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2010年2月11日 (木)

三の丸地区を守りたい

100211yamamoto 先日、2月9日にアップされた小田原市公式サイトのトピックスです。
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市長と山本理顕氏との公開対話の開催について
市長と(仮称)城下町ホール設計者である株式会社山本理顕設計工場 代表取締役 山本理顕氏が、ホール計画の見直しの経過及び現状等について公開による対話を次のとおり行います。
1 開催日時   平成22年2月18日(木)午後6時より1時間程度を予定
2 場  所   小田原市役所 大会議室(7階)
3 出席者予定者 小田原市:市長ほか(職員2~3名)  株式会社山本理顕設計工場:山本理顕氏ほか(2~3名)
4 傍  聴   事前申込不要 先着100名まで
担当課名 文化交流課 市民ホール建設推進担当 電話番号 0465-33-1705
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 何とも奇妙なトピックスです。「山本理顕という建築家」と「小田原市文化交流課」は何を考えているのでしょうか。正常な市民感覚ではこのトピックスの意味するものは理解に苦しみます。(この話題は、もっとも触れたくない事案ですが、あえて記述します。長文になってしまいました)
 悪夢のような「城下町ホール」事業。この事業に携わっていた元小田原市市民部長植田理津子氏(現市議会議員)、文化交流課長関野氏、基本構想コーディネーター近江哲郎氏、これらの諸氏はいまだにこの「市民ホール事業」に関わっていられます。
 「城下町ホール」事業は、2008年5月の市長選挙で、「見直し」をマニフェストとした「加藤憲一市長選候補者」を市民が選択したときに、山本理顕氏の「個人的記念碑」は否定されたのです。にも拘らず「説明を求める」という傲慢な要求に、小田原市は「市長と山本理顕氏との公開対話」という胸の悪くなるようなイベントを開催されるというのです。小田原市は市長と職員2〜3名、山本理顕設計工場は山本理顕氏ほか2~3名による対話だそうです。
 このクレージーな対話で何を生み出そうというのでしょうか。山本工場の設計業務は、小田原市が仕組んだエスキースコンペという路線に乗って、藤森、伊東、本杉の建築家3氏が仕上げた「建築家」創作です。
 小田原市が5年前の2005年6月に公開した「(仮称)城下町ホール基本構想」。この「構想」の説明会でコーディネーターを務められた近江哲郎氏の「説明」からは、「ギリシャの円形劇場(藤森氏)」は夢想だにできませんでした。その年の9月27日に発表された「(仮称)城下町ホールの設計者を募集します」という記者会見では、「設計者の選定に当たっては、建築、劇場設計、景観等に関する学識経験者などで構成する設計者選定委員会を設置し、公募によるエスキースコンペを実施します」とされています。このコンペはバタバタと進められ、その年も押しつまった12月18日に開催された第3回設計者選定委員会(6委員)で、山本案3票で「最優秀作」と決定されたのです。選定委員6人は、委員長藤森照信(建築史家)、副委員長市橋匠(当時小田原市副市長)、委員伊東豊雄(建築設計家)、松村みち子(タウンコーディネーター)、本杉省三(日大教授)、坂本恵三(当時企画部長)の6氏です。
 藤森意見「計画区域については、現状では、東京電力と横浜地方検察庁などを整備区域とするのは無理であると考えるので(藤森委員長が)、基本的には市の考え方で問題はない」として、5900平米の計画敷地を認定し、小田原市事務局は「周辺区域は将来的にはそれぞれの土地所有者とできるだけ積極的に協議をしていきたいと考えている」として、立地、用地問題を片付けています。
 基本構想の前提となる2003年3月の(仮称)城下町ホール建設市民委員会の報告では、「用地買収の遅れもあって」用地については検討せず「文化ホールへの期待を中心に行なわれました」とされています。
 この事業の基本的問題は「立地・用地」にあります。それにも拘わらず、用地問題を積み残した小田原市は、(仮称)城下町ホール基本構想策定調査を(株)佐藤総合設計に委託し2005年3月に報告書を受け取り、建設市民委員会報告を無視した「基本構想」を6月に策定したのです。この策定の作業者は近江哲郎氏であったのでしょうか、同氏は説明会のコーディネーターを務められました。
 2008年5月の市長選挙では、加藤憲一候補が市民の大きな支持を得て市長に当選しました。新市長は、マニフェストに掲げたように、初めての6月定例議会で「ホール計画では市民・専門家・職員による検討委員会を設立して根本から見直し、建設予定地も再開発事業用地に変更することを提案(神奈川新聞2008.6.11.)」したのです。この所信表明演説には「市民詰め掛け傍聴席足りず(同紙)」と報じられました。ここに平成元年から20年迷走していた「ホール事業」は正道に戻ったかと思われましたが、そのわずか2ヶ月後に再び迷走に入り込んでしまったのです。この迷走が、奇怪な「対話」を招くことになったようです。
 この迷走は、議会と既存の行政組織によって「市長所信」否定から始まったのです。この迷走再開が今回の「対話(2月18日予定)」という山本復活劇を演出することになったようです。
 平成2年以来ホール用地とされている「三の丸地区」は、小田原市が最大の資産とすべき小田原城正規登城口をなす馬出し門に直面しています。しかも、この用地が面しているお堀端通りには、高さ制限15メートル(斜線緩和付だが)の規制が掛っています。風致景観として保全すべきという合意がなされているのです。加藤市長のマニフェストは、その合意に基づいた正しい指針でした。
 地方自治体の財政難は、小田原市にとっても最大の課題です。市長選挙で否定された「山本設計」などに所管課を煩わせている場合ではありません。しかも、「山本設計」を熱心に推進した「当時課長」氏が、小田原市長の補佐役で対話に参加するなどということがあり得るのでしょうか。
 小田原市、小田原市議会は、三の丸地区を大切に守ってください。

