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2010年7月

2010年7月31日 (土)

小田原市立病院(2)

100703607 この病院の整備改革について、市民は強い関心を持ちつつも、我が身のこととして関わるようにならないと、発言や行動は起きないのでしょう。私もそんな一人でした。去る7月25日の記事に絡んで、ある事情通の市民の方から貴重な示唆をいただきました。この病院整備についての加藤市長の動向に言及された長文のメールです。就任まもなく「救命救急センター」の開設という大きな施策を実行したが、その負荷が病院経営に齟齬をきたしていないのだろうか、一般会計からの繰り入れが増大しているが、という問題指摘です。
 公開されている市長動向や市長日記などから、つぎのように読み取られています。
 2009年7月24日の市長日記「知事と首長との懇談会」によると、「地域医療への支援。特に、市立病院に設置した救命救急センターという地域医療の要となる施設の体制整備やスタッフ確保への財政的バックアップを」と知事に要請されたようです。
 8月3日には市立病院において看護師長たちとの意見交換がなされ、翌4日の日記「看護師の現場」では「---看護師の方々の献身的な踏ん張りによって、病院の医療現場は何とか支えられていますが---今後も断続的にこのような現場との情報共有と改善を繰り返してゆくつもりです」と語られています。
 市長動向、12月25日「東海大学医学部付属病院・猪口病院長、同大学医学部・高木教授(伊勢原市)」
 2010年6月1日「県立保健福祉大学・山崎学長ら(横須賀市)」翌2日の市長日記「看護師の確保に向けて」では「市立病院の院長や看護部長らと共に横須賀にある県立保健福祉大学を訪ね、学長、副学長、学生課、就職担当などの職員の皆さんとお話をさせて頂きました。今後、医療機能の強化拡充に向けて必須となる、十分な看護師の確保に向け、看護師を輩出する大学や専門学校に対する「営業」活動の一環です」と求人活動を語っていられます。
 その後も6月7日「県立平塚看護専門学校・佐藤校長ら(平塚市)」、7月5日「東海大学健康科学部・溝口学部長、医学部・高木教授、深川教授(伊勢原市)」、7月12日「東海大学医学部付属病院・猪口病院長(伊勢原市)」、7月13日「横浜市立大学大学院・前田教授、石ケ坪教授(同大学附属病院)」、
7月16日「横浜市立大学医学部・齋藤教授ら(同大附属病院)」と連日の医師・看護師確保の折衝が続いているようです。病院経営は小田原市政のかなり切迫した課題であるのでしょう。
 小田原市(市立病院経営管理局)が策定した「小田原市立病院改革プラン(平成21年3月)」なるものがあります。「改革プランにおける基本目標を「地域住民から信頼され愛される病院として地域の急性期医療を 担うため、質の高い効率的な医療を提供する神奈川県西部地区における基 幹病院を目指す」とし、経営の改善のため、次のような取組を行います」として、「収益の確保」「医療機能の見直し」「救急医療機能の充実」「がん診療機能の強化」「患者満足度の向上」「職員の資質向上」などに努力すると記されています。みなさんもぜひご一読ください。「全力で取り組んでいきます」「引き続き努力します」「充実させます」と述べられていますが、この1年間でどんな改革がなされたのでしょうか。「患者満足度の向上」について市民意見など聴取されてはいかがでしょうか。
 (画像は私が世話になりました607号室のベッドです。「安全策は転落を防止するため、患者による着脱は想定していない。食事のためにはオーバーテーブルを柵に固定する」との回答をいただきましたが、ベッドの4方を柵で固定されることは、ベッドから下りるときには必ず看護師などの介助が要るということになります。今時こんな「柵」付きベッドなどを使い続けていることは信じ難い思いです。看護スタッフの負担が思いやられます。)

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2010年7月29日 (木)

二千円札発行10周年記念流通促進

1007292000bill 7月14日の記事「沖縄をどうするつもりか」に続く、しつこい記事です。みずほ銀行小田原支店の両替機では、両替できませんでしたが、窓口では、きちんと二千円札に両替えしていただけました。両替機での利用が少ないということのようです。たぶん他の銀行でも同じでしょう。試してくださるよう熱望します。
 伊波洋一宜野湾市長から、7月16日に「二千円札発行10周年記念流通促進について(依頼)」が、「市民各位」に宛てて出されています。6月19日から8月19日までを「2千円札流通促進特別強化月間」だそうです。私たちの日本国本土では、6月19日から8月19日までが何を意味しているのかに思い至っていませんが、あの凄惨な地上戦と切り捨てられた沖縄の人々の無念の記憶がありありと蘇ってくるのだと思います。2千円札を発行した日本銀行の英断を、本土の私たちは余りに軽く扱っているのではないでしょうか。私はささやかな連帯として、2千円札流通促進に努めます。美しいお札です。ご賛同いただける方、ご協力をお願いします。

