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2011年3月

2011年3月31日 (木)

FUKUSHIMA ?? HAMAOKA

110331fukushima 東京電力福島第一原子力発電所の制御が困難を極めています。大被災後の捜査・被災者救援もままならないなか、原発災害の恐怖が押しかぶさって来ております。制御不能な巨大施設のエラー、ブレーキの利かない暴走バスと言われても、私たち乗客は下車することはできません。関係者の叡智と努力によって、取り敢えず停車だけはして欲しいと念願しています。
 そして、このような不幸な原発災害の再発だけは何としても避けなければなりません。浜岡原子力発電所については、3月22日の記事にも記しましたが、現在運転中の4号機、5号機による原子力発電量は最大251.7万kW、中部電力総発電量の7.5%に過ぎませんが、"Fukushima Nuclear Catastrophe"の後にも営業運転を継続しています。
 この発電所、さまざまな経過の末、2009年1月30日、1号機、2号機は運転終了(廃炉)となっています。3号機は2010年11月29日から定期検査のため運転停止、4号機、5号機は、2009年8月11日の駿河湾地震以降運転停止していますが、それぞれ本年3月2日と2月23日に営業運転を開始しています。この再開に当たっては、静岡県は本年1月24日「運転再開の容認に当たり、中部電力に対して以下のとおり3項目の要請を行い」つぎのことを求めています。(1)現在中部電力が実施している地下構造特性調査において「低速度層」の解明に努めるとともに、その調査結果を国が行う耐震バックチェック(新耐震設計審査指針に照らした耐震安全性の再評価)に的確に反映すること。また、国の審査において対処が必要となった事項には直ちに対応すること。(2)法令及び保安規定が確実に遵守されるよう、発電所の管理体制等を抜本的に見直し、新たな法令等の審査体制を構築するなど再発防止策を講じること。(3)引き続き、発電所に関する情報開示の徹底に努めること。情報開示に当たっては、一般県民に分かりやすい丁寧な説明となるよう、より一層の工夫をする」これによって営業運転が開始され、直後にあの大被災を経験することになったのです。
110331shizuoka_governor また、1月19日には、3号機(定期検査のため停止中)の原子炉建屋4階(放射線管理区域内)で発生した火災について、1月24日「(1) 安全上重要な原子炉建屋内では特に不具合事象を起こさないよう改めて徹底すること。(2) 今回の火災も、発電所内のチェック体制の甘さが露呈したものであり、先般文書で要請した管理体制の見直しを的確に行い、報告すること」と注意しています。
 そして、3月11日を迎え、15日22日に中部電力から対応策の報告を受け、「(1) 浜岡原子力発電所で想定している地震や津波について、分かりやすい説明に努めること。(2) 防波壁の設置については、科学的な検証を行うこと。(3) 外部電源の確保を含む更なる電源の確保対策、海水系ポンプの更なる防水対策など、科学的・技術的な根拠に基づく津波対策を再検討し、説明すること」を求めました。
 中部電力の対応策は、福島第一のエラーの経験から「短期的な対策」と「長期的な対策予定」として、「防水扉の点検」「非常用発電機の点検」「発電機車の確保」「冷却ポンプ電動機の予備品準備」など、とても初歩的な短期対策や「ダクト開口部の防水」「直流電源・蓄電池予備品確保」「津波に対する裕度向上」「津波知見の反映」「環境モニタリングの実施」などを示しています。TP12m以上の防波壁新設、非常用ディーゼル発電機の高台への設置なども掲げています。
 それぞれ、現在の知見の範囲・想定内では「対応策」にはなるでしょうが、すぐという訳ではなく何年も先のことです。まず運転停止し、核燃料の安全保管の徹底に努力してからのことではないでしょうか。静岡県知事の責務も問われますが、隣接神奈川県、東京都の知事、市町村長もしっかりした対応をして欲しいものです。我が小田原市長は市民が有する浜岡原発への「危機感は当然のこと。今後の検討課題としたい」と3月17日の予算特別委員会で答弁されたそうですが、既に2週間経過しましたがどのような「検討」がなされたのでしょうか。
 浜岡原発の"Catastrophe"は、福島第一原発を大きく上回る、想像を絶する大災害をもたらすと思われます。住民の安全に最大の責務を有する自治体首長は、一刻も早くその対応を表明すべきです。ブレーキのないバスを停止させるよう努力してください。
(画像はReuterと静岡県)

