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2011年6月

2011年6月30日 (木)

日本国の「技術衰退」

 昨日は、小田急ロマンスカー「はこね4号」で出かけ、ホームウェイ7号」で帰宅しました。
 小田原住まいもこの年末で20年になりますが、このロマンスカーには何回お世話になったことでしょうか。昨日の往復共に「信号機故障」という日常的トラブルで大遅延です。このところ、「人身事故」をしのいぐ勢いで、この「信号機故障」の増加を感じます。鉄道輸送にとって「信号機」の保守は、基礎的技術でしょう。お世話になっている大好きな小田急さんには言いにくいのですが、明らかに安全技術の低下があるのだと思います。日本国の技術の衰退を示しているのではないでしょうか。新宿駅のホームに1時間近く立ちすくんでいた情けない思いと疲労は、未だに回復しません。
110630genkai 今朝の報道では、この「玄海原発」の再稼働が、自治体首長の「容認」を得たと伝えていました。「国が安全を保障してくれた」というのが、古川知事の言いぶんですが、何とも主体性のない、無責任な首長です。佐賀県出自の当方としては、居ても立ってもいられない思いです。佐賀県人の大恥です。リコール運動に馳せ参じたい。「安全が保障されない」ことは、しっかり学習したではないですか。この再稼働は、日本国の「原発災害再稼働」の突破口になってしまいます。佐賀県は貧しい県です。その貧しさ故に、「容認」自治体の先陣を切る苦行を押し付けられたとしか考えられません。
110630genkai_onshitsu 玄海原発の建設費は、1号機1975年545億円、2号機1981年1236億円、3号機1994年3993億円、4号機1997年3244億円、都合9018億円。周辺施設関連費用などを入れたら一体いくらの投資があったのでしょうか。総人口6,335人という町に、巨額の投資と、交付金などによる大量の「公共施設」、固定資産税頼りの財政体質。身動きできなくして、再稼働を迫れば、NOとは言えないのでしょう。「国が安全を保障してくれた」という欺瞞は、首長としては許されません。正直に日本列島の安全、ごめんなさい、許してくださいというべきでは。
 首長資格喪失状況を救うのは、住民投票しかありません。住民自身に意思決定させるべきではないでしょうか。佐賀県と玄海町の住民意思を確認してください。情けない思いに打ちひしがれている、もと佐賀県民からの切なる願いです。
(画像は共に玄海原発の公式サイトから、2段目の画像には、「玄海エネルギーパーク」内にある観賞用温室が自慢げに写っています)

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2011年6月26日 (日)

復興への提言 ~ 悲惨のなかの希望 ~

110626advance 昨日2011年7月25日「東日本大震災復興構想会議」が標題の提言を出されました。提言書の前文です。『破壊は前ぶれもなくやってきた。平成23年(2011年)3月11日午後2時46分のこと。大地はゆれ、海はうねり、人々は逃げまどった。地震と津波との二段階にわたる波状攻撃の前に、この国の形状と景観は大きくゆがんだ。そして続けて第三の崩落がこの国を襲う。言うまでもない、原発事故だ。一瞬の恐怖が去った後に、収束の機をもたぬ恐怖が訪れる。かつてない事態の発生だ。かくてこの国の「戦後」をずっと支えていた“何か”が、音をたてて崩れ落ちた』との書き出しで、『かくて「共生」への思いが強まってこそ、無念の思いをもって亡くなった人々の「共死」への理解が進むのだ。そしてさらに、一度に大量に失われた「いのち」への追悼と鎮魂を通じて、今ある「いのち」をかけがえのないものとして慈しむこととなる。そうしてこそ、破壊の後に、「希望」に満ちた復興への足どりを、確固としたものとして仕上げることができると信ずる』と結んでいられます。
110625move かなり珍しい提言書前文です。事務局起案ではなく、会議メンバーの名文家がお書きになったのでしょうか。お書きになった名文家のお気持ちは分かりますが、恐怖と苦悩を抱えたまま100日以上を過ごされている「被災者」のみなさんはどうお感じになるのでしょう。『日本が「戦後」ずっと未解決のまま抱え 込んできた問題が透けて見える』、何が見えるのか示して欲しい。『われわれは誰に支えられて生きてきたのかを自覚化することによって、今度は誰を支えるべきかを、震災体験は問うている筈だ。その内なる声に耳をすませてみよう』内なる声とは何ですか。
 「復興構想」事態は、極めてリアリズム(あるいは取り敢えず主義)ですが、指摘される方も多いように、この被災現象に対するシビアな分析と「復興」の施策を示すことがこの会議の責務の筈です。
 このような「前文」を付したことの意味が理解できません。まさか「本文」読む前に、涙目にしてしまおうという煙幕効果を期待してのことではないでしょうね。日本語、文章語は、正確、誠実に記述していただきたいものです。
(画像は、会議から公表された「提言本文に使用する図表」から転記しました。会議事務局もお忙しかったのでしょうが、ちょっと「ポンチ」過ぎませんかね。とは言え、貴重な資料も公表されています。ご一見ください)

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2011年6月23日 (木)

6月23日 25万の死

110623okinawa_death 今日6月23日は、1945年3月26日の慶良間列島への米軍上陸から始まった「沖縄戦」の組織的戦闘の終了の記念日とされています。沖縄住民45万・日本軍12万に対峙する米軍54万と言われていますが、僅か90日間の戦闘で、日米双方で25万人を超える死者(日本国側244,136人、米国側12,520人)をもたらしました。
 この闘いの凄惨さ、住民の悲惨はこの国の歴史から消すことのできない政治・軍事権力者の犯罪です。今週には日本国と米国が「普天間基地」の「辺野古移転」で正式合意を確認したそうです。未だに米軍の沖縄占領が継続し、沖縄住民は日本国の対米従属の最大犠牲者にさせられているのです。こんな理不尽が政権交代で誕生した「民主党政権」でも「深化」され続けている。沖縄の「生命」が日本国経済成長の生け贄にされていいのでしょうか。
 「原発撤廃」で日本国経済は崩壊すると主張される「経済成長確信犯」の論理が、政治権力の論理であるのと同一のようです。熱射病を恐れながらも「節電」に励んでいる日本国民は、対米従属・原発という経済キーワードの軛から逃れられないまま、想定外の集団自決に追い込まれるのか。
(画像は沖縄県平和祈念資料館から)

