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2011年6月23日 (木)

6月22日 市立病院体験

110622break 今日の暑さは、かなりのものでした。節電冷房で、我慢比べのような仕事先事務所でしたが、夕刻までせわしなく執務。その後、東京某区長のお誘いで「菖蒲園散策」。結構歩かされて、汗だくになり、昨年の悪夢を思い出しました。ちょうど一年前の今日、救急車で「小田原市立病院」に担ぎ込まれたのです。病は大事に至らずに2週間ほどの入院で済みましたが、この入院は堪えました。画像のような非常識な施設管理がまかり通っている病院でした。室内の壁が壊れたからと言って、「直ちに健康に影響するものではない」のでしょうが、いささか辛い2週間でした。イノチを助けてもらって文句言うな、と言われそうですが。一寸常軌を逸したひどさでした。(まさか今に至るもこのままではないでしょうね。退院後7月25日7月31日に記事を掲載しています)
 小田原市立病院の本館病棟は、1983年建設のかなり古いもの(診療棟は1984年)ですが、伊藤喜三郎建築研究所の手堅い設計で、決して老朽化・使用困難というものではありません。日常的な維持管理さえしっかりやられていれば、十分に良好な病棟として使える筈です。築後28年、28歳の青年です。無管理状態を卒業して、大切に使い続けて欲しいものです。
 近々に退院後1年目の受診に行かなければなりませんが、1年後の病院管理は病状回復していることを切に願っています。
(追記 6月27日 病棟等の竣工年月は、病院管理局に確認して記事にしたのですが、読者から過誤を指摘され、再確認したところ、誤回答だったとのこと。1983年を昭和53年と見誤ったとのこと。西暦と和暦の表記という厄介な鎖国システムをいつまでやるのだろう。昭和54年に誕生した「元号法」、『元号は政令で定める』と言うだけのトリッキーな法律ですが、元号表記しないと、懲戒処分するなんて条例が登場したりしませんよね。困った国です。『私の「カレンダー論」』という1996年の記事があります。立ち寄ってください)

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