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2011年9月

2011年9月29日 (木)

日本の原発/レビュー

110929genpatsu_list 資源エネルギー庁が、日本の原発57基すべての基本資料を提出したと報じられました。大変興味深い資料ですので、改めて読み取ってみました。
・最も古い原発は、「東海発電所」1966年 254億円、原子炉はGEサイモン・カーブス(廃炉作業中)
・次に古い原発は「美浜1号機」1970年 312億円、原子炉はWH/三菱原子力(41年目現役、停止中)
・最も新しい原発は、「泊3号機」2009年 2,930億円、原子炉は三菱重工(プルサーマル)
・最も高価な原発は、「柏崎刈羽1号機」1985年 4,760億円、原子炉は東芝(定期検査中)
・柏崎刈羽原発1〜7号機の建設費用は2兆5,710億円(7機中2機のみ運転中)
・北海道電力は、3機 建設費総額 7,540億円
・東北電力は、4機 建設費総額 1兆2,765億円
・東京電力は、17機 建設費総額 4兆4,870億円
・中部電力は、5機 建設費総額 1兆3,200億円
・北陸電力は、2機 建設費総額 6,552億円
・関西電力は、11機 建設費総額 1兆7,789億円
・中国電力は、2機 建設費総額 3,426億円
・四国電力は、11機 建設費総額 5,132億円
・九州電力は、6機 建設費総額 1兆4,092億円
・日本原電は、4機 建設費総額 6,180億円
・全国54機の建設費総額は、13兆1,546億円
・稼働中の原発は、北電1機、東北電0機、東電2機、中部電0機、北陸電0機、関電4機、中国電1機、四国電1機、九電2機、日本原電0機、以上11機のみ(2011年9月29日現在)
 ところで、この13兆1,546億円という建設費実績は、「原子力村」と呼ばれる特定集団の企業で分け合っているようです。JVの受注形態も見られますが、まず原子炉の受注件数を幹事社で拾ってみます。
・三菱重工19炉、三菱原子力1炉、東芝17炉、日立10炉、GE5炉、GEC1炉、WH4炉、以上54炉
 次に原子炉建屋の建設請負件数をやはり幹事社で拾ってみます。
・鹿島建設24件、大林組11件、大成建設10件、清水建設5件、竹中工務店7件、以上54件
110930hayakawa_map 「原子力村」の受注集団企業の姿がはっきり現れてきます。福島第一原発の崩壊原子炉建屋は、現在巨大カバー工事が進行中ですが、大手4社の受注のようです。東京電力というモンスター企業の、荒々しい姿は政治経済制度そのものへの挑戦のごとくに見えます。
 このmap、ご存知でしょうが、群馬大学の早川由起夫さんの労作です。Adobe CS3版(55MB)でダウンロードすることもでき、きわめて鮮明な画像を見ることができます。現在四訂版(9月11日)まで作成公表されています。ぜひアクセスしてみてください。

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2011年9月26日 (月)

