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2010年12月

2010年12月31日 (金)

小田原市は「城跡整備」を住民に問え

101026birds_eye いよいよ年が更新されようとしています。去りゆく2010年の後半は、突拍子もない「植栽管理計画」に振り回されてしまいました。小田原城跡の整備は、このまちにとってかなり重要な「都市整備問題」だと思います。先日27日の「専門部会」の論議はを傍聴しましたが、「史跡整備」の姿が隠されたまま景観や環境の問題が個々に提示されるだけで、イライラが極点に達しました。
 1993年以来、小田原市は「本丸・二の丸整備基本構想」に基づいて「城跡整備」を進めてきたのですが、馬屋曲輪、御用米曲輪の整備を実施する一つの過程として「樹木伐採」の実施計画を公開したことから市民の「驚愕」を呼び覚ましたのです。小田原市は、市民からの異論は押さえ込めると判断していたのでしょうか。無為無策で市民怨嗟の声を無視して「粛々と」127年の古木を強行伐採するという愚策を曝してしまったのです。
 「整備基本構想」は、間違いなくこの画像を「完成到達点」としています。TV報道で,この「鳥瞰図」を見せられた「市民」が驚いたということは、まさにこの「構想」が市民にまったく認知されていない虚構の構想であることを示しています。構想制定に手続上の瑕疵はないのでしょうが、市民認知がない,極めて少数の市民の認知しかないことが明らかになった以上、新たな手当をするべきではないでしょうか。
 馬屋曲輪、御用米曲輪の整備という差し迫った事業実施もあるようですが、植栽(伐採)論議にあわせて、「城跡整備」についての市民意見聴取を行なうべきです。
 トライフォーラムで「地域づくり総務大臣表彰」を受けられたそうですが、小田原市で初めての住民投票に、「城跡整備の施策」をかけてはいかがでしょうか。小田原城址が全国区的な話題になりますし,TBS報道での「抗議」「反論」への鮮やかな対応にもなるのではないでしょうか。新年4月の一斉地方選挙にあわせて実施すれば、さほどの大きな出費にもならないでしょう。「新しい小田原」の姿を新しい手法で示しましょう。
 小田原は穏やかな晴天の大晦日を迎えることができました。新しい年を健やかな気持ちで迎えましょう。

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2010年12月28日 (火)

自治基本条例制定に向けての準備?

101228jichikihon 12月28日、御用納め、わが家にも「広報小田原」2011年1月号が届きました。冒頭に「市長ー自治基本条例制定に向けての準備も進めています」「議長ー議会改革を順次進めています」の年頭教書、そして5頁には画像に示した「自治基本条例策定中」の記事が掲載されています。議会改革は、いっこうに姿を見せませんが、自治基本条例は「素案を公開して広く意見をいただくことができました」そうです。
 この素案、これまでもこのブログなどで問題指摘をしましたが、不思議な「案」です。松下委員長の自治思想なのか、行政改革推進課の行政思想なのか、どうしてこんな「案」が出現したのか未だに理解できません。12月議会には上程されませんでしたので、いかがなことになるのか懸念しておりましたが、「改めて自治基本条例により何が期待できるのか考えていきます」ということのようですので、近々に小田原市長による「市民説明会」などが開催されるのでしょう。
 「自治基本条例策定」というのは、私たち小田原市民にとっては極めて重要な「市政参加」です。松下委員長のお考えからは、最高規範でもなんでもない、自治会活動の仕組みを決める程度のもの、これまでにないような基本条例を作ってみよう。そんな風情が伝わってきます。検討委員会の委員諸兄姉のご労力には敬意を持ちますが、成果物は納得できません。
 検討委員会の報告を受け、市民意見聴取をなさった「首長」は自らの「考え」を真剣に市民に伝えることから始めて下さい。「首長」の基本的責務です。

