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2009年3月

2009年3月28日 (土)

090328mon 今朝の7時頃の馬出門です。明日の9時30分に「開門」されます。馬出門土橋を渡ってこの門を通り城址に入るという「正規登場路」を小田原市は希望されているようです。馬屋曲輪から住吉橋を渡って銅門(1998年復元)に入り、常盤木橋を渡って常盤木門(1971年復元)に入り本丸に至るというコースです。門はいずれも狭く、「狭き門から入れ。------命に至る門は狭く、その道は細い。----」というマタイ伝の言葉を思わせます。この狭さが、史跡に入るという緊張感を持たせてくれるとありがたいものです。今日も早朝から「骨董市」の準備が進められており、大勢の出展者と搬入車が忙しく動かれていました。このような「イベント・市民行事」と「史跡整備」、「観光活性化」と「文化財保全」をどのように調整していくのか、史跡城址公園の管理手法が問われるのでしょう。
980330akagane 「銅門・歴史見聞館落成記念式典」の式次第が、たまたま見つかりました。この銅門復元は石垣の復元などに苦労されたようですが、とても良い整備です。門塀の復元に続き、馬出門曲輪などの整備がどのように進められていくのか、また、史跡のバッファーをどう考えていくのか、「歴史への敬意」の具体化に注目したいものです。

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2009年3月22日 (日)

貧困ビジネス?!?!

090322kanagawa 今朝の神奈川新聞の社会面の「表層深層」が伝える社会状況は、福祉行政の中では想定内のものであったのかも知れませんが、何ともやりきれない無力感に襲われます。火災事故を起こした群馬県渋川市の老人施設は、2004年から東京都墨田区から「行き場ない高齢者」15人を引き受け、墨田区から支給される生活保護費を施設経営者が受領していたとのことです。施設の安全管理は老人施設側(群馬県や渋川市消防なども)の責任であることは当然ですが、送り出した墨田区側も責任を問われるのではないでしょうか。生活保護費の範囲では、都内の老人施設では引き受けてもらえない。引き受け施設の出現はありがたい、生活保護費の施設への交付もOKですとなったのでしょう。
 共同通信社の報道(カナロコ)では、墨田区側に近隣住民の男性が2006年に「入所者の紹介をやめるよう」注意を促していた事実があるようです。
 墨田区の「苦渋の選択」が何とも惨憺たる結果を生んだこと、基礎自治体が住民に負っている責務の重さを考えさせられます。
090322bousai2 これは自治会の回覧板です。地域の防災についてのお知らせです。「弾道ミサイル情報]「航空攻撃情報」「ゲリラ・特殊部隊攻撃情報」「大規模テロ情報」など。この地域「戦闘状態に入れり」ということでしょうか。「防災管理部」の職員さんはどのような情報をお持ちなんでしょうか。住民にこんな回覧を回すとき、何をお考えになったのでしょうか。住民が安全に暮らしていけるための行政はどうあるべきか、墨田区の悲惨を思っていただきたいと、心から思います。今日の自治会組会では、競輪場の防犯パトロールの当番が話し合われました。開花まじかのいま、なんとも重苦しい一日になってしまいました。

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2009年3月20日 (金)

小田原市議会の崩壊か(今日の議運)

