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2012年8月 5日 (日)

傀儡政権の防衛「大臣」か?

120804tokyo 東京新聞8月4日の夕刊は、1面トップに『オスプレイ運用変更せず 米長官「絶大な自信」』という特派員記事を掲載しました。画像はその付記記事です。翌日5日の朝刊では『安全宣伝のセレモニー』と報じましたが、この「セレモニー」は日本国防衛大臣森本敏氏が記者団を引き連れて、米国国防省までお出かけになり、そのヘリポートから至近の海兵隊基地までの往復飛行を体験して、『非常に快適』談を演じたもののようです。
 安保条約で承服している日本国土の基地使用について、日本人民がとやかく口出すことなどできる訳ない、安全とか危険とか偉そうなことが言える訳ないだろう。ここまで出てきて『非常に快適』と言わなきゃならんのだ。言われたとおりに従うしかないのが分かっていて、いじめないでくれよ。そんな醜態があからさまになりました。
120805akasaka_mari 赤坂真理さんの「東京プリズン」を読みました。この国が忘れた、あるいは忘れた振りをしてきた国家の記憶を呼び覚ますには、その手段として『《小説》しかありえなかった』と語られていますが、このことが鮮明にこの国のいまと未来をあぶり出しています。米国民主主義教育「ディベート」学習の姿で、大君の戦争責任の問いかけに近づこうとするファンタジーが描かれています。政治課題、歴史課題として大衆社会に入り込めない主題を、「小説」の枠で侵入させようとするかのようです。
 敗戦処理が、日本帝国国体の護持と引き換えに、戦勝国米国の庇護下に入るという、吉田茂宰相の決断が日本経済国を繁栄させたのでしょうが、このところの政治権力の衰退は、この枠組みの崩壊の始まりを予感させます。日米同盟、安保体制に手をつけざるを得ない状況が生まれつつあるようです。米倉弘昌氏が懸念されている「電力不順」などとはけたの違う経済環境変化が生まれることでしょう。
 明日は8月6日、ヒロシマの日です。ヒロシマを忘れて、フクシマの非道を生み出してしまった、この67年、忘れた振りをして「経済大国」の夢にすがっていた年月の清算を迫られているのでしょう。

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コメント

日本の国は、米軍に頼ることなく、日本軍で守れ。
そのうえで、相互に安全を保障すれば、日米は対等になる。
我が国は、虎の威を仮る狐であってはならない。
自分の力を示せ。力は正義である。(Might is right).

力がなければ、正義もない。単なる歌詠みである。ひ弱な花である。
他人に仕事を任せておいて、いちいちあれこれ言うのは不謹慎である。いつまでも、未成年の姿勢をとるな。
消去法を得意とする論客ばかりでは、総理の寿命も短くなる。筋の通った政治もできない。

未来社会の建設には、建設的な意見が必要である。
未来構文がなくては、未来の内容は過不足なく構築できない。
未来構文があれば、理想が語れる。無ければ、筋の通らない空想・空論になる。

日本語の文章には、未来・現在・過去の区別はない。
現在の内容は過不足なく考えられても、過去と未来に関してはそれができない。
日本人は、未来の内容に辻褄を合わせて語るのは得意でない。
最悪のシナリオなど考えられない。悪夢は常に想定外になる。
だから、有事の際の危機管理も破たんする。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

投稿: noga | 2012年8月 5日 (日) 15時07分

nogaさん
>日本語の文章には、未来・現在・過去の区別はない。

日本語の文章にだって、未来・現在・過去の区別はありますよ。
日常会話の中で、未来のことを話しているのか、過去の話をしているのか、区別できるでしょ。

英語でも現在形で過去のことを表現している場合もあるし、
過去形で、現在のことを表現している場合もあります。

あなたの発言こそ、「筋の通らない空想・空論」ですよ。

投稿: イワシ | 2012年8月13日 (月) 23時33分

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