小田原ヒルトンと小田原市の「合意」

 小田原ヒルトンに対する家賃請求権の放棄についての3回目の記事です。公文書公開請求していました「合意書」が今日夕刻「一部公開」されましたので、再度その不当性を記事にします。
110926hilton1 3月11日の夕刻東日本大震災とそれに伴う津波と原発事故による大規模な被災が発生しました。その25日後の4月6日、小田原ヒルトン株式会社は、小田原市長宛に「賃料減免のお願い」を提出しました(この画像の文書は、小田原市議会総務常任委員会による9月9日の資料請求によって公開されたものです)。この被災影響は『---ヒルトン小田原リゾート&スパの運営において---想定を遥かに超える規模であらゆる経営指標を毀損し、まさに危機的な経営状況に陥っております。---つきましては、かかる事情をご斟酌いただき、---賃借料の6ヶ月間以上の減免につき特段の配慮を賜りたく---』というものです。
110926hilton2 この画像の文書は、お願いを受理した22日後の4月28日に、小田原市と小田原ヒルトンが交わした「合意書」です。
1.3ヶ月間の賃料の支払いは年末まで猶予する。
2.遅延損害金は免除する。
3.猶予した賃料の減額及び免除は協議する。
という簡単な「合意」です。遅延損害金の免除という重大な措置を、簡単に合意してしまう専権処分は納得できません。契約書第6条の規定には、何らの但し書きもありません。公共団体である賃貸人が勝手に免除などと合意することはきわめて不当な信じがたい措置です。
 不動産賃貸借契約は、平成15年12月25日に、甲 小田原市長(小澤良明氏)、乙 小田原ヒルトン社長(氏名黒塗り)、丙 ヒルトンインターナショナル社日本・ミクロネシア地区副社長(氏名黒塗り)の3者で締結されています(これも9月9日の資料請求で公開されたものです)。以下に主要事項のみ列記します。
・賃貸借物件 土地(13筆 総面積)231,645㎡ 建物(17棟 総床面積)51,709.44㎡
・賃貸借期間 2004年2月1日から2009年1月31日まで 更新5年、以後同様
・賃料・支払 売上額の12.5% 最低賃料年額4億3千万円 月額分を毎月末までに支払い
・遅延損害金 『第6条 乙は賃料の支払いを遅延した時は、支払い期日の翌日から完済の日まで、年14.6%の割合による遅延損害金を甲に支払うものとする。』
・契約の解除 乙による3ヶ月以上の賃料不払い 甲による契約違反 乙は丙と連帯して年間賃料の5倍相当額の約定損害賠償義務 甲も同様義務
・売却時特約 甲は、乙に対して第1交渉権を与える
・協議事項  『本契約書に定めの無い事項、本契約に関する疑義または契約時点では予測のつかない事態が発生した場合には、法令及び一般の慣習に従い、甲、乙及び丙は、誠意を持って協議の上、解決をはかるものとする。』
 この4月6日に発生した不動産賃借人の賃料不払いの事案処理について、小田原市は6月10日の総務常任委員会において『本契約書で契約時点では予測のつかない事態が発生した場合には、甲乙丙は、誠意を持って協議の上、解決を図るということになっておりますので、基本的には賃貸借契約書はこちらの第20条を用いまして、お互い協議をしていくという形になろうかと思います。』と報告をし、小田原市議会9月定例会に「権利の放棄について」という議案を上程し、9月14日の本会議で、可決承認したのです。第20条にいう「予測のつかない事態」に賃借人の事業状況の悪化が該当するとはとても思えません。事業用不動産の賃貸借では、景況の変動は当然に予測されている事項です。災害発生によって事業環境が悪化したことが該当するとは考えられません。きわめて不可解で不当な行政の措置です。
 担税者である小田原市民に対して、納得のいく説明を早急にするべきです。それとも、予測のつかない景況の悪化として、法人事業税、住民税を減免するのでしょうか。

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2011年9月22日 (木)

高齢サクラ

110921sakura1_2 昨日の台風15号、強い風に驚きながらも手の施しようなし。我が家自慢の老桜、大枝が悲鳴を上げていましたが、ついに枝元から破損。続いて中枝も1本破損。雨風の中しばらく監視。鉄道線路敷に落下しそうなので、小田原市道水路整備課に連絡しました。職員がたは各地で事故発生のようで慌ただしくしていられましたが、それでも16時ころには調査に見え,その後ユニックと作業車が到着。
110921sakura2 がっくり裂けて無惨に垂れ下がった大枝、チェンソーで少しずつ枝を摘めていって、枝もと2mほどの太い幹をユニックで引っ張って落下させました。美しいサクラを毎年楽しませてくれていた老サクラの半身が失われました。大枝が落下する瞬間を撮影せんものと、風雨の中びしょ濡れになって撮影しました。
110921sakura3_3 枝を落とされた我が老サクラ,痛々しい傷口をみせています。この地に転居してくる決心をしたのが,このサクラに魅せられたからでしたが、残された半身の老サクラをいたわりながら,その余生を見守っていきたい。いささか身につまされたこの大風被災でした。 
110921sakura4 翌朝、やっとお城への道を下りましたが、小田高テニスコート前のサクラ(多分樹木ナンバー285番)が、根本からばっさり伐られていました。診断でD判定を受けていた老サクラです。伐採搬出されるまで、この道路は通行止めになっていました。高齢サクラの排除は、とても悩ましい問題ですが、なんとか優しくその生を全うさせてやりたいものですね。

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2011年9月18日 (日)

工学技術の悲しい成果

110918hukusima_cover 福島第一原発の「原子炉建家カバー」の模型です。
 W42.3m×D46.9m×H54.4m という巨大カバーで建家全体を覆ってしまうという実にアナログっぽいプロジェクトです。でもすごい土木技術ですね。1号機から4号機までそれぞれスーパーゼネコンに緊急発注されたようで、先月から突貫工事が始まり、現在は「巨大パネル(24m×15mほどか)」の取付中です。現場作業を最小化すべく、部材はすべて小名浜港で巨大ユニット化され、巨大クレーンで建て込むような施工計画だそうです。その作業の仕組みは、東京電力の計画概要で発表されています。
 さすが土木大国、見事な取り組みのようです。スーパーゼネコンにとっては「原発工事」は、きわめておいしい仕事と伝えられています。今回の突貫・特攻工事の受注も多分そうなのでしょうが、国家的 final project ですから、東電さんも破格の発注をされたのでしょうか。それとも受注者側が、これまでの恩義のお返しに、大出精値引きなどなさったのでしょうか。高度放射線環境での作業で、作業員も監督職員も短時間しか従事できないようです。新たな事故の発生だけは避けて欲しいものです。
110918final_mission 米国ケープカナベラルでは、スペースシャトル Atlantis による The Final Mission があり、何事も無く無事にシャトルプロジェクトの幕が閉じられたようです。9・11の追悼行事も、さほどのリアクション無く「無事」に幕が閉じられました。Memorial の地に、再び巨大ファイナンシャルセンターを「復興」させようと努力が続けられています。
 原発やら、スペースシャトル、巨大スカイスクレーパー、そしてこの巨大「放射能ごみ飛散カバー」、どれもこれも立派な工学技術の成果ではあるのでしょうが、なにか物悲しい FINAL をイメージさせてしまいます。