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2011年3月27日 (日)

ハリケーンカトリーナ被災の避難住宅

110327katrina_flooding 2005年8月25日のルイジアナ州を中心とした地域の大災害は、まだご記憶のことでしょう。死者行方不明者は2,500人ほどと言われていますが、ヒューストンのアストロドームに避難した約2万8,500人の被災者の生活苦難が報道されていました。被災後の対応のまずさにかなり厳しい批判が出されて、ブッシュ政権の支持率が過去最低の40%前後になったそうです。
110327mobile_park 被災後の住宅復興には、米国らしく、Mobile Home が2万戸以上設置されました。Mobile Home は、大戦後の米国において住宅復興の大きな役割を果たした、アメリカ発明の応急住宅です。まさにモバイルの住宅ですが、完成品の住宅を工場から設置敷地まで搬送するのですから、フリーウェイの発達とともに需要が拡大していきました。農業季節労働など、移動生活者にはまたとないスタイルの住宅です。45年ほど前、米国住宅産業事情視察などやっていた時、カリフォルニア州キャストロビルのアーティチョーク収穫祭に立寄り、このMobile Home の「団地」に目を見張りました。米国もベトナム戦争の泥沼で決して豊かではない60年代でしたが、このような住宅需要への対応にはいたく感心した記憶があります。
110327mobile_home このアメリカンハウスは、盛衰を経ながらも、未だ健在で2005年の災害のお役に立ったのです。米国には、ユーズドのMobile Home のストックは、数万戸いや数十万戸あるのではないでしょうか。いろいろなサイズがありますが、一番小さな8~10フィート幅の新品で、3万ドル(250万円)程度ですから、ストック品なら1万ドル程度で入手できる筈。米国では、同盟国日本の大災害に心傷めていますので、5万戸ほどの支援寄贈など、難しいことではないでしょう。5億ドルほどの出費です(カトリーナの際のクエートから米国への支援寄贈が5億ドルでした)。輸送費はそこそこかかるでしょうが、設置期間は極めて短期で対応できます。被災3県内の開発地に、Mobile Home Park を整地することで、臨時コミュニティーを誕生させることができるのではないでしょうか。米国ライフスタイルの室内を、東北ライフスタイルに少し近づける改修などに、地域経済の活性化、そして日米文化交流にもなるのでは。(画像は共にWikipediaから)
ここまで書き進んだ今、この小田原に激しい音を発しながら「雹」が降り始めました。一体どうなっているのでしょうか。

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東日本大震災とハウジングプアー

110327takahatadai あの日から半月ほど経過しましたが、今回の災害が全く未経験の「大規模で複合的な災害」であり、いまだ被災の拡大が予想され、しかもその被災社会の体力は低下環境にあるなど、今後も極めて困難な展開が予想されます。
 そのような中、一昨日3月25日、「日本住宅会議」「住まいの貧困に取り組むネットワーク」「国民の住まいを守る全国連絡会」の3団体は、「東北関東大震災」の住宅・居住支援についての緊急要請書を提出しました。
 要請の趣旨は、①コミュニティーの継続や弱者ケアに配慮した仮設住宅、仮住居、自力再建への支援 ②民間賃貸住宅・空家などの活用 ③全国公営住宅空家の活用、小規模災害公営住宅の建設 ④UR(都市再生機構)の賃貸住宅・空家の活用 ⑤自宅再建に対する資材供給・ローコスト化・地域中小建設業者への支援対策など、施策の早急な展開を求めています。
 日本社会の社会変動は、住宅環境にも大きな変化をもたらしています。その一つに「公営住宅」の減衰があります。かつて日本住宅公団の名で賃貸住宅の大量供給を行なっていた時代から、今日のUR(独立行政法人都市再生機構)は完全に変質してしまいました。その変質(脱住宅賃貸事業)によって、ストック賃貸住戸に大量の空家が発生しています。にも拘らず、空き室は「東北15戸、東京100戸、神奈川70戸などなど、不可解な空き室数を国土交通省に報告しています。これらの数字は「賃貸事業を継続している」極めて少数の団地のものだけなのでしょう。
 画像は東京日野市の「高幡台団地73号棟」ですが、この11階建て巨大賃貸共同住宅は、解体撤去するとして、大きな問題を引き起こしています。このようなケースは、賃貸事業の廃止政策によって全国的に展開されていますので、賃貸住戸の空家戸数はかなりのものになる筈です。仙台市にも相当数あるのではないでしょうか。東北地方の空家15戸などというのは、経営計画優先の余りにも無惨な空き室隠しの回答です。
 平成20年の調査では、被災3県には30万戸の空家があるとされています。今回の被災や経済変動などで増減は見込まれますが、臨時的居住のための施設としては大きな許容力になるはずです。被災時の応急避難居住を受け入れる地域力を高めるため、公営・民営ともに基礎自治体の空家活用の誘導施策を国は積極的に支援すべきです。
 住居は、すべての生活の基盤です。日本社会の「住生活貧困(ハウジングプアー)」は、戦後の経済環境の変化に取り残された最大の国家的課題です。大災害の都度、その脆弱さが露呈し続けています。体育館などでの避難生活を長期化させてはなりません。日本国、都道府県、すべての市町村の政府は、被災者の住生活支援に総力を掛けてください。

