し難い思いがします。小田原市にとっても、海岸保全、なぎさ回復はまちづくりの最重要課題です。市民参画による真剣な取り組みが求められます。
 一昨日、8月4日から神奈川新聞では、「消える砂浜、湘南の渚は今」と言う連載記事が始まっています。

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