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2009年11月 1日 (日)

建築と行政(2)

091101kenchikujournal2 先月10月9日の記事で「建築ジャーナル」誌の取材をお知らせしました。一昨日、当該誌11月号を受領しました。特集「公共建築は身の丈であるべきか」とされています。建築家(私もその一人と思っていますが)への情報提供の雑誌ですが、他建築雑誌とひと味違う問題意識でつくられているようにも思えます。実施設計まで受託し、工事入札の寸前に「中止」というのは、建築設計者にとっては、たとえ十分な設計料を受領しようとも、納得し難い「事件」であることは確かです。山本氏にとっては邑楽町に次いで連続二つ目ですから、ちょっと痛々しい「事件」です。この事態が発生したのは「公共建築の身の丈」ではなく、「建築家」自身の「公共意識錯誤」にあると思います。社会的職能を標榜している「建築家」であるなら、公共建築の発注者である「公共団体」あるいはその「首長」を、クライアントと見るべきではありません。「まち・住民・その文化」に視点をおくべきではないでしょうか。
 山本理顕氏は『小田原市がコンペで選んだ「都市の中の自由広場」はなぜ駄目なのですか』として、この事態に戸惑いを示していられます。いまだに「なぜ駄目なのか」の説明を「発注者」はなさっていないようです。「発注者」であった当時の小田原市市民部長であった植田理都子市会議員(2007年から)も、「説明責任はごく自然のこと」と言われています。
 私たち「市民」は、2005年末のエスキースコンペによる設計案選択以来、山本案の「錯誤」を指摘し続けてきましたので、いやになるほどご理解いただいたと考えています。それでもなお受託者としては発注者である「公共団体」からの「説明」が欲しいというのは、まあ「自然」でしょうが、公共に視点の定まった建築家であれば、あらためての「説明」など求めないと思います。ご納得いかないのであれば、植田議員とともに不当行為として提訴なさったらいかがでしょうか。それとも、市民に向かって不当を訴える集会など開催されますか。
 この特集で、ぜひ取り上げて欲しかったのが、設計者選定委員長の藤森照信氏、委員の伊東豊雄氏のお考えでした。コンペの委員長、委員の説明は極めて重要であり、この不幸な「事件の主体」としての責任を果たしていただきたいものです。委員のお一人音響研究者本杉省三氏の「聲]はちょっと、理解し難いものです。多目的ホールの難題を解決した魅力ある案として、ハンス・シャロンの事例で立証されようとなさるのは、かなり見当違いではないでしょうか。建築という行為を「もの」としてしか考えていられないのはきわめて残念です。
 何れにしても、この「事件」は行政も議員も市民もそして建築家、コンペ委員も、真剣に考察を整理して、「再発防止」のためにも、この無惨な記憶を風化させてはなりません。当事者責任を果たして行きましょう。
 なお、この11月号、当地小田原の書店では扱っていないとのこと。入手なさりたい方は雑誌のオンライン書店(概要も紹介されています)にアクセスされるか、あるいは当方までご連絡ください。

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