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2010年3月

2010年3月30日 (火)

さよなら競輪場

100328kanagawa 小田原競輪場、この3月は19回も「開催」されました。今週は27日から今日まで4日連続開催です。
 一昨日日曜日の神奈川新聞には、「花月園競輪」のお別れ広告が出ていました。神奈川新聞は、現在でもかなり丁寧に各地の競輪結果などをスポーツ面で報道する競輪新聞ですので、この広告記事でも、「花月園競輪が生み出した助成金でどれほど助かったことか、そんな功積は忘れられ、収益金を生み出せないなら、と廃止が決まった」と無念がっています。花月園競輪は1950年に全国で50番目にできた競輪場ですが、1989年の売り上げ828億円も、昨年は143億円にまで落ち込んでいたそうです。我が小田原競輪場は、1949年、全国で9番目の競輪場として開業し、1991年の売上551億円がピークでした。ここ数年は150億円程度で推移しています。この3月期はどのようでしょうか.衰退はますます進んでいるようです。市長お約束の「段階的撤退」はどこへ行ったのでしょう。以下「加藤憲一マニフェスト」
☆競輪事業の段階的撤退に向けての検討開始
 長年にわたり事業収益によって市の財政を支えてきた競輪事業ですが、観客の著しい減少、事業収益性の低下など、その歴史的役割を終えており、数年のうちに単年度収益は赤字となる可能性が大です.小田原らしさの源泉となっているお城周辺の文教地区の核心部という立地に適した、競輪事業に替わる新たな土地活用と事業計画推進に向け、段階的撤退と跡地の有効活用についての検討を開始します。(2008.4.12.)
 もう2年近くになります。「文教地区の核心部」での再度の強盗致死事件などまっぴらです。
100329poisete 今朝の冷え込みは桜の季節としては異常でした。完全な氷点下での愛犬との散歩兼ごみ拾い。打ち捨てられ夜露に濡れた競輪新聞が、バリバリに凍っていました。冷えきった年度末です。

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2010年3月27日 (土)

Union of Concerned Scientists(USC)

100327daigofukuryumaru 3月22日、「憂慮する科学者連盟(USC・Cambridge)」は「日本と米国の核体制」という報告書を発表しました。2009年4月のプラハ演説以来、米国の世界軍事戦略の中で「核」の役割が低下しているように思えるが、「先制不使用宣言」こそ核不拡散を促すものだとして、強く求めています。日本国政府は「米国の核の傘」をありがたく受け入れて、その「抑止力の恩恵」に預かっていたので、「先制不使用宣言」には不満のようだとされています。世界で唯一「先制使用」された日本の社会では「非核」の世論が圧倒的に高いことも記しています。
100327tomahawk_2 26日には、米国とロシアが第1次戦略兵器削減条約(START1)の後継条約として、両国の戦略核を約3分の1(双方が配備する戦略核弾頭を1550発ずつ)削減する新たな核軍縮条約に最終合意したと伝えられています。この5月にはニューヨークで5年に1度の「核不拡散条約(NPT)再検討会議」が開かれますが、両国の合意はこの再検討会議にとって欠かすことのできないもので、4月8日のプラハでの両国調印が待たれます。(朝日新聞
 5月のニューヨーク会議が「核兵器廃絶」への前進になることを求めて、日本からもさまざまな団体が署名簿を提出する運動を高めています。2009年4月の勇気あるプラハ演説が、実効性のある世界合意に進むことを切望します。(画像はWikipedia)