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6月22日 市立病院体験

110622break 今日の暑さは、かなりのものでした。節電冷房で、我慢比べのような仕事先事務所でしたが、夕刻までせわしなく執務。その後、東京某区長のお誘いで「菖蒲園散策」。結構歩かされて、汗だくになり、昨年の悪夢を思い出しました。ちょうど一年前の今日、救急車で「小田原市立病院」に担ぎ込まれたのです。病は大事に至らずに2週間ほどの入院で済みましたが、この入院は堪えました。画像のような非常識な施設管理がまかり通っている病院でした。室内の壁が壊れたからと言って、「直ちに健康に影響するものではない」のでしょうが、いささか辛い2週間でした。イノチを助けてもらって文句言うな、と言われそうですが。一寸常軌を逸したひどさでした。(まさか今に至るもこのままではないでしょうね。退院後7月25日7月31日に記事を掲載しています)
 小田原市立病院の本館病棟は、1983年建設のかなり古いもの(診療棟は1984年)ですが、伊藤喜三郎建築研究所の手堅い設計で、決して老朽化・使用困難というものではありません。日常的な維持管理さえしっかりやられていれば、十分に良好な病棟として使える筈です。築後28年、28歳の青年です。無管理状態を卒業して、大切に使い続けて欲しいものです。
 近々に退院後1年目の受診に行かなければなりませんが、1年後の病院管理は病状回復していることを切に願っています。
(追記 6月27日 病棟等の竣工年月は、病院管理局に確認して記事にしたのですが、読者から過誤を指摘され、再確認したところ、誤回答だったとのこと。1983年を昭和53年と見誤ったとのこと。西暦と和暦の表記という厄介な鎖国システムをいつまでやるのだろう。昭和54年に誕生した「元号法」、『元号は政令で定める』と言うだけのトリッキーな法律ですが、元号表記しないと、懲戒処分するなんて条例が登場したりしませんよね。困った国です。『私の「カレンダー論」』という1996年の記事があります。立ち寄ってください)

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2011年6月21日 (火)

小田原市議会・新人議員

110621city_assembly 小田原市議会の再開です。新人議員9人とか。公務員・教員OBが中心のようです。6月1日から始まっていますが、傍聴に行くにはこころ重く、仕事にかまけて拝見できずにいました。でも、こころ奮い立たせて6月17日(金)、一般質問第2日に傍聴席に出かけました。この席から眺める画像の議場は「絵空事の世」に見えます。たまたま、私の席の側に二人の引退議員Y氏とK氏がみえました。『ここから観た議会はいかがですか』と訪ねましたが、『うーん』と言われるだけで感想は伺えませんでした。
 この日の一番バッターは、公明党の女性新人議員楊隆子氏でした。「介護認定の甚だしい遅延」という、この町らしい問題に鋭く切り込んでいられました(とても礼儀正しく)。この新人議員には、大勢の女性支持者が応援に詰めかけられていて、傍聴席はにぎわっていました。Y議員が登壇しての「一般質問」が、つつがなく終ると、支持者のみなさんは極めて自然にささやかに拍手をされていました。全く違和感のない光景でしたが、早速議会事務局職員が支持者の幹事役のような方のところへ、同席者に「注意」を促すよう警告されていました。みなさん、きょとんとされていましたが、Y議員の出番が終わると、三々五々静かに退席されました。傍聴席はいつもの静寂と倦怠の空間に戻りました。
 先週金曜日17日からの加藤憲一「市長の日記」は、連日、新人議員の「活躍」をつぎのように紹介されています。
 第1日目『安藤議員は、長年の教職員としての経験と現場感覚に立ち、東日本大震災後の対応などについて、学校と児童の視点から具体的に質問。鈴木議員は、長年携わってきた片浦地域の小中学校のPTA活動などを背景に、片浦小学校を小規模特認校として進めることの意義を熱弁。小澤議員は地元桜井地域の3割以上の世帯が井戸水を使って生活しておられる現状に鑑み、今回の震災による影響と今後の検査体制を確認。それぞれに持ち味の違う、またお人柄の滲み出た質問となりました。私も、できるだけ丁寧な答弁をこころがけたつもりです』
 第2日目『楊隆子議員は、ご自身がこれまで手掛けてこられた介護分野での経験を踏まえ、介護認定において小田原市の認定までの手続きがあまりに時間を要していることを厳しく指摘、改善を促されました。木村正彦議員は、やはり厚木市の助役などのご経験からの視点で、小田原市の今後の発展に向けた人口政策、経済振興策、財政運営の在り方などについて、見識を披露されると共に具体の提案も。神永四郎議員は、長年の教員生活、とりわけスポーツに関わってこられた実績から、今後の教育指針や、市内のスポーツ施設の運営や更新についての質問。井上昌彦議員は、今回の統一地方選が重要な選挙だったにも関わらず投票率が低下したことを問題視、その改善策についてなどの質問。それぞれ、ご自身の実感のこもった切り口で、語りはそれぞれでしたが、丁寧に質問をされました』
 第3日目『午前中に、新人議員さん9名のうち最後の2名が質問に立たれました。野坂稔議員は、かつて行政職員であったこともあり、防災に関する質問でも切り口鋭く、具体的な事項について担当部長に迫る場面が見られました。続いて質問に立った鈴木紀雄議員も、小田原市役所で職員として勤め上げられた方で、ご自身が市内の沿岸部にお住まいと言うこともあり、津波対策など防災面での質問は具体的なものでした。これで9名の新人議員さん全員の質問が終わりましたが、皆さんそれぞれの出自や問題意識を反映した内容について、たいへん真摯にご質問をされたお姿がとても印象に残りました』市長としては、こう言うしかないのでしょうが-----。
 市長のメモで失礼しましたが、新人議員さんの姿が見えて来られたでしょうか。私はあいにく市長さんとはまったく違う感想を持ちました。楊隆子氏は、とても的確な問題指摘で明快な質問でした。木村正彦氏は、厚木市助役だそうですが、のっけから「施政方針演説」で、かなり白けました。厚木市議会の一般質問はこんな風だったのかな。神永四郎氏は、私立高校の体育教師だったのでしょうか、スポーツ施設不備のディテール的な質問やイベントの保全など、ご専門の分野でしょうが、それだけ---。ここで2度目の休憩、さすがに気力体力の限界、井上昌彦議員には申し訳なく思いつつ帰宅しました。
 議会制民主主義に、Noをいう訳ではないのですが、28人の議員と32人の幹部職員が、週日缶詰になって、居眠りをこらえて過ごされている姿(そうでない方もいられるかな)、とてもむなしい。「アリバイづくりセレモニー民主主義」しか、私たちは得られないのか、以前にもまして空しい気分に落ち込んでいます。