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史跡小田原城跡調査・整備委員会植栽専門部会

101228kanagawa 今日12月27日、押しつまった年末の昼下がり、三の丸小学校の「ふれあいホール」で、標題の「専門部会」が開催されました。「部会」という命名は珍しいのですが、「委員会」の資格を与えられない臨時的、超制度的「部会」なのでしょう。教育長から「部会員委嘱」のセレモニーがあって開会されました。今日は珍しく加藤憲一市長さんが列席されています。4分足らずの彼らしい「卒のない」挨拶を慌ただしく済ませて、教育長ともども退席なさいました。よほど大切な「公務」がおありだったのでしょう。この事案にはたいへん戸惑われて、「運用指針」などという位置付けのはっきりしないアドレスをお出しになっていますので、深い関心を持って出かけられたはず。セレモニー挨拶でいいのでしょうか。(これまで「運用指針」には発信日・発信者の記載がなかったのですが、今日の「資料11」には、平成22年11月19日小田原市教育委員会と記名されていました。なんとも座り心地の悪い「指針」です)
101227shokusai 「部会長・副部会長」の選出の後、「写真撮影・録画・録音」の許可が論議され、録音及び開会前の写真撮影のみ許可することが決まりました。画像・音声が傍聴者によって記録されることは、安全上避けたいというお気持ちが委員発言から聞き取れましたので、公開画像は普通公務員さんのみにしました。
 やっと、音声記録の「許可」を拝受しましたので、しっかり記録しました。3時間10分ほどですが、臨席できなかった市民の皆さんで、お聞きいただける方にはお届けできますので、お申し越しください。かなりクリアーに録音されています。結構面白いものです。(去る11月26日の調査・整備委員会の電磁記録の「公開請求却下通知(12月13日)」については、異議申立てをさせていただく予定です)
 部会論議、3月15日までに「御用米曲輪整備計画(実施設計)計画決定」したい、何としても、このスケジュールにそって突貫部会で「計画案」を2月17日の「部会」で決定してくれ、「クスノキは原則残す、土塁の蔵跡平面表示はなし(仮整備?)」「張芝の種類を決めてくれ」。なんとも、時間切れを恐れる所管職員の焦りが露呈する「部会」でしたが、部会長さん(都市工学専門家)の不慣れ、情報・問題理解不足でイライラする議事進行。時間ばかり消化する始末。「専門家」部会員のやや的はずれな発言、噛みあわない論議など、迷走会議で「長時間傍聴」にうんざり。こんな「専門部会」でどうなることやら。
 それでも、1月28日には実施設計(素案)策定、29日に市民説明会・現地見学会、2月1日から14日までパブコメ、2月17日「第2回部会」と進めていかれるそうです。

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2010年12月26日 (日)

小田原市の公式ウェブサイト

101226odawara_website 国政はもとより、地方政治においても、その政府が所有するさまざまな情報が、適正、公正に積極的に公開されることこそ民主主義成立の最低条件です。ウェブサイトによる公開は、そこにアクセスできる市民のみ知ることができるもので、積極的な公開としては公平さに大きな欠陥があります。日々の政府が生産する情報は膨大なものでしょうが、それを公開するための行政サービスは不可欠のものです。
 小田原市にも「行政情報センター」というささやかな施設が置かれていますが、現在は庁舎の4階の一角に職員就業時間の範囲で運用されています。市民利用としては、土日・夜間の開設、あるいは駅前等利便性の高い立地の工夫など強く望みたいところです。
 当面の行政情報の取得については、どなたもほぼ「ウェブサイト」頼りです。現在のサイトは、2007年か2006年ころにウェブデザインが変更されてから、とても使いにくいものになっています。「普通の市民の普通の感覚で」使いこなせるデザインを強く望みます。
 ところで、このところのホームページには、いささか疑問があります。画像に掲げましたが、トピックス欄の記載は、11月12日に最終更新した『「城址公園の樹木約300本が伐採されてしまう」など、誤解を招く内容が伝えられています』という記載がトップです。12月27日開催を知らせる『史跡小田原城跡調査・整備委員会植栽専門部会を開催します(12月24日アップ)』は5番目です。会議開催の告知が僅か3日前というのも解せませんが、40日以上も前の記載がトップで、最新の記載が5番目というのは、いかがなものでしょうか。悪意あっての混乱ではないのでしょうが、なんとも行政の愚鈍さには呆れ果てます。特にこの「部会」は、市民の注目を集めていて、所管課では「傍聴50席」という異例の配慮をしていますが、開催情報の周知にはご関心がないのでしょうか。
 『誤解を招く』と声だかにTV報道非難するような欺瞞の前に、自らの公正さ、積極的な情報公開に努めるべきではないでしょうか。市民の、あるいは報道機関の『誤解を招く』事態を発生させるのは、行政府自身の至らなさであることをしっかり認識すべきです。『誤解を招く内容が伝えられています』などと、被害者もどきの発言を、40日以上もサイトのトップ記事にするなどという恥ずかしさを認識して欲しいものです。
 明日27日の「植栽専門部会」、公正で、民主的な会議運営と完全な市民公開を強く望みます。