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日本年金機構

100729nenkinkikou_2 日本年金機構は、日本国から委任・委託を受け、公的年金(厚生年金及び国民年金)に係る一連の運営業務を担う非公務員型の公法人(特殊法人)だそうですが、これまでに、いったい何回「年金記録の確認」のお問い合わせをいただいたでしょうか。私の年金加入歴は7区分という多彩さで、取得・喪失の年月日が多少違っていることを指摘したくらいで、OKですよと回答したのですが、これが結構めんどうです。
 今日は何回目か分かりませんが、「被保険者記録照会回答表」なるものが送られてきました。これで良いかもう一度確認してくれとのことですが、もう根負けです。昭和34年からのことなど振り返るだけの根性は無くなりました。お笑いごっこではありませんが、回答表には正しい住所(4-1-11)が記載されていますが、郵送の宛名は(四丁目1-10号)と手書きされています。日本国の官僚機構はここまで、ぶざまに落ちぶれたのですね。こんな機構に「年金」という国家基本事業を「委任・委託」して良いものでしょうか。
 話題は変わりますが、この年金機構は「歳入庁」の代行までするようで、介護保険料から住民税まで「天引き」します。過日、後期高齢者医療保険料の徴収通知書が送られてきました。毎月55,000円ほどを納付せよとのこと。これこそ、「天引き」でお願いと所管課に電話しましたら、「貴殿の年金から天引きすると年金額の1/2を超えてしまうので、できない」「かまわないから天引きお願い」「規則でできないので、自動送金手続をしてくれ」「まいった」とは言え、納付しないわけにはいかないので、素直に銀行まで出かけて3ヶ月分を現金納付して、以後の納付の送金手続をしてきました。こんな簡単なことでも、「後期高齢者」には結構な負担なんですよ。高齢者に優しいシンプルな行政制度設計はできないのですか。

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2010年7月27日 (火)

競輪の酔客ふたたび

100727keirinkyaku 6月17日にも酔客の醜態に驚きましたが、今日もまたその再現です。北側で、日影になっていますから熱中症の心配はありませんが、なんとも悲しい光景です。「歴史」「文化」「無尽蔵」などという惹句がむなしく響きます。いったいこの競輪いつまで放置するつもりでしょうか。「公営賭博と無法の町」にするなら、そう宣言してください。小田原市にも加藤市政にも、礼節や誇りはないのですか。怒り心頭です。

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東洋のスイス

100727swiss 7月23日の事故は、とても痛ましいものでした。私たち日本人は、スイスに対しある種のあこがれと尊敬の気持ちをもっているのではないでしょうか。雄大な自然環境、独自の技術・文化・社会制度、永世中立などなど、眩しい国のようです。事故後僅かの時間で運転再開しましたが、その後も乗客の多数を日本人観光客が占めていると伝えられています。
 65年前の敗戦、打ちのめされ、飢餓に喘いでいる私たちに、日本国政府からのメッセージは「東洋のスイスを目指そう」でした。憲法は平和憲法と呼ばれ、世界に誇れる「戦争放棄」の国になりました。「新しい憲法のはなし」という読本には、戦車や戦闘機が坩堝に上げ込まれ、電車や消防自動車に生まれ変わって出てくる挿絵がありました。日々の貧しい暮らしの中で、スイスは本当に眩しい国でした。こんな国になりましょうという、全日本人の願望に見事に応えた約束でした。
 このところの、スイス報道に接して、いったい私たちの国家目標はなんなのだろう。なし崩しに失ったまま、無目標でこの65年をやり過ごし、いまだに「ねじれ国会」などと云うぶざまな姿で日々を浪費している、なんとも暗澹たるこの夏、酷暑に打ちのめされています。(画像はWikipedia から。事故車の編成とは違います)

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2010年7月25日 (日)

小田原市立病院(1)