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2011年3月24日 (木)

小田原市議会/「自治毀損条例」制定

 今日、2011年3月24日、小田原市議会は、加藤憲一小田原市長の提出になる「小田原市自治基本条例」議案が、施行日の修正と言う摩訶不思議な修正によって、制定されてしまいました。悲嘆にくれている東日本の南端で、ひそやかな悲劇が進行し始めました。
 小田原市自治基本条例をもう一度冷静に読み取ってください。この条例が、我が小田原市の「基本条例」になるとはどうしても信じられません。私だけが、小田原市を買いかぶっているのでしょうか。この時代に、地方分権、地方主権などといわれている時代に、手間ひま掛けたあげくに、このような「逆コース」の基本条例を制定するのは理解に苦しみます。
 さすがに、3人の議員から「修正案」が出されました。①自治会の位置付け ②行政職員の法遵守義務 ③地域活動に対する行政関与 ④施行期日、これらの極めて真っ当で、ささやかな4点の修正動議でした。
 にも拘らず、この動議は提案者の3議員(佐々木ナオミ、檜山智子、木村信市の各議員)以外の全議員、公明党、日本共産党などすべての会派の24議員の反対で、葬り去られてしまいました。信じ難い思いで傍聴席から眺めていましたが、何事もなくこの議会は閉幕しました。
 この「小田原市自治基本条例」は、一昨年2009年5月20日の「フォーラム」以来、2年近くの日時、市民の夥しい労苦を経て、この議案に至ったものですが、いかなる「理念」によるものか、「人為」によるものか、自治毀損の条例に変身してしまったのです。

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2011年3月22日 (火)

浜岡原子力発電所(2)

110322hamaoka_map 原発の問題を、東日本大災害の惨状の中で考えなければならないというのは、たいへん辛いことです。私たち神奈川県の生活者は、東京電力からの配電で生活をしていますが、原発の立地はすべて東電営業域外にあるのです。福島第一(大熊町・双葉町、全6基停止・2基計画中)と福島第二(富岡町・楢葉町、全4基停止)は福島県、柏崎刈羽(柏崎市・仮羽村7基中4基運転)は新潟県にあり、共に東北電力の営業域です。東通原発(東通村、1号炉建設中・2号炉計画中)は、青森県にあります(六ヶ所村の北隣)。東電の営業域は、人口密集のため原発は作らない(作れない)のでしょうか。
 ところが、東京と名古屋、東海道の真ん中、御前崎市に中部電力の浜岡原子力発電所があります。満身創痍の原発で、1号機、2号機は2009年1月に運転終了廃炉、3号機は2010年11月以来検査停止中、4号機は本年3月2日、5号機は本年2月23日に運転再開したばかりです。中部電力の原発は、2000年に芦浜原発(南伊勢町)が計画白紙撤回したため、浜岡原発のみとなっており、4号機、5号機による原子力発電量は251.7万kW(総発電量7.5%)だけという状況です。
 浜岡原子力発電所は、東海地震の予想震源域にある原発として、かねてから運転停止を求め続けられています。
 我が小田原市でも、2004年11月10日の小田原市議会総務常任委員会で、「浜岡原発の運転停止の意見書提出を求める陳情(陳情者代表古長谷稔氏)」が審議されたことがあります。当時の委員会構成は、委員長は小松久信(公明)、副委員長は飯山茂雄(市民クラブ)、委員は杉山三郎(進友会)、檜山智子(社民・ネット連合)、井原義雄(駿世会)、相澤博(進友会)、小林俊夫(粋誠会)、関野隆司(日本共産党)の8委員でした(会派等はすべて当時、敬称略)。採決の結果は、檜山、関野の2委員が採択、5委員が不採択で、あっさり葬り去られました。不採択理由は、『そんなことしたら経済活動に支障が出るじゃないか、「現実的」じゃない』ということでした。7年前のことですが、鮮明に記憶しています。
 私たちの電力供用は、他県に立地した原発に1,730万kWも依存していて、今回の大災害で35%を超える大きな減衰に直面しています。東電は、利用者の節電と火力発電の強化で、この危機を乗り越えようとしています。中部電力も、浜岡4号機と5号機の発電量250万kWほどを、節電と火力水力発電の強化で補填していただければ、愛知、静岡、神奈川、東京という人口密集地域の安全に「現実的」に対応していただけるのではないでしょうか。
 昨年8月11日の地震後にアップしたブログもご一読願えれば幸いです。(画像は浜岡原発公式サイトから)

