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2009年1月

2009年1月31日 (土)

伊藤京子さんのピアノトーク

Argerich_m 今日1月31日、市民会館大ホールで開催された「小田原再生フォーラム:100年後の未来へ〜ヒトを育てるアートの力〜」伊藤京子氏ピアノトークという企画に参加させていただきました。伊藤京子さんと言うピアニストのお名前は存じ上げなかったし、かなり以前のソプラノ歌手なら知ってるけど、「ピアノトーク」??という程度でした。「別府アルゲリッチ音楽祭」も、聞いたことはあるけど、という程度の認識でしたが、伊藤さんのお話とショパンの2曲で「変革」を生む音楽の力という主題に、強く心を動かされました。サーカスホールは要らない、文化創造の拠点を!と言い続けた日々が思い出されて、「アートはまちを変える」と今更のように熱くなってしまいました。最後の曲「革命のエチュード」を聞きながら、自らの拙い過去と挫折を振り返りさえしました。
Delacroix_people00 7月革命を受けたワルシャワ革命の挫折、その絶望感の中で作られた曲と聞いていますが、伊藤さんのピアノからは「挫けない力」のようなものさえ感じら、少し立ち直れました。話題が飛びますが、ミシュレの「フランス革命史」はかなり昔の桑原さんの翻訳とは言え、見事なものです。お薦めします。変革とはこういう苦難を経なければならないのだと思い知らされます。
 今週は、月曜日から連日祝メールをいただいたり、席を作っていただいたりしていましたが、伊藤さんのピアノトークは思わぬ救いになりました。ありがとうございました。(この記事はiTunesでアシュケナージの「革命」を聞きながら書きました。普段はラベルのボレロです)

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2009年1月28日 (水)

「まちづくり」の3分科会傍聴記

Chart 昨夕(1/27)午後5時より3つの「分科会」が開かれました。東京の仕事を中断して16:26発の新幹線で何とか10分遅刻くらいで駆けつけました。最初が「小田原地下街施設分科会」と銘打った会議でした。商業利用か公益利用か、ビジターセンターかなどの発言がありましたが、ある地域団体選出委員から問題を整理した丁寧な提案があり、90分の間に論議の方向が見えてきたように思えました。
 6時30分から次の「お城通り地区再開発事業用地分科会」です。この「再開発」は事業フレーム自体から考える、民有地を含んだ用地の問題ですから、論議はたいへんです。ある専門委員から問題が簡明に整理された資料提出があり、やや安心して傍聴していることができました。それでも、PFI手法などの理解が共有されていないように見え、次回の分科会までに問題整理がつくのだろうかとの不安は残りました。
 ここを中途退席して8時からの「三の丸地区分科会」です。この分科会委員は8人(他の二つは5人)ですので、自由発言の展開だけで結構な時間がかかります。分科会長がご多忙だったのでしょうか、問題整理が準備されていないようで、ある地域団体選出委員の自由発言「山本設計案のどこが問題なのですか?」という「質問」に分科会長が自分の考えを教示すると言う状況でした。ここまでで小1時間かかってしまい、当方の傍聴耐力が限界となり中座してしまいました。
 夕方5時から3つの会議を傍聴はしごすると言う芸当は、かなり堪えました。長時間傍聴者みなさんの熱心さには深く感服します。
 この検討委員会は、大きな縛りがかかった特異な「検討」をする委員会です。前市長が市民からの問題指摘を無視して一昨年10月30日に、「再開発」「ホール」を強引に見切り発車をしたにもかかわらず「賞味期限が切れた」として引退。昨年5月の市長選挙では、中心的な争点となり見直しを掲げた新市長が誕生。ところが傍聴者満席の6月市議会で猛反発を受け、職員の検討プロジェクトで先祖帰り案が登場。市長判断を加えてこの検討委員会に縛り付きでの諮問。こんな経緯を考えると、委員長も分科会長も委員のみなさんもやや憮然たるものがお有りなのだとは考えますが、やはりこの委員会の論議とその諮問は今後の小田原のまちの将来像を決するものになることをぜひ踏まえて欲しいものです。昨年11月以来傍聴を重ねるに従って、次第に暗澹たる気持ちに追い込まれてしまいます。