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「歴史共同研究」

100327kanagawa 今朝の神奈川新聞は、3月26日、安重根の処刑100年の追悼式が、韓国ソウル市庁舎前広場で行われたと報じています。(安重根義士記念館のことは昨年記事にしました)3月23日の同紙では、韓国政府機関が安重根遺骨調査に日本政府の協力を求めていると報じています。処刑は当時の関東州旅順刑務所内(現中国大連市旅順口区)にてなされていますので、埋葬の記録などを求めているようです。処刑の年、8月22日には、「韓国併合ニ関スル条約」(明治43年)が締結されます。第1条で「韓国皇帝陛下ハ韓国全部ニ関スル一切の統治権ヲ完全且永久ニ日本国皇帝陛下ニ譲與ス(調印日本側統監寺内正毅・韓国側内閣総理大臣李完用)」とされ、韓国併合は1945年8月15日まで35年間継続しました。今年は「併合」100年目です。
 去る1月31日に「日中歴史共同研究報告書」が、3月23日には「日韓歴史共同研究報告書(第2期)」が公表されました。「日中」は2006年12月26-27日に北京で第1回全体会合を持ってから3年半ほどで400頁ほどの報告書が出ました。一方「日韓」は、2001年から始まり2005年に報告書(4000頁ほど)を出しましたが、ふたたび2007年6月から第2期の「共同研究」が始まり、23日の報告書(2500頁ほど)公開に至ったのです。特に第2期では、3つの時代区分の分科会の他に、「教科書小グループ」が設けられました。2つの報告書を見る限り、「中韓」2国との「歴史」を巡る「合意形成」はまったく見えてきていませんが、中国と韓国の研究者の姿勢に大きな差を感じます。大国になった中国の余裕、日本国と正面から向き合い続ける韓国ということでしょうか。日本国は、韓国に対しては何かはぐらかしのような姿勢があるのではないでしょうか.韓国研究者の「論文」と日本側のそれとはかなり違います。
100327blossom いまだに、加害者と被害者が和解できていないということなんでしょう。「近くて近い国」としてスタートしたこの「共同研究」、一体いつになったら「成果」が得られるのでしょうか。「日韓併合100年」の今年、少しでも「近くて近い国」になることに努めたいものです。
(画像は今朝の桜、冷え込みで開花一休みです)

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2010年3月21日 (日)

イラク開戦7周年

100321iraqui 2003年3月19日、米国、英国などの「有志連合」はイラクに対する攻撃が始めました。以来7年、数十万人のイラク市民が犠牲になりましたが、大義名分とした大量破壊兵器の開発もアル・カイーダとの関係も存在しなかったことが明らかとなっています。日本国は、米国から一喝されて自衛隊を初めて海外派兵しました。
100321iraqui2 当時の民主党は、イラク戦争については、国連憲章をはじめとする国際法の原則に違反しているとし、自衛隊の派遣は憲法上の疑義があるとして、イラク特措法に反対しました。政権発足後も、鳩山首相は、「イラクに対し戦争を始めること自体が誤っていた」(09年11月2日、衆院予算委員会)と発言していましたが、奇しくも開戦7周年の19日、鳩山内閣は自衛隊の派遣は違憲ではないが、派遣の「判断の検証は将来の課題だ」という「答弁書」を閣議決定しました。(時事通信)
 野党時代の民主党は何だったのか。「いのちを大切にする」政権を担った今こそ野党時代の自らの主張を政策に組み込むべきではないのでしょうか。いやいや答弁書のような怯懦な姿は困ります。「将来の課題」などと他人事のようなことを言わずに、自らの政権で早急に「検証」すべきです。普天間問題、密約問題などなど、政権の自律力を示してください。
100323blossom2 わが家前の老桜も開花しました。


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2010年3月20日 (土)

NO FRY ZONE

100320oiumap 沖縄国際大学5号館の屋上には「NO FRY ZONE」と大書されているそうです。(神奈川新聞3月19日)ご承知のように2004年8月にこのキャンパスのいちばん道路に近い1号館(本館)にCH-53 シースタリオンという、40人ほども乗れる海兵隊強襲作戦用の大型ヘリが墜落しました。原因は整備不良として、事故の3年後、時効ぎりぎりに整備士3人を書類送検(身柄はもちろん海兵隊側)しましたが、裁判権は米国ですから全員不起訴処分。海兵隊は大学内を「占拠」して事故調査したそうで、「沖縄そのものが占領状態にあったのだ、ずっと前から」と教員の一人が怒りをにじませたと報じられています。
 画像はgoogle maps からですが、大学キャンパスに隣接して米国の海兵隊強襲作戦基地があるという理不尽さが、今日も継続しているのです。どうして普天間「移設」なんでしょうか。米国の世界戦略の基地を、いくら従順な同盟国といえども、米国の国益のために「移転先探し」をしなければならないのでしょうか。日本国には基地撤去を求める権利はないのですか。普通の賃貸借契約には「解約条項」が入っていますが、「被占領国」にはそんな約定をする権限はないのでしょうか。おかげさまでCHANGE政権は、墜落の危機が迫ってますね。
100320blossom 今朝のつぼみの姿です。この連休中にも開花しそうです。2年前まで毎年「夜桜会」をやっていましたが、いささか元気をなくして休業していましたが、再開したいなどと考えています。

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2010年3月17日 (水)