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2011年9月16日 (金)

まだある「小田原の恥辱」

110916poisute_keirin 小田原市城山4丁目に転居以来、9年ほど続けてきた「ポイ捨てごみ」の回収を廃業しました。そろそろ身体(と心)が言うことを聞かなくなってきたようです。
 名残り惜しいポイ捨て競輪ごみを小田原市事業課長にお届けしようと電話しましたが、折り返し返事するとされたのですが、それっきりでした。こんなことでがっかりしてはいけないのでしょう。
 気を取り直して、画像のような幼稚ないたずらをしました。使い捨て鉛筆での造画です。下手なアレンジですがまだまだたっぷり在庫があります。もちろん紙類、はずれ車券などなども。明日は土曜日ですが「本場開催」のようですので、最後の回収ごみをお届けしましょう。
 加藤憲一氏のマニフェストには、撤退に向けての検討を開始するとありましたが、千日以上もお一人で、ひそかに検討を重ねてこられたのでしょうか。小田原ヒルトンさんは大震災の予約客減少で、4月6日には「賃料減免のお願い」をお出しになり、それを受けた小田原市長は4月28日には「合意書」をお出しになっています。素早い救援ですね。千日以上も待たされ続けた競輪場周辺住民にはいまだ何の救援もありません。小田原市議会の19人の議員さんは『–––(賃料受領の)権利の放棄が果たして最善の策なのか疑問が残るところである。しかし、–––(請求権放棄は)やむを得ない選択であると斟酌する。–––』という訳の分からない理屈に同意して、1億1287万5000円の私企業への減免を承認しています。
 今日も、狭隘道路に競輪送迎バスと徒歩帰宅の競輪客、その間に挟まれた高校生、女子大生が下校して行きました。小田原の恥辱は、まだまだ続きます。こんなはずではなかったのに。

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2011年9月14日 (水)

小田原の恥辱

110914aged_day やや早めの敬老の日記念品?をいただきました。妙な気分です。隠居通告という訳でもないのでしょうから、今日も午後になって市議会傍聴などに出かけました。市議会は今日の午前中に、9月定例会議案の採決をされました。昨日の記事「誇りある小田原を守ろう」は儚く消え去りました。小田原市議会は「小田原ヒルトン株式会社」の家賃支払い義務を解除し、「小田原市」の家賃受取の権利を放棄することを承認したのです(家賃額1億1287万5000円)。私はその時間傍聴しておりませんでしたが、反対8議員、賛成19議員とお聞きしました(記録は賛成多数とだけで、どの議員が賛成で誰が反対したのかは永久に隠蔽なんですね。インターネット中継の録画で確認してみましょう)。
 「ヒルトン小田原リゾート&スパ」が、家賃免除してまで居続けて欲しいようなホテルとはとても思えませんが、何か深い訳があるのでしょうね。
 今日は「災害時のペットに対する取り組みについて」という一般質問と、その答弁をお聞きしたくて、老骨にむち打って出かけたのですが、鋭く粘り強い再質問で「災害時の動物救護、避難所でのペット」への対応について、防災マニュアル改訂に反映させたいという答弁を引き出してくれました。この件はいずれ別記事でアップします。
 小田原市議会のサロンの一角には「議会図書室」としての新聞閲覧コーナーがあります。ここには、一般商業新聞の他に、「自由新報」から「しんぶん赤旗」まで、政党機関紙が配架されていましたが、今日の「公明新聞」の災害時のペット問題の記事を確認したいと探しましたが、見当たりません。事務局に確認しましたら、予算がないので政党機関紙はすべて廃止したとのことでした。商業紙は読売新聞から神静民報まで全部そろっていましたが、政党機関紙は小田原市議会の判断ですべてやめたそうです。年間予算でも十万円程度のことでしょうに、不思議な議会です。1億1287万5000円もあったら1000年以上購読できますがーーー。商業新聞の情報だけで議員さんたちが政治判断されるのはとても危険です。
 今日の議会採決では、もうひとつの不思議な議案「小田原地下街再生事業/実施設計委託料」6700万円は、補正予算の修正で削除されたようです(原案賛成少数、修正案賛成多数??)。この事業と「小田原市宿泊等事業(ヒルトン賃貸業)」は、同じカテゴリーの公営商業行為なんですが、議会判断は奇妙な結果を生み出されます。
 小田原の恥辱などとやや大げさに思われるかもしれませんが、「嘘は泥棒の始まり」とご理解ください。