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コンポスト3代目登場

110621compost 画像はわが家のコンポストです。柄にもなくコンポストを始めたのは、2007年の11月ころだったと記憶しますので、もう4年近くやっていることになります。右側の段ボールコンポストは、デザインオフィス・エムの又野進一さんが開発された「BOX IN BOX」という入れ子式の二重段ボールの可愛いコンポストです。この写真のものは2代目です。とても良く考えられ、耐久性もある優れものです。左側の発泡スチロールのコンポストは、冷凍宅配用ケースを改造した手づくりです。正面と背面に10ミリ径の通気孔を、それぞれ32個開けてあります。蓋の中央部は切り取って、ポイ捨てごみのハンカチーフを張り付けてあります。今月の初めに製作しましたのでもう半月以上使っています。
 「BOX IN BOX」は、内径 W270×D270×H400≒29㍑ で、容量は大きいのですが、40センチの深さは底まで撹拌するのにかなり力を要します。楽をしようと開口部が広く深さの浅いものとして、自己流加工を試みた「発泡スチロールケース」は、内径 W320×D265×H220≒19㍑です。収容力は下がりますが扱いが楽になりました。耐湿性が良いので、長持ちするのではないでしょうか。併用してみる予定ですが、現在は、「BOX IN BOX」君は、一休みして乾燥中です。発泡スチロール台座は、だるま型 iMacの緩衝材で、とても快適に作業ができています。
 110621compost2 堆肥化が進み、容量が増えてくるたびにこの画像の段ボール箱(W240×D240×H310≒18㍑)に移し替えて保存しています。これまでに40〜50箱(18㍑×50=900㍑)ほど、500Kgくらいは出荷しています。毎日のキッチンごみは、野菜が中心ですが結構大量です。コンポストのおかげで、週2回の「燃せるごみ(ポイ捨てごみの回収分は入っていません)」出しが、2週に1回(約2Kg)になりました。4年前の4分の一です。ごみの減量にはかなり貢献していると自負しています(一日当たり排出量140グラムほど)。
 太陽光発電、コンポスト、それに路上ごみの回収など、老躯にむち打って励んでいます。何とか、「原子力で未来を拓く」ようなギャンブルは止めていただけないでしょうか。『---日本経済は崩壊します。この機に乗じて原発全廃をすすめる勢力がありますが、私はソフトランディングしなければ日本の将来は危うい---』と、原発稼働を主張なさる小田原市議さんもいられますが、みなさまは、原発ギャンブルの継続をお望みでしょうか。