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2009年1月26日 (月)

小田原城址公園愛犬家の集い(3)

Wanwan 昨年9月から掲載していました「小田原城址公園愛犬家の集い」などペット系記事の続報です。去る1月17日の集いで選出された幹事さんたちにより、一昨日25日に、「小田原城址公園愛犬家の集い ワンワンクリーン大作戦」と名付けた第1回の行動が、標記のリーフレットのように開始されます。小田原市観光課、環境保護課などに支援をいただきます。
 城址公園管理所管の小田原市観光課、史跡保全整備所管の文化財課は、市民、観光客などの公園来訪者に心地よい時間を過ごしていただけるように、さまざまな配慮をしておりますが、小田原市の誇りある史跡として、また市民公園として、観光施設として、その品位や美しさ、清潔さ、安全などまだまだ改善努力を強めていかなければならない状況です。特に、犬散策者のマナーなどに対する批判はたいへん強いものがあり、たくさんの注意看板は、城址の景観を壊しております。今回の「大作戦」はまったくのトライアルですが、毎月「ワンワンの日」11日に犬飼育者のみなさんの協力を得て「持続」させようとしているものです。この行動が、私たちの大切な「城址公園」が、まちの最重点施設として成長していって欲しいものです。3月には、整備中の「馬出門」が開放されますが、このビッグイベントまでに少しでも美しい史跡になっていることを願っております。

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歴史まちづくり法(2)

Rekimachi_topbar_last_2 昨年12月24日に記載した記事の続報です。
 去る1月20日に、歴史まちづくり法に基づいて、金沢市(石川県)、高山市(岐阜県)、彦根市(滋賀県)、萩市(山口県)、亀山市(三重県)の5市の「歴史的維持向上計画]認定の報道がなされました。新聞報道国土交通省
 小田原市の取り組みについて問合せをいたしましたところ、次のような回答が今日参りました。
●質問タイトル
「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律に関わる当市の対応について(お尋ね) 」(2009-01-21 10:38:22)
●質問内容
標記の件、昨日の報道などで、計画認定が進んでいるようですが、小田原市の対応状況はいかがなのでしょうか。折り返しのご回答をお願いします。(2009-01-26 15:52:39)

小田原市の回答
●回答者
まちづくり景観課広報担当者
 地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律(以下。「歴史まちづくり法」という)に係る歴史的風致維持向上計画について、本市の対応状況について回答いたします。
 本市では、「歴史まちづくり法」の活用について早くから注目しており、特に小田原城址等の歴史的建造物の修理、復元、周辺施設の整備を促進するため、法案成立前の段階で、国土交通省と連絡を取りながら、その可能性を検討してまいりました。
 国においても、本市の景観政策及び歴史的環境の保全・整備の取り組みを踏まえ、平成19年8月に本市へのヒアリングを実施したところです。
さらに、平成19年11月時点では、国土交通省都市・地域整備局からの照会に対して、「歴史まちづくり法」に基づく歴史的維持向上計画策定可能性のエントリーを行ったところです。
本市といたしましては、松本様もご存知のとおり、現在、小田原駅・小田原城周辺まちづくり検討委員会において、三の丸地区(現ホール予定地を含む)の利活用の検討及び市民ホールの機能及び規模の検討が行われておりますので、そこで、これらの検討結果やその後の政策判断を踏まえて、「歴史まちづくり法」に基づく「歴史的風致維持向上計画」の認定申請などを行ってまいりたいと考えております。
いずれにいたしましても、今後とも、まちづくりに関して、忌憚のないご意見・ご提言などいただければ幸いです。

