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2011年11月 7日 (月)

小田原城址の樹々たちの危機

111107forest 今日7日の午後、植栽専門部会の第2回会議があり、「傍聴人」もいっしょに現地視察のお供ができました。今年度から始まった「御用米曲輪整備」のため、先月の半ばころからクスノキの森の枝おろしが始まっていました。野球場のスタンドや擁壁などのコンクリート撤去のため、樹木を身軽にしなきゃいかんと言うことで、かなり盛大に切り落とされていました。何か寒々しい、すかすかのクスノキが哀れな姿を見せていました。
111017forest1 この画像は、10月17日の記事に添付した伐採開始時の姿です。ここ御用米曲輪の北東土塁に繁茂しているクスノキの森は、この城址の最も美しい光景を見せてくれていました。野球場に開発し、その廃止後は駐車場に使用するなど、確かに史跡にあるまじき乱暴な管理がなされ、クスノキたちも痛め続けられながらも豊かな成長をしていました。
 史跡の復元整備も望まれる事業ですが、そのために緑環境を破壊することは許されない「蛮行」として、市民から強烈な異議申し立てがあり「史跡と緑の共生」という小田原市指針が示されて、この植栽専門部会が誕生して樹木伐採は、慎重に、市民合意を得ながら進めていくという方向が誕生しました。
 今日の専門部会の協議でも、城址公園内の毎木調査の報告がなされ、市民の協働を得ながら丁寧な樹木管理を進め、美しい城址の整備をするべきという部会員の発言が続きました。
 閉会時間をかなり過ぎたとき、市民から猛反撃を受けた「植栽管理計画(22年5月)」を策定した委員長氏から、城址の樹木は無管理でめちゃくちゃだ、危険きわまりない。台風倒木で思い知ったはず。市民協働なんて危険でやらせられない。子供の安全を考えてもどんどん伐採すべきだ。史跡整備を主体に樹木整理をやるべきというような「共生指針」に反する妄言が飛び出しました。
 やはり現存している「調査整備委員会」の抜本的改組、「整備基本構想」の改訂をしない限り、城址の樹々たちは伐採の恐怖にさらされ続けてしまいそうです。小田原市の「史跡整備」「文化財保護」施策は、根底的に見直さなければならないようです。反市民的、強権的な「史跡整備」は絶対にだめです。

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