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2012年10月 1日 (月)

「住まいは人権」

121001akahata 『人間にふさわしい住居と環境をもとめることは、すべての国民の基本的権利である。国民がおかれている貧しい居住条件を直視し、住宅問題の本質を解明することは、今日、全国民がとりくむべき焦眉の課題である。私たちは、人間の尊厳が守れるような住宅と環境の早急な実現を求めるために、国民の英知の結集を願っている(日本住宅会議の趣意)。』
 広島市は、ご承知のように「維新」後の富国強兵の始まりとなる日清戦争の大本営がおかれるなど、重要な軍都でした。広大な軍用地がこの基町におかれ続けてきましたが、1945年8月6日の初めての核分裂新兵器で軍施設は廃墟となり、戦後は県営・市営などの公営住宅団地の用地として開発されました。焦土となった広島市民には、公営住宅の提供はまさに「人権の保証」であったのです。
 この記事が伝えるように、公営住宅の廃止、事業の縮小はこの災害国日本で平然と行われていますが、公共が住居を提供し、住生活を保証することは、国家・公共団体の最大の責務です。敗戦後の日本が、高度成長時代を経ながらも、住居水準は極めて貧困のまま放置されていることこそ、日本型「貧困」の主因です。社会的病理も、あるいは政治的混乱も、民主主義の衰退も、「住まいの人権」を見失っている国体にあると言えます。被災時の応急避難住宅の質を見るまでもなく、国家・公共は「住生活水準」の維持発展の理念を失っているのでしょう。戦後ドイツの復興が、あの惨憺たる状況から今日の姿に復興し得たのは、住宅復興に全政策を傾斜させたからと言われています。我が国が石炭や重工業の復興に国家政策を「傾斜」させたことが、人権なき繁栄、経済獣国家に転がり落ちる主因になったのです。
 これまでの(ひょっとすると現在も)「一等国」にならんとしての苦行が、いまだにこの国を縛り付けているように思えます。初めて経験する人口縮小時代、「二等国」であっても、「人間の尊厳が守れるような住宅と環境」を確保することを可能とする道もあるのではないでしょうか。住宅の公営、公共化は最大の防災施策にもなります。『国際社会において、名誉ある地位を占め』ることもできそうです。

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コメント

「国民がおかれている貧しい居住条件を直視し」と書かれていますが、どのようなことを満たせば「貧しくない住居」になるのですか?

「何が貧しくて、どんな建物が快適か」って、判断するのは現実社会では、難しくないですか?

今年の夏休みに東南アジアの高校生と横浜で会いました。その人が日本の学校に冷房が備わっていることに驚いていました。その人が子どもの頃、通っていた母国の小学校は、竹柱と草葺き壁(スダレのような物)でできた校舎だったそうです。しかし、ある時、日本のヴォランティア団体が訪れて、校舎の粗末さに哀れんだのか、コンクリート製の校舎を造ってくれたそうです。しかし、日中は、風通しが悪くて蒸し暑くなるそうです。生徒たちは、授業どころでなくなるそうです。それで、雨が降っていない時は、校舎の日陰に椅子や机を出して、授業したそうです。


投稿: マコ | 2012年10月 2日 (火) 14時46分

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