 小田原市は、かねてより国交省公園緑地・景観課と歴史まちづくりの法整備について、緊密に情報を交換していたように伺っておりました。昨年11月には、回答にある通り「可能性のエントリー」をしたが、検討委員会の「検討結果やその後の政策判断を踏まえて」現在待機状態ということのようです。
 これまで「小田原駅・小田原城周辺まちづくり検討委員会」では、この歴まち法に関わるような検討はなされておりません。プロジェクトメンバー(職員)からも関連発言はありませんでした。この法は、小田原市にとって、新しいまちづくり、新しい小田原スタイルの発見、新鮮な情報発信などの諸施策に有効に活用できるのではないでしょうか。委員会での充実した論議を進めていただきたいものです。

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2009年1月21日 (水)

実態は行政の補完組織

090121mainichi 今日の朝刊では、Barack Hussein Obama, Jr.氏の記事が躍っていました。同盟国日本の構成員としては、アメリカ合衆国選挙民に劣らぬ切実な関心を抱きます。毎日新聞には「オバマ政権100日勝負」と言う大きな見出しもありました。若い指導者の重圧はいかばかりのものでしょうか。TVでは、結構楽しく明るく見えましたが。
 ところでその毎日新聞23面(相模版)には、何とも情けない行政の姿が報じられていました。ご承知のように、相模原市は「合併」による都市規模拡大からの「政令市」移行問題で、直接請求による住民投票条例制定が求められています。こんな中で今日の報道は、多くの行政庁が手を染めてしまう「欺瞞」をかなり分かりやすく明らかにしていますので、全文紹介します。
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相模原市:政令市推進市民協に計900万円の補助金 /神奈川
 ◇考える会「やらせ」と批判
 相模原市の政令指定都市(政令市)移行を後押しする市民組織「相模原市政令指定都市推進市民協議会」(市民協)に、市が07年度に運営経費500万円の8割にあたる400万円、08年度も同600万円のうち500万円の補助金を出していたことが分かった。両年度とも残りの100万円は市商工会議所が負担。市民グループ「政令市を考える相模原市民の会」(中野直樹代表)は「行政丸抱えの“やらせ”組織。市民団体を隠れみのにして移行の推進活動をするのは市民を欺く行為」と批判している。【高橋和夫】
 市民協は07年8月に設立された。商工会議所、自治会連合会、農協、医師会、社会福祉協議会、市立小中学校PTA連絡協議会や市の外郭団体など市内の主要な198団体で構成されている。
 会長は河本洋次・市商議所会頭が務め、松沢成文知事を相談役に、加山俊夫市長を顧問に据えている。シンポジウムの開催や政令市移行のPR誌発行、街頭広報などを行ってきた。市が多額の補助金を出したのは、「政令市推進のPR活動の一翼を担う」との理由からだった。
 政令市移行の是非を問う住民投票を直接請求した市民の会では、昨年12月の市議会での「政令市実現の意見書」採択を巡って、推進派議員が「市民の8割が入る市民協が移行に賛成」と採決の根拠に挙げたことから、市民協の組織などを調査。直接請求の署名集めで共同代表となった赤倉昭男・さがみはら市民オンブズマン事務局長が調べたところ、07年度に400万円、08年度に500万円の補助金が市から出ていたことが分かった。
 赤倉共同代表がさらに市民協を構成する198団体の予算を個別に調べたところ、89団体が補助金や交付金、助成金として市から公的資金を得ており、市からの助成額が08年度の総額で30億円を超えていたことも分かった。市民協事務局は商議所に置かれているが、活動の実質的な仕切りは市政令指定都市推進課が担い「実態は行政の補完組織に過ぎない」としている。
 赤倉共同代表は、「市が公的資金をつぎ込んでいる団体を集めて市民組織のように装って活動させるのは、市民を愚弄(ぐろう)する欺まん行為」と指摘。「市都市整備公社など市の外郭団体までも構成団体に入れたのでは、公正・公平な行政が損なわれる」と話している。(毎日新聞 2009年1月21日 地方版)

