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2010年7月27日 (火)

東洋のスイス

100727swiss 7月23日の事故は、とても痛ましいものでした。私たち日本人は、スイスに対しある種のあこがれと尊敬の気持ちをもっているのではないでしょうか。雄大な自然環境、独自の技術・文化・社会制度、永世中立などなど、眩しい国のようです。事故後僅かの時間で運転再開しましたが、その後も乗客の多数を日本人観光客が占めていると伝えられています。
 65年前の敗戦、打ちのめされ、飢餓に喘いでいる私たちに、日本国政府からのメッセージは「東洋のスイスを目指そう」でした。憲法は平和憲法と呼ばれ、世界に誇れる「戦争放棄」の国になりました。「新しい憲法のはなし」という読本には、戦車や戦闘機が坩堝に上げ込まれ、電車や消防自動車に生まれ変わって出てくる挿絵がありました。日々の貧しい暮らしの中で、スイスは本当に眩しい国でした。こんな国になりましょうという、全日本人の願望に見事に応えた約束でした。
 このところの、スイス報道に接して、いったい私たちの国家目標はなんなのだろう。なし崩しに失ったまま、無目標でこの65年をやり過ごし、いまだに「ねじれ国会」などと云うぶざまな姿で日々を浪費している、なんとも暗澹たるこの夏、酷暑に打ちのめされています。(画像はWikipedia から。事故車の編成とは違います)

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