 今日の小田原市議会、【議会運営委員会】(日時 平成21年3月19日(木) 午後1時30分・場所 第1委員会室・内容1 議題(1)陳情第63号 議案に対する議員個人毎の賛否を公開する事に関する陳情書 委員長堀村逸郎 副委員長 大村 学 委員 檜山智子 鈴木美伸 木村信市 青木正光 田中利恵子)が開催されました。10人の傍聴席は満席。委員会室以外に設けられた音声のみの傍聴室に10人ほど。議運にこれほどの傍聴者が見えるのは珍しいのでしょうね。その中の二人の方からメールで、お一人からはお会いしてお話を聞けました。音声記録が公開されている訳でもなく、事務局から速報が出ている訳でもないので、私自身には臨場感がないのですが、どなたも空いた口が塞がらないほど驚かれ、これ以上ない不愉快な思いをなさったようです。
 委員の中で青木正光委員(社民党)は欠席でしたが会派代理で井原義雄議員が出席(議運は代理出席ができるのですね。事務局の方議会規則教えてください)7人の委員のうち6人はご出席でした。
 メールで傍聴記を寄せられた方は、冒頭で「今迄様々な議会・委員会を傍聴してきましたが、今日ほど怒りが爆発したものはございませんでした」と冒頭にお書きにになっていました。お会いしてお聞きした方は「気分が悪くなった」と言われました。誠に異様な、信じ難い委員会であったようです。
 事件は、鈴木美伸(すずき よしのぶ)委員(至誠)がこの陳情に関しての鈴木美伸委員宛の私信を委員会の中でよみあげたことからのようです。しかも、その私信が陳情者からのもので「脅迫まがいのもの」との前提で委員会に公開されたことからのようです。市民からの私信を脅迫として認識したのなら、委員会の問題ではなく刑法の問題として処理するべきことぐらいの常識もなかったのでしょうか。
 檜山委員(フォーラム市民ネット)、田中委員(日本共産党)、木村委員(フォーラム市民ネット)は私信の公開に異論を発言されましたが、代理出席の井原議員(新生クラブ)が「ぜひ聞きたい」大村委員(グループ創和)「意見で述べられるのなら良いんじゃないんですか?」その間たびたび会議は中断したようです。議長堀村委員長(公明党)が議事運営を相談なさっていたためでしょうか。中断再開後、突然鈴木委員が「では、意見として述べさせて頂きます」委員会が騒然となる中、鈴木委員は、無謀にも私信を委員会で公開されたようです。その内容は記憶されている方からの聞き取りですが、嬉しくない手紙ではありますが、脅迫などというものにはほど遠いものと感じました。鈴木美伸氏は当然告訴されるのでしょうから、その帰趨が注目されます。
 論議については、予想通りの展開で陳情採択意見は、檜山,田中,木村の3委員。不採択意見は井原議員(代理委員)、大村委員。鈴木委員は「脅迫文書について、法的な対応など弁護士にも相談するつもりです」。採択としては3対2で採択だが、堀村委員長「委員全員の賛成がないと、この陳情については「採択」と言うわけには行きません。委員3人の採択と委員2人の不採択となったので、この陳情は継続審議となりました」として終ったようです。1人だけの不採択意見ではなく、大村委員が付き合ってくれたことには大感謝でしょうか。大村委員は反対か賛成か良く分からない発言をされていたとも聞きました。
 いつまで「継続審議」なんですか。前議会改革委でも「現状で良い」「継続審議」が連綿と続いてきました。「賛否公開」すら結論が出せない、審議権放棄です。本年度議会費は4億1830万円。市民負担もお考えいただきたい。1ヶ月あたり3,486万円かかるのですよ。49人のホームレスさんに毎月71万円支給できる金額です。
 25日の本会議で、しっかり論議していただきましょう。傍聴席からの賛否の確認がしっかりできるよう、少し眺めに挙手してくださるようになったそうです。(起立だと分かり易いのですが)と記事にしたのですが、この運動を支えて来られた方からのメールには次のように書かれております。
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19日の議会運営委員会で「継続審査」となり、25日に本会議にかけられることはなくなりました。

 賛成は、木村信市・檜山智子・田中利恵子 各議員
 反対は、鈴木美伸・大村学 各議員
 欠席  青木正光議員

 議長が、3対3という拮抗した状態なので継続審査にしたらどうかと提案し、そのようになりました。25日に全議員の判断を聞きたかったのですが残念です。
 しかし、傍聴に大勢の方が来てくださり、議員にはこの問題に対する市民の関心の高さはしっかりと伝わったと思います。
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この方たちは、平成19年12月にも陳情書をお出しになりましたが議会運営委員会で審議されましたが否決されています。15ヶ月間の思いと努力をぶつけられたのです。なぜ結論が出せないのか。継続は審議放棄です。なぜ継続なのか、堀村委員長さん速やかにご説明ください。
継続審査が25日の前になされることはあり得ないということのようで(くたびれたからですか)、本会議は6月議会なんでしょうか。またもや、3ヶ月の無駄を発生させます。議会は市民負担で存在するのですよ。市民愚弄もいい加減にしてください。我慢も限界です。