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2011年9月13日 (火)

誇りある小田原を守ろう

110913hilton_odawara 昨日やっと時間ができて、小田原市役所の4階「行政情報センター」で、直近(6月10日から)の小田原市議会委員会審査の姿を読み取ってきました。委員のみなさんの戸惑いと不決断は、いささか寂しいものでした。もちろんこのような拙問を議会に問う市長部局に最大の責めがありますが、防波堤としての市議会が毅然とした意思表示をして欲しいものと痛感しました。委員会議事録は6月のものしかありませんが、その時点の賃貸料「猶予」が「減免」に変貌していく経過は、紙背から伺い知ることができます。
明日、9月14日は、本会議での議案採決になりますが、我が小田原市の誇りある決断を示して欲しい。
 平成2年からの「スパウザ」設置事業、平成14年のただ同然の投げ売り、それに乗った小田原市の善意?、そして平成23年のヒルトン救援。いくら霞ヶ関のプロジェクトが精緻にできていようと、地方政府は毅然と対応できるはず。真っ当な賃貸借契約の根底を覆すような行政行為は、当然に住民監査請求の対象になってしまう。小田原市のコンプライアンスが吹き飛んでしまう、こんな無法な世界に踏み込んではならない。
 議員諸兄姉の、良識を示して欲しい。

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2011年9月12日 (月)

大友亀太郎を追って

110912kametaro1 小田原ではご承知の方も多いことと思いますが、私は札幌に放射能汚染で避難した友人から、初めてその名をお聞きしました。市立図書館の方などからお借りした資料を拝見して、その偉業に目を見張りました。1834年(天保5年)小田原市西大友に生誕ですので、ちょうど百歳違い。その業績などについては小田原でもかなりの著述が見られますが、札幌での調査研究は、市民郷土史研究が熱心に続けられてきたことには感嘆しました。先週の北海道訪問の際にゆかりの地を半日ほど回ることができました。
110912kametaro2 上の画像は、創成川に新しく誕生した大友亀太郎記念スクエアです。この碑文に記されているように、報徳仕法による札幌村開拓の業績が称えられています。碑文では業績の姿が見えませんが、幕府崩壊、明治政府の武士対策など、大変な政治混乱期に、農村興隆の仕法に合理的で的確な施策を、自らの汗で作り上げていった努力、この姿が石狩地方の貧窮に喘いでいた開拓民たち、あるいは送り込まれた下級武士たちの思いが、この地にしっかり根付いていったようです。
 その思いは近年の市民社会にも引き継がれ、大友堀と呼ばれている用水路(南3條から北6条まで約4Km)は多くの郷土史家、市民、それに行政も協働して、その位置がほぼ明らかになっています。札幌市東区役所が1982年に発行された「東区今昔 大友堀」は、市民郷土史家たちの熱烈な研究探索が記録されていて、夢中で読んでしまいました。
110912soseikawa このスクエアがある創成川は、大友堀を起源とするもので、札幌市の東西の境界線となっています.2005年ころから、既に道路化されていた創成川に本格的なアンダーパスの工事が始まり、1986年に設置されていた大友亀太郎の像は移転させられてしまいました。約1Kmほどの地下自動車道路が今年の春開通したようです。大雨の日でしたが、タクシーの運転手さんは高く評価されていました。
110912kametaro3 像の移転先がこの札幌村郷土記念館でした。現在は仮設置した像は元の創成川にお返しし、そのレプリカをこの場所に再建しています。碑も復刻して設置しました。
 この記念館は、1867年に大友亀太郎役宅が建設された場所に1977年4月、郷土の歴史を保存するため、地域住民によって開設された記念館なのです。コミュニティー立の施設です。来訪者は決して多くないようですが、地域住民の方たちの努力で立派に運営されています。大友亀太郎の縁族の方が新婚旅行で立ち寄られたとか、毎年年賀状をいただいているとか、小田原市との縁をとても誇りにしていられました。
110912museum 館内はこのような当時の「農具」であふれています。私のような農業無知人でさえ、こころ騒ぐ館内でした。
 この地は、風の吹き抜ける土地で「タマネギ栽培」に最良として、アメリカ農業の技術なども導入したようですが、当時の開拓民たちの熱いこころと、新しい技術革新への意欲、そして巧みな技には感嘆いたしました。これらの郷土遺品は、すべて地域住民の提供になるもの、本当の地域立ミュージアムです。小田原の大友家にあった算盤が大切に展示してありました。測量器具などはこの館には置けていないが、算盤は大友家にご提供いただいたものだそうです。親切にご説明いただいたご婦人は、小田原との交流の旅を懐かしげに語ってくれました。札幌との縁がこんなところにあることを発見した貴重な半日でした。