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2010年12月23日 (木)

フィレンツェ市の緑化政策

101223verde_firenze イタリアの「歴史と文化のまち」フィレンツェは、昨年2009年6月22日の選挙で34歳のマッテオ•レンツィ(Matteo Renzi)氏が市長になりました。『選挙戦で確約した100項目を実践します。全て実現し、びっくりさせたい。まずはヴェッキオ宮殿(市役所)に「新しい顔」達を迎え入れること。世界で最もすばらしい職業、フィレンツェの市長に専念します。』と宣言して華々しくスタートを切ったようです。今月初めには、雨の中のフルマラソンを4時間30分で完走(市長選の公約)したとも聞きます。
 ご承知のようにフィレンツェは、13世紀からルネッサンス都市としての完成の道を歩む、石造りのまちです。緑の少ない歴史と文化のまちです。画像はフィレンツェの歴史的中心部(観光客が集中する)のマップ、緑の少なさがはっきりと分かります。今年の文化と環境保全週間にレンツィ市長は、とても刺激的なメッセージを出しました。
101223duomo1 フィレンツェの中心、イタリアルネッサンスの心の中心と言えるDuomo広場、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂とサンジョバンニ礼拝堂の広場を、芝生で埋め尽くしたのです。(画像はプラート在住の斎藤春子氏)もちろん普段はこの路面は石畳です。これまで自動車、観光客用馬車などで雑踏していました。レンツィ市長は就任早々、ここを車両通行禁止としました。「観光都市」フィレンツェとしては、大英断でした。今回の路面芝生化は象徴的メッセージでしたが、市民へのメッセージとしては大成功だったようです。観光客サービスとして、市役所(パラツォベッキオ)前にあるミケランジェロのダヴィデ像(国有か市有かで係争中)のレプリカを聖堂前に据え、そこから古式の馬車で街なかを練り歩くという挑戦的「伝承ショー(長いストーリーがある)」までやっています。
101223duomo2 このDuomo広場は、まさに「歴史と文化のまち」フィレンツェの象徴的空間です。この広場に緑の環境を拡大していこうという明確なメッセージを、新鮮で大胆な手法で発信したのです。イタリア共和国も、我が日本国に劣らず中央主権の国家です。フィレンツェの歴史的資産も多くが国家の管理下にあります。生活の道路と広場は、自治体(フィレンツェコムーネ)の管理下にあることで、この革命的イベントが実現したのでしょう。フィレンツェ市政府のクリエーティブな地方主権の主張は見事といえます。
 日本国では、国政も地方政治も旧来の行政路線から一歩も抜け出せない、愚鈍な歩みを見せつけられ、マニフェストなど忘却の彼方、戦う首長の姿を目にすることのない日々を送っていると、いらだちは極限に達します。
 そんな中で、我が小田原市政府が出した異例の「『史跡小田原城跡本丸・二の丸植栽計画』運用指針」の基に「第1回史跡小田原城跡調査・整備委員会植栽専門部会」が12月27日(月)に開催されます。この開催、市民には知らせたくないのか、周知の努力など忘れ去られています。お節介なことですが、ここに苦労して探し出した市のサイトをリンクします。「歴史と文化のまち小田原」の緑環境をををどう考えるのか、どのような論議が公正な公開の基になされるのか、年末の月曜日の午後と言う参画困難な日程ですがお出かけいただければ幸いです。会場は、なんと三の丸小学校「ふれあい」ホールです。

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2010年12月19日 (日)

