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2009年10月23日 (金)

日本の都市計画を市民の手に(2)

091023ishida 先月16日に誕生した「民主党政権」は、さまざまに商業マスメディアから脚を引っ張られながらも、かなり果敢に CHANGE に挑戦されています。この1ヶ月に発信されたメッセージは、施策実現までにはそれなりの変転はあるでしょうが、マニフェストで示した枠組みは守っていかれると信じたいものです。
 「民主党政策集 INDEX 2009」には、循環と共生のまちづくり として、『循環と共生を一人ひとりの市民が実践するため、地域の歴史的な景観や環境が保全され、その地域の特性に応じて環境と調和した循環型のまちづくりが なされなければなりません。環境負荷の少ない持続可能な社会を目指すための原則を明記するとともに、情報公開と市民参加を徹底した地域主権型のまちづくりのシステムを、都市計画法や建築基準法を抜本改正することによって構築します。』と記されております。
 日本国の法制度について評価する立場にはありませんが、これまでさまざまに「まち壊し開発」に直面してきた経験から、「都市計画法や建築基準法」の体系が、都市の自治をまったく奪ったものであるために、基礎自治体の政府は、単なる国の下部機関として身動きがつかない様相に、いたたまれない思いを重ねてきました。まさに、「抜本改正」が喫緊のものとして求められています。
 日本国の「法体系」は、敗戦とともに一変するほどの民主化がなされました。地方自治法も制定され、市町村も一定の自治権を得ました。1950年には、市街地建築物法(1919年制定)は廃止され建築基準法が制定されました。しかし、都市計画法(1919年制定)の体系は旧制度の改変がなされないため、建築物の用途や高さ規模などを定める建築基準法の「集団規定」は、国による一律的な定めがなされてしまったのです。しかも「建築する自由」は、確認制度という建築主にとって極めて「民主的な」仕組みが組み込まれたため、「地域の歴史的な景観や環境」を保全する判断は、「基準法の適合」だけに止められているのです。市政府も都市住民もなんらの関与ができません。
 戦後日本の経済拡大の中で、土建産業の巨大化のために、常に建築基準法の規制緩和とともに「自由化」され続けたのです。高さ、容積、道路斜線、面積計算基準など、留まるところのないほどの「自由化」がなされてきました。このブログでも、2006年4月21日の記事でも、これらのことに触れています。
 画像で紹介した「日本近現代都市計画の展開 1868〜2003」は石田頼房先生の貴重な労作です。巻末には「都市計画年表」も付されています。この書は、いわゆる専門家世界の研究書ではなく、石田先生の「志」がひしひしと伝わってくるような熱い本です。もちろん豊富な史料を知るためにもたいへんありがたいものです。ぜひご一読いただきたいと思います。
 いま、都市がまちづくりの権利を獲得するために「情報公開と市民参加を徹底した地域主権型のまちづくりのシステムを」実現する政権の成立を得たこと、私たち市民に大きな希望を与えました。政府と市民の恊働で「地域主権」を確立する時が来たようです。来月には「勉強会」が開催されます。

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