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2011年9月11日 (日)

もうひとつの911 조선인민공화국

110911seodaemun_prison 私のブログにも、やはり乱暴なコメントが送られてきます。特に「朝鮮」にかかわる記事には過敏に反応されます。昨日のは、かなり古い8月21日の「官幣大社朝鮮神宮」へのコメント。投稿者「反日日本人に鉄槌を!」記事は『左翼の反日日本人め!朝鮮の手先め!』という短いものです。たくさんのブログ相手でご多用なのでしょう。私は朝鮮の手先ではありませんが、国籍をおく日本もかつて日本とされた朝鮮も同様に「愛して」います。日本人の「朝鮮蔑視」が「朝鮮敵視」に変貌していくのはとても悲しく危険なこと、日本社会の縮小を促進することだと思います。うるさく思われる方もおいででしょうが、しつこく記事にします。
 画像は「西大門刑務所」です。大日本帝国が1910年に併合して以来、さまざまな「民族独立」の運動があり、まさに「反日日本人」も「反日朝鮮人」も収容され、処刑された政治犯刑務所でした。私の住まいは京城府西大門区竹添町二丁目(1980年代に京畿大学校に再開発された)で、この刑務所は我が家から1Kmほど北にありました。10歳の私には恐ろしいところで、親からも決して近づかないように言われていた刑務所でした。
 1945年8月15日の夕刻に、大きなトラックに見慣れない旗を持ったおおぜいの人たちが大きな声で何事か叫びながら走り去るのを目にしました。あれほど強かった警察官は、ただ呆然と見送っているだけでした。理解しがたいけど、何事か大変化があったことは強く感じました。66年経った今もこの光景は私のこころの原点です。
 8月15日以後、朝鮮総督府は日本統治の崩壊で無政府状態になるのを恐れ、平和裏に権力委譲を図ることを急ぎました。上海の「大韓民国臨時政府」の呂運亨が、8月15日に組織した「朝鮮建国準備委員会」は、朝鮮総督府から行政権の委譲を受けて、9月6日に京城府において「朝鮮人民共和国 조선인민공화국 チョウソンインミンコンファグク」の設立宣言をします。
 しかし、9月8日に米軍が侵攻しこの臨時政府を否定して占領軍による軍政庁の統治を始めます。行政権は再び朝鮮人の手を離れ、9月11日、この共和国は崩壊しました。1週間足らずの幻の朝鮮独立国家は消え去ったのです。その後は、ご承知のように朝鮮半島は大きな混乱の中で、大邱や済州島での悲劇的な軍事制圧などを経て、南には李承晩による「大韓民国(建国1948年8月15日)」、北には金日成による「朝鮮民主主義人民共和国(建国1948年9月9日)」の二つの国家が成立し、冷戦の中で朝鮮戦争という悲惨な経過を辿り、分断状況はいまだに継続しています。
 私たち日本人の間には、民族分断の国家が未だに存在し続けている朝鮮半島の状況を生み出した原因責任の意識はほとんどないようです。アジア諸国の拡大発展を横目に見ながら縮小する日本国。911で覇権国家の座を失い始めた米国、それに追随して311以後の半年の時間をむなしく浪費し、放射能汚染に怯えている日本。まだまだ漂流は続くのでしょうか。
 「反日日本人に鉄槌を!」を下しても、自虐史観から他虐史観乗り換えても、何が解決するのか冷静な考察をしていただきたい。(画像はWikipediaから)

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2011年9月10日 (土)

311ーー911

110911memorial あの3月11日から半年が、あの9月11日から10年の年月が過ぎ去りました。日本国の悲劇、アメリカ合衆国の悲劇、二つの国の事象は大きく異なりますが、「復興」と redevelopment は、ともに政治的混乱と更なる悲劇を伴いながら進展し、これからの長い時間に大きな課題解決を迫られています。
 マンハッタンの WTC 跡地は、アフガニスタンとイラクなどでの政治戦争の背後で、この10年、超大国アメリカ合衆国の威信を掛けて redevelopment の努力が続けられてきました。2011年9月11日 (日本時間では明後日の早暁)“National September 11 Memorial & Museum”がオープンします(ブッシュ氏とオバマ氏の出席のもとで!)。無事に静かにオープンし、米国社会が国際融和の中に留まれることを強く願っています。
110911memorial2 ミノル・ヤマサキ氏設計のWTC 二つのビルの姿を象徴的に残したランドスケープデザインは、Michael Arad氏とPeter Walker氏によるものです。(上の画像は昨年の工事中のもの、この画像は完成模型)
 ミュージアム・パビリオンは、Snøhetta氏と Davis Brody Bond Aedas氏のデザインです。
 二つの巨大商業ビル、“1 World Trade Center(1776フィート、541.3メートル)”は、David M. Childs氏(Skidmore, Owings & Merrill)、“4 World Trade Center(地上61階)”は、槇総合計画事務所の設計になるもので、ともに完成は来年以降です。(1776フィートは独立宣言との語呂合わせ)
 グランドゼロと呼びならされていたこの地区、米国経済の象徴的中心地に“Memorial”を抱き続けていくこと、米国政治の倫理的成長を願わずに入られません。
 10分ほどのNational September 11 Memorial & Museum紹介の動画(8分ほど)があります。お時間のある時、ご一見ください。
 「2011年3月11日記念施設」の計画の声は聞こえない。今はそれどころではないのでしょうが。電事連でも、経団連でもいいから1000億円くらいのドネーション規模のプランなど出せないのかな。