 小田原市立病院を7月6日に退院して以来既に3週間ほど経ちますが、いまだに正常化にはほど遠い状況です。2週間の絶対安静入院の後遺症としても、かなりきつい日々を送っています。この入院体験で、小田原市民としてどうしても発言しなければならないという思いを強くもちました。まだ、一気に問題を提示するまでの気力に欠けていますので、最初にこの病院施設の管理保全について記事にします。
100624605 6月22日、急激で猛烈な頭痛に驚いて、拙宅至近の間中病院に駆け込み、頭部CT撮影などの検査の結果、アイマスクを掛けて小田原市立病院に救急搬送され、再度の検査等を経て入院したのが6E病棟の605号室でした。アイマスクを外していただきましたが、強い光が再出血のリスクを大きくするということから、真っ黒な暗幕が掛けられたとてもくらい部屋でしたが、カーテンも暗幕も寸足らずでしたので、そこそこの明るさは確保されていました。
1006246052 この605号室は、緊急用の入院室なのでしょうか、なんとも殺伐とした倉庫のような小部屋です。この病棟は1984年3月竣工とのことですから、わずか26年経過の新しい建物ですが、一体どうした訳か室内はひどい状況でした。画像のような壁面の破損箇所が数カ所あり、破損後も修理されずそのまま放置され、一部は応急的に厚紙をテープで仮張りしています。窓サッシは、エアタイトのしっかりしたものですが、漏水の応急処置が醜く残置されています。
1006246053 病室ドアはスライドドアの良質のものですが、鉄部塗装がなされないまま傷だらけです。何か、あら探しのような心ない記事になりそうですが、この病院の建物は、1983年3月から84年12月にかけて竣工している、まだまだ「新品」の建物です。病院建築の実務派設計で実績のある伊藤喜三郎建築研究所の仕事ですから、実質的で保全管理もしやすい施設のはずです。それが、どうしてこのような維持保全放棄のような状況になってしまうのでしょうか。『なぜ修繕しないのでしょうか』と愚痴をこぼしたところ、看護師さん曰く『もう老朽化でどうしようもないからでしょう』とのこと。建築後30年にもならない施設が「老朽化」と云われてしまう、こんなことが許されていいのでしょうか。小田原市立病院は、小田原市と周辺市町の基幹病院です。医療の整備、医師の確保ももちろん大切ですが、施設の良好な維持保全は、利用者に取っては極めて重要なことです。
 病院の経営管理局のスタッフにもお話しましたが、あまり危機意識はお持ちではないようでした。そんな枝葉末節なことなどに構っていられるか、医療体制の確保で精一杯ということでしょうか。7月14日付けでの文書回答や「小田原市立病院改革プラン(平成21年3月)」などをいただきましたので、引き続き記事にしていきたいと考えています。

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2010年7月19日 (月)

この夏

100719basil 7月6日に退院してからもう2週間。16日の午前、17、18日の夕刻、短時間の外出をしましたが、なかなか復帰できかねています。小田原市立病院の入院体験は得難くつらいものでしたが、小田原市行政の体質についてやや深刻に考えています。公立病院の経営管理は何処でも難儀しているようですが、病弱者にとっては極めて重要な問題として、一歩でも二歩でも改善を求めている喫緊の課題のはずです。
 入院中に得たささやかな情報をもとに記事にすべきと考え、いただいた「病院改革プラン」を首を傾げながら読み取っていますが、まだ記述する体力が回復しておりません。今週は、いよいよ東京での仕事に一ヶ月ぶりのならし運転に出かけます。写真は今朝のベランダ園芸のバジルです。

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2010年7月14日 (水)

沖縄をどうするつもりか

100713kanagawa 7月3日の神奈川新聞記事です。かなりマイナーな話題のようですが、私にとっては許し難い世情です。この2千円札の発行は小渕恵三氏の歴史に残る偉業だと評価して以来、できるだけ日常使用に努めてきました。でも最近はインターネットバンキングのため銀行の店頭に行くことが少なくなり、両替の機会を失っていましたが、1ヶ月ほど前にみずほ銀行小田原支店の両替機で久しぶりに2千円札の両替を登録したところ、何の断りもなく千円札に両替されてしまいました。狐につままれた気持ちで支店スタッフに尋ねたところ、「2千円札はもうありませんよ(変なこと聞く客だなあ)」との回答。あれまあということで、2千円札流通促進者の当方も認識不足を恥じて静々と引き下がりました。
 米国での日常的な紙幣は20ドル札が限度です。50ドル100ドルというのもたまにはありますが、必ずチェックされます。20ドル(1800円ほど)ですと、タクシーの支払もまず間に合います。わが国でも千円札ではタクシー支払にも不足ですが、2千円札ならほぼ十分です。大変便利な紙幣だと思います。
 「2のつくお札になじみがなかった」「5千円札と間違う」「大手都銀では窓口では出すが希望者はほとんどいない」「流通しているのは沖縄だけ」こんなことで、日本国「本土!」では、我が2千円札はこの10年で消し去られようとしています。
 守礼門が美しいこのお札、平成の琉球処分なんでしょうか。沖縄県でしか通用していないなんてことはあっていいのでしょうか。なんとも口惜しいことです。日銀の金庫には大量の在庫が眠っているそうです。小田原になければ、東京の銀行でそこそこの額を両替してきます。ぜひみなさんも、2千円札流通促進にご協力ください。先の参院選挙で、普天間隠しのような選挙戦にしてしまった「本土民」のせめてもの罪滅ぼしです。

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2010年7月13日 (火)

小峰発電所(11)6月の発電量355kWh

100713hatsuden 6月報告遅くなりました。梅雨の季節でもあり、やや発電量は低迷しました。それでも19kWhの日が4日あったおかげで355kWhを確保できました。自給率は83%でしたが、設置以来の累計発電量は2085kWhになりました。


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2010年7月10日 (土)

政党交付金・お手盛り5千億円!!

