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2009年11月17日 (火)

安重根義士記念館

091113anjungkun 先週の水曜日から土曜日まで、仕事のためにソウルに行きました。慌ただしく過ごした最終日の午後3時ころ、1時間ほどの時間ができましたので、以前から訪問したいと思いながら一度も訪ねていない表題の記念館に駆けつけました。幸いなことに滞在ホテルからは大変近く、ものすごい交通ラッシュにもあわず、こころ静かに伺えました。この訪問には、かなりの思い入れがありました。
 この南山の地には、かつて(64年前)朝鮮神宮があり、特別の権威ある施設と子供心に思って過ごした記憶がしっかり残っています。南山に上る石段の下を市電が通る際にはいったん停車して、乗客全員起立して最敬礼をしていたのです。いまで言う朝鮮民衆の「公民化政策」だったのでしょう。この施設は、1919年に朝鮮半島の総鎮守、官幣大社朝鮮神社として創立列格され、祭神は天照大神と明治天皇を祀られました。それ以後本格的な工事が始められ、1925年6月に「朝鮮神宮」と改称され、10月に鎮座されました。前段で触れたような「参拝強制」は25年の鎮座以前からあったようですが、満州事変以後に強化されたようです。そのただ中での少年体験がいまでも大きな違和感として残っています。
 日本の敗戦、朝鮮半島の「光復」後、きわめて早い時期にこの地は「南山公園」として整備が進められ、山頂部にある「ナムサンタワー」からの展望が楽しめます。
 朴正煕大統領時代の1970年、この朝鮮神宮の跡地に、安重根義士記念館が新設されています。安重根は、ちょうど100年前の1909年10月26日、哈爾浜駅構内で伊藤博文を暗殺した「愛国者」として知られていますが、韓国と北朝鮮では大きく評価が分かれています。
 このブログ記事を、ロマンスカー車内で中途アップした段階でコメントが寄せられたように、日本では、評価以前にきわめて短絡的にに断定する傾向にあります。かなり前ですが、中野正剛氏のご子息中野泰雄氏(本年4月に他界)によるソウルJCでの講演録が、亜細亜大学の紀要に残されています。大変丁寧に語られているものです。亜細亜大学の紀要(亜細亜学園創立50周年記念号)にアクセスしPDFでご精読ください。私たちアジア人の将来展望考察の糧になると思います。

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コメント

伊藤博文は韓国併合に反対していました。安重根はテロリストです。

投稿: 義歯 | 2009年11月17日 (火) 22時35分

伊藤博文暗殺について、百歩譲っていろいろな見方を認めるとしても、どうして殺人者を持ち上げるのですか?
松本様がそんな考え方をされるとは思いませんでした。日本は悪いことをしたから何をされても仕方がない、殺されても。
原爆を落とされ、20万人の無辜の市民が殺されても、悪いのは日本だ。日本をいじめれば英雄だ。ということですか?
お前の先祖は人殺しだから、悪者だからいじめてやる、ということですか?
日韓併合は、欧米列強の植民地政策とは根本的に異なります。
韓国の嘘と捏造の反日教育。そして松本様のこのブログ。どうしてこんなに不当な日本たたきが横行するのでしょうか。悲しくなります。

投稿: 菅 | 2009年11月19日 (木) 22時01分

菅さん このブログのどこから「殺人者を持ち上げる」と読み取れるのですか。事実を直視して、東アジア諸国間の歴史認識を共有する努力をするべきとの立場で僅かな事例を記載しただけです。冷静なご理解をお願いします

投稿: 松本 茂 | 2009年11月20日 (金) 00時28分

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