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2011年9月 9日 (金)

ヒルトンホテルの倒産

110909hilton 画像は元ホテル「ヒルトン小樽」の現在の姿です(今週札幌と小樽に出かけました)。1999年3月11日(!!) に小樽市の築港ヤード跡地に巨大な複合型商業施設「マイカル小樽」が誕生し、同年7月1日には「ヒルトン小樽」が誕生しました。しかし、2003年1月に経営破綻、現在は「パークホテルグループ」の手に渡って「グランドパーク小樽」として経営されています。2000年ころ、所用で2泊ほどしたこともあり、今週の月曜日に列車の中からこの写真を撮りました。
 小田原市議会9月定例会に、「議案第66号 権利の放棄について」という恐ろしい議案が提出されました。今日はその総務常任委員会審査です。かのコンラッド・ヒルトン創業の大ホテル、パリス・ヒルトンで大騒ぎした元気なヒルトン。このホテルが3・11の影響で業績が急激に悪化し、資金繰りがつかず倒産しそう、4、5、6月の家賃は払わない。7月からは払いますというウルトラCの店子ぶり。大家と言えば親も同然と言うことでしょうか。『はいどうぞ、3ヶ月分1億1千287万5千円をいただく「権利の放棄」をいたしましょう。がんばってください。このホテル、修繕費が21億円もかかるそうですので、持っているのがしんどい。なんとか買ってくれませんか(勝手な随契売却ができるの?)バイパス道路もできますので、いかがでしょうか』『まあ、考えておこう』ということなのかなあ。
 こころ優しい6人の委員さんが、この議案承認。3人の委員さんが否認。大野議長は採決外。
【放棄賛成】野坂稔、植田 理都子、鈴木 美伸、小松 久信、加藤 仁司、武松 忠
【放棄反対】俵 鋼太郎、木村 信市、田中 利恵子(以上敬称略)
 これで、小田原ヒルトンは倒産の危機を乗り越えられる。小田原市の「思いやり予算」なんですね。小田原市が瀕死の大ヒルトンを救ったという美談が語り続けられるのでしょう。それにしても、家賃を払うかどうかを店子が決めるというのはすごいですね。3ヶ月抜かして7月、8月を払ったそうですから大したものです。ここにも対米従属があるようですね。
 ところで、もっとびっくり話。こんな家賃放棄が通用するのか。「不動産鑑定士(何とも見当はずれな委託先)」に調査をお願いしたら『妥当な考え』という意見書が10日ほどで届いているんですね。「資料請求」で出てきた「意見書」、ホテルの収支のページは全面黒塗り。賛成した委員さんはこれが読めたんでしょうか。
 賃貸借契約書も「資料請求」で出てきました。小田原市長(甲)、株式会社小田原ヒルトン社長(乙)、ヒルトンインターナショナル社日本,ミクロネシア地区副社長(丙)、3者の契約なんですね。3ヶ月以上の家賃不払いは解除要件であり、違約金として乙と丙は年間家賃の5倍の違約金(4億3千万円の5倍、21億5千万円)を支払う義務ありとなっています。これでは、乙が契約解除できるはずもありません。(懐かしい小澤良明氏のサインがありました。乙と丙のサインは黒塗りです)
 小田原市政府の「コンプライアンス」は飾り棚に入ったままですか。なりふり構わずでも。大切なヒルトンさんには居て欲しいのですか。家賃を勝手に不払いしても、それでも居て欲しい。日米同盟進化ですか。