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2009年3月17日 (火)

歴史は資産か?負債か?(2)

Kameyama 歴まち法の続きです。京都や鎌倉の動きから議員立法で立ち上がった「古都保存法(1966年)」が、同法の理念を、その定める都市以外にも全国的に展開せんとする委員会の答申を受けて、文化庁(農水省も)と連携して立法したものだそうです。
 その委員会報告の結びの文を紹介します。
 「江戸時代末期から明治初期に日本を訪れた外国人は、自然と調和した日本の都市の美しさを一様に高く評価した。
 歴史や文化の集積した場所が都市であり、人々の日常生活が営まれる場所が都市である.都市が人を育み、人が都市をつくる。美しい都市は、ふるさとを慈しみ、誇りを持って生活する人々の表現であり、歴史的な風土の保存・継承とは、先代から引き継がれた記憶の広大への伝承である。
 都市の美しさは健全な生活が営まれる中で育まれる.全国各地の歴史的な風土を今に伝える地域が、その美しさを楽しめる心理的・経済的余裕をもち、真に豊かな暮らしが実現されるよう、国及び地方公共団体は、引き続きその責務を果たさなければならない。併せて、歴史的風土を活かしたまちづくりに対する国民各層の一層の理解と協力を期待したい。」
 上記の図は三重県亀山市の歴史まちづくり事業調整会議の体制を示したものです。亀山市は、第1次認定申請5都市のひとつで、この図のような体制を組んで事業に取り組もうとしています。同時に市民による「考える会」を組織して「まちづくりの基本を定める条例」を策定中です。
 1月に「現在、小田原駅・小田原城周辺まちづくり検討委員会において、三の丸地区(現ホール予定地を含む)の利活用の検討及び市民ホールの機能及び規模の検討が行われておりますので、そこで、これらの検討結果やその後の政策判断を踏まえて、「歴史まちづくり法」に基づく「歴史的風致維持向上計画」の認定申請などを行ってまいりたいと考えております。」と回答された小田原市まちづくり景観課のその後の事務状況などを伺いたいものです。

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2009年3月14日 (土)

歴史は資産か?負債か?(1)