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2009年1月17日 (土)

小田原城址公園愛犬家の集い(2)

Enquete 今日2009年1月17日(土)「小田原城址公園愛犬家の集い」が市民会館で開催されました。私事ですが昨日の検討委員会ではかなり落ち込んだ気分で帰宅しましたが、今日の「集い」のために気を取り直して参画しました。
 ヒトとイヌとの共生と、大上段に振りかぶることなく、毎日の散策の楽しみ確保するためにはどうすれば良いのか、参会者のみなさん全員が真剣に考えました。(昨日の検討委員会の委員の方も参加してくださいました)観光課、環境保全課の職員のみなさんも大勢参加していただき、市民とともに論議を重ねてくれました。市民と行政が互いの立ち位置を超えて、問題解決に知恵を絞りました。
 新たな施策、それに汗を流す市民、支える行政、そんな姿が少し見えてきたように思えました。この集いで今後の推進役の幹事が12人選ばれ、来週24日に最初の幹事会が開かれます。集計されたアンケートの分析や新たな事業計画などが話し合われます。続報いたします。

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2009年1月16日 (金)

野々村さんへ(1/17更新)

Bunkakai 一昨日の記事「議事録は公正に作成されるか」に対して、野々村さんから次のようなコメントをいただきました。
 『議事録の内容の正否については、検討会委員個人がそれぞれ確認しますから、当然信頼してよいものと思います。自分の発言内容、他人の発言内容、それぞれ正しくなければ正式な議事録としては公表できないと思います。正しくなければ委員から抗議が出てくるでしょう。
録音テープについては、隣の委員との内緒話、笑い声、などが入り、委員としては公表は差し控えてもらいたいところでしょう。
松本様のように、ここまで行政等を信頼しないなら、逆に城下町ホール反対署名などの信頼性はどのように担保されているのでしょうか?』
1.企画部政策調整班は(多分野々村さんも)、議事録案作成後、委員には確認を求めますが、傍聴者には確認を求めることなど考えもしていません。議事録は委員会の中でクローズされていると考えているからです。これは一見当然のようですが、この委員会は「公開」なのです。傍聴者は、傍観者ではないのです。大勢の傍聴者は市民委員に応募したにも拘らず、委員になることができなかった方々なのです。その方たちは、委員以上に真剣に「長い時間」一言も言葉を発することなく聞き耳を立てていたのです。野々村さんの言われる「当然信頼してよいもの」とは思われません。もちろん、傍聴者に確認するような事務は、不可能でしょう。委員に確認するだけでも公開までにひと月近くかかっているのです。それであるならば、電磁記録は一時的なものとして廃棄すべきではありません。
2.「隣の委員との内緒話、笑い声、などが入」っているから公表して欲しくないという程度の問題でしょうか。この委員会の責務は、これからの小田原市の「持続可能性」に関わる審議をしているのです。
3.私は行政に関わる部署について、ほとんどは信頼しています。いくつかの部署については、疑問を持っております。職員個々の方はみな誠実な方と思いますが、彼らの日常業務は「権力の執行」なのです。公共団体の構成員は従わねばならないのです。突然に「署名などの信頼性」を問われていられますが、この署名(36,411筆)は権力の執行ではありません。行政の事務執行と比較するべきものではありません。
 この記事作成中に、野々村さんから再度次のようなコメントをいただきました。
 『「理解に苦しむ発言をなさる方、この委員会の重責を認識されていないように見える方」それに録音許可を求める方。寄り道を繰り返し、時間がかかり、経費がかかり、それでいて必ずしも最適の結論が得られない。一部に不満もくすぶる。それが市民参画というものでしょう。それが嫌なら、市民が選んだ市長、市議会議員、専門家に任せるべきです。でも、われわれ小田原市民は市民参画を選んだのです。』
 確かに、市民参画の実現は、私を含めた44,108人の有権者が希望に満ちて選択したもので、どんなことがあっても実現させねばならないものです。私のブログ記事は、この委員会の正確な姿、個々の委員の発言を映し出す努力をしていないのかも知れません。もし、委員会担当事務局の企画政策課の手によって第3回会議の電磁記録が公開されれば、今夜にでも野々村さんは委員会に臨場感を持って参加できるのです。『専門家に任せるべき』などと、スマートな切り捨てではなく、汗を流して「参画」してください。
(第4回委員会は分科会です。17:00小田原地下街施設、18:30お城通り地区再開発事業用地、20:00三の丸地区となっています。1時間半毎に開会されます。どの分科会も90分以内で終るとは思えませんが。会場は後日決定案内するとのことです。)

