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2011年6月26日 (日)

復興への提言 ~ 悲惨のなかの希望 ~

110626advance 昨日2011年7月25日「東日本大震災復興構想会議」が標題の提言を出されました。提言書の前文です。『破壊は前ぶれもなくやってきた。平成23年(2011年)3月11日午後2時46分のこと。大地はゆれ、海はうねり、人々は逃げまどった。地震と津波との二段階にわたる波状攻撃の前に、この国の形状と景観は大きくゆがんだ。そして続けて第三の崩落がこの国を襲う。言うまでもない、原発事故だ。一瞬の恐怖が去った後に、収束の機をもたぬ恐怖が訪れる。かつてない事態の発生だ。かくてこの国の「戦後」をずっと支えていた“何か”が、音をたてて崩れ落ちた』との書き出しで、『かくて「共生」への思いが強まってこそ、無念の思いをもって亡くなった人々の「共死」への理解が進むのだ。そしてさらに、一度に大量に失われた「いのち」への追悼と鎮魂を通じて、今ある「いのち」をかけがえのないものとして慈しむこととなる。そうしてこそ、破壊の後に、「希望」に満ちた復興への足どりを、確固としたものとして仕上げることができると信ずる』と結んでいられます。
110625move かなり珍しい提言書前文です。事務局起案ではなく、会議メンバーの名文家がお書きになったのでしょうか。お書きになった名文家のお気持ちは分かりますが、恐怖と苦悩を抱えたまま100日以上を過ごされている「被災者」のみなさんはどうお感じになるのでしょう。『日本が「戦後」ずっと未解決のまま抱え 込んできた問題が透けて見える』、何が見えるのか示して欲しい。『われわれは誰に支えられて生きてきたのかを自覚化することによって、今度は誰を支えるべきかを、震災体験は問うている筈だ。その内なる声に耳をすませてみよう』内なる声とは何ですか。
 「復興構想」事態は、極めてリアリズム(あるいは取り敢えず主義)ですが、指摘される方も多いように、この被災現象に対するシビアな分析と「復興」の施策を示すことがこの会議の責務の筈です。
 このような「前文」を付したことの意味が理解できません。まさか「本文」読む前に、涙目にしてしまおうという煙幕効果を期待してのことではないでしょうね。日本語、文章語は、正確、誠実に記述していただきたいものです。
(画像は、会議から公表された「提言本文に使用する図表」から転記しました。会議事務局もお忙しかったのでしょうが、ちょっと「ポンチ」過ぎませんかね。とは言え、貴重な資料も公表されています。ご一見ください)

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