« 第4回小田原城天守閣耐震改修等検討委員会 | トップページ | OCCUPIED JAPAN »

2012年2月11日 (土)

皇紀2672年1月1日

120211jimmu朕閏年ニ關スル件ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
御名御璽
明治三十一年五月十日
內閣總理大臣侯爵伊藤博文
文部大臣文學博士外山正一
勅令第九十號
神武天皇卽位紀元年數ノ四ヲ以テ整除シ得ヘキ年ヲ閏年トス但シ紀元年數ヨリ六百六十ヲ減シテ百ヲ以テ整除シ得ヘキモノノ中更ニ四ヲ以テ商ヲ整除シ得サル年ハ平年トス
-----------------------------------------
 今日は皇紀2672年旧暦1月1日です。明治憲法公布の日でもあります。皇紀表記は、勅令第九十號は閏年を定める法として現在も生きています。日本国の誕生は神武天皇の即位の日、BC660年の太陽暦2月11日(旧暦元旦)と定めたのは明治5年のことだそうです。今年は日本書紀編纂、1300周年とか。
 その紀元節は、敗戦により廃止されていましたが、1966(昭和41)年、内閣に設けられた審議会では同年12月、10委員中7人の賛成で答申され、「建国記念の日」が国民の祝日に関する法律に追加され、翌1967年2月9日、「国民の祝日に関する法律第2条に規定する建国記念の日は、2月11日とする」という政令で公布されました。建国記念の日だけは法の定めではなく、政令で定めているのです。
 想像を絶する悲惨な敗戦経験を経て、今日の日本国があるのですが、昨今の世相はあたかもそんな敗戦経験などなかったかのごとく、戦前回帰しているように思えます。大阪府知事、大阪市長、東京都知事などの乱暴な発言などからは、明治憲法による国体願望が見えてくるようです。徳川武家政権が薩長維新勢力によって倒され、大政奉還による天皇親政の国家体制・官僚機構が作られたのですが、その国体は敗戦によっても何ら改革されなかったのでしょうか。
 長年の自民党政権から民主党政権に交代しても、日本国政治には「チェンジ」など起きてきません。官僚政治の継続性がびくともしない現状を見るにつけ、いまだに明治政府が生き続けているようです。紀元節が生き続けているように。
 米国の弱化による国際環境は大きく変化していますが、日本国だけが戦前回帰のような旧体制に向かい、米国との同盟を深化する路線で良いのでしょうか。花火を打ち上げて、市民が喜び合うような建国記念日は、この国では絵空事なのかな。(上の画像は、月岡芳年「大日本名将鑑」より「神武天皇」。明治時代初期の版画。Wikipediaから転載)

|

« 第4回小田原城天守閣耐震改修等検討委員会 | トップページ | OCCUPIED JAPAN »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/139245/53957264

この記事へのトラックバック一覧です: 皇紀2672年1月1日:

« 第4回小田原城天守閣耐震改修等検討委員会 | トップページ | OCCUPIED JAPAN »