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2010年10月24日 (日)

修景整備?またもや醜いフェンス

101024fence このところ、市民団体ニュースレターの配布に僅かですが協力しようと、南町や城山の住宅地を回っていましたので、城址公園散策が途絶えていました。久しぶりにお茶壺橋をわたって水の公園に入りました。あれあれ、またまた仮設フェンスです。結構長大な設置です。工事途中のようですが、何の目的かまったくの何の説明もありません。折角整備された馬出門に連続する空間ですが、何なんでしょうか。とても不快な「修景」です。
101024memorial この不快なフェンスの到達先は、どうもこの「北村透谷碑」のようです。4日前の10月20日、TBS TV の取材を見学し、馬出門から帰宅の途中、クリーン作戦でお世話になっている観光課城址事務所を何気なく覘きましたら、文化財課、みどり公園課、観光課の職員諸兄が業務打合せ中でした。この日、「今年度の馬屋曲輪修景工事が始まります!!」との宣言が小田原市サイトに公開されていたのです。当方まったく左様なこととはつゆ知らず、表敬訪問のつもりが、職員諸兄の鋭いまなざしにたじたじして、気の弱い当方あわてて退散しました。
 北村透谷は、私のような門外漢でさえ、この小田原の最大の誇りとする魂と認識しています。この記念碑がどのような位置を小田原で認められているのかは定かではないのですが、この城址に移築された経緯でもかなりの論議があったはずです。今回2度目の移転話も高長寺が第一候補だったとか。これをなす術もない愚策で喪失し、この碑を再び解体縮小して、なんと海岸に近い平坦地にある「文学館」に「収容」するのだそうです。迷惑施設並みの扱いです。本当のまち壊し、小田原壊しではないでしょうか。
 透谷の生涯を踏みにじるような移転ではなく、いっそ廃却、土中深く埋設にしたらいかがでしょうか。
 「本来の地盤の高さに戻し」「建物の位置が分かるように平面的な表示を」することを、小田原の住民が求めているのでしょうか。数少ないこの美しいく心静まる空間の古木を伐採(抜根?)し、透谷碑を取り除き、小田原市はなにを目指して「まちづくり」をするのでしょうか。
 今回のこの「整備施策」の実施、市民の理解、納得は必須条件です。それなしでの強行着工は、市と市民の間に取り返しのつかない禍根を残します。

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