迷走の春

100317blossom_2 昨日の温暖さは格別で、さすがにコートなしで出かけました。ところが今朝はまたまた寒気復活。社会現象と自然現象は連動するとか聞きますが・・。
 昨夕東京からあわてて帰宅して、小田原市役所7階に出かけました。ずいぶん久しぶりです。小田原市自治基本条例策定のための「オープンスクエア」第9回とか。プレ検討勉強会に同席して以来久しぶりの参加でした。「オープンスクエア」というネーミング、広く開かれた広場と言うお気持ちでお付けになった行政語なんでしょうか。市のサイトで見ると、第5回参加者一般31名、第6回23名、第7回18名、第8回一般 51名・議員 8名・行政12名だそうです。第8回は議会からの申入れで企画されたものとか。昨夕の第9回の一般参加者は22名ほどでした。
 自治基本条例では、議会に関してもその責務などについても定めるでしょうから、様子を見ましょうということだったのでしょうか。議員さん8名参加というのは珍しいですね。市民関心も高かったようです。それに引き替え昨夕のスクエアには、議長さんの姿が見えましたが、一般の参加は20人余、と寂しい限り。この第9回目は「まとめ」のようなことをなさっていましたから、大勢の方が見えているのかと期待していましたが、広い会場には職員さんが立ち働く姿だけで、アレレという印象でした。検討委員11名のみなさんからは丁寧なご報告をいただきましたが、これもやや違和感のあるものでした。委員さんは全員おいでのようでしたが委員長さんはご欠席で、ファシリテーターの若い方が奮闘されていました。当方は、体調優れず、報告だけお聞きして退席しました。自治基本条例は「小田原市の憲法」とさえ言われていますが、現状の市民参画の姿では憲法制定などできるのでしょうか。条例案こそ「住民投票」に問うてみたらいかがでしょう。
 小田原市議会では、任期途中での議長辞任を受けて新議長が選出されたそうですが、新議長の「公約?」として議会基本条例の制定が突然飛び出しました。議会でも検討委が発足したようですが、議会改革委すらも何ら成果ないまま、意外な迷走が始まっているかの話を漏れ伝え聞きました。新議長の選出以来不満がくすぶっていたのでしょうが、「議長不信任」の声が「長老議員(議長予備軍か)」を中心にあがっているとのこと。新議長の調整能力への不信でしょうか、良くわかりませんが、議会基本条例など吹っ飛んでしまったなどと言われています。議会基本条例の前に自治基本条例が策定されても、議会多数で否決するだけとの空気さえあるそうです。
 国政の迷走、地方政治の迷走、なんとも苛立たしい限りです。市議会選挙は来年夏でしたね。議員業もご苦労多いのかも知れませんが、多少の「志」はお持ちいただきたいもの。よほどの志がなければ、やっていられないような制度に変えるべきなのかも知れませんね。
 画像は今朝の桜のつぼみ、昨日の暖気で大きく膨らみました。もう数日で「開花」しそうです。自然界は多少の変動があっても確実に「春」はやってきます。人間界はよほど気張らないと、迷走墜落となりかねません。

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2010年3月15日 (月)

ふたたび脱亜従欧

100315kanagawa 今日は3月15日。国家の残虐非道無法が記憶される日です。3月9日に外務省有識者委員会の報告書が出されて以来「国家の嘘」が政府設置の調査委員会で認められたのです。この「密約」さまざまに告発で暴かれていましたが、控えめな有識者委員会の報告でも、驚くべき国家の嘘を知ることができます。1971年に密約(裏負担)の存在を「報道」した毎日新聞記者西山氏は外務省職員とともに「国家公務員法違反」で有罪となっています。「国家の嘘」はいかなる罪に問われるのでしょう。密約関連文書の「廃棄」はいかなる罪に問われるのでしょう。
 神奈川新聞は基地県神奈川の代表地方紙として、昨日まで5回の連載記事「国家の嘘」を報じました。その見出しです。『市民を欺く同盟』『「核の傘」理由に打診(空母母港化)』『闇の中で解釈も拡大』『くすぶる「有事」搭載(核ミサイル)』『憶測呼ぶ表現の違い(メンテナンス)』米海軍横須賀基地の核配備は1992年の「戦術核の撤去」というブッシュ発表で、核兵器の持ち込みは「過去」のこととされていましたが、原潜用のトマホークは現存しています。有事搭載も事前協議の概念外とされるならば、横須賀基地は核基地化します。
 画像は今日の神奈川新聞の特集記事です。60年前の安保改定調印に伴い1952年の「行政協定」を継承するため「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」と称する正式な条約として、安保改定締結と同時に(1960.1.19.)締結されています。これが屈辱の「不平等」条約です。
 神奈川新聞の特集記事は、沖縄タイムス、長崎新聞との「基地県」3紙の合同企画として、今年の1月1日から連載開始されています。「事件、事故・・・苦悩する街」、戦後65年の「被占領状況」が示されています。「基地3都まち風景」という写真コラム(紙面左下)では、佐世保市の天神公園は米軍弾薬庫に接しているため、協会のフェンスに『軍用犬がパトロールしています」との標示、子どもの遊び場の側にある沖縄米軍通信施設には『高圧無線周波、感電及び火傷危険地域」との標示、逗子市の米軍池子住宅基地では、京急線神武寺駅に1億2千万の「思いやり予算」で「米軍家族専用改札口」が設置されたなどと記載されています。占領時代、いたるところで目にした「OFF LIMIT」のMP警告版を思い出します。
 対米不平等を突く今日の神奈川新聞26面には「朝鮮学校に春届く 川崎」という記事も目にしました。高校無償化による学費支援から朝鮮学校を対象外とするとの動きを察してのことでしょうか。「小額ですが気持ちだけ」「すまない気持ちです」との短い手紙を添えて3万円の寄付が送られてきたという記事です。日本国も「親ア親欧」という風にはできないのでしょうか。