 いよいよ明日が投票日です。今度の参議院議員選挙では、「自らが率先して痛みを負わなければならない」「議員定数を半減すべき」など、声高に「政治家」の無駄を主張する政党は民主党を初めいくつもあるようです。納税者の立場から考えれば、選挙運動に政党交付金が使われるのは、何とも理不尽な思いがします。自ら痛みを負う覚悟があるなら、まずこの政党交付金を廃止すべきです。2010年の交付金はつぎの通りです。
 民主党 172億9700万円・自民党 103億7500円・公明党 23億8900万円・社民党 8億6400万円・国民新党 3億9700万円・新党日本 1億3500万円・みんなの党 3億6100万円・改革クラブ 1億2000万円、総額319億3800万円です。政党交付金は1994年から始まっていますので、これまで17年間の累計は、5千億円超えることになるのでしょうか。納税者の一人として、政党の自らの選挙運動にこの交付金が使われることには、きわめて腹立たしい思いがいたします。
 日本の大政党が、1年間に319億円もの国税を使って選挙運動をするという、きわめて安易で無責任な行為に甘んじていることでは、日本国の民主政治はますます腐敗していくのではないでしょうか。政党助成法は直ちに廃止すべきです。(交付金の資料はWikipediaから)

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2010年7月 8日 (木)

7月11日・なぜ強くなければならないのか

100125futenma 6月22日に救急車で市立病院に搬送され、7月6日まで小田原市立病院での入院生活を体験しました。この体験はいずれ記事にしたいと思っています。
 65年前のこの日1945年6月22日、「大日本帝国大本営」は沖縄諸島での戦闘が終結したと発表しました。その翌23日、第32軍の司令官と参謀長は自決しています。軍令下での組織的戦闘は終了しましたが、生存兵士たちによる絶望的戦闘は8月4日まで継続していました。7月12日は、私の長兄が戦死したとされている日です。25歳という短い生涯でした。私は10歳でした。その死のわずか33日後、大日本帝国は無条件降伏をしました。占領軍による日本国の民主化は、冷戦の激化とともに姿を消し、その5年後、1950年6月25日、朝鮮半島での惨憺たる戦争が始まるとともに、旧軍復活・再軍備の道を歩き始め、ささやかに命ををつないできた戦後民主主義はますます命脈を細めます。その中での1951年9月8日、「単独講和」平和条約が、日米安保条約とともに吉田茂首相によって調印されています。日本経済は朝鮮戦争「特需景気」で息を吹き返しました。
 1960年6月23日には「安保改定」が発効し、今日の「日米同盟」が固定化されました。そして、「トランジスターのセールスマン」と揶揄された池田首相時代からの高度成長指向によって「国際社会において、名誉ある地位を占めたい」という願いがかない、世界第2位の経済大国と自負する時代を持ちました。
 7月11日の参議院議員選挙投票日に向けて、「強い経済」「一番を目指す」「日本復活」などというかけ声が飛び交っています。沖縄の悲惨、米軍基地の居座りは忘れ去られたかのようです。強くなるためには、沖縄には辛抱してもらおうということでしょうか。琉球処分以来、日本国であるようなないような「沖縄県」、1972年5月15日の「復帰」によって、米国世界戦略の拠点の一つとされ、「思いやり」深い日本国に支えられて今日まで、地上戦の記憶を抱きしめている住民の地に、この65年間居座り続けている「米軍基地」、一歩も前に進めない「日本国政府」。どのようにして、強くなれるというのでしょうか。自国民を悲惨の中において、国家だけが強くなるという「戦前回帰」はもう通用しませんよ。
 「日米同盟(いつの間にか普通につかわれていますが)」でいつまで、脱亜入欧が「いちばん」と信じ続け行くのでしょうか。鳩山さんの「東アジア共同体」はどこに隠れたのでしょう。
 6月から7月、8月はつらい月です。8月14日と15日には、例年通り市民の集いを持ちます。


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2010年7月 6日 (火)

突然の休刊をいたしました

 6月22日に突然倒れ、間中病院経由で小田原市立病院に入り本日退院しました。いまだ、体力回復しません。今しばらく休刊継続させていただきます。

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