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2009年8月21日 (金)

廃兵院

090821hakonehospital 小田原市風祭に「独立行政法人国立病院機構箱根病院」という誠に歴史を感じさせる病院があります。1907(明治41)年にわが国で始めて廃兵のための施設が開設されました。日露戦争(1904,5)の傷病兵の増加に対応してのものでした。輝かしい戦勝がちまたには悲惨な戦傷として放置されたからです。この廃兵院が慯兵院と名前を変えて1936年にこの地風祭に移転しました。以来73年が経過しました。今日、ある事実(後日記事にします)の詳細を伺いに訪問しました。ご存知のように1945年の敗戦後も、国立箱根療養所と名称を変え長くその責務を果たしてきていましたが、幸いなことにその後の日本に傷痍軍人が生まれることもなく療養者は漸減し、1965年には西病棟を新設して戦傷療養者を集約しました。(この俯瞰写真は後背地にあるある旧グランド前から撮ったもので、中央に見えるとんがり帽子の赤い屋根が1936年の移転時に新築された本館です。当時のものはこの本館と旧奉安殿くらいです。本館前にあった講堂棟は昨年撤去され駐車場に整備されました)
090821westbrock_2 この西病棟は3棟の平屋療養棟が管理廊下棟で連結された大きな施設でした、50人ほどだった戦傷療養者が3人になった時点で閉棟され、今はこのような姿で放置されています。今日は、眩しく光り輝く陽光の中、構内をていねいに案内していただきました。この地から戦争の記憶が静かに消え去ったのです。忘れてはいけないものが去っていく、この光景に私たちの非力を強く感じました。この小田原の町で密かに戦傷病者が労苦の人生を過ごされていたのです。一般病棟に移った3人の方もついに昨年までにすべてその生を終えられました。(つぎのブログもご覧ください。うろこ玉絵日記
090821afterwar 「療養所の戦後~箱根療養所で暮らした戦傷病者の労苦」と題した企画展が「しょうけい館(戦傷病者資料館)」において、9月27日(日)まで開催されています。この企画展は、箱根病院の協力の下に企画されています。8月9日には石原病院長の講演もありました。戦傷病者の証言記録映像も放映されています。このことがあまり知られていないようですので、ご紹介しました。お時間をつくってお出かけください。

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コメント

ありがとうございました。
わたしは9月になりますが、しょうけい館行ってきます。

投稿: うろ子 | 2009年8月22日 (土) 11時51分

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