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2010年3月14日 (日)

後期高齢者医療保険料額決定通知書

100312koureihoken 今日、3月12日付けで標題のものが郵送されてきました。通知者は「神奈川県後期高齢者医療広域連合長服部信明」となっています。同封されているもう一つの通知書は「後期高齢者医療保険料納入通知書兼特別徴収開始通知書」で、通知者は「小田原市長加藤憲一」です。
1.書面の文字は、9pで見出しと説明。算定式は8pおよび4pです。当方いまだに年甲斐もなく仕事を継続していますので、文書を(公文書も)見る機会がかなりあります。ほぼ現役のつもりですが、この書面は先月購入した最新の老眼鏡でも判読できません。「長寿」などと冷ややかにおだてておいて、この通知書は「無理して読まなくて結構です」と言われているようでもあります。
2.2通の通知書で分かることは、連合長は「保険料額」の決定権者で、徴収義務者は連合構成の市町村長ということのようですが、なんらの説明もありません.とうの昔に法定されている制度です。ぐずぐず言わないでということでしょうか。
3.保険料額の上限は年額50万円。所得割率は7.45%、計算の結果限度超過しているがその分は勘弁してやるから上限いっぱい払いなさいということのようです。ルーペ片手に何とか理解できました。鳩山さんのお母さんと同じ額なんて光栄ですね。
4.「決定理由 年齢到達による資格取得のため」。なんとも不愉快な表現です。当方の到達は、1月31日ですので、21年度は1月2月3月の3ヶ月分いただきますとのこと。たった1日で、1ヶ月分かと恨んでも、制度でそう決められているのでしょうね。後数時間遅く生んでくれたらと母親を恨めということか。
5.3月31日までに3ヶ月分125,000円を支払えとのことです。
6.「保険料について」という水色の書面は12pほどの文字で、良く読めますが、内容は頭の良い方が書いたのでしょうが、頭の悪い「長寿者」にはチンプンカンプン。読む奴が悪いのでしょう。
7.「支払方法についてのお知らせ」という緑色の書面は、どうもこれを読む馬鹿な奴はいないだろうとでも言うように思ってしまいます。結局分かったことは、初年度分は納付書を使って送金納付(金融期間で)しなさい、翌年からは「天引きですよ」ということのようです。でも「納付書払いでも、天引きでも、どちらでも構わない方は、特に手続いただく必要はございません」とご丁寧に下線付でかかれていると、ほっといて良いのかなと思ってしまう。不思議な2通の説明書です。どちらも両面印刷の長文書面です。
8.この2通の問合せ先は、「広域連合かお住まいの主幹課」と「小田原市保険課」になってます。長寿者の頭の訓練をして「保健」しようということかな。ずいぶんご親切ですね。
9.亡く子と地頭には勝てないそうですので、週明けには泣く泣く125,000円(3ヶ月分)を振り込みますが、長寿者はやっぱり早々に撤退して欲しいのでしょうね。ひどい国に生を受けたことを恨みましょう。
 切なるお願い。「長寿者」に送る書面は、せめて老眼鏡で読めるようにする優しいこころを持ってください。当方の賞味期限切れの知力と読解力では、理解するまでに30分ほど掛ってしまいました。連合事務局、小田原市所管の職員のみなさんは、頭脳明晰な方ばかりでしょうが、こんな簡単な書面も読めず、正当な制度を理解できない連中だから「高齢者仕分けをするんですよ」なんて無慈悲なお考えではありませんよね。