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小田原市議会の怪

 「東日本大災害」以来、気力体力が一気に減衰してしまいました。何とか、立ち直るべく努力していますが、先週17日(木)の小田原市議会予算特別委員会の審議と採決をお聞きして、さらなる衰亡にはまり込んでいます。
 平成23年度小田原市一般会計予算の審議で、「公明党」小松久信議員提案の「商工費・まちづくり会社への出資金110万円削除」の修正案が通ってしまったそうです。その一方、「緑の風」木村信市議員が提案した、「地下街再生計画策定のJR東日本への委託料4930万削除の修正案」は僅差で通りませんでした。なんとも解せない議員さんの考えです。
 「小田原市自治基本条例」は、「緑の風」佐々木ナオミ議員が条例内容の修正案を出し、ここでも小松議員が施行日の延期(24年1月1日施行)案を出し、小松案が通りました。(最終議決は24日の今期市議会最終の本会議で行なわれます)
 「小田原市自治基本条例」は、基本条例です。9ヶ月の周知期間をあらためてとったところで、制定した基本条例がどうなるものでもない、全くの愚行です。信じ難い議会の腐敗です。地方議会が、市民の支持を失い、名古屋のような状況を生み出す悲劇の小田原開幕はまっぴらです。4月の地方選挙、何とも気分の重い選挙です。「日本大災害」にしてはならないと、気力を振り絞ります。

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2011年3月15日 (火)

東日本大震災

110315power_map あの日以来、落ち着かない日々を過ごし、TVからの惨憺たる被災状況の報道にいたたまれない思いでおります。(このブログを書き始めた途端、大きな揺れに襲われました。浜岡原発が心配です。静岡東部付近が震源で、当地小田原では震度5弱だそうです。東海地震との関連は否定されています)
 こころ静めるためにも、この先に迫っている災害、「電力」についてのみ触れてみます。
 被災にともなう東京電力福島第一原子力発電所の事故以来、連日長時間TVが、経産省原子力保安院と東京電力の広報、記者発表、それに「学識経験者」の評価などを報じています。何とも不安をかき立てる広報と評価ばかりです。日頃何気なく見過ごしている東京電力株式会社の基礎的な数値を拾い上げてみます。
・設立 1951年5月1日(松永安左エ門 電気事業再編成審議会委員長の調整力でGHQを説得し、関東配電と日本発送電の再編に成功)
・資本金6,764億円・総資産額13兆2,039億円・従業員数38,227人
・売上高5兆162億円・販売電力量280,167百万kWh(2009年度)
・営業域 関東地方1都7県と静岡県の富士川以東地区
・水力発電160(852万kW)・揚水式水力発電 5(505.3万kW)
・火力発電 26(3,683.1万kW)・原子力発電 3(1,730.8万kW)
・風力発電 1(500kW)・地熱発電 1(3,500kW)
・総発電能力 6,771.2万kW (2011年現在記述者集計)
・最大電力供給 6,430万kW (2001年7月24日)
・福島第一原子力発電所 1〜6号機(469.6万kW) 3月11日運転停止
・福島第二原子力発電所 1〜4号機(440.0万kW) 3月11日運転停止
・柏崎刈羽原子力発電所 1,5〜7号機(491.2kW)、 2〜4号機停止中
・3/11以降の最大電力供給力 4,174.3kW (既設の65% 記述者試算)
 上記に示した3ヶ所の原子力発電17機の供給力1,730.8万kWの内、運転しているのは柏崎の4機491.2kWだけになっているのです。総発電能力 6,771.2万kWの7.2%に過ぎないのです。リスクの大きな選択をなぜするのでしょう。風力発電と地熱発電でわずか4,000kW、全体の0.006%です。我家の屋根の太陽光発電3.24kWの僅か1,234倍です。ドイツの風力発電総量1,570万 kW だそうです。
 原子力発電の技術開発、「国際原子力開発株式会社(従業員数9名)」という国策会社の戦略なのかと思えるような不思議な経営計画です。中国電力の「上関原発」開発は止まりました。我が小田原の最大懸念「浜岡原発」は、活断層の直上にあるという危険施設。今日の地震をクリアできているのでしょうか。
 原発産業というリスクで、日本の経済産業を窮地に追い込んではなりません。一刻も早く、勇気を持って脱原発に踏み切りましょう。(画像は東電のサイトから)