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60年前のサンフランシスコ・プレシディオ

110908presidio_sf 60年前の9月8日、サンフランシスコのオペラハウスで「サンフランシスコ平和条約(Treaty of Peace with Japan)」が締結されました。ソ連、ポーランド、チェコスロバキアが調印拒否した単独講和、米ソ冷戦のただ中での日本国にとって、米国の庇護のもとでの占領集結「独立」の条約でした。日本国の全権団は首席全権の吉田茂(首相)、全権委員の池田勇人(蔵相)・苫米地義三(国民民主党最高委員長)・星島二郎(自由党常任総務)・徳川宗敬(参議院緑風会議員総会議長)・一万田尚登(日銀総裁)の6人、3国を除く49カ国が調印しました。(翌年の1952年4月28日)
 この日の午後、オペラハウスから「プレシディオ米陸軍基地」の下士官集会所において、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」の調印が行われました。日本国の全権団でこの条約調印を承知していたのは吉田茂主席全権だけだったのです。
 旧国家体制を温存したまま敗戦国日本が「独立」を許されるというのは、戦争史的にはかなり異例のことだったのですが、冷戦拡大期の国際情勢の中での米国の戦略として出現したのです。天皇免責、国体維持と引き換えの日米条約だったのです。吉田全権は、補佐役だった池田蔵相にも「君は将来のある政治家だから、このことにはかかわるな」と言って、ただ自分一人だけで条約調印しているのです。「これで日本はアメリカの植民地になるのだな」と嘆息したと伝えられています。翌年6月25日には日本国から分離独立したはずの朝鮮半島で、米軍(国連軍)参戦に対抗して独立したばかりの中国軍(義勇軍)も加わっての悲惨な戦争が始まっています。(日本経済はこれを特需ブームとして、したたかな景気高揚をしました。私の高校時代の鮮明な記憶です)。
 画像は、「プレシディオ米陸軍基地」ですが、美しい町サンフランシスコの中でも、ひときわ美しい地域です。私が滞在していた1980年代は完全にレクリエーション公園として機能していました。日本国の歴史記憶と眼前の美しい景観とさわやかな空気に触れて、「日米同盟?従属?」を痛いほど感じたものです。私たちにとって、この国の自主独立は無い物ねだりなんでしょうか。
 吉田茂氏は、常に「臣茂」と自称されていたとか聞きますが、私たち下々の「民」とは覚悟が違うのでしょう。この吉田路線は、日本国の政権が交代しようが、変えることができないようです。普天間もTPPも、そして原発も、対米従属の軛から逃れられないのでしょうか。60年安保改定では、地位協定が固定化され、米軍基地の存在による日本国民の苦渋はいったいいつまで続けようと言うのでしょうか。
 プレシディオの美しい光景の中から、「臣茂」の覚悟が誕生したことで、私たちの国は米国の理不尽の中で生き続けていくのでしょうか。(画像はWikipedia)

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2011年9月 3日 (土)

小峰発電所(21)8月の自給率76%

110902hatsuden 8月の小峰発電所事業報告です。自給率、悪いですね。昨年の8月は消費量563kWh、発電量426kWh。今年は消費量492kWhと節電にがんばりましたが、発電量は378kWh、自給率は僅か1%のアップでした。発電量が一桁の日が8日もありました。8月19日から急に天候が変化し夏は終わりかなどと思わせる日が続きました。
 こんな記事が、明治大学政治経済学部大森正之ゼミナールで環境経済学について学んでいる学生さんの目に留まったようで、アンケート調査に協力しました。再生可能エネルギーの開発は、太陽光発電を初めとしてさまざまな地域特性に応じた手法のコンプレックスが必要のようです。
 小田原市の平成23年度の補正予算に「クリーンエネルギー導入推進事業」が初めて登場し、「再生可能エネルギー事業化調査委託料等」が組まれています。小田原市議会において、9月6日の議案関連質問、7日の委員会審査を経て、14日に採決されます。
 小田原市として、先進的な取り組みではありますが、基礎自治体として地域事業力の結集を図って「持続可能な」まちづくりを進めるのでしょうから、調査業務委託の前にやっておかなければならないことが置き忘れられているように思えます。描いている到達目標が市民に見えるような施策が望まれます。

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権利の放棄???

 かつて、「勤労者リフレッシュ施設・スパウザ小田原」とか称していた「雇用・能力開発機構」の豪華施設(建設費455億円)を小田原市が買い取った経緯は、いまだ市民の記憶に新しい「事件」でした。「無駄遣いの象徴・買ってどうなる」と大きな反対運動が起こりましたが、小田原市議会は平成15(2003)年度9月議会で買い取りを承認しています(反対議員6人)。2003年1月には、「ヒルトン小樽」の経営破綻が大きな話題になっていましたが、小田原市議会は24対6で小田原市という公共団体のホテル賃貸業承認に踏み出したのです。『8億5千万円で、455億円のホテルが買えるのだ』という、思考停止の議会でした。
 さて、それから8年後の平成23年度9月議会では、「権利の放棄」という仰天するような「事件議案」が提案されています。
 『議案第66号 権利の放棄について 東日本大震災の影響により、小田原市宿泊施設等の土地及び建物の賃借人である小田原ヒルトン株式会社の経営状況が急激に悪化したため、平成23年4月から6月までの賃料の請求権を放棄するため、地方自治法第96条第1項第10号の規定により、議会の議決を求める。』手短かに言うと「倒産すると困るので、3ヶ月分の家賃1億1300万円は放棄する。今年度の修繕積立金を1億円分減らします」と言うことのようです。
110903spauza 画像は、岡崎明氏(1987~1999小田原市議会議員2005年12月16日死去)の遺作の告発書(2004年9月刊)です。この中に今日のこの無様を予告するような記述があります。『小田原市はとてつもない大荷物を背負い込んだのである。市税の持ち出しはないのか。ヒルトン社が経営困難だと投げ出す恐れはないのか。』
 未だ、同社は投げ出してはおりませんが、家賃免除がなければ撤退するという意向を持ち出されたので慌てて「権利放棄」したのでしょうか。それとも、当初の賃貸借契約の改訂を迫る前段なんでしょうか。何とも常識はずれの「権利放棄」です。ヒルトン社との賃貸借契約に、賃借人の経営悪化の際は賃料聴取の権利を放棄するとでも書いてあったのでしょうか。密約だったのでしょうか。
 この問題施設の利便向上になるであろう、すばらしい広域農道が神奈川県によって開発されています。どうも腑に落ちない「ヒルトン事件」です。小田原市議会は同意なさるのでしょうか。この豪華?ホテル施設も、もうひとつの大荷物、小田原地下街再生事業と同じような展開になってきたようです。前市政の置き土産とは言え、なさけない。