 今夕(1/17)野々村さんからの3度目のコメントです。
『おっしゃられている趣旨がよくわかりません。委員会が傍聴できて、出席委員が正確だと認める議事録が後日公表されるのに、電磁記録が公表されないことをもって、どうして市民参画の障害とされるのでしょうか?この委員会が、公募市民を加えた形で行われ、市民参画の手法と認めるなら、この委員会が出す結論だけに注目してもいいのではないかと思うくらいですが、どうしてそこまでこだわるのでしょうか?』
 とても大切なことなので、あえてお答えします。「よくわかりません」と平然と言われますと、当方の説明のまずさを非難されているようで、いささか無念です。
1.「後日公表される」こと、1ヶ月、2ヶ月後ではまったく情報公開の価値を喪失していることを理解してください。
2.「正確だと認める」ことが、委員会を構成している発言者の確認だけで担保できるとは思えません。電磁記録を廃棄することは間違いです。
3.「どうしてそこまでこだわる」私は拘っている訳ではありません。行政が有している情報は、すべて市民と共有すべきものであり、その基底の上にのみ市民参画があるのだと考えているからです。
 野々村さんは、大きな未来をお持ちの方だと思います。思考停止に安住することなく「持続可能な」生活体制を確保することに力を注いでいただけることを切望します。

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市民参画は夢か

Sannkaku2 「市民参画の絶対的な条件が情報公開の公正です」といまでも愚鈍に思い続けています。先ほど終った「小田原駅・小田原城周辺まちづくり検討委員会」は、傍聴者による会議の録音を許可しませんでした。採決は12対5と私のメモには記されていますが、議事録が公開されるまで私の拙いメモ頼りです。議事録にはどなたが許可承認でどの委員が許可不承認だったかは記載されないかもしれません。許可不承認の趣旨は、発言中に「差別用語」などが出たりするとその録音で委員が不利益を被る、言い間違えなどもそのまま残る、録音されていることで自由な発言ができなくなる、公開会議でも録音を許さないのが通例、私の記憶によるとこんな理由からのようでした。議事録で確認願います。私が録音許可を求めたばかりに、貴重な30分が消えてしまいました。不思議な委員会です(委員会事務局も)。委員長にご苦労おかけしました。
 傍聴者は前回より大幅に増えていましたが、委員会の審議にはみなさんうんざりしたように見えました。委員の中には理解に苦しむ発言をなさる方、この委員会の重責を認識されていないように見える方など、長時間の傍聴はかなりの労苦でした。(かなり先のことになるでしょうが議事録でご確認ください)それでも次回からは分科会とかで、3組に分かれて審議だそうです.どんな審議をなさるのでしょうか。今日は体調も良くなかったせいでしょうか、帰りの車の中で、胃液が逆流しました。市民参画のバリアは高い。一体小田原市政府は何をめざしているのでしょうか。私たち普通の市民風情では持っていない見通しがしっかりあるのでしょうか。

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2009年1月14日 (水)

