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2008年12月 5日 (金)

「小田原駅前第二区自治会」その1

081205kanagawa 2008年12月5日の神奈川新聞県西版の記事です。---「小田原駅前第二区自治会」(栗田新市会長、約600戸)が加藤憲一市長に要望書を提出し、12月初めから回覧をはじめた。---と報じていますが、その中に駅東口地下街に---計画が宙に浮いたままの場外勝舟投票券発売所(ボートピア)の設置を求めている。---と報じています。
Dentan 小田原駅東口前でのボートピア開設計画は、2004年5月16日の市長選挙で加藤憲一候補が現職の小澤候補に惜敗した直後、6月24日の神静民報、7月3日の神奈川新聞で報じられ、小田原市民に衝撃を与えました。7月31日には「すてきな小田原をめざす100人委員会」がスタートして、この開設に反対する全市的な署名運動が始まりましたが、9月15日になって当時の小澤良明市長が記者会見で「受け入れを希望していた駅前ビルのオーナーが誘致計画を断念した」と発表して、一件落着したかに見えました。ところが、翌2005年1月末に「第二区自治会」と事業者の「オレンジ観光株式会社」(松本貴司代表取締役)から駅前の別のビルでの開設推進の「陳情書」が出されたのです。そしてなんと、この陳情が4月20日の総務民生常任委員会(当時)の飯山茂雄、杉山三郎、井原義雄、小林俊夫の4議員によって採択されたのです。しかし、小澤良明小田原市長(当時)は5月24日に臨時記者会見をして、「市議会5月臨時会の本日、小田原市長としては今後とも市内のボートピア設置計画に同意することはないことを明確にいたします。」と見事な意思表明をしました。(2005年5月31日集約の設置阻止署名は35,707筆でした。運動の経緯は小田原ボートピア阻止でご覧ください)
 そして、このボートピア開設反対の市民運動の中心となった「すてきな小田原をめざす100人委員会」の世話人の一人であった加藤憲一氏が4年間のさまざまな市民運動の中から市長に選出されたのです。小澤前市長が明確に反対し、加藤現市長はこの事業計画阻止運動の中心的存在であったことを「第二区自治会」600人の自治会員はご承知のはずではないでしょうか。その方たちが、小田原市の財産である「地下街」で、ボートピア事業をすべきであるという「要望」を市長と議長に出されたと言うのは、何とも理解に苦しみます。「陳情」であれば3日と4日の常任委員会で審査されたのでしょうが、報告だけですので議会判断は明らかになっておりません。これまで、議員の何人かはボートピア見学に案内されていられるようですが、どのような報告をされたのでしょうか。今日の段階では「要望書」の内容、委員会の論議などがはっきりと把握できていませんが、公開していただいた時点で再度記事にします。

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