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2010年4月22日 (木)

井上ひさしさん

100422inoue_hisashi 2010年4月9日、病院から帰宅された後、午後10時22分に鎌倉のご自宅で亡くなられたと報じられました。
 新聞でも報道されたように、彼は「御谷」「台峰」「広町の森」などの自然・景観保全運動にも参画されていました。「御谷」は日本のトラスト運動の嚆矢となったもので、先進事例として小田原の市民運動にも示唆をいただいたことがありました。2005年3月25日のことでしたが、八幡山古郭東曲輪の用地公有化を断念したという小田原市長(小澤良明氏)の直接説明から、運動体では市民トラストの構想が持ち上がり、あわただしく鎌倉の事情を勉強しました。この事案は、開発業者が高度地区指定施行日の切迫で開発を断念したため、公有地化は実現しましたので、トラスト運動は一つの経験として残りました。
 画像は、「城下町ホール騒動」の末期、市長選挙の真っ最中、2008年4月29日に、市民会館で行なった「井上ひさしさんと小田原のまちづくりを語ろう」で講演をされている姿です。井上さんは小田原への思い入れも強く、私たちの運動に大きな力を与えてくれました。城下町ホール計画に対する彼のメッセージです。「---都市をどう保存し、どう新しく作るかという『都市デザイン』が、小田原という歴史的都市の蓄積をこわさずに、しかし21世紀の都市として、私たち今生きている市民の創造性をどう発揮するか-。ひっくるめて『歴史への参加と歴史への更新』、その意識が皆無ですね。---」ホールの空間計画はもちろん、立地計画について根本的なミスをしていると強く指摘されていました。
100422inoue_hisashi2 講演のあと、遅い時間でしたが懇親会にもご参加いただき、大いに語っていただきました。全席禁煙のフレンチレストランでしたが、この時間だけは、わがままを言って喫煙にしていただきました。かなり遅い時間までお付き合いいただき、タクシーで帰宅されました。
 私と同世代ですが、当方とは比較にならないほどお元気でしたので、この訃報はいまだに信じられません。混乱した政治社会状況にいる私たち今日の日本人に対して、新鮮な語り口で鋭いアドレスを送っていただいたことを記憶し続けたいと思います。

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