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2009年8月11日 (火)

第21回最高裁裁判官国民審査

090811judgement 昨日の8月10日、「司法の独立と民主主義を守る国民連絡会議」(事務局)が中央選挙管理委員会に、審査運用の改善を申し入れました。ご承知のように、憲法79条の定めによって、衆議院選挙(今回は選挙区と比例区)の際に、新たに任命された裁判官の審査が国民にゆだねられます。1949年から始まったこの制度は、今回で21回目になります。私は第3回目の1955年からこの審査をさせていただいてきました。現在の最高裁判所の運用と特に違憲審査についての判断あるいは判断回避、行政権への追随などは、極めて不当なものであると思っています。最高裁判所は、抜本的に改組されるべきです。私は、個々の裁判官任命への可否以上に、最高裁判所への異議申立の唯一の機会であるこの審査に、ずっと不信任投票をしてきました。
 8月30日の審査には、9人の裁判官が審査に付されます。一般の方が多少でもご存知の方は、労働省出身の櫻井龍子さんと外務次官だった竹内行夫さんくらいでしょう。法曹界の7人の方はほとんど知られていないでしょう。竹内行夫元外務次官は、イラク戦争の日米同盟の立役者ですから、お顔も知られている方です。良く知らない方に×印を付けるのには躊躇いがあります。それでも、これまでいちばん×が多かった方は、689万(15.17%)の×印をもらっています。地域的な特徴は沖縄県の審査です。30%以上の×印です。最高裁の判決が、直接県民の批判を受けているからでしょう。
 今回の申入れでは、「裁判官の任命経過や適格性を判断する十分な資料を国民に提供するべき」「×印以外の白票を棄権票と区別することなく信任票として扱うなど、不合理な制度」そのために「(1)公報に裁判官の経歴・判例だけでなく、司法行政・最高裁のあり方に関する所信も掲載すること(2)白票はすべて信任票として扱われることを投票所に明示すること(3)投票したくない人は投票用紙を受けとらなくてよいことを周知すること」などとしています。
 良く分からない、×印付けるのに躊躇、だからそのまま投票箱に、そして全裁判官「信任」というのは不当な制度です。申入れは当然のことです。国民の司法参加が言われているこの時代、このようなマヤカシの制度は恥ずかしいことです。信任は○印、不信任は×印を付ける、判断つかなければ白票(もちろん信任ではない)、こんな当たり前のことをきちんと実行して欲しいですね。憲法79条を定めた思想を守って欲しい。政権交代でできるのでしょうか。
(お閑な方は、私の1996年の記事、私の「○×論」をどうぞ)

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コメント

被選挙権を得てから久しいですが選挙に欠かさずいっています。
最高裁審査は毎回全員×でとおしてきています。

判事は15人中、裁判官出身 6名、弁護士出身 4名、検察官出身 2名、学者 出身 1名、行政官出身 2名位の割合です。
3権分立なんて夢物語。
所詮は時の政権によって選ばれるんですから。これでは、某○○委員会と同じかな(笑)。
キャリア判事らだけで、判決が決まってしまうんですから。
検察出身者は弁護活動を捜査妨害と糾弾する方もいました。
こんなことで、まともな裁判が出来るとは思えません。
やはり、裁判員はこういうところにこそ必要ではないでしょうか?

最高裁長官の異例とも言えるごぼう抜き人事(東京高裁長官からの14人抜き)は、民主党が天下を取ったときの対策といわれています。定年70まで、長らく人事をいじれないわけですからね。

これからは、最高裁国民審査の不信任運動もやらないといけないですね。

投稿: 小田原不良市民 | 2009年8月12日 (水) 11時05分

小田原不良市民さん 定年が70歳ですから、皆さんかなり長期に在任されるのですね。違憲審査に踏み込む方がいないのは困ります。憲法の形骸化なんて政党人が気軽に言ってはだめですよね。

投稿: 松本茂 | 2009年8月12日 (水) 16時39分

米国は終身制だそうです。
長期の任期は時の権力者が人事に介入し、
安易なコントロールを避けるためです。
ロッキード裁判では田中のシンパが首相になり、
最高裁の人事権を通して事件をもみ消そうとした話もありました。
それから、このポスターの「政府・大企業」のいいなりという表現はなんだか左翼系のにおいがするというか違和感を覚えます。建前論ですが、公正な判断の下には大企業も中小企業もないわけですから、違憲審査を避けているとかそういうところを問題にすべきだとおもいます。
最高裁判事は退職後、弁護士出身者はたいてい大企業の顧問をすることが多いので、大企業優遇というのもわかりますけどね。
なんでも、最高裁は年間3000近くの事件を抱えそれを、15人で処理(大法廷1-小法廷3)し、憲法判断する時間がないそうです。憲法判断できるようの規模の見直しが必要でしょう。

それから、憲法の形骸化についてですが、たとえば、日本の安全保障を考える意味では、自衛隊は必要だと思いますが、
(非武装がいいとか、9条があるから攻めて来る国がないとか、そういう非現実的な話は別として)
どう考えても9条に違反してしまいます。かといって改憲ということなら松本さんも反対しているように、容易にはできません。そうなると、9条を骨抜き解釈で自衛隊を認めさせるしかありません。9条についていえば、解釈で自衛隊という軍事力を認めているので、あえて改憲は不要との考えがあります。
形骸的な憲法解釈をとるか改憲を取るか、そういう現実的な選択を考えないといけないでしょう。

投稿: 小田原不良市民 | 2009年8月14日 (金) 11時24分

小田原不良市民さん 違憲審査の公正な機関が必要ですね、民主党もそれらしいことを、憲法提言(2005.10)で言ってますね。
「--- 最高裁判所による違憲判断の事例が極めて少ないことから、わが国の司法の態度は 自己抑制的であり、消極的すぎるとの批判を受けてきた。 司法消極主義の下で繰り返されてきた政府・内閣法制局の憲法解釈を許さず、憲法 に対する国民の信頼を取り戻し、憲法秩序をより確かな形で維持するため、違憲立法 審査を専門に行う憲法裁判所の設置を検討する。---」

投稿: 松本 茂 | 2009年8月14日 (金) 12時19分

ありがとうございます。
長々と失礼します。

憲法裁判所を作るというのは、
最高裁経験の法学者などからも出ており、
かって検討されたことがありました。
しかし、4審制になりかねないとか、
最高裁判事が15人でないと、
それにふさわしい人材が確保できないなどの理由で、
ポシャになったそうです。

また、公正な違憲審査の機関ということに関しては、
最高裁事務総局を中心にした人事や司法行政機能と、
法廷を中心とした法律の解釈適用機能の分離も必要です。
裁判員というのはある意味で、
それを実現したとも言えなくもありません。

また、
最高裁のキャリア判事出身者は、
エリートコースといわれ法廷経験が乏しく者でしめられています。彼らに、まともな裁判が出来るんでしょうかね。

投稿: 小田原不良市民 | 2009年8月14日 (金) 13時17分

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