« 小田原市議会の怪 | トップページ | 孤独なスプリンクラー »

2009年7月11日 (土)

史跡整備と樹木保全

090711brokenpinetree 昨日の金曜日は、早朝から不安定な空模様でしたが、やや明るさが増してきたので6時半頃から小田原城址公園に向かって散策開始しました。お茶壺橋を渡りかかったときに大粒の雨が降り出し、あわてて引き返してしまいました。今朝は何事もなく日常のコースを巡りましたが、馬屋曲輪(水の公園)の大松がひどい有様になっていました。散策途中の方も大勢この悲劇の大松の周りに集まり、写真撮影や樹木保護の話などをなさっていました。
 帰宅後、ブログや新聞記事で枝折れ事件の詳細が分かりました。発見が7時50分頃とのことですが、私が引き返した7時頃にはまだ枝折れするような強風はなかったので、7時過ぎに起こった悲劇でしょう。銅門の土塀も被害があったようですが、わずか12年で漆喰が剥落するようなことがあるのでしょうか。今朝はまだ開門されていませんでした。
 樹木の管理はなかなかたいへんなことです。この老松も強風に耐えて15mもある大枝を支える力がなかったと思われます。何か介助支持具などがあれば折れずに済んだのではないかという話も出ていました。専門的な保全策が求められるのでしょう。
 この「城址公園」は、小田原市の都市公園として設置(昭和33年)されていますが、昭和13年以降数次にわたりその区域等が史跡に指定された「史跡小田原城跡」でもあります。城跡の整備については、昭和50年以降幾度となく計画が策定されましたが、平成5年にあらためて「本丸・二の丸整備基本構想」が定められ、現在の整備事業はこの「構想」に基づいて推進され、銅門や馬出門が姿を現しました。
 これらの整備施策に伴って、旭丘高校の校舎整備、城内小学校の撤去、隅櫓橋撤去、大松の伐採などでは、市民からの異議申立てが続きました。これらの城跡整備は史跡内に限られていますが、史跡隣接周辺地域でのマンション計画などでも、市民と事業者との紛争が高まり、八幡山東曲輪の一部が公有地化が実現するという希有な事例も生まれ、本年度中には「八幡山古郭・総構保存管理計画策定」の報告が出されるまでになっています。公共による「城下町ホール」という設計案も景観破壊として指弾を受け、破棄されました。「歴史的風致維持向上計画」の策定もスタートしたようですし、市民との協働による史跡整備が望まれます。
 本年度、来年度の2年事業で馬屋曲輪の整備が行なわれることとなっていますが、このためには、かなりの数(17本ほどとか)の大松の伐採が伴います。この整備事業はかなり地味な事業ですが、伐採はかなり大規模です。今朝の市民の皆さんの声は「地球温暖化防止の時代に公共の手で樹木を伐採するなどもってのほか」というものでした。「史跡整備と樹木保全」という悩ましい問題ですが、整備開始に当たっては、市民への丁寧な説明、市民合意形成への努力が強く求められると考えます。

|

« 小田原市議会の怪 | トップページ | 孤独なスプリンクラー »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/139245/45597364

この記事へのトラックバック一覧です: 史跡整備と樹木保全:

« 小田原市議会の怪 | トップページ | 孤独なスプリンクラー »