小田原城址・新たな整備構想策定へ

101219hukugennzu この画像、平成5年3月「本丸・二の丸整備基本構想」で示された「設計鳥瞰図」です。平成22年8月12日「植栽管理計画」のサイト公開以来、「古木伐採」に市民関心が集まり、TVで報道されるまでになると、10月26日には「整備基本構想について」として、この鳥瞰図を示して、つぎのような「誤解を解くための市民説明」をしております。
 『史跡整備の方法や樹木の取り扱いについて、この鳥瞰図の通りに復元するわけではありません。植栽の整備や管理につきましては、既存樹木の活用も含めて、個別のエリアごとにどのような整備を行うのか検討して、整備計画を策定していきます。』
 「整備基本構想」では、「整備設計鳥瞰図」として明確に示していますが、マンションの完成予想図と同様、多少の変更はあるでしょうが、大要は変わらないのが通例です。TVでは、観光客等がこの「鳥瞰図」にびっくりしている姿が報道されたので、慌てて「鳥瞰図の通りに復元するわけではありません」と構想の変更を打ち出したということでしょうか。
 小田原市は、この基本構想を既に変更して、新たな「整備基本構想」をお持ちなのでしょうか。これまで市民に公開された「行政情報」には存在していませんが、あるいは「構想中」なのでしょうか。未成熟情報なので「公開」しないだけなのですか。
 この鳥瞰図が示す「本丸・二の丸整備基本構想」は、多くの市民から否定され、小田原市自身も否定しているのですから、これまでの「調査・整備委員会」を廃止して、新たな策定委員会を組織するなど、見直しの作業に入るのが当然のことではないでしょうか。小田原市政府は、正常な民主主義を確立する市民運動をお待ちになることなく、早急に自ら行動を起こすべきです。

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2010年12月16日 (木)

城跡整備は環境破壊!!

101216stump 先月11月29日、小田原市長に公文書公開請求をしましたところ、今日16日「公文書不存在決定通知書」による説明を受けました。
 請求した公文書は3件ありましたが、不存在とされたものは、「史跡小田原城跡本丸・二の丸植栽管理計画」3頁(3)ア.15 に示された樹木群の「樹木伐採に求められる風致地区条例(神奈川県)の許可についての記録」です。風致地区条例では、市長の許可が必要としていますが、「枯損した樹木や危険な樹木の伐採」は許可不要です。ということで、小田原市観光課では「15」地区の樹木はすべて枯損・危険な樹木と判断したので許可申請なしですべて伐採した。従って記録は一切ないという理屈です。(伐採業務委託2,992,500円の契約書は閲覧できました)
 これまで伐採した樹木はすべて「枯損・危険な樹木」と見なして伐採してきたようです。伐採する事業者自身が、許可を要しないと判断すればすべて伐採できるのです。眺望を妨げる樹木も「枯損・危険な樹木」にされてしまうのでしょう。
 画像は、樹齢100年に近いクスノキの切株です。見事に伐採されましたが、今年の8月には、緑の若葉を復活させた痛々しい光景をみせています。このクスノキが「枯損・危険」な樹木なんでしょうか。この痛々しい光景を撮影したころから、城址の緑を守りたいという市民運動が高まり、「植栽専門部会」を新たに設けて『史跡と緑の共生』を図るとする「運用指針」が市長から示されて、新たな市民協同が始まるかに見えていました。伐採計画の白紙撤回を求める署名運動も「一時休止」して、この専門部会の成果に期待しようという流れが出来ていました。
 ところが、一昨日小田原市が示した「専門部会委員」の構成は信じ難いものです。「歴史と文化のまち小田原を考える会」などという存在は、聞いたこともありません。ふざけるのもいい加減にして欲しい。市長の「指針」に期待して決定した「一時休止」は、完全に裏切られてしまいました。「自治の担い手」たちは一体何を「協同」しようとするのでしょうか。「専門部会」が環境破壊に手を貸さないよう、監視し続け、「城跡調査・整備委員会」の不当行為が生まれないよう監視し続けなければなりません。市民と行政の信頼関係を無惨に破壊する誠に残念な結果になりました。

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2010年12月13日 (月)

被災後の復旧・民主主義の力

101213bay_bridge かなり古い話ですが、1989年10月17日午後5時4分に発生した「ロマプリータ地震」による、オークランド・ベイブリッジの被害画像です。この地震は、サンフランシスコ、ベイエリア一帯に大きな被害をもたらしました。この当時、市内パシフィックハイツに居住していましたので、得難い被災体験をしました。
 このエリアの大動脈であるベイブリッジの被災は、地域住民にとっては致命的な都市災害で、一刻も早い復旧が望まれました。管理主体のベイオーソリティー(港湾管理広域連合自治体?)の獅子奮迅は、当時の報道でしっかり記憶に起こっていますが、この大被害を僅か31日で復旧開通させたのです。(先ほど検索したWikipediaには、「復旧までに数ヶ月を要した」と記載されていましたので、余計なおせっかいでしたが記事修正投稿をしておきました)
 この驚くべき突貫工事、契約基準や労働協約など多くの制度的縛りを「火急の必要性」とでも言うのでしょうか、議会、労働組合などを説得し、合意を形成していくねばり強い努力で走りきったようです。誰もが「絶対に無理」と思っていたことを、関係者全員の結束で「奇跡的に」なしとげたのです。
 当時の生々しい被災記憶の中に、この「壮挙」は、貴重な教訓的事件、米国的民主主義の成果としてしっかり残っています。このところ、私たちの「民主主義」にも、この力を育てていかなければならないと強く思わされています。(画像は、Los Angeles Times社 発行の特集誌から)