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2010年3月13日 (土)

マンション管理の適正化推進

100310mansion 3月1日にも「マンションへの行政取り組み」を記事にしましたが、このテーマを特集した学会誌が届きました。この学会は1992年に創設されていますが、分譲共同住宅という不安定な住システムに、法律家、建築技術者、デベロッパーなどが中心になって創設された研究者組織ですが、居住者の管理組合との連携も行なわれています。この特集誌には、自治体の「住宅課」「住宅政策課」などの地方行政職員と管理組合ネットワークの活動家などもレポートしています。
 わが国では、住生活基本法(2006年6月)による「住生活基本計画(全国計画・2006年9月決定2009年3月変更)」にもとづいて、都道府県でもそれぞれに「基本計画」が定めることとされ、神奈川県では2007年3月に「かながわ住宅計画」が策定されています。そこでは、「豊かで安全・安心な暮らしを実現する住宅・住環境づくり」を基本 目標に掲げ、「安全・安心な住まい・まちづくり」「良質な住宅ストックの形成と有効 活用」「豊かな住環境の創出・保全」「人口減少社会を見据えた住まい・まちづくり」の4つの基本方向が示されています。
 小田原市でも平成10年度に住宅マスタープランが策定されているようです。(小田原市に対しては基本計画等の策定について2008年4月に質問状を出していますが、回答はいただけませんでした)市町村行政においても、民間住宅に踏み込んだ政策がつくられ、施策が実施されています。この特集誌にも、東京都中央区の「マンションの適正な管理に関する条例(2009年7月施行)」について紹介されています。それによると、昨年の5月から3回の説明会を開催しています。この条例では、マンション開発事業者に対して、「適正に管理するための建築時等の基準」を定めて、開発者の努めを定めています。
 国土交通省でも、2009年3月に社会資本整備審議会より、「分譲マンションストック500万戸時代に対応したマンション政策のあり方について」の答申を受けて、新たな施策策定に掛っています。2007年末のストック528万戸、居住人口1300万人を踏まえて、「マンションの管理についての責任は、管理組合や区分所有者にあるのは当然であるが、これに国等が政策的に関与することは、一定の意義があるものと考えられる。」と控えめな答申ではありますが、基礎的調査で管理の危機が読み取れるなかで、一定の指針を出しています。基礎自治体での民間住宅政策の柱として、新たな管理が求められますが、関東学院大学教授山本育三氏は「管理交流会」における「情報交流」の果たす役割を高く評価し、横浜市の事例を紹介されています。

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2010年3月 6日 (土)

Occupied Japan

100306occupiedjapan 私の中学高校時代、日本国経済は繊維製品や軽工業品の対米輸出、朝鮮戦争兵站などの外需で支えられていました。当時の製品にはMade in Occupied Japan と表示されていました。マッカーサー元帥は1951年4月11日に「不服従の責」によって突如解任され、16日に日本を離れました。その年の9月に開催された講和会議は、「サンフランシスコ平和条約」の協定締結でしたが、日本全権団の誰もが知らなかった「日米安保条約」が抱き合わせだったのです。承知していたのは吉田茂首相だけだったといいます。条約(単独・分離講和)調印後すぐに、安保条約調印のためには池田勇人蔵相一人が同行しましたが、「君は将来があるからサインするな」という主席全権の思いやり?で、日本側は吉田茂首相ただ一人の署名になっています。(この経緯は簡単に1月の記事にしてあります)こうしてこの抱き合わせ条約は、1952年天皇誕生日の前日4月28日に発効し日本国は「独立」しました。Made in Japan と表示できるようになったのです。この吉田茂首相の強攻策は、その数日後皇居とGHQ(占領軍総司令部)に挟まれた「人民広場」で、戦後民主主義の終焉を示すかのような「血のメーデー」という暴虐を招いています。
 画像は、キャプションにある通り「占領の檻」から「安保の檻」へ移るだけと手厳しく揶揄された、加藤悦郎氏の風刺漫画です。(この資料はジョン・ダワー「敗北を抱き締めて増補版」に掲載されています。この新版には、ダワー氏所蔵の膨大な写真や挿絵などのコレクションから選ばれた、極めて興味深い視覚的な資料を見ることができます。1999年に初版が発行され大きな話題をさらいましたが、ダワー氏の冷静で的確な分析は、今後も長く私たちに貴重な判断材料を与えてくれるものです。一読をお勧めします。)
 普天間海兵隊基地の「移設」については今月中に政府としての「策?」を示すそうですが、「移設」という呪縛のなかで、どんな策があるのでしょうか。米軍の認識では、日本国、少なくとも沖縄はいまだにOccupation が継続し、米国の世界戦略の最重要基地の整備を継続すると認識しているのではないでしょうか。普天間海兵隊基地の違法な「危険性」が継続しているのは、日本国の無策のせいででもあるかのような米側の言動です。東京裁判から62年、岸信介内閣の安保改定から50年、「抑止力」と称する米国世界戦略の基地占有をお断わりすることはできないのか。日米「同盟」でしかこの国は生きていけないのか。転居先を設えてくれなければ、居座りを続けるという脅しに屈するのか。
 今月は「自殺対策月間」だそうです。