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2011年9月 2日 (金)

9月2日は忘却の彼方か

110902surrender1 この画像は、ご承知のようにマッカーサー(連合国代表)の前で梅津美治郎参謀総長(大本営代表)に続いて重光葵外務大臣(政府代表)が降伏文書に署名している姿です。『東京湾上のアメリカ戦艦ミズーリ前方甲板上において調印された。日本側は、天皇および日本国政府の命により、かつ、その名において重光葵外務大臣が、また大本営の命により、かつ、その名において梅津美治郎参謀総長が署名した。連合国側は連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーのほか、アメリカ合衆国代表、中華民国代表、イギリス代表、ソビエト連邦代表、オーストラリア代表、カナダ代表、フランス代表、オランダ代表、ニュージーランド代表が署名した。(Wikipediaから転記)』
110902surrender2 その降伏文書に定められた事項です。
・日本軍全軍へ無条件降伏布告。全指揮官はこの布告に従う
・日本軍と国民へ敵対行為中止を命じ、船舶・航空機、軍用非軍用を問わず財産の毀損を防ぎ連合国軍最高司令官及びその指示に基づき日本政府が下す要求・命令に従わせる
・公務員と陸海軍の職員は日本降伏のために連合国軍最高司令官が実施・発する命令・布告・その他指示に従う 非戦闘任務には引き続き服する
・ポツダム宣言の履行と、そのために必要な命令を発しまた措置を取る。
・天皇及び日本国政府の国家統治の権限は本降伏条項を実施する為適当と認める処置を執る連合国軍最高司令官の制限の下に置かれる
・日本政府と大本営は捕虜として抑留している連合軍将兵を即時解放し必要な給養を受けさせる
・休戦に伴う軍事措置(Wikipediaから転記)となっています。
画像はその降伏文書の署名欄です。
 あれから、66年。忘却していて良いのでしょうか。
(画像もWikipediaから)

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2011年9月 1日 (木)

おだわらい?? 大笑い!! これでいいの??

110901odawarai この奇妙なもの、みなさんご承知でしょうか。『小田原市の公式facebookページです。小田原の魅力や旬な情報を配信していきます!キャンペーンやアンケートなども用意していきますのでお楽しみに。』という、facebook に掲出した小田原市の公式プロフィールなのです。「実名登録」顔写真掲載のSNSとして、この匿名国家日本でもかなり広がりを見せてきているネットワークサービスです。公共団体なども登録し始めたので、わが小田原もと言うことなんでしょうが、これを小田原の顔写真としていいものでしょうか。
 このSNSでは、かなり唐突で過激なイメージ作戦ですが、小田原市の広報広聴さんのご意見をよく伺いたいものです。私の言語感覚や漢字感覚、書写感覚が骨董品になったのだろうかとも思いつつ、おそるおそる小田原市広報広聴課に『「おだわらい」のキャラクター、何とも下品で、独りよがりなイメージと言語感覚には、驚愕しました。小田原市民として、とても正視できません。このページとキャラクターイメージは直ちに廃止してほしい。』とお願いしましたら、『Facebookページについては、新たな情報提供及びコミュニケーションツールとして運用を開始したばかりですので、当面は廃止する予定はございません。今後も試行錯誤しながらではありますが、シティプロモーションにつながるコンテンツ作りに努めていきますのでご理解いただきたいと思います。また、キャラクターについては、松本様のご意見として、参考にさせていただきます。』とのカタカナ語の多い回答をいただきました。
 「シティプロモーション」の手法として、このキャラクターを採用したというのは、小田原の売り物はこの「おだわらい」のような、下品な将来像を描いていますと言うことになりませんでしょうか。
 小田原市行政、愚行を続けるのもいい加減にしてほしい。

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