Castle 「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律」、なんともに長ったらしいネーミングの法律。何か言い訳がましいネーミング。「景観法」は3文字であることを誇っていましたが、「歴史」はわが国では禁句なのでしょうか。「歴史的風致」という突き放した言い方、何とも居心地の悪いものです。「歴まち法」とエノケン風に呼称されていますが、「まちづくり」と言えない軛がしっかりあるのでしょうか。我が家からあらためて「天守閣」を眺めてしまいました。(ここからは翌日曜日15日の続き記事です。気がついたこと、法律に「歴史」という国語が出てくるのは、我が法律でこれが2番目です。これまでにあったのは「明日香村における歴史的風土の保存及び生活環境の整備等に関する特別措置法」だけでした。法律の本文中に出てくるものも、図書館、教育関係と観光関係の法などです。国交省、文化庁などのスタッフと法制局スタッフのやり取りで誕生した苦渋のネーミングなんでしょうね。)
Umadasi_back 今日は、久しぶりの快晴。朝6時前から明るさが出るまでになりました。昨日のやり残し作業を片付けているうちに、7時を過ぎてしまい、あわてて愛犬とともに出発。姿を現し始めた馬出門を住吉橋から眺めました。やはり、巨大マンションがとても気になります。「既存不適格建築物」なんでしょうが、法令すべてに適合し、手続はすべて適正、何の文句があるのとなりますが、当時の自治会長さんがご苦労なさった建設反対運動を思い出します。お堀端通りの「スタイル」がねじ曲がってしまいました。高度地区も景観条例も後の祭りになってはどうしようもありません。基礎自治体こそ、現場としての最大の先見性を持つべきです。
Kaimonnsiki 馬出門復元で、今月29日の日曜日午前9時に開門式があるそうです。あと2週間ほどですが、美しく整備されるのでしょうね。1997年、12年前の銅門の竣工式は結構盛大だったように思いましたが(なぜか私も出ていました)、今回は30分間の開門式だけなんですね。爽やかで嬉しい限りです。9時には大勢で駆けつけましょう。
Demolish 図書館先、二宮神社側の崩壊石垣です。城址公園内にはこのような光景が結構見られます。地震被災の記念碑ですが、このようなものにも解説板などお付けになったら良いのではないでしょうか。これも歴史です。何か、舞台裏扱いのように見えますが、樹々の間から眺める天守閣は美しいものです。本丸広場の石垣崩壊の形態、地震考古学にとっての貴重な調査対象にはなりませんか。
090315donjon 爽やかな青空に惹かれて、いい気分でつい本丸広場まで登ってしまいました。久しぶりでした。見なれた姿のようでもありますが、この午前8時,朝の光を浴びている天守閣は嬉しいものですね。気分が晴れます。1960年に復元されたとのことですので、来年は復元50周年ですね。市制70周年でもあるのです。50年前の市民の皆さんの祝賀気分はいかがだったのでしょうか.そんな思いでカメラを向けてきました。朝8時という早い時間でしたが、既に観光来訪者が数人お出でになっていました。以前に比べるとずいぶんすっきりした印象を受けました。ベンチにしばらく休ませてもらい、急坂での息切れを回復させました。天守閣を見上げて、展望テラスにはもう行けそうにないなあなどと思いめぐらせました。
Manabibashi この学橋は1929年の旧城内小学校の移転の際に竣工され、現在のものは1949年に再建されたとのことです。観光風景的な橋で、史跡整備としては排除すべき「不適当施設」のひとつとされていますが、「本丸・二の丸整備基本構想」を拝見する限り、本丸,二の丸、御用米曲輪が復元された段階の「短期計画図」にも残っていますので、当分は現状のままでしょうか。それにしても、この巨大マンションは「本丸・二の丸整備」が完成しても残存しているのでしょうね。基礎自治体の「不適当施策」の遺産になるのでしょうか。
Umadashi_front 馬出門が清楚な姿を現し、土橋もきれいに回復しました。この馬出門を主たる史跡公園の入場口にしたいというのが、小田原市の意向のようにお聞きしていますが、どうして「文化交流課」のみなさんは、その真っ正面の狭小な変形用地に、巨大な「不適当施設」を計画することに固執するのでしょうか。「そこに敷地があるから」ですか。
Jardin この僅か5,900平米の用地に、今可憐な草花が姿を見せ始めました。まだほんの周辺部分だけの一時措置のようですが、ぜひこの因縁の用地を百万本の花々で埋め尽くしてください。歴史は私たちの存在を闡明する最大の資産です。「歴史的風致の維持及び向上」というとても控えめで遠慮がちな「法」ですが、この法の活用に小田原市政府が真っ先に手を挙げて欲しいものです。迷路に落ち込んだような市政府の諸兄姉、花々の美しさを前にして "Open Your Eyes!"