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2010年12月 8日 (水)

大詔奉戴日

101208konoe_arita この画像は、昭和16年8月3日近衛文麿から有田八郎宛の書翰です。『矢は弦を離れたる形にて、もはや 如何ともする能はす』と、軍部の暴走に匙を投げたことを告げています。この4ヶ月後には、「パールハーバー」に至ります。
 今日12月8日は、私たちにとって忘れ去りたい過去のことなのでしょうか。この日の意味は話題にもなりません。
 昭和16年12月8日の「宣戦の詔」と昭和19年10月6日の閣議決定「決戦与論指導方策要綱」を添付しました。さほど長文のものではありませんので、ご一読願えれば幸いです。
 この時代の政治風土は、いまだ過去のものになっていないように思います。私たちの国、アジア諸国、米国、すべて揺れ動いています。鬱陶しいことですが、過去に思いを馳せて見てください。

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2010年12月 6日 (月)

オオムラサキツツジの再生

101206azalea 小田原城祉の「植栽管理計画」は、市長から出された「史跡と緑の共生を図る」という「運用指針」の理念を市民団体側が受け入れることで、小田原市の植栽管理作業は動き出すことになりそうです。市側は今月末、年末ぎりぎりに新たに設けた「植栽専門部会」の第1回委員会を開催したいとしているようです。
 「小田原城祉の緑を守る会」では、世話人、会員の間で厳しい論議が長時間続いていましたが、市長の「理念」の実現を共に確かめながら新たな施策の展開に参画していくことを決定しました。
 お堀端通り石垣を美しく飾っていたオオムラサキツツジの再生・復元は、市民の間で強い要求となっています。4月、5月の花の季節、市民の記憶にしっかり残っている光景の復元こそ「史跡と緑の共生」を確認する証ではないでしょうか。
 稚拙な合成画像ですが、この光景を復活させて、「理念」の象徴、新たな史跡整備の出発宣言として欲しいですね。
(ツツジの呼称は再度「オオムラサキツツジ」といたします。)

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2010年12月 2日 (木)

失われた城址のオオムラサキツツジ

090424azalea この画像は、馬出門が復元された直後の2009年4月24日に撮影したもの。真新しい土塀の白漆喰に続くこのオオムラサキツツジ、とても美しいものでした。例年、梅、桜、藤、ツツジと続くこの季節、小田原城址は華やかに彩られます。このオオムラサキツツジは、広報小田原で藤とともに城址が誇った名花でした。この季節はさらに花菖蒲、あじさい、蓮花と続きます。小田原城址は、花の名所です。
090428azalea この画像は、「失われたオオムラサキツツジ」にへの抗議の声の中で知り合ったSさんが同じ時期、2009年4月28日に撮られていたものです。ウェブサイトにも、このツツジは登場します。写真日記(2008年4月30日)のオオムラサキツツジはとても見事に撮影されています。この方の写真4点、水面に映る花の姿とても美しいものです。小田原市民にとっても、来訪者にとってもこの光景が無惨に失われたこと、取り返しのつかない失態だったのではないでしょうか。
 「史跡と緑の共生」が、新しい小田原城址整備の指針となりました。その証として、オオムラサキツツジの姿をお堀端通り石垣に「復元整備」していただきましょう。
(広報小田原2008年5月号では、「オオムラサキツツジ」とされていましたので、これまでそのように表記していましたが、「オオムラツツジ」が正しいと教育委員会から指摘がありましたので、表記を変えました。)(追記・識者によると「オオムラサキツツジ」という呼び名が学名のようです。「オオムラツツジ」は植木業世界の略称のようです。どちらでも良いということ?)