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2010年3月 3日 (水)

歴史を隠すのか

100303kanagawa 政権交代以来、かねてから指摘されてきた日米密約問題で、新政権は「密約調査」を進めるとして、有識者委員会を設置しましたが、その報告書が来週にも公表され、「2001年の情報公開法施行の前に関連文書が破棄された」との記載がなされるようだと、神奈川新聞が報じています。日本国外務省の正当性が全否定されるだけでなく、「歴史を隠す」という卑劣な行為が、日本国政府によってまたもや平然と行なわれているのです。1945年の敗戦時に大量の公文書等を慌ただしく焼却したと聞きますが、「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」と憲法前文で宣言して、悔い改めたのではなかったのでしょうか。行政の名誉ある公正さを回復したいものです。
 ところで、3月1日は朝鮮半島の三・一独立運動(삼일운동1919年)の記念日(三一節)です。全土的な広がりを見せた運動も、朝鮮総督府の軍警によって5月にはほぼ鎮圧されました。記憶に残る「堤岩里(チェアムリ)事件」では、基督教会堂に集められた32人の村民が焼殺されています(4月15日)。この他にも官憲の手による村落の放火焼殺が記録されています。これらの事実は、総督府長官から原敬総理大臣宛の報告書(4月22日)などに記録されています。この報告書をはじめ、事件の顛末その処理などの記録文書が、日本国外務省の外交史料館に保存公開されています。この時代の公文書は「公開」されることなど想定しておりませんので、貴重な事実がしっかり記録されております。
 外務省の公務員も「日本国憲法を遵守」すると誓っています。日本国を「国際社会において、名誉ある地位」から転落させるような行為は許されるものではありません。僅か10年ほど前のこの行為に関与したすべての公務員は、厳しく処罰されるべきです。歴史を隠すことは止めたい。

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2010年3月 1日 (月)

マンションへの行政取組み

100228kanagawa 住まいのこと、マンションのことについては、これまでも折に触れて書いてきました。昨日の神奈川新聞は「ニュース追走」として、1面記事で川崎の耐震偽装マンションのその後を記事にしています。このマンションの開発業者は、債務責任が果たせず、さまざまな苦難を経て、国と川崎市が費用の一部を負担し建て替えにたどり着き1年ほど前に完成入居されています。
 マンションは、開発業者が建築主として建設し、その建物を「区分」して販売する、購買者は建設に一切拘わらないまま専有部分の所有と共用部分の共有をする、そして建築主は消え去るという構図になっています。購買者は販売者の「瑕疵担保責任」を請求できますが、販売者が既に責任能力を失っている場合は、請求が成立しません。このマンションだけではなく、多くの不良マンションは購買者の泣き寝入りです。川崎の事例は「耐震偽装」という社会的事件性、建築確認制度の無力性などから、公共の支援がなされた希有なものです。(この支援に「税金泥棒」という非難があった)
 マンションはまだまだ建て続けられ、500万を超える住戸がストックされます。何れのマンションの「施設管理・自治」も、経年とともに所有者と施設の高齢化によってさまざまな困難をかかえ、不良化していく恐れがあります。この不良化の救済は、基礎自治体の大きな負担になってくることが予想されます。「マンション管理」の状況を把握し、管理が適正に行なわれるように誘導していくことによって、行政負担を軽減すべきです。「民間住宅」には公共の関与はないという姿勢を改めることが望まれます。

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