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2009年3月12日 (木)

早朝の銅門

090312dawn 今朝6時半ころの銅門です。門は閉鎖されていますが、いつ見てもこの光景は美しい。埋蔵物調査で閉鎖されていた馬屋曲輪も埋め戻しが済んで土砂が平坦に戻されていました。復元馬出門も29日の日曜日に竣工式とか。美しい桜とともに、大勢の来訪者でにぎわう城址公園周辺の光景を楽しみに待っていましょう。
Dawn これも早朝の光景ですが、2004年に撮影したものです。厚い雲が少しずつはれてこようと言う時間のものです。2004年、私のホームページに、はじめて「小田原はすてきな町です」としたサイトを開き、いくつかの事案での市民運動なども記述して行きました。この写真は、"Dawn in Odawara" とキャプションをつけたように、5年前の市長選挙の結果に大きな期待感を持って、新しい友人たちとの連帯の中から、夜明けを迎えようとした当時の気分の表象のようです。
 毎朝必ず目にするこの銅門、4月からは馬出門と一緒に視界に入ることになります。私たちのまちにとって、この史跡は得難い最大の都市資産です。昨日までのまちづくり検討委員会でも「歴史への敬意」が語られていましたが、この住吉橋の前に立つと、史跡の重さを強く感じます。お堀端通りから土橋を渡って本丸広場までの時間、ぜひ多くの方々に楽しんでいただきたいものです。そのためにこそ、お堀端通りのアライバルセンスを徹底して配慮すべきと思います。高層マンションを許した愚行を、行政主導で繰り返すことだけは止めたいものです。

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2009年3月10日 (火)

小田原駅・小田原城周辺まちづくり検討委員会が終った

Donjon
 今日火曜日の午後1時30分開会で第6回検討委員会、最終回、報告書承認委員会がありました。この委員会、かなりの重要性を持っていると愚直に考えていましたが、慌ただしく、紆余曲折、迷路に入ったり、お尻を叩かれたり、委員のみなさん大変な思いをなさったのではないでしょうか。特に市民委員のみなさんは、実に誠実に努力されたようですが、取りまとめはかなり杜撰な結果に終ったのではないでしょうか。特に「三の丸分科会]の委員のみなさんのご苦労は痛々しいものでした。「市民参画」「市民が主人公」という「新しい小田原」の船出としては「苦渋」に満ちたものになったのではないでしょうか。何人かの委員さんと傍聴者が、職員喫茶室で疲れ直しをされていましたが,本当にお疲れさまでした。この報告書を市長がどう判断され、施策を決定されるのか、「新しい小田原」の出発が爽やかなものになることを衷心から願っております。
 ところで、今日「小田原城周辺」ということ、小田原城とは史跡としての八幡山古郭・総構えを含めた城を考えているのか?単に「城址公園」を考えているのかという論議の中で、はっきり対応される職員が今日は欠席でした。この委員会では最も大切な命題にも拘らず、「行外注釈」でお書きになるようですが、どうお書きになるのかはっきりしないままでした。
 会議開催時から、二つのミスがありましたので、委員会事務局の企画調整課長に回答を求めました。
1.欠席者は専門委員1名のみとして、構成員として論議に加わっていた文化財課職員の欠席を告知しなかったことはなぜか。
2.2月12日に、「市民意見」として送付していた私の「意見」だけが、「市民から寄せられた意見・要望(平成21年3月10日現在)」の資料として公開配布されなかったのはなぜか。
 回答を求めたところ、即刻午後6時48分にご丁寧なメールをいただきました。ご紹介いたします。
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1 意見の取り扱いについて
  課題別検討委員会の検討内容に関するご意見として、松本様から投稿フォームにご意見が寄せられたのが2月13日であり、本来であれば、3月10日開催の第6回検討委員会資料として「市民から寄せられた意見等」に掲載すべきものでありました。収受からほぼ1ヶ月を経過していたために、資料作成時に前回会議資料(2月10日開催)に掲載したものと勘違いしてしまい、松本様からいただきました貴重なご意見を検討委員ほかご来場の皆様にお伝えできないところでした。(追加配布となり、申し訳ございませんでした)今後、資料作成にあたっては、このようなことが無いよう十分に注意を払う所存でございます。深くお詫び申し上げますとともに、当方の不備を直ちにご指摘いただきましたことに対し、感謝申し上げる次第でございます。
2 文化財課職員の欠席について
  プロジェクトメンバーである文化財課職員は、当初、午後1時30分開始の史跡小田原城跡調査整備委員会が終了した後に、本検討委員会に出席する予定でした。検討委員会の会議時間に変更があったため、遅れての出席予定でしたが、事務局想定より早めに検討委員会が終了したので、本日は途中出席できませんでした。代理出席の件につきましては、事務局側で出席している職員が、小田原駅・小田原城周辺まちづくり検討プロジェクトメンバーであり、代理という形はとっておりませんので、その点はご了承ください。しかしながら、松本様ご指摘のとおり、当方にて開始時点での職員出欠状況など配布座席表と異なる部分について、ご来場の皆様にしっかりとお伝えしなかった点に関しては、事務局としての配慮が足りなかったものと反省いたしております。ご指摘ありがとうございます。
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なお、第5回委員会の3分科会議事録は昨日公開されました。危惧した通りほぼ1ヶ月かかっております。傍聴者の録音がなぜいけないのか、公的な論議をする委員会の音声記録を禁止する論理が理解できません。半分非公開とさえいえます。元警察庁長官の自民党衆議院議員の「超法規的発言」は、オフレコだったため、言った、言わないの茶番劇になっています。行政庁の体質は変えねばなりません。