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小田原市の「大気・地下水・土壌保全事業」

 基礎自治体は、住民にとって暮らしの命綱です。
 福島第一の事故による放射能汚染は、市民の最大関心事になっています。去る3月14日に小田原市へ問合せしてからの、回答や意見交換の経過を振り返ってみます。「放射線測定」は都道府県の事務であり、市町村に求めるのは間違っていると指摘されました。
 小田原市では市議会6月定例会に、衛生費・公害対策経費として、「大気保全事業」放射線量率測定器(1台)購入費・賃金等1,547千円および「地下水・土壌保全事業」地下水放射線測定手数料945千円を追加する補正予算議案が上程されました。「放射線測定事業」ではなく、「大気保全事業」「地下水・土壌保全事業」ならば市町村でやっても良いだろうと踏出されたのでしょう。僅かな予算で、簡易な測定のようですが、何とか放射能汚染の測定始まるようで、嬉しい限りです。神奈川県は県西については未だ動いているようには見えません。
 3月11日から3日目の小田原市への問合せから、測定事業の問題を振り返ってみます。(ブログ記事へのコメントを含めて)
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日時:2011年3月14日
差出人:松本茂
件名:放射能測定の件
内容:原子力発電所の放射能漏洩が発生しております。小田原市における時間毎の放射能測定値を発表してください。
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日時:2011年3月17日 14:43:34JST
差出人:小田原市環境保護課○○
件名:「放射能測定の件」について、回答いたします。
内容:こんにちは。小田原市環境保護課の○○です。初めに、お返事が遅くなったことに対し、お詫びを申し上げます。お問い合わせいただいた「小田原市における時間毎の放射能測定値」については、小田原市では調査をしておりません。申し訳ありませんが、神奈川県のホームページで、「県内の環境放射線情報」(http://www.pref.kanagawa.jp/sys/bousai/portal/6,3982,14.html)として、公表されていますので、そちらをご参照ください。よろしく、お願いします。
電話 33-1482
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日時:2011年3月17日
差出人: 松本 茂
件名:Re: 「放射能測定の件」について、回答いたします。
内容:ご返信についてお尋ねします。「県内の環境放射線情報」のお知らせありがとうございます。拝見しましたが、川崎市と横須賀市の2工場の監視が目的とされています。両地域の測定値の把握で、小田原市の環境放射線情報にすることができるということでしょうか。私の申し入れ趣旨は、小田原市民に対し、居住地の「環境放射線情報」を小田原市が発表するべきということです。(私が知りたいということではありません)小田原市にモニタリングの設置がないのであれば、代替の手法によってでも発表すべきです。対応について、ご返信ください。
(所管課からは未だに返信はいただけていません)
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2011.05.12 市長日記から
----今日はこれから県庁に出向き、現在県下では川崎と横須賀、茅ヶ崎にしか設置されていない放射能観測装置(モニタリングポスト)の県西地域への設置について、2市8町首長連名での要請書を知事に届けてきます。----
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2011.05.13 市長日記から
---- 12日は朝から県庁へ出向き、環境放射線モニタリングポストの県西部地域への設置について、県西2市8町の首長名連名で、ほか4名の首長さんらと共に要望書を提出してきました。本来、黒岩知事に直接手渡したかったのですが、昨日も被災地(宮城方面)に入っておられるとのこと、古尾谷副知事が代理で受理されました。------そのような状況からすぐに県西部に設置するというのは容易でないとのことですが、県西地区の皆さんの心配も十分に理解できるので、小田原と開成町にある県政総合センターでの簡易な測定を、5月11日から始めたとの表明がありました。今後毎日測定し、結果はHP等での公表を考えているとのことです。-----各市町で必要に応じて観測体制を補強することも検討が必要でしょう。
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投稿: すみお   2011年5月13日
 室温計や体温計、血圧計や体重計は、通常、個人が所有しますが、放射線観測装置は何故行政に所有するように求めるのでしょうか?
そして、そのうちの国でもなく、都道府県でもなく市町村であるところの小田原市に求めるのでしょうか?
放射線のような市町村の行政境を大きく越えて影響が及ぶものは、国か都道府県が観測すべきではありませんか?
そして、実際に放射線に関する指導の権限、責任は国又は都道府県にあるのですから、放射線観測装置の設置は、神奈川県に求めるべきです。
逆に、小田原市と神奈川県が小田原市役所と県西湘地区合同庁舎に同時に設置したら、小田原市民、県民としてその無駄を怒るべきではないでしょうか。
同じ行政でもそれぞれ事務分担が決まっているのですから、無駄な二重行政にならないように、今回は県が設置すべきであると思います。
したがって、小田原市に観測装置を設置するように求めるのは間違いです。
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投稿: 松本 茂  2011年5月13日
 国と地方公共団体との「事務分担」制度について、お詳しいようですので、再度詳細にコメントいただけますか。
「加藤けんいち日記http://blog.katoken.info/」によると、「県庁へ出向き」県の事務として設置を要望したが、古尾谷副知事から「県西部に設置するというのは容易でない」と回答されたようです。残念でしたとして諦めるということですね。
 放射線観測が、市町村の事務ではないので、被爆の危険が懸念されていようが県が整備するまで待っているのが、市町村優等生の努めであるとお考えですか。「小田原と開成町にある県政総合センターでの簡易な測定」で十分であるとお考えですか。
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投稿: すみお  2011年5月14日
私は、行政の事務分担の専門的な知識など持ち合わせておりません。ただ、市民、県民、国民の、どの立場で、行政にサービスを求めるべきかの、単純な素人的判断を申し上げただけです。
仮に、小田原市が放射線を観測して、その観測値に異常が出た場合、当然、足柄下郡3町や足柄上郡にもその可能性があります。したがって、その対応は小田原市1市に対してだけではでは不十分で、広域的な対応が必要になります。現在も茨城、千葉などにおいても影響が出ていますから、その地理的な対応範囲は国、都道府県になります。
そしてその対応も、高度な専門的な知識を持った専門家でないとできないはずです。小田原市にそんな専門職員や、対応を依頼できる専門業者、有識者、関係者がいるとも思えません。
ここは神奈川県民として、県に対応を求めるのが筋というものでしょう。
小田原市に放射線の観測とその対応を求めるのは、呉服店に行って、キャベツを購入しようとするようなものです。
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投稿: 松本 茂 | 2011年5月14日
 小田原市政府は、呉服店ではありません。専門性の高い事務を県に求めるのは結構ですが、受け入れてもらえなければ、住民の保安は「県の責務」として済ませるだけのことということですか。
私が「単純な素人的判断」で基礎自治体の対応を求めているは、事務分担より住民の安全が大切だと考えているからです。
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投稿: すみお | 2011年5月14日
 住民の安全が大切なのは、私も賛成します。
しかし、それをどこに求めるのかということです。
保健所に行って火災を消してくれ、税務署に行って泥棒を捕まえてくれ、と言ってもだめです、と申し上げているのです。
国・県に要望しても断られたから、あるいは言いやすいから、市に要望しようというのはおかしいでしょうということです。
この件について権限と責任のある、担当の国、県に粘り強く、要望していくしかないのではないですかということです。
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投稿: 松本 茂 | 2011年5月14日
 小田原市政府は、保健所でも税務署でもありません。比喩ではなく、あなたの「事務分担」理解を知りたい。
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投稿: すみお | 2011年5月15日
 行政の事務分担は、地方自治法に定められています。私の理解は、第2条に規定されているところです。
不満があれば、どんなことでも、小田原市に要望しよう、小田原市を批判しようというのはおかしいです。
国や都道府県も、それぞれ国民や都道府県民の安全安心の業務を担っており、二重行政とならないように、それぞれ事務分担が定められていますが、松本さんが、この件について、国や神奈川県ではなく、小田原市を批判する理由を教えてください。
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投稿: 松本 茂 | 2011年5月15日
 地方行政にお詳しいようですので、お手間を取らせますが、「放射線観測」は都道府県の事務であると言う、政令?省令?規則?のどこを確認すれば良いのかお教えください。
『不満があれば、どんなことでも、小田原市に要望しよう、小田原市を批判しよう』などとは、毛頭考えておりません。住民の安全を守る行政は、時間との闘いです。速やかに対応することが、基礎自治体には求められます。
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投稿: すみお | 2011年5月15日
 恐縮ですが地方行政に詳しいわけではありません。中学生レベルの知識しかありません。常識的なことを言っているつもりです。
松本様なら、地方自治法を読んでいただければ、ご理解いただけると思いましたが、まだなお具体的な法的根拠をご所望のようですので、探してみましたが、神奈川県地域防災計画原子力災害対策計画にありました。
それにしても、根拠がわからないとおっしゃりながら、なおかつこのように、反論されるのはいかがなものでしょうか。
住民の安全を守るのは基礎的な自治体だけではありません。国も都道府県も同じです。
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投稿: 松本 茂 | 2011年5月16日
 ご教示ありがとうございました。
西湘地域県政総合センターへ問い合わせて、折り返しの返信をいただき、確認させていただきました。
「放射性物質災害対策 第4節放射線測定体制の強化」には、つぎのように記されています。
1 県の措置
県は、必要に応じ国等の専門家の助言・指導を得て、関係機関とともにモニタリング活動を行うなど、放射性物質による環境への影響について把握するとともに、その 結果を速やかに公表します。
2 市町村の措置
市町村は、放射能測定資機材の整備に努めます。
 この施策の意味を、『モニタリング活動は県の事務、市町村は測定資機材の整備だけして、運用はするな』という風に理解されるのですか。
 私には、すみおさんの言われる「二重行政の無駄」、モニタリングは県の事務だから踏み込むな、訳も分からず何でもかんでも市町村に持ち込むな、小田原市に放射線の観測を求めるのは呉服店でキャベツを買おうということと同じだ、行政境を越えるものは小田原市ですべきでない、小田原市に専門人材がいない、などなど、モニタリングができないことを、あげつらう前に、自らの手で緊急事態に対処するための手法を見つけるべきではないですか。
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投稿: すみお | 2011年5月16日
 いろいろ、ご迷惑をおかけします。
①モニタリングは県の事務とされている
②市町村の行政境を大きく越える
③専門人材の必要となる高度で特殊な知識を必要とする業務
 これだけで、市町村が対応する事務でないことは私には十分すぎるくらいです。実際、神奈川県地域防災計画原子力災害対策計画には、県の事務とはっきり書かれており、市町村はその県の事務に協力するということになっています。
今回の災害で、菅総理大臣が原発の現場に行ったことに大きな批判があるのは、菅総理大臣が現場に行くことによって、その対応に現場の職員が膨大な対応をさせられ、結果的に現場の災害対応が後回しになってしまったことにあります。
同様に、松本様が、小田原市に要望を出せば、その対応に大きな労力が費やされて、必要とされる市民サービスが後回しになってしまうことも考えられます。
私としては、そのようなことはすべきではないと考えています。もちろん、松本様は市民のために行動されているわけですが、はたから見ると、菅総理と同じ轍を踏んでいる見方もできると思います。
私の無礼な書きぶりに、ご立腹のようですが、私は私なりに市民のためを思い書いております。
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投稿: 松本 茂 | 2011年5月16日
 「菅総理大臣が原発の現場」に行こうが、天皇が行かれようが、現場はそれなりの対応に苦労するでしょうが、「二重行政の無駄」とか、「事務分担」違反とは違う次元の問題だと思います。