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コメント

素人にはこの公開討論の位置づけが全くわかりません。
市役所幹部は、この儀式を持って山本修正案を選択肢のひとつとして復活させるつもりなのでしょうか?
市長も市長です。この討論は市民検討委員立ち上げの前にすべきものです。
この公開討論は、市民不在の役所の遊びとしか映りません。

投稿: ? | 2010年2月12日 (金) 22時00分

?さん 「加藤新市長所信表明」直後から、城下町ホールの見直しマニフェストを転換しなければ、既存行政組織も議会も「市長拒否」。そして、総合計画策定、基本条例の立ち上げなどなどの停滞を恐れた新市長の「現実的決断としての屈服」だったのでしょう。私は、単に1事業の転換ではなく、小田原市百年の負債を作り上げる失政であると考えています。「公開討論」という愚行が、これまでの不明を浮き彫りにすることを期待しています。

投稿: 松本 茂 | 2010年2月13日 (土) 09時26分

山本案を検証するための委員会を作りそこに参考人でよぶとか、第三者の建築学者が山本を擁護する意味でこの手の討論をおやりになるなら、かまいませんが、
この時期になぜこのような討論会をやるのか理解できません。
市はいまだに山本に色気があるとおもわれることでしょう。
市長に山本を論破できるだけの力があれば別ですが、
結局、山本に利用されてしまいます。
市長としては山本氏にたいする誠意を示したかったつもりでしょうが、相手は世界的建築家ですよ。
わざわざでてきて、「あんたの建築はだめだ」などと恥をかかされるようなバカはしないでしょう。市は山本の案をベースにやるつもりがあるのでしょうか?
松本さん含め市長を応援して来た方々も、
まさかこんなバカげた行為を見過ごしていいわけありませんよね。

投稿: 小田原不良市民 | 2010年2月13日 (土) 13時57分

市長も市長です。この討論は市民検討委員立ち上げの前にすべきものです。
>>
行う時期の問題ではありません。そもそも百階あって一理なしの討論です。
こういう討論会をやりたければ、山本案に決まったあとに市民やマスコミにプレゼンをする意味でやるべきことなんです。市長が山本の建築に酔いしれてヨイショするとかそういう意味でね。

自分も、
てっきり誤解していました。
山本が市に乗り込んできたのは、山本案を検証するために参考人として呼んだとかそういうことと思っていましたが、そうではないんですね。
市長さんも新人類世代ですから、旧来の常識が通用しないんでしょうか?

投稿: 小田原不良市民 | 2010年2月13日 (土) 14時05分

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