« 史跡小田原城跡調査・整備委員会植栽専門部会のお知らせ | トップページ | Elisabeth Louise Vigée Le Brun »

2011年5月 8日 (日)

小田原市・市民ホール整備事業の迷走

 いまどき、この事案を取り上げるのはたいへん気が重いのですが、あえて気持ちを奮い立たせて記事にします。長かった「GW」は終りました。「北条五代ウイーク」も盛大に終了。城址のにぎわいは嬉しいものです。
110508hall_progress1 小田原市は「市民ホール基本構想」を策定し、その本編と資料編をこのほど公開しました。両編で117ページに及ぶ大部なものです。昨年11月に建設準備会(桧森隆一委員長)が基本構想(案)を纏められ、文化交流課が昨年度内に、外部コンサルなどの助力を得ながら策定されたものです。(この準備会、当初委員長は「城下町ホール」時代のコンサル近江哲郎氏でしたが、平成21(2009)年度で辞任されています)
 資料編の冒頭にこの「経過一覧」が記載されています。昭和61(1986)年9月「市民会館の建て替えの検討を位置付け」てから、すでに25年の年月が費やされているのです。平成17(2005)年6月の「(仮称)城下町ホール基本構想」の発表以来、市民の間から「用地選定」の問題が指摘され続けてきました。小田原市は、それを無視して設計者を選定し、実施設計まで見識なく進めてしまいました。平成20(2008)年5月の市長選挙では、ホール問題が大きな争点になり、用地の変更をマニフェストに掲げた加藤憲一氏が、新市長に就任し「市議会6月定例会において所信表明を行い、ホール建設地として駅前再開発事業用地を提案」しました。経過一覧には8月「議員説明会が開催され、小田原駅・小田原城周辺まちづくりに関する基本方針が発表される」と記されていますが、市長にそのマニフェストを撤回させ「ホール用地を駅前から三の丸に戻す」ことを強いたのです。その根拠は、平成3(1991)年6月の「敷地についてのアンケート調査(母数不明)から、現市民会館に近く、小田原城を間近に臨み黒松、梅、桜を持ったお堀の石垣と水辺に面した場所が最適とされた」によるとしています(1992年3月の調査報告書から)。
 このアンケートの設問は「市民会館の場所はどこが適当だと思いますか.1.小田原城周辺 2.現在地 3.現在地以外の場所(具体的に---)4.どこでも良い」というもので、現在地が42%、小田原城周辺が25%、67%が三の丸選択と判断しています。もちろん駅前用地は選択肢に入っていません。市長選挙による意思表示より17年前のアンケート調査が優位と言うことになりますが、つまるところ、これまで小澤前市長の三の丸敷地(わずか5,900㎡)が抱える問題に盲目であった議会のメンツがかかっていたのでしょう。
110508hall3 これが、今回の基本構想の資料編にある小田原城址と「敷地」との関係を示す広域配置図とその断面(高度)を示す図です(2010年5月の第6回準備会資料3を参考に建物を赤べたで示してみました)。網掛けの敷地は9,000㎡ほどだそうですが、基本構想では『市民ホールを整備する計画区域は、小田原駅・小田原城周辺のまちづくりを推進するため、現在の市民会館に近く小田原城を間近に臨む歴史の趣と緑豊かな環境に恵まれた「三の丸地区」内とする。市民ホールの建設地は、現有地と拡張予定地を合わせたエリアとする。なお、建設地内には、市道2197及び市道2198が位置しているが、現有地と拡張予定地を最も効率的に利用するために、市道2197を廃止するとともに、敷地南側に4メートル程度の生活道路を整備する必要がある』という記述で済ませ、敷地の詳細は不明です。「拡張予定地」の大部分は未だ公有地化されていません。今後も長期の買収交渉と多額の取得資金を要することでしょう。用地未定の座り心地の悪い基本構想です。
110508hall_process 「整備スケジュール」です。用地取得を平成24年度までとしていますが、全域取得はかなり困難と思われます。再度敷地変更などして設計作業に入るのでしょうか。それとも再度のスケジュール変更なのか。市民ホールは、小田原市民が25年の間、待ち望んでいる公共施設です。駅前に所有する9,000㎡の公有地と一部民有地を利用することこそ、唯一実現性のある事業の筈です。「過去」に拘って、三の丸に巨大建造物を作ることは、取り返しのつかないまち壊し、将来に大きな禍根を残すことになります。市長も議会も、自らの立場や経緯に縛られず、市民利益に視点を置いて、勇気を持って冷静な判断をして欲しい。構想ごっこはもうたくさんです。過ちを二度繰り返さないでください。

|

« 史跡小田原城跡調査・整備委員会植栽専門部会のお知らせ | トップページ | Elisabeth Louise Vigée Le Brun »

コメント

教えてください。
三の丸地区にも駅前地区にも民有地がありますが、どうして駅前用地の民有地は、三の丸地区よりも安く簡単に公有地化できるとお考えになるのでしょうか?
駅前地区民有地の方がはるかに市民ホール用地として公有地化し難いという話を聞いたことがあります。
また、再開発計画のため、長い間、建て替えなどが制限されてきた経緯があり、再開発されなかったら、損害賠償請求されるとも聞きました。
市民ホールを駅前に造るべきだという人は、このような駅前再開発についての事情を知らないからだというのですが、どうなのでしょうか?


投稿: 駅前商店主 | 2011年5月 9日 (月) 21時03分

駅前商店主様 コメントありがとうございます。記事ではやや説明不足があったこと、お詫びします。
 駅前の国鉄貨物ヤード跡地は、民営化にともなって、その資産などを各地で自治体が肩代わり所有をしました。この用地については、1984(昭和59)年3月の開発公社の先行取得から始まり、1989(平成元)年の再開発準備組合設立を経て、すでに25年の時間と無駄な費用(直接支出で7億円ほどか)が費やされています。民間地権者の方も、振り回されたまま、たいへんな負担をされています。混乱の原因は「土地利用」の確かさがないまま、コンベンションセンターなどという市民要望のない大型プロジェクトなどに惑わされたからです。
 この用地は、民有地と公用地が合体してこそ、新たな価値を生み出す唯一の市民の資産です。市民は「ホール」を求めています。求めるものなら市民支持のもとに実現します。民間地権者も市との合意に達することは可能です。「市民ホール」は公有地が現存する駅前でしか実現しません。
 三の丸の「拡張予定地」には、住み続けて来られたたくさんの民家があり、それぞれの暮らしがあります。いかに公益性のある開発といえども、立ち退きを求めるのには長い時間と費用がかかります。無理をするべきではありません。三の丸地区は、小田原城址と連帯した整備、歴史的風致に叶う整備を時間をかけて行うべきです。
(記憶を辿って記しましたが、このコメント欄では説明し尽くせませんが、機会があればこれまでの資料等をご覧いただくことはできます。駅前の活性化のために、何をなすべきか早急に方向を定めて、力を尽くしましょう)

投稿: 松本 茂 | 2011年5月 9日 (月) 22時16分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/139245/51611786

この記事へのトラックバック一覧です: 小田原市・市民ホール整備事業の迷走:

« 史跡小田原城跡調査・整備委員会植栽専門部会のお知らせ | トップページ | Elisabeth Louise Vigée Le Brun »