 「県の事務とされている」としても、それが実施されていないのですから、住民を守ると言う基礎自治体の責務を糾すのは、構成員の努めだと信じます。「必要とされる市民サービスが後回しになってしまう」から、黙っていろという考えには同意できません。
「ご立腹」ではありませんが、あなたの思考には「悲しさ」が募ります。
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投稿: すみお | 2011年5月16日
《「県の事務とされている」としても、それが実施されていないのですから、住民を守ると言う基礎自治体の責務を糾すのは、構成員の努めだと信じます。》
どうして粘り強く、県の責務を糾さないのでしょうか。
どうして県の事務の責任を市町村がとれとおっしゃるのでしょうか。
まったくの論理不整合です。
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投稿: 松本 茂 | 2011年5月16日
 箱根外輪山周辺地域の放射性物質の検出はご存知ですよね。「県の責務を糾さない」といわれますが、12日の金曜日に加藤市長などこの地の首長さんたちが、県の「副知事」さんにお願いして「容易でない」と撥ねられたのはご存知ですよね。気弱な当方には、首長がそろってお願いしてダメなものを、ひっくり返す力などありません。身近な首長さんに緊急の対応をお願いするのも、「論理不整合」なんでしょうか。

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2011年6月17日 (金)

日本国の欺瞞(2)情報の隠蔽

110617kantei 今日夕刻の「日本国参議院TV中継」で、舛添要一議員の委員会質問です。『菅内閣は大日本帝国陸軍並みだ。情報隠蔽、虚偽情報、責任不在---』と攻め立てていました。全く同感です。でも、菅内閣の技ではなく、日本国の「官」が大日本帝国陸軍を継承し、それに「菅」が乗っているということなのだと思います。「論語」の教えに従っているだけなのでしょうが、この大災害ではさすがの民草も、国家を無謬のものとご信頼していると、生き延びられないと自覚したようです。
 IAEA(国際原子力機関)やNRC(米原子力規制委員会)のおかげでしょうか、「メルトスルー」などという恐ろしい事実を、2ヶ月以上経ってから知らされて驚愕している私たち、「公式情報」はすべて嘘なんだと思ってしまいます。インターネット上には、「民間情報」「他国家情報」がデータでも動画でも豊富に公開され、アクセスするたびに「日本国情報」との格差に驚いています。
 一つの情報をご紹介します。米国経済・金融の有力ブロガー、クリス・マーテンソン氏のサイトに、6月3日にアップされた「アーニー・ガンダーセン独占インタビュー:福島原発事故は、我々が考えているよりはるかに危険」という記事です。日本語訳の紹介サイトが有ります。かなり長文ですので、私は読み易くするためにWordファイル(16頁)にして読みました。『もしも地震が起きて4号機が倒れたら、政府が何を言おうと信じてはいけません』という一節があります。
 これからは、情報選択は個人の力量ということになりそうです。(総理大臣官邸の画像はWikipediaから)

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2011年6月12日 (日)

ドイツ気象庁 (DWD)による粒子分布シミュレーション

110612sonderbericht_loop ドイツ気象庁 (DWD)による粒子分布シミュレーションの日本語訳というサイトがあります。「この翻訳の本意は、日本政府が発表しない(且つ第三者機関による)貴重な情報源の一つを、出来る限り多くの市民の皆さんに誤解の無いよう正確そして冷静に受けとって頂くという事にあります」とされています。画像は、ドイツ気象庁 (DWD)の公式サイトから転載しました。このサイトは在日ドイツ人に対する、ドイツ国が発信する情報なんでしょう。
 私たちの政府に、情報の公開を求めましょう。緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)が、なぜ機能しないのか説明を求めましょう。自国の情報の欠落を、他国のお世話で穴埋めする恥辱は困ります。

