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2011年8月12日 (金)

2・11 — 3・11 — 9・11

110812jal123 1985年8月12日「日本航空123便墜落事故」、忘れがたい日本国の惨事でした。この事故にはさまざまな個人的な記憶も有ります。もう26年も経過していますが、この国の根源的問題が露呈した事故として今後も追求されてしかるべき事件だと思います。1897年の事故調査報告書では『後部圧力隔壁が損壊し、その損壊部分から客室内の空気が機体後部に流出したことによって、機体尾部と垂直尾翼の破壊が起こった。さらに、4系統ある油圧パイプがすべて破壊されたことで作動油が流出し、操縦機能の喪失が起こった。(Wikipediaから転記)』などとされています。画像は「日本航空安全啓発センター(羽田)」に事故原因として展示されている後部圧力隔壁です。
 この事故調査には、さまざまな疑問が指摘され、事故原因の特定がきわめて作為的(政治的)であるという声が継続して起こっています。主要な指摘をWikiの記事からシンプルに転記します
1.垂直尾翼の破壊というが、事故後には破損尾翼の回収がなされず、2ヶ月後に海底探査してすぐに捜査を打ち切っている。(物証の発見を避けているのではないか)
2.後部圧力隔壁損壊による「急減圧」はなかった。生存者の証言でも確認されている。(急減圧が起こらなければ隔壁の破壊などあり得ない)
3.生存者の救出がなされなかった。生存者証言ではかなりの生存乗客が居たとされているが、事故現場は早期に確認されたにもかかわらず、16時間も放置された。(秘匿されている現場捜査が事前になされたのではないか)
4.日本航空の事故調査は独自に行われたが、その報告書は社内外ともに非公開とされた。
5.異論・異説はさまざまですが、「自衛隊の無人標的機と衝突した」「米軍によって撃墜された」など、きわめて政治的事件としてのものが多くあります。(人為的修理ミスによる後部圧力隔壁損壊を、ボーイング社があっさり認めたことも)
 福島第一原発の事故調査も、SPEEDIのことも不可解なことばかりです。高度な工業技術が経済、政治、外交などの思惑で、事故原因さえ隠蔽され続けているこの国の姿に悲しい思いがします。日本航空、東京電力などさまざまな巨大企業が、神話の世界に逃げ込むようなことは許されません。

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