議事録は公正に作成されるか

Kyakka 昨年末に請求した「電磁記録の公開請求」に対して、1月13日付けにて却下通知書が郵送されてきました。却下の理由としている「会議録作成補助のために市が一時的に保有しているもの----よって、公文書ではない]という論理です。しかし、作成された会議録が、公正なものであるかを判断するためには、市が保有する電磁記録(録音)か、傍聴者が録音したもので検証するしか手段はありません。傍聴者の録音は検討委員会傍聴要領によって、次のように定められています。(第5条 傍聴する者は、会議会場において、撮影、録音その他これらに類する行為 をしてはならない。ただし、委員会の許可を得た者は、この限りでない)第1回委員会、第2回委員会の電磁記録は廃棄されるものとされています。第2回会議(12月23日)の議事録は未だ公開されていません。 明後日16日の第3回会議での録音の許可を求めました。市はその記録を公開せず、廃棄してしまうのですから、傍聴者の録音をまさか許可しないということはないと思います。
 電磁記録こそ、最も公正な会議記録です。これを公開することが、「当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある」とは思われません。記録を廃棄することこそ、「市民と情報を共有し、市政への市民参加を促進すること」を全否定する蛮行ではないでしょうか。市民参画の絶対的な条件が「情報公開」の公正です。この却下通知の事務担当である企画政策課政策調整班の釈明を求めたい。
(施行規則で電磁記録は公文書ではないと定めたというのであれば、その公文書ではない電磁記録によって作成したとされる議事録の公正さをどうやって担保するのですか)

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2009年1月13日 (火)

小田原城址公園愛犬家の集い(1)

Ochatsubo 昨日の成人の日には、城址公園はたいへんにぎわっておりました。晴れ着姿の若者たちや来訪者が、明るい日差しのもと天守閣にも大勢のぼられていました。歴史見聞館も熱心な見物客で溢れていました。とても嬉しい光景でした。この大切な歴史的景観を大切に育てていき、すてきな小田原をめざす重点区域にしていきたいものです。
 これまで、犬の散歩についての警告板がたくさん掲示され、美しい景観の中で悲しい姿を見せていましたが、昨年末かなりの警告版が撤去されました。散策者などのマナー向上を求める手法はさまざまあると思いますが、景観破壊にならないようにしていただきたいものです。
Tsudoi2 今週の土曜日17日、午後2時30分から市民会館で、上記のような集いが開催されます。城址公園を散策されている犬飼育者たちの自主的な開催です。この集いがイヌとヒトとの共生の第一である飼育マナー改善への第一歩になり、城址公園環境の向上につながるようにしたいものです。ぜひ大勢の方のご参集をお願いします。

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2009年1月10日 (土)

住居は生活の基盤

Hayakawa_2 昨年末、神戸の早川和男先生から「私の研究生活小史2008」と題した喜寿記念ブックレットをいただきました。「身体的には衰えを隠せませんが、気力だけは十分で、好奇心のおもむくままに、あちこちと出かけています」と書き添えられていました。1982年の日本住宅会議の設立直後にお声をかけていただいて以来、25年以上にもなることにあらためて過ぎ去った月日を思いました。
 挿絵は、このブックレットの扉に掲げられているものです。先生は20年ほど前から住居の話をする際にこの概念図を必ず使われていました。住宅問題の世界では有名な図です。1979年だったと思いますが、当時のECの日本視察団報告書に「日本人は兎小屋に住む働き中毒」という一節があり、日本政府をカリカリさせたことがありましたが、日本社会の住居改善の施策は何らとられることなく、いまだに先進国とは名ばかりの住宅事情が続いています。
 昨今の「派遣村」誕生は、企業施設の兎小屋から放り出された信じ難い経済大国、ODA先進国の無惨な姿をさらけ出しました。
 住居は生活の基盤、住居は人権と言い続け、闘い続けた早川先生は「老いた馬はうまやに伏していても、千里の道をかける志を失わない」という言葉を支えにされています。日本人の住居の問題は、根源的な大問題です。基礎自治体が、企業の後始末を背負い込むように、放置され続けた住居問題も最後は基礎自治体の責務になってしまう。真剣に考えなければならない市町村のサスティナブルの課題です。