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ホームレスの実態

090310kanagawa2 私たちの小田原市でも、大勢の「ホームレス」を目にします。夜の市民会館ロビー、早朝の城址公園などでも休まれています。昨日厚生労働省は「ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)結果」を発表しました。神奈川県も同時に県内の「実態」を発表しています。(サイトにはまだアップされていません)神奈川新聞によりますと、昨年比で84人の増加とのことですが、横浜市が48人増、川崎市が56人増ですから、他の市町村では20人の減ということです。横須賀市は僅か7人で5人減、相模原市は28人で1人減となっています。小田原市は平成15年が75人,19年が53人,20年が49人、21年はまだ公表されていません。
 厚労省によりますと、「都市公園、河川、道路、駅舎、その他の施設を故なく起居の場所として日常生活を営んでいる者」を「全市区町村における巡回による目視調査」で概数調査した結果だそうです。ネットカフェなど有料の施設で夜間を過ごす人は,対象外なんでしょうか。彼らも「ホーム」のない人ですが。横須賀が7人で小田原が49人というのは、このまちの環境の良さなんでしょうか。それとも「目視調査」の精度の差なんでしょうか。(ご存じの方教えてください)それにしても、ほんとうに毎年減少を続けているのでしょうか。調査手法には問題ないのか。
 この20万人のまちで、僅か49人の方の住居を手配することができない。空き家が目立つ、未入居のマンションが増えているというのに、何とかならないのか。住まいは人権の基礎です。

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2009年3月 6日 (金)

小田原市議会が変ろうとしています

090306townnews 小田原には、28人の議員がいられます。多彩な方々です。この方たちが市民に対して議会の報告をそれぞれに少しずつなさるようになってきました。ブログをお持ちの方も何人かいられます。でもまだ少数です。市民が議員に広くオンラインでにコンタクトできるまでにはなっていませんが、議会スタイルも変わってきているようには感じます。
 一昨年から、「麦の会」という市民グループのみなさんが、非常にご熱心に「市議の賛否公開」を求めるために運動を継続されています。議員が議案に賛成したのか反対したのか、それさえ分からないと言うのはおかしいのではないか、なぜ反対か、なぜ賛成かはそれぞれに発信していただければ良い、賛否だけは議会として公表して欲しい、そんな強い願いからでしょう。
 標記の記事のように、3月定例会で審議されることになりました。議員のみなさんも、従来になく前向きに対応されていると伺っています。「麦の会」のみなさんの願い、署名された大勢の市民の皆さんの願い、今回はお聞き届けいただけるものと信じています。
 私もたびたび、議会の改革を求めてきました。今回の「麦の会」の熱い思いに、議員のみなさんが議会改革の第一歩として踏出していただけることを強く念願しています。

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