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2011年3月13日 (日)

東北関東大震災

110313reuters 私たちの被災像を超えた大災害です。2011年3月11日14時46分、この時、私は東京品川にいました。高輪御殿山のホテルでの250人ほどの大きな式典の最中でした。たいへん長周期振動の揺れでしたので、暫く様子を見ておりましたが、天井のシャンデリア群がきしみだしたため、室外に避難を促し短時間で全員無事退避できました。ホテル側の指示で、屋外に退避しましたが、御殿山はすてきな庭園に整備されていて、高齢者10人ほどには椅子や毛布が支給され、快晴の昼下がり談笑のうちに1時間半ほどの避難を終えました。ホテル側も混乱で情報把握は出来ていないようでしたが、たまたま持ち出したモバイルのパソコンでの情報頼りでした。
 4時30分、式典再開し15分ほどにはしょって終了し、5時から予定通りパーティーを開始しました。その間に、公衆電話なども使って情報を集めましたが、全員の帰宅は不可能と判断し、このホテルに滞留を継続することとし、10人の高齢者のみ自動車で帰宅させました。23区内の方は23時ころまでに、郊外の方でも、深夜2時ころには帰宅できたようです。私も高齢故に帰宅組に入り、23時前に仮泊宅に入ることができました。長時間ドライブの間、路上の混雑には目を見張りました。知人からは、勤務先から4時間かけて徒歩帰宅したというメールもいただきました。ホテル滞留組も、ホテル側の配慮で過度の苦難もなく一夜を過ごし、お昼前後には帰宅できたようです。
 私は、東海道新幹線の回復を知り、9時に車で渋谷駅に行き、山手線で品川に出る予定でしたが、これが全くの誤算。渋谷駅に車両は止まっていましたが、動かない。徐行運転で恵比寿に着くまで30分。あげくいつまでたっても出発しない。案内は全くない。ホームにはJR職員不在。根負けしてタクシーに切り替えんものと駅前で行列に並びましたが、これまたたいへん。でも1時間ほどで相乗りタクシーで品川駅へ。駅前の混乱ぶりはひどいものでした。新幹線は超満員でしたが、定刻運転で無事帰着できました。(画像はReuters)
 開催か否かで悩んだ「@あしがら政治サロン」の14時開会には間に合い、露木順一神奈川県知事立候補予定者と守屋てるひこ、豊島きよし、すぎやま三郎の県議会議員立候補予定者にお話していただくことができました。この様子は@あしがらブログの報告記事をご一見ください。

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2011年3月10日 (木)

SAVE TAKEDA WINERY !

