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2010年6月15日 (火)

「声なき声」から50年

100615anpo 「認識の違いもあろうが、声なき声に耳を傾けて、日本の民主政治を守っていきたい。」1960年5月28日、岸信介首相官邸記者会見での発言です。同じ5月3日には「デモは首相官邸付近では騒がしいが、神宮球場は満員だし、映画館や銀座などは、ふだんと人出はかわらない。国民の不安が増大しているとは思わない」とも語られています。
 敗戦から15年、米国サンフランシスコにおける平和条約と日米安保条約調印から9年、1960年は戦後史の中でもっとも記憶されるべき分水嶺になった年でした。この年1月には「新安保条約」「日米地位協定」が調印され、それに強く反対する国民的運動が高まり、50年前の1960年6月15日、国会議事堂正門前での警官隊とデモ隊の大規模な衝突による惨事が発生しましたが、その4日後には、この不平等条約は自然成立で発効し、今日の米軍基地提供の強制に繋がっています。
 50年後の2010年5月28日、「普天間基地日米合意」がなされました。昨年の政権交代からわずか8ヶ月で民主党政権は、最大の課題であった沖縄の最大不幸の継続をあっさり承認しました。
 鳩山首相は、騒がしい聲でも、沖縄の聲でもなく「聲なき聲に耳を傾けて」日米合意を決断なさったのでしょうか。「聲なき聲」とは、映画館や銀座の聲ではなく「米国政府の聲」のようです。
 昨日、今日、国会では菅新首相が、これまでの彼の発言を捨て去りこの「日米合意」によって、新たな沖縄海兵隊基地を整備して、アジアの安保を支えると答弁しています。日本国の「民主政治」は、一体いつまで「声なき声に耳を傾けて」対米従属を続けていくのでしょうか。(画像は「日本の陰謀 199項」から)

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コメント

確かに、問題の普天間の役割はアメリカ人の救出を最優先で日本人は後回しにするものとされ、日本にとっては抑止力に成らないとの見解もあります。しかし、自衛隊だけの力で安全保障できるのでしょうか?
これだって左翼の反対反対の大合唱です。

そもそも「何をもって抑止力があるのか」なんて、本当のところはわからない。
実験できるものでもないし、将来的に100%安全が脅かされないという保証はだれにもできないのです。
だから、非武装中立論も武装論中立論も、武装同盟論(現行)もそれぞれに言い分があるのです。
ただ、
「憲法9条があるから戦争が起きない」なんて真に受けているのは平和ボケした日本人だけです。せめて来る国はそんなことお構いなしです。日本と戦争しても勝ち目がないとわかれば攻めてはきません。それが抑止力です。これは必要悪であり現実的な方法ではないでしょうか。
国家による自国民保護は義務です。それを放棄させるようなこと(安保反対、自衛隊反対)をして安心して暮らしていけるのでしょうか?

現実的な選択としては憲法改正して自衛隊強化し安保破棄か、現行のままかしかないと思います。

投稿: 小田原不良市民 | 2010年6月17日 (木) 11時22分

小田原不良市民さん 侵略であれ、被侵略であれ、戦争で軍が守るのは国の体制です。人々ではありません。安保は人々を守る抑止力でも、国の体制を守る抑止力でもありません。米国世界戦略の前線基地提供の条約です。人々の命を守る「自衛力」は軍事力だけではありません。

投稿: 松本 茂 | 2010年6月18日 (金) 00時41分

「人々の命を守る「自衛力」は軍事力だけではありません。」

松本様に深いお考え、腹案がありそうですが、どんなものなのでしょうか。
私は、外交による和平を目指すのもよいと思いますが、軍事力がバックになくては、外交には何の力もないと思っています。
松本様のお考えをご教示ください。

投稿: 深谷 | 2010年6月19日 (土) 10時34分

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