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2009年1月10日 (土)

住居は生活の基盤

Hayakawa_2 昨年末、神戸の早川和男先生から「私の研究生活小史2008」と題した喜寿記念ブックレットをいただきました。「身体的には衰えを隠せませんが、気力だけは十分で、好奇心のおもむくままに、あちこちと出かけています」と書き添えられていました。1982年の日本住宅会議の設立直後にお声をかけていただいて以来、25年以上にもなることにあらためて過ぎ去った月日を思いました。
 挿絵は、このブックレットの扉に掲げられているものです。先生は20年ほど前から住居の話をする際にこの概念図を必ず使われていました。住宅問題の世界では有名な図です。1979年だったと思いますが、当時のECの日本視察団報告書に「日本人は兎小屋に住む働き中毒」という一節があり、日本政府をカリカリさせたことがありましたが、日本社会の住居改善の施策は何らとられることなく、いまだに先進国とは名ばかりの住宅事情が続いています。
 昨今の「派遣村」誕生は、企業施設の兎小屋から放り出された信じ難い経済大国、ODA先進国の無惨な姿をさらけ出しました。
 住居は生活の基盤、住居は人権と言い続け、闘い続けた早川先生は「老いた馬はうまやに伏していても、千里の道をかける志を失わない」という言葉を支えにされています。日本人の住居の問題は、根源的な大問題です。基礎自治体が、企業の後始末を背負い込むように、放置され続けた住居問題も最後は基礎自治体の責務になってしまう。真剣に考えなければならない市町村のサスティナブルの課題です。

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