110309winebar 先月末からの風邪で2週間ほどブログを閉店し、「どうした。大丈夫か?」などと声をかけられてしまいました。一昨日から、やや立ち直り、昨日は東京にも出かけました。この画像は、京王線幡ヶ谷駅地下街のワインバー「キナッセ」で開かれた「SAVE TAKEDA WINERY !ピンチを救うワイン会」の光景です。(タケダワイナリーの素晴らしいヴィンテージワインも経験できました)
 1月31日にも記事にしましたが、山形県上山市での「広域清掃工場新設」の施策への異論から、大きな市民運動が始まっています。地元住民による「上山市裏町大石蔭新清掃工場の白紙撤回を求める会」、2市2町のごみ焼却行政を糾す「山形広域新清掃工場施設の再考を考える会」、署名運動を始めている「生活協同組合あいコープみやぎ」と「蔵王スター・タケダワイナリーを守る会」の4団体が反対運動を進めています。昨夜の会は、タケダワイナリーを守る会の呼びかけに応えた、東京での集会です。短期間でしたが、当地小田原でもレストランをはじめ多くの方にご協力いただき、233筆の署名をお届けすることができました。
 ごみ処理問題は、私たち消費社会生活者の大きな課題です。今月4日に平成21年度環境省の報告が発表され、その添付資料には、平成11年度から21年度までの推移の概要が記録されています。
    総排出量(/年) 1人1日(/日人)   直接焼却
H12年度 5,483万トン   1,185グラム    4,030万トン
H21年度 4,625万トン    994グラム    3,452万トン
 この10年で、1人1日当たり総排出量は16.1%、直接焼却は14.4%の減量です。処理の推移表を拝見する限り、直接最終処分(埋立など)は減少していますが、資源化率は高まっていません。
 この10年間、ごみの減量は続いていますので、資源化による焼却処理の減量を進めることが求められるのではないでしょうか。高温溶融炉による連続燃焼などという、無茶な手法でごみ処理の「広域化」を進めるのではなく、排出量減少と資源化の高度化に力を入れたいものです。
 ワインが取り持つ縁で、山形の「広域化ごみ焼却」阻止運動に加わることができました。ワイン系の署名だけで2月集計で8,800筆だそうです。ご協力いただいたみなさま、ありがとうございました。今後も継続していくとのことです。

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2011年3月 8日 (火)

