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2010年5月 2日 (日)

記憶に残る5月1日でした

 昨日のこと。朝方の散策でのごみ苦行、昼前のメーデー集会、午後には新しい市民運動展開の相談、いささか疲労していましたが、夕刻には柄にもなく開会時間1時間近くも前に「講演会」に駆けつけました。予期に反してまだ空席がいっぱいで、主催者第一マネージメントの職員さんが待機されているだけ。いささか拍子抜けでしたが、大田昌秀さんが紹介された頃にはには大勢の方で席は埋まりました。隣町の町長さんはおみえでしたが、小田原市の市長さんの姿は見かけませんでした。
100502okinawawar ここに掲げた「平和の礎」刻銘者数の表は大田昌秀さん(1990〜98沖縄県知事)が、最初に示された資料の一つです。沖縄防衛戦での死者一覧です。【沖縄県】149,171人、【県外】77,114人【米国】14,009人【神奈川県】1,334人【北海道】10,800人などという数字に目がいきます。お話の中でお聞きしたことですが、1945年4月からの沖縄防衛戦の勢力概況は、沖縄住民約43万人、日本正規軍62,000人、地元動員臨時編成軍27,000人、それに対する米軍538,000人、制空権、制海権の一切を奪われて、防衛が不可能なことは明白な状況で発生した「戦争」の結果が、この死者数に現れているとのことでした。北緯30度以南の「南西諸島」は戦時下でも明らかに「本土」と差別されていた、米軍も「南西諸島」は日本固有の領土ではなく、米軍占領統治を継続する意思があったことが米国公文書館の資料で確認されている、とも言われていました。
 「小田原は研究者としてスタートした時代に訪れて以来の訪問です。今日の青空を見上げて、ここは米軍機が1機も飛んでいない、これが本当なんだ。沖縄をみなさんはどう思っていられるのでしょう」という言葉に、息をのみました。私たちには「彼の地は、本土と少し違う、中国にも近いし、本土の防衛抑止力に米軍基地用地を提供する義務が日本国にあるのなら、気の毒だがもう少し辛抱してもらおう。米軍機が頭上をかすめて飛んでいく?そんなのここではまっぴらだ、でも抑止力が必要というからうまくやってよ」そんな気持ちがあるのではないかと、身の縮まる思いでした。
 「米軍政時代、本土との密貿易船が持ち帰った「新憲法」を鉛筆で書き写したものを大学の教授からいただくことができた。戦争を永久にしないという第2章(9条)を知らされた。当時は長く絶望感に落ち込んでいたが、この憲法を日本国が定めたのだという喜びで立ち上がることができました」との話には、憲法こそ日本人の誇りの最大のものだとの思いをさらに強くしました。そして最後に戦争ではなく「愛」こそ国際紛争の抑止力とでも言われるような、キリスト者永井隆さんの詩を朗読されて終りました。
 「いとし子よ。敵も愛しなさい。愛し愛し愛しぬいて、こちらを憎むすきがないほど愛しなさい。愛すれば愛される。愛されたら、滅ぼされない。愛の世界に敵はない。敵がなければ戦争も起らないのだよ。」この日5月1日は永井さんの59回目の命日でした。
 友愛の鳩山政権、東アジア共同体とまで謳いながら、中国大陸・朝鮮半島を標的とした米軍基地を存続させるのですか。この5月末には、米軍基地に押しつぶされてしまうのですか。米軍基地撤去、安保条約廃止、新たな平和条約の締結こそほんとう「コンクリートから人へ」ではないのでしょうか。信じ難いほどの無謀な地上戦で40%近い住民を死に追いやり、戦後65年間占領と基地占拠状況に打ちひしがれて来られた沖縄の「人」に、さらなる負担を押し付けることは人道に対する犯罪です。55年体制、自民政治の後始末かも知れませんが、勇気を持って「立ち上がれ鳩山」。
100502litter3 ところで、昨日の細切れごみ、早朝に収集しました。草むらの中から細切れスチロールを拾い上げるのには、やはり15分ほどかかりました。戦利品を分別するため土間に広げてみましたが、なんとも理解に苦しむ細切れごみでした。
 これで、ごみ拾い再開になります。

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コメント

はじめまして。カケロマ(35歳)と言います。興味深く拝読致しました。
それでお尋ねしたいことがございます。松本様は、戦争のご体験や太平洋戦争で苦しまれた沖縄の方々のことを考慮され、「沖縄に米軍が留まる」ことに反対されていると受け止めました。私も学生の頃は、松本さんと同じ意見でした。ですが、中国と北朝鮮がミサイルの照準を日本に合わせていること、実際に、中国が台湾海峡にミサイルを撃ったり、北朝鮮の潜水艦が日本の船に向かって発砲する事件があったこと等を知るようになってから、「米国軍が駐留していないと、いつ何時、中国や北朝鮮が攻めて来てもおかしくない」のではないかと思うようになりました。例えば、日本海沿岸にそのような国の軍隊が上陸し、発砲しながら漁村を占拠するようなことがあったとしたら、日本は、どのような対応をするのだろうか?、と思いました。私は、防衛や戦時に至る前に何らかの行動を起こして、交戦状態を回避するためには、最低限の軍隊(自衛隊)が必要であり、国際社会として戦争を回避するためにも集団自衛権の行使を可能にすることが不可欠なのではないかと考えるようになりました。乃木希典大将が学習院の院長に就いていた時に生徒たちに
「戦争は、絶対いけない」と幾度も説いたそうです。この精神を忘れる事無く、そのために、軍隊を市民がコントロールできるように情報公開を徹底させるなどして、米軍の駐留無くとも十分対応できるような自衛力(や自衛隊の能力)を確保することが必要なのではないかと、ここ数年思っているのです。