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2011年6月11日 (土)

日本国の欺瞞(1)居住権

110611house 今日も、梅雨時とは言え、早朝の大雨と蒸し暑い不愉快な午後、そして第2の敗戦から3ヶ月目と言う重い気分の日を送りました。それでも、雨の中「大震災・原発事故・地域農業」を共に考えようと言う集いに足を運びました。超満員で、換気不十分・空調ゼロ・開口部故障と言う小田原市の集会室でしたが、熱心な主催者や講師の方々で、とても良い会でした。参加者のみなさん、それぞれに思いを新たになさったことと思います。「次世代への責務」という重い課題が浮き上がってきました。
 第一の責務、最大の責務は、居住保証の責務です。津波被災、原発被災地での居住保証をこの国は放置したままです。この国は、居住は個人の甲斐性に覆いかぶせて、貧困国家ならではの「持ち家制度」にもたれかかって、「虚構の繁栄」に浸ってきました。今回の「未曾有」の被災は、その虚構性を暴き出したのだと思います。明治の「維新」、昭和の「敗戦」は国家の存続を第一として、民草の人権は無視されてきました。「一億総懺悔」という思考停止は、今回の被災では、いかに何でも卒業すべきです。
 この国は、相変わらずの情報秘匿で、国家制度も、我々民草も、右往左往でこの3ヶ月を「被災者の悲嘆」に委せて時を過ごしてきました。余りにも惨いことです。
 最大の国家責務の放棄は、居住の保証です。今夕のTV報道では、危険地の住居を高台に移す、15mの防潮堤を作るなどと言う、頼りない提言などを絵空如くのように映像を出していました。
 居住を保証すること、最低限の国家責務です。3ヶ月という長期間、体育館の避難生活を強いて来たこと、万死に値する権力者の犯罪です。この被災大国で、普通の勤労者にその居住を個人責任とすることは理不尽です。社会病理的事件や自殺選択という根源的悲惨も居住喪失に負っています。
 66年前の敗戦後、戦災で喪失した住居の保証で、短い期間誕生した公営住居政策は短期間で、「終息」させられてしまいました。日本住宅公団、都道府県市町村の住宅公社は、絞め殺され、高度成長期には「持ち家制度」という架空の居住制度がごり押しされてしまいました。阪神大震災から今回の被災で、明らかになったことは、「持ち家制度」の国家欺瞞です。35年のローンを背負って、その「資産」を喪失し、再びローンを背負って「持ち家」を背負うなどということができるでしょうか。これまで住んできた大地が、居住できない危険地になって、新たな大地を個人責任で解決しろというのは余りに惨いことです。
 「国家」を支える勤労者の居住は、「国家・公共」が保証すべきです。居住者・住まい手のライフステージに合わせた住居を「賃貸」で保証すべきです。この国を支えている「普通の勤労者」には、持ち家はあまりにも危険度の大きい負担です。住まい手が求める居住環境を、そのライフステージに合わせて、提供すべきです。
 高度化した資本主義社会の「公営住宅制度」を確立すべきです。国も自治体も、性根を据えて取り組んで欲しい。居住貧困を卒業しよう。これが最大不可欠の「次世代への責務」だと信じます。

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2011年6月 8日 (水)

東京・大阪から「茶色の朝」が!!