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2009年1月 7日 (水)

市民の知る権利

Rikenhall 昨今では「城下町ホール」という呼び名も聞かれなくなるほど、市民の「見直し」は進んでいるように感じますが、過去は振り返らないということで済まして良いのでしょうか。先の検討委員会では、過去の総括をしている余裕はないとの委員長判断でしたが、やはり過去の検証は最重要なことと思います。
 ある市民が、山本理顕さんの実施設計図書の公開を求めていました。この請求に対し当時の小田原市長小澤良明氏は「設計図書は非公開」の決定をしたため、この市民は異議申立を行ない、情報公開審査会(会長鳥海壮六)が16ヶ月の審査を経て、この年末12月25日に「本件図書の非公開は妥当である」との答申を小田原市長加藤憲一氏に答申しました。答申書(答申第16号)は、情報公開審査会答申まとめというサイトに公開されています。(どういう訳か現在は開きません。本件の答申書を.pdfで添付します)
 実施機関の主張の主旨は、「ほとんどの自治体が入札公開日より前には公開していない」(この図書で入札がなされることがあるのでしょうか)「本件図書を使用しないことがあるとしても、新たな設計の一部にとして採用される可能性有り」(そんなこと建築家山本さんが許すでしょうか。山本さんに再度依頼する?)「公開すると、あたかも市がその設計の採用を決定しているように思われ市民の間に混乱が生じる」(市民愚者論ですかね)などというものです。
 審査会は、「本件図書を非公開として市民の知る権利を制約してまで守らなければならない実質的な利益があるのか検討すべきである」として、16ヶ月審査した結果、「入札事務の適正な執行に支障を及ぼす」と判断され、実施機関(小澤良明市長)の決定を妥当なものと結論したのです。
 この答申に従うかどうかは、小田原市長の「判断」だとされましたが、従わないことはかつてなかったそうです。
 市民の知る権利をここまで制約していては、市民参画など絵空事になるのではないでしょうか。公開できない理屈を並べ立てるのではなく、市政府が所有する情報はすべて市民のものであり、それを否定することの行政リスクを公正に判断すべきです。異議申立人に対して「棄却」の通知があった際には、市民の知る権利」を守る為にも、取消訴訟の提起も考えるべきでしょう。

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2009年1月 5日 (月)

連続強盗事件容疑者逮捕

Keirinjiken 昨年11月の事件、11月13日の事件の容疑者逮捕が先刻NHKニュースで報じられました。元日本ミドル級1位の腕で殴る、強盗殺人容疑で逮捕とした読売新聞記事(20:08)によりますと。「現場近くの小田原競輪場などにあった防犯カメラの映像から渡辺容疑者が浮上」としていますが、近隣の方たちは、この容疑者を記憶されているほどの常連だったようです。11月11日の事件の犯人については未だ報道されていませんが、この容疑者の同一犯行なのでしょうか。神奈川県警による事件解明を急いで欲しいものです。「1976年に日本ミドル級1位にランキングされたほか、「東日本新人王」のタイトルを獲得」という56歳の男にこの事件の2日前に殴打されと思われる84歳の先生に昨日お会いしましたがお元気そうで、あごひげを生やすことにしたと言われていました。軽症で終ったこと奇跡的にラッキーだったのでしょうね。
 小田原市公営事業部との「意見交換会」では、昨年中に治安保全の策を近隣住民に示すとされていましたが、未だ何のお知らせもなく、今日も「競輪」は開催されています。これが基礎自治体の姿で良いのでしょうか。明日も明後日も競輪は開催されます。4紙の報道を添付します。