防衛について松本様は、どのようにお考えでしょうか?特に、外国の軍隊が上陸したり、あるいは日本の都市部が爆撃に晒されるような場合についてです。

憲法9条により交戦権を否認した場合、日本人は、ガンジーの無抵抗主義の精神をなぞって、外国軍のなすがままに殺される。このことが平和主義を貫くことかもしれないとも考えております。しかし、私は、家族や友人が目前で殺されるのは忍びないので、外国の軍隊に何もせずいられないように思うのです。松本さんは、どのようにお考えになるでしょうか。

投稿: カケロマ | 2010年5月10日 (月) 03時55分

カケロマさん 丁寧なご意見拝読しました。私も「家族や友人が目前で殺されるのは忍びない」です。米軍基地問題は、防衛問題とはまったく違う「国民的問題」と考えています。カケロマさんには「事大思想」に寄りかかっている日本国の「敗戦後」をお考えいただければと存じます。

投稿: 松本 茂 | 2010年5月10日 (月) 06時44分

回答を下さり、どうもありがとうございました。「事大思想(or主義)」という視点をお示し下さり、ありがとうございます。この点について、私は、「日本は、米国の属国」という受け止め方をしておりました。そして、「それが敗戦国の運命なのだ。」と思っておりました。しかし、日本と同じ島国でありながら、50年間米国と対峙してきましたキューバとカストロのことを知るにつれ、「政治家次第」で日本も米国との関係を変えられるのではないかと考えるようになりました。しかし、政治家だけに任せるのではなく、私たち市民も、アメリカとの関係を考えなければならないと思います。政治家や政府がどう動くのかは、選挙民次第と考えるからです。

沖縄の米軍基地については、まず、我々国民がどのように国防を考えるのか、議論しなければならないように思います。かつて、国会で社会党の議員が「外国の軍隊が攻めて来たら、謝って許してもらう」と答弁しました。私は、子どもでしたが、その発言がとても能天気に思い、あきれてしまいました。

外国の侵略に対する国防のあり方の中で、戦略上、自衛隊が駐留するのに向いている自治体や地域が出て来ると思います。それを、国民がどう受け止めるのか、自衛隊の基地を置くその地域の人々について、どう考えるのか、どのように感謝をするのか、私たちは議論を深めていく必要があるように思いました。鳩山首相は、沖縄を訪れる前に、その事を国民に問うて欲しいと思いました。そして、沖縄が、地政学的に外国の侵略を真っ先に受け易い位置にあり、その防衛をどうするのか。米軍を排除して、それで良しとするだけでは、無責任のようにも思いました。

今回の松本様の記事を読ませて頂いて、平和をどのように築いて行くのか、そして、安全をどう確保するのか、それを考える事が、今後の米国との関係を決めて行くのではないかと思いました。

投稿: カケロマ | 2010年5月11日 (火) 02時44分

カケロマさん もう一言だけ、申し上げておきます。日本国憲法第2章がこの国に誕生し、戦争を「放棄する」ことを闡明したにも拘らず、朝鮮戦争の激化とともに、「アジアのスイスを目指す平和日本」に警察予備隊の設置を米国占領軍に求められました。その時の「国民合意」の元になったのは、「戸締まり論」でした。戦争はしないが、「戸締まり」をするということでした。私は高校生でしたが、生徒間でのさまざまな議論を思い出します。私は長兄を戦争で失い、敗戦による惨憺たる経験をしました。
 「外国の軍隊が攻めて来たら、謝って許してもらう」ような安易な状況は考えられないでしょうが、戦争をする事による一般市民の悲惨を思うと、米国軍事力による「抑止力」という危険な恫喝政策を安易に受け入れることは出来ません。東アジアにおける、日本国の生存は、このアジアの一国として私たちが「国の立ち位置」を定めるべきだと考えます。
 この3月に出された防衛省防衛研究所の「東アジア戦略概観」の分析とそれによる戦略をご覧ください。このような戦略指針は極めて危険な結果を招くように思います。

投稿: 松本 茂 | 2010年5月11日 (火) 08時06分

回答を下さり、どうもありがとうございます。紹介して頂いた「東アジア戦略概観」を読みました。地域毎の外観と安全保障政策に関して記述されていました。特に、オバマ政権下で核軍縮の進展に期待できることが述べられ、「核兵器の先行不使用」によるアプローチを提言していました。また、北朝鮮問題は、6カ国交渉をはじめ、外交交渉を重ねることにより解決を図ることも明示されていました。

以上の点から、「危険な思想を招く」ようには思い至りませんでした。
むしろ、これは、私の思慮不足によるものかもしれません。
松本様は、「東アジア戦略概観」のどの点に危険なものをお感じになられたのでしょうか。

投稿: カケロマ | 2010年5月12日 (水) 00時37分

カケロマさん 核兵器の「先行不使用」についての評価は、貴兄とは理解が違うようです。私は米国による「先行不使用」宣言は、核廃絶の極めて効果的な環境情勢を醸成すると考えていますが、この「概観」はむしろ否定的評価をしています。10日の新聞では米国が新政策を見送った理由として、日本など「同盟国」の反対を報じています。
 核廃絶という新たな国際的展開に対しては、日本国として、もっと前進的な対応をするべきです。

投稿: 松本 茂 | 2010年5月12日 (水) 06時58分

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