 最高裁は、5月30日の第2小法廷に引き続き6月6日には第1小法廷でも「君が代訴訟」で「起立斉唱の強制」を合憲とする判決を出しました。第1小法廷の判決主文には宮川裁判官の反対意見が付記されています。大阪府議会では「強制条例」が制定されるなど、「逆コース」は留まるところがありませんが、この「反対意見」には、日本国司法の微かな明かりを見る思いがします。
 やや長文ですが、反対意見全文を転記しました(主文全文はリンク)。
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 裁判官宮川光治の反対意見は,次のとおりである。
 本件は少数者の思想及び良心の自由に深く関わる問題であると思われる。憲法は個人の多様な思想及び生き方を尊重し,我が国社会が寛容な開かれた社会であることをその理念としている。そして,憲法は少数者の思想及び良心を多数者のそれと等しく尊重し,その思想及び良心の核心に反する行為を行うことを強制することは許容していないと考えられる。このような視点で本件を検討すると,私は多数意見に同意することはできない。まず,1において私の反対意見の要諦を述べ,2以下においてそれを敷衍する。
 1  国旗に対する敬礼や国歌を斉唱する行為は,私もその一員であるところの多くの人々にとっては心情から自然に,自発的に行う行為であり,式典における起立斉唱は儀式におけるマナーでもあろう。しかし,そうではない人々が我が国には相当数存在している。それらの人々は「日の丸」や「君が代」を軍国主義や戦前の天皇制絶対主義のシンボルであるとみなし,平和主義や国民主権とは相容れないと考えている。そうした思いはそれらの人々の心に深く在り,人格的アイデンティティをも形成し,思想及び良心として昇華されている。少数ではあっても,そうした人々はともすれば忘れがちな歴史的・根源的問いを社会に投げかけているとみること ができる。
 上告人らが起立斉唱行為を拒否する前提として有している考えについては原審の適法に確定した事実関係の概要中において6点に要約されている。多数意見も,この考えは,「『日の丸』や『君が代』が過去の我が国において果たした役割に関わる上告人ら自身の歴史観ないし世界観及びこれに由来する社会生活上ないし教育上の信念等ということができる」としており,多数意見は上告人らが有している考えが思想及び良心の内容となっていること,ないしこれらと関連するものであることは承認しているものと思われる。
 上告人らが起立斉唱しないのは,式典において「日の丸」や「君が代」に関わる自らの歴史観ないし世界観及び教育上の信念を表明しようとする意図からではないであろう。その理由は,第1に,上告人らにとって「日の丸」に向かって起立し「君が代」を斉唱する行為は,慣例上の儀礼的な所作ではなく,上告人ら自身の歴史観ないし世界観等にとって譲れない一線を越える行動であり,上告人らの思想及び良心の核心を動揺させるからであると思われる。第2に,これまで人権の尊重や自主的に思考することの大切さを強調する教育実践を続けてきた教育者として,その魂というべき教育上の信念を否定することになると考えたからであると思われる。そのように真摯なものであれば,本件各職務命令に服することなく起立せず斉唱しないという行為は上告人らの思想及び良心の核心の表出であるとみることができ,少なくともこれと密接に関連しているとみることができる。
 上告人らは東京都立高等学校の教職員であるところ,教科教育として生徒に対し国旗及び国歌について教育するということもあり得るであろう。その場合は,教師としての専門的裁量の下で職務を適正に遂行しなければならない。しかし,それ以上に生徒に対し直接に教育するという場を離れた場面においては(式典もその一つであるといえる。),自らの思想及び良心の核心に反する行為を求められるということはないというべきである。なお,音楽教師が式典において「君が代」斉唱のピアノ伴奏を求められる場合に関しても同様に考えることができる。
 国旗及び国歌に関する法律の制定に関しては,国論は分かれていたが,政府の国会答弁では,国旗及び国歌の指導に係る教員の職務上の責務について変更を加えるものではないことが示されており,同法はそのように強制の契機を有しないものとして成立したものといえるであろう。しかしながら,本件通達は,校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問うとして,都立高等学校の教職員に対し,式典において指定された席で国旗に向かって起立し国歌を斉唱することを求めており,その意図するところは,前記歴史観ないし世界観及び教育上の信念を有する教職員を念頭に置き,その歴史観等に対する否定的評価を背景に,不利益処分をもってその歴史観等に反する行為を強制しようとすることにあるとみることができる。本件各職務命令はこうした本件通達に基づいている。
 本件各職務命令は,直接には,上告人らに対し前記歴史観ないし世界観及び教育上の信念を持つことを禁止したり,これに反対する思想等を持つことを強制したり するものではないので,一見明白に憲法19条に違反するとはいえない。しかしながら,上告人らの不起立不斉唱という外部的行動は上告人らの思想及び良心の核心の表出であるか,少なくともこれと密接に関連している可能性があるので,これを許容せず上告人らに起立斉唱行為を命ずる本件各職務命令は憲法審査の対象となる。そして,上告人らの行動が式典において前記歴史観等を積極的に表明する意図を持ってなされたものでない限りは,その審査はいわゆる厳格な基準によって本件事案の内容に即して具体的になされるべきであると思われる。本件は,原判決を破棄し差し戻すことを相当とする
 2  上告人らの主張の中心は,起立斉唱行為を強制されることは上告人らの有する歴史観ないし世界観及び教育上の信念を否定することと結び付いており,上告人らの思想及び良心を直接に侵害するものであるというにあると理解できるところ,多数意見は,式典において国旗に向かって起立し国歌を斉唱する行為は慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものであり,その性質の点から見て,上告人らの有する歴史観ないし世界観それ自体を否定するものではないとしている。多数意見は,式典における起立斉唱行為を,一般的,客観的な視点で,いわば多数者の視点でそのようなものであると評価しているとみることができる。およそ精神的自由権に関する問題を,一般人(多数者)の視点からのみ考えることは相当でないと思われる。なお,多数意見が指摘するとおり式典において国旗の掲揚と国歌の斉唱が広く行われていたことは周知の事実であるが,少数者の人権の問題であるという視点からは,そのことは本件合憲性の判断にはいささかも関係しない。
 前記歴史観ないし世界観及び教育上の信念を有する者でも,その内面における深さの程度は様々であろう。割り切って起立し斉唱する者もいるであろう。面従腹背する者もいるであろう。起立はするが,声を出して斉唱しないという者もいよう(なお,本件各職務命令では起立と斉唱は一体であり,これを分けて考える意味はない。不起立行為は視覚的に明瞭であるだけに,行為者にとっては内心の動揺は大きいとみることもできる。他方,職務命令を発する側にとっても斉唱よりもむしろ起立させることが重要であると考えているように思われる。)。しかし,思想及び良心として深く根付き,人格的アイデンティティそのものとなっており,深刻に悩んだ結果として,あるいは信念として,そのように行動することを潔しとしなかった場合,そういった人達の心情や行動を一般的ではないからとして,過小評価することは相当でないと思われる。
  3  本件では,上告人らが抱いている歴史観ないし世界観及び教育上の信念が真摯なものであり,思想及び良心として昇華していると評価し得るものであるかについて,また,上告人らの不起立不斉唱行為が上告人らの思想及び良心の核心と少なくとも密接に関連する真摯なものであるかについて(不利益処分を受容する覚悟での行動であることを考えるとおおむね疑問はないと思われるが),本件各職務命令によって上告人らの内面において現実に生じた矛盾,葛藤,精神的苦痛等を踏まえ,まず,審査が行われる必要がある。
 こうした真摯性に関する審査が肯定されれば,これを制約する本件各職務命令について,後述のとおりいわゆる厳格な基準によって本件事案の内容に即して具体的に合憲性審査を行うこととなる。
 4  平成11年8月に公布,施行された国旗及び国歌に関する法律は僅か2条の定義法にすぎないが,この制定に関しては,国論は分かれた。政府の国会答弁では,繰り返し,国旗の掲揚及び国歌の斉唱に関し義務付けを行うことは考えていないこと,学校行事の式典における不起立不斉唱の自由を否定するものではないこと,国旗及び国歌の指導に係る教員の職務上の責務について変更を加えるものではないこと等が示されており,同法はそのように強制の契機を有しないものとして成立したものといえるであろう。その限りにおいて,同法は,憲法と適合する。
 これより先,平成11年3月告示の高等学校学習指導要領は,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と規定しているが,この規定を高等学校の教職員に対し起立斉唱行為を職務命令として強制することの根拠とするのは無理であろう。そもそも,学習指導要領は,教育の機会均等を確保し全国的に一定の水準を維持するという目的のための大綱的基準であり,教師による創造的かつ弾力的な教育や地方ごとの特殊性を反映した個別化の余地が十分にあるものであって(最高裁昭和43年 (あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁参照),学習指導要領のこのような性格にも照らすと,上記根拠となるものではないことは明白であると思われる。
 国旗及び国歌に関する法律施行後,東京都立高等学校において,少なからぬ学校の校長は内心の自由告知(内心の自由を保障し,起立斉唱するかしないかは各教職員の判断に委ねられる旨の告知)を行い,式典は一部の教職員に不起立不斉唱行為があったとしても支障なく進行していた。
 こうした事態を,本件通達は一変させた。本件通達が何を企図したものかに関しては記録中の東京都関連の各会議議事録等の証拠によれば歴然としているように思われるが,原判決はこれを認定していない。しかし,原判決認定の事実によっても,都教委は教職員に起立斉唱させるために職務命令についてその出し方を含め細かな指示をしていること,内心の自由を説明しないことを求めていること,形から入り形に心を入れればよい,形式的であっても立てば一歩前進だなどと説明していること,不起立行為を把握するための方法等について入念な指導をしていること,不起立行為等があった場合,速やかに東京都人事部に電話で連絡するとともに事故報告書を提出することを求めていること等の事実が認められるのであり,卒業式等にはそれぞれ職員を派遣し式の状況を監視していることや,その後の戒告処分の状況をみると,本件通達は,式典の円滑な進行を図るという価値中立的な意図で発せられたものではなく,前記歴史観ないし世界観及び教育上の信念を有する教職員を念頭に置き,その歴史観等に対する強い否定的評価を背景に,不利益処分をもってその歴史観等に反する行為を強制することにあるとみることができると思われる。本件通達は校長に対して発せられたものではあるが,本件各職務命令は本件通達に基づいているのであり,上告人らが,本件各職務命令が上告人らの有する前記歴史観ないし世界観及び教育上の信念に対し否定的評価をしているものと受け止めるのは自然なことであると思われる。
 本件各職務命令の合憲性の判断に当たっては,本件通達やこれに基づく本件各職務命令をめぐる諸事情を的確に把握することが不可欠であると考えられる。
 5  本件各職務命令の合憲性の判断に関しては,いわゆる厳格な基準により,本件事案の内容に即して,具体的に,目的・手段・目的と手段との関係をそれぞれ審査することとなる。目的は真にやむを得ない利益であるか,手段は必要最小限度の制限であるか,関係は必要不可欠であるかということをみていくこととなる。結局,具体的目的である「教育上の特に重要な節目となる儀式的行事」における「生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ること」が真にやむを得ない利益といい得るか,不起立不斉唱行為がその目的にとって実質的害悪を引き起こす蓋然性が明白で,害悪が極めて重大であるか(式典が妨害され,運営上重大な支障をもたらすか)を検討することになる。その上で,本件各職務命令がそれを避けるために必要不可欠であるか,より制限的でない他の選び得る手段が存在するか(受付を担当させる等,会場の外における役割を与 え,不起立不斉唱行為を回避させることができないか)を検討することとなろう。
 6  以上,原判決を破棄し,第1に前記3の真摯性,第2に前記5の本件各職務命令の憲法適合性に関し,改めて検討させるため,本件を原審に差し戻すことを相当とする。
 主文全文には、金築裁判官の補足意見も付されています。