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小峰発電所(16)11月の発電量239kWh

101202hatsuden 11月の太陽光発電記録の報告です。月間発電総量は10月213kWhより多少よくて239kWh(累計3,663kWh)、自給率43%でした。11月は発電量5kWh以下の雨天日は4日しかなかったのですが、さすがに日照時間も短くなり、最大日量が12kWhと発電量は伸びませんでした。でも、10kWhを超えて頑張ってくれているのを見るのは、可愛いものです。先日の祝い島のドキュメント、「原発反対」の住民運動の姿に接すると、反省しきりです。

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署名簿の点検

101202kanagawa2 今日の神奈川新聞県西面です。昨日の「史跡小田原城跡本丸・二の丸植栽管理計画の白紙撤回を求める署名」の提出を報じてくれました。記者の取材では「市の担当者は『本当に署名の数があるのか調べたい。その後、対応を決めたい』としている。」と書かれています。
 かつて「城下町ホール建設計画の見直しを求める署名(36,411筆)」提出の際、『電算機入力により名寄せ、住所分別等の精査をする』と担当職員から言われましたが、今回もそんなことをお考えなのでしょうか。「緑を守る」願望は受けるが、市の施策に「白紙撤回」を求めるなど不届きな市民を捕捉しようなんてことはお考えではないですよね。
 市民は、許認可申請やら徴税やら、あるいは福祉支援などで、行政の権力に曝されているのです。2008年の運動では、署名者の不安に配慮して署名簿は提示のみとしました。本来的には提出すべき性質のものですが、長崎市の原爆慰霊碑移設反対署名の事例などから、苦しい判断をしたのです。2005年から2008年までに、私がかかわった3つの署名運動はすべて提示のみでした。
 今回の「市の担当者」は、施策に反対する市民を捕捉するなどという意識はお持ちではないのでしょうが、行政職員は権力の執行者であること、市民の自由な行動を制約する権力を有していることをぜひ自覚して欲しいと思います。
 署名の数はしっかり数えてください(提出前日の深夜までかかって精査して数字を出しています)。電算機入力という、目的外使用の恐れがあるような「精査」はなさらないことを信じて提出したことに思いを馳せてください。
 一般の市民と市政府は、決して「対等」な「自治の担い手」などにはまだなっていません。小田原市民は、基本的な権利、市政府の責務、行政情報公開などをキッチリ規定する「基本条例」さえ持っていないのです。
 昨日の、12月1日の署名簿提出で、新しい「史跡と緑の共生」という「協働」にスタートを切ろうという決断をしたのです。より良い成果を共に求めて行こうではありませんか。
 

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2010年12月 1日 (水)

いよいよ「史跡と緑の共生を目指します」

101201petition 「広報小田原12月1日号」を見て判断してくれと言う小田原市長のコメントでしたので、昨晩の守る会では、激しい論議がありました。「史跡と緑の共生を目指す」なら現「管理計画」は当然に廃棄されるべき。この計画を策定した委員がそのまま新たに設置する専門部会に横滑りとは欺瞞だ。想定される委員構成では、「史跡と緑の共生」などなんら担保できない。などなど、大きな不満と不安がメンバーから噴出しました。
 長く熱い論議の末、市長が示した新たな運用指針にまず乗ってみよう。その中から市民の常識に叶う新たな21世紀にふさわしい「城址整備」の道を生み出す努力を精一杯やろう。市側にはそのための公正な努力を求め続けよう。「専門部会」に協力する。署名簿は集約した結果を明日市長に提出する。こんな結論で新たな取り組みが始まりました。
 この画像は、今日12月1日の12時半に、署名簿13,480筆を加藤市長に提出したところです。
 「守る会」は、その運動の成果として誕生した、「史跡と緑の共生」という新たな道の選択にふみだしました。「ここから先は明確に市民の見方、環境の観点、これを入れていこうという運用指針」を示した加藤市長自身も、「守る会」の決断を迎え入れて欲しいと強く思います。

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TBSに抗議・TBSから回答書

101126tbs_reply 一昨日29日に小田原市は画像に示したTBSからの回答書を受理したことを記者発表しました。回答書は画像の通り「管理計画を十分に検証し、市長、担当職員からも取材報道した。誤った事実認識などしていない。公正な報道だ。再度報道したいので市関係者の協力を願い、中立の立場で制作するので宜しく」という趣旨です。
 市の対応「この回答書に対する本市の対応につきましては、今後検討いたします」
 先日の「噂の現場」は、視聴率10%と言う好成績だったそうです。「抗議文」「回答書」合戦はいざ知らず、高視聴率のTV番組で広報されることになります。おおいに「おだわら」を売り込む良い機会です。市長さん以下関係者のみなさんの情報発信で、外来者増強に頑張っていただきたいものです。

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