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おだわらの歴史

History_2 小田原市では市制施行50周年の事業として、1986年から2003年の間、小田原市史編纂室を置き小田原正史とでもいうべきものを発刊しています。全15巻におよぶ大部なものです。一昨年2007年には、「おだわらの歴史」というブックレットが小田原市立図書館によって刊行されています。通史編の最終刊行が2000年ですから、その後の新たな事績などでかなり補正されていますし、なにより読みやすく記述編集されていますので、普及書としてたいへん充実したものになっています。ぜひみなさまにご一読願いたいものです。

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2009年1月 4日 (日)

2009年の正月(身辺雑記)

 2009年、横浜開港150周年、エッフェル塔120周年???。年末も年始も物騒なニュースが飛び交って、心傷めながらの年越でしたが、このブログもふらつきながらの越年でした。小田原も日本も、そしてUSAにも幸あれと祈るのみ。
Ekiden 正月2日は恒例の箱根駅伝見学。毎年人出は増加傾向でしたが、今年の国道筋はびっくりするほどのにぎわいでした。この「できごと」小田原に転居以来一度も見物を欠かしたことのない楽しみです。
Keirinnjou そして小田原競輪場も、正月2日から営業開始。あいにくの人出ですが、美しく晴れ上がった朝空のもとで熱戦と悲喜劇が繰り広げられたのでしょうか。11月の無惨な事件はきれいに忘れ去ったようです。
Keirinnkitaku このところめっきり客足が遠ざかっていますが、賭場をあとにする後ろ姿は、誠に寂しげです。こんなことを公共団体が主催していて良いのでしょうか。お城を眺望できる貴重な競輪場ですが。
Shaken 折角小田原までお出でいただいたのに、無念の思いで退きあげられるみなさんが残していく、さまざまなゴミ、細かく退きちぎられた外れ車券には怨念を感じます。写真の車券は原型のママ大量散乱しておりました。
Tekkyo 一方城址公園には、日本晴れのオープンスペースを楽しむ家族づれの姿が嬉しい限り。もっともっと来ていただきたい。1年近く掲げられていた「犬の散歩についての看板」はやっとクリスマスに撤去されました。
Manabibashi 注意看板、禁止看板、警告看板、管理者の苦渋は理解できますが、折角の美しい公園が、なんとも無粋な光景になってしまう。公共空間のデザインポリシー、デザインディレクションはどうなっているのだろう。
Ochatubohiroba 銅門前のお茶壺広場には相変わらず禁止看板。「犬を入れないでください」未熟飼い主のせいで rights of animal の侵害。『犬と支那人入るべからず』という戦前看板を思い出す。これが狭いところに10数枚も。もう少し美しくして欲しい。
Sougamae 今日4日、朝10時からの小田原城総構え一周ツアーに参加を決意。国道1号線の「江戸口見附」付近から渋取川の面影をたどっての北上で散策開始。途中では高長寺の透谷の墓とか、寄り道しながらも、聞き及んではいましたが、小田原城の遺構がこんなに豊富に、見事に残っている、驚きでした。張り出しや土塁上からの見事な眺望、特に御鐘ノ台からの相模湾の観望に絶句。
Shounenin 移転が話題になっている「少年院」の木造官邸にも寄り道。老朽化とかで代替施設の臨時庁舎を建設中。完成移転次第、今年中に取り壊しすると、あっさりいわれてこれにも絶句。大正13年建立のへリテージですが。
Okanenodai 御鐘ノ台から北東方向の眺めです。関東学院大学や佐伯眼科の建物を中景に、遠景には丹沢山塊が美しく連なります。絶景です。
 今日のツアー、案内してくれたSさん、Oさんに感謝です。年頭にこのような感動を得たこと、得難い「歴史環境]の中に住まっていることに気付かせてもらったこと、貴重な一日でした。
 本年こそ、実り多い一年にしたいものです。

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