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2011年6月 4日 (土)

Rancho Seco 原発の廃炉・住民投票

110604rancho_seco2_2 カリフォルニア州サクラメント市の南東40Kmほどのところにある "Rancho Seco Nuclear Power Plant" は、1974年にサクラメント郡電力公社(SMUD)によって設置されました。画像右側に冷却塔の影が二つ映っています。加圧水型2機 出力91.3万kW、2千億円ほどの投資でした。画像の Google map の左側に冷却塔の影が二つ映っています。右側に見える Rancho Seco Recreational Area は、160エーカーほどの広さの湖を有していますが、Nuclear Power Plant への緊急時バックアップ給水のために使われていた貯水湖を、運転停止後リクレーション湖に転換したもので、1992年以後はSMUD の運営管理です。
110604rancho_seco2 この原発も、幾度となくトラブルを起こし、1986年4月に発生したチェルノブイル原発事故以後は、廃止の声が高まり、1988年の住民投票では「18ヶ月間の運転許可、その後再度の住民投票」と言う暫定案が採択され、1989年6月6日に住民投票が行われることになりました。その結果「運転継続」は97,945人が賛成、112,415人が反対となって、SMUD はその結果を直ちに受け入れて運転を停止しました。しかし廃炉実施からでも既に2年が経過しましたが、現在未だ使用済み核燃料493本が特殊仕様の鋼製容器に入れられて用地内に保管されています。米国内に処理施設が実現していないため搬出できないのです。
 画像の原発用地内にある長方形平面は、2機の廃炉後に太陽光発電のために設置した38万枚のパネルです。商業運転は本年末には始まるとのことです。
 原発からの撤退は、ヨーロッパでも加速していますが、イタリアでは6月1日の最高裁決定で、今月の12、13日に住民投票を実施すべきとしました。原発によるエネルギー取得について、市民の選択を住民投票で問うという手法は、もっとも実現可能な「民主主義」です。日本国の住民投票は、「代議制否定」とか言う議会の意向で、なかなか実施されません。未熟な日本臣民には個別案件の意思決定など委せられないということですかね。近々にはありそうな?「総選挙」で同時投票でもやってみたらいかがでしょうか。(画像はGoogle、freepik.comから)

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2011年6月 3日 (金)

小峰発電所(18)5月の自給率98%

110601hatsuden 先月5月の消費電力量371kWh、月間発電量366kWh、自給率は98%でした。先月4月の自給率は94%でしたが、今月5月は良い季節ですので、消費電力量がかなり下がりました。自給率100%にもう一息、98%にまでなりました。節電効果が上がったのでしょうか。これから梅雨の季節に入って、空調機を動かし始めると一気に自給率低下しそうです。頑張らねば。

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