小田原市自治基本条例は反市民条例

 この条例議案は、去る3月4日(金)の予算特別委員会の審議にかけられました。当方、先月末から不調で、傍聴の機会を逃しましたが、ただお一人の方が傍聴の労をとられ、その審議の模様と議決に対するご意見をブログ記事にされています。下記転載を快く了解していただきました。少し長文ですが、読了願います。
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「自治基本条例の市議会予算委員会での審議」(何でも小田原/2011年3月 7日 記事)
 自治基本条例が市議会予算特別委員会で集中審議され、傍聴した。自治基本条例検討委員として、初期から関わってきた一市民として、最後まで見届けたいとの気持ちからである。
 傍聴者は、自分ひとりだった。予算委員の市議の皆さんの論調も、概して厳しいものだった。「必要性は認めるが、様々な点で問題がある」との意見が多かった。市議の皆さんの意見は多様に渡るが、主要なものをメモした。
1 オープンスクェアなどの参加者など、一部に限られ広範な市民による意見集約ができていないのではないか。パブコメなども期間が短い。
2 自治会についての記述は、様々な点で問題がある。
3 行政の下働きとしての市民活動と捉えられかねない内容である。
4 基本条例として、他の条例との関係について。
5 市民に課題を課すよりも、行政に対する責務をはっきりさせるべき。
6 具体性に欠けて、何を目的とするかはっきりしない。
その他、様々な細部の解釈など疑義が出された。
 それぞれ一委員としても、同感できるものも多かった。
 短い条例の形になって、その下に含まれる意味が伝わっていない。初期から成立過程に関わってきた立場としては、、きわめて残念だ。確かに、条例はその文面だけが独立して解釈される。それだけ誤解されやすい条文になってしまったと言う事だ。
 第一回のオープンスクェアには多数の市民に参加していただいた。回を重ねる毎に、人数は減っていき、委員としては寂しい成り行きだった。それでも、カードに書いて頂いた膨大な意見の中には貴重なものが多かった。それを集約していく段階で、多くのものが消えてしまった。ひとつの意見も無駄にしない集計方法なども提案したが、自分の力不足で意見集約の技法を確立できなかった。
 集約され、概括され、抽象化した意見は、「骨子案」という形でまとめられたが、市民意見から浮かび上がった結晶物ではなかった。最終段階で一般事例などをもとにした枠組みの中に当てはめるという手法になってしまったために、ここでも市民意見の多くは消えていった。
 骨子案から「素案」となる過程は、行政の仕事だった。一度だけ、委員会で素案に対する意見を述べる機会があつたが、それが委員会の最終回であり、時間不足のまま、あっけなく委員会は終結した。骨子案と条例素案は、公表されているので、良く較べてみて欲しい。何が消えたか、何が付け加わったか。市民力と言う言葉は委員会の出した骨子案では最後まで出なかった。
 その後、短いパブリックコメント期間があったが、委員として、その意見はみせてもらっはいない。最終の委員会以後、委員どうしや、行政と連絡する事もほとんどなく、最終回より検討委員の手を離れて別の世界で動いていったとの感覚だ。
 その後、さらに、市民意見の聴取などの手続きがされて、さらに条文が書き換えられた。特に5条の
「市民は、自治の担い手とし自ら解決すべき課題については自ら解決するものとする。」が削除された事は、ほとんど条例の意義を失う削除に近い。もちろん記述が悪く、「行政にたよらず、自分でやれ・・」みたいな捉えられかねない条文ではあった。そんな意味で意見により削除されたのだろう。
 これは本来「自ら解決できる事は、自ら解決して余計な干渉は受けない権利」を市民が持つとの意味で記載されるべきものだ。いわゆる「補完性原理」であるが、趣旨を理解してもらえる条文案にはなっていなかった。自治の基本精神であるが、これが最終段階で削除されては、ほとんど意味のない条例になってしまったのではないか。
 その他、最終までに消えていった事項は多数ある。市民の意見により、市民の立場で作っていくとの趣旨が説明されたが、最終的にみれば、それは叶わなかったと言って良いと思う。
 27回の検討委員会とオープンスクェア、意見交換会、さらに集約作業など多くの回数の会議をしてきた。自分は欠席は一度だけで、多分出席率は一番良いと思う。細かくその成立過程を見てきた一公募市民としての独断的感想であるが、この条例は決して市民意見によって作られたものではない。他の条例文を参照しないで作っていくとの方針がかえって、他市の事例の表面的な焼き直しになってさせてしまったようだ。
 繰り返すが、あくまでも一委員としの独断的意見だが、この最終条文は自分達の議論していた内容とは随分と離れたもので市民意見によって作られたものとは言えない。
 委員としては、このような事を言うのは好ましくないのだろうが、この条例案は、市議会で否決される事を望む。このままでは、市民憲章となんら変わらない、実行性のない、単なる飾りの条例になる。それによって市民の力を鼓舞するものでもない。
 否決されて、「継続審議」となり、「検討委員会差し戻し」にでもなれば良い。そうしたら再度、はじめからやり直したいとおもう。
 さらにより多くの市民に参加してもらい、新しい市民自治の理念や、現在進められている様々な現場での取り組みを基礎付ける条例をつくっていけるのではないか。市議のみなさんも、必要性は感じるが、様々な問題があり、つくるなら、もつとしっかりしたものを・・との意見だったように感じる。
 否決されて、それをきっかけに、多くの市民に再度、議論してもらったら良いのではないか。
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 これは、ご一読お分かりのように「小田原市自治基本条例検討委員会」の主要なメンバーによる記事です。1年以上の間、毎週のように開催された委員会に誠実に対応されて来たのです。その努力には頭が下がります。その委員が、ご苦労された「成果」である条例案の否決を望まれるというのは、誠に辛い思いであろうと思います。傍聴された予算特別委員会での論議を、6項に記録されていますが、議員も市民も、あるいは市長も職員も同じような懸念を持っていられるのではないでしょうか。
 昨年10月1日から15日の短い期間に行なわれた「意見募集」には21人の「意見提出者」があったとのことですが、意見提出が公表されたのは、先月の16日です。都合良く解釈して、条文ごとに区分再編した「意見に対する市の考え方」が付されたものが公開されただけで、意見そのものは遂に公開されていません。情報公開の公正ということ一つ見ても、行政改革推進課の改革が一番遅れているのでしょうか。(念のため私の意見提出を付します)
 この条例は、見直し規定さえなく、パブリックインボルムメントを欠如した、欠陥条例です。この条例は一体何なんでしょうか。基本条例という名称は、小田原市自治の基本を示すもののように見えますが、何でもないのですか。この欠陥条例の制定は、この町の未来にとって拭いがたい禍根を残すことになります。
 小田原市議会議員諸兄姉の勇気ある決断による「議案否決」か、提出者のご賢察による「議案取り下げ」を強く求めます。
(この条例に関する過去記事のリンクは以下の通りです)
100827小田原市自治基本条例(1)松下啓一委員長
101002小田原市自治基本条例(2)驚愕の素案
101011小田原市自治基本条例(3)素案勉強会
101014小田原市自治基本条例(4)縮小再生産?
101102小田原市自治基本条例(5)SF Giants
101228自治基本条例制定に向けての準備?
110215議案第31号小田原市自治基本条例

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