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2012年12月15日 (土)

3つの「タワー」に考える

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 12月14日、文化審議会は「東京タワー」など126件の建造物を「登録有形文化財」にするよう文科相に答申したと報じられました。重要文化財のような縛りや保護は無いようですが、「文化財」として国家が認知したと言うことは、所有者にとっては有為なことなのでしょう。東京タワーは1958年12月に開業していますが、この年の4月に東京都に入職して建築行政の見習い中でした。このタワーの検査にかり出され、11月ころの寒風のなか長大な階段を上ったことを記憶しています。(左上の画像はこのタワーの立地する港区芝公園内のとても狭小な地域の空撮写真です)

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 左の画像は、話題の634mという高さを誇る「東京スカイツリー」の空撮写真です。工事最終期で311大震災に襲われ、かなり遅延しましたが本年5月に開業しています。東京タワーから54年の技術革新があり、墨田区の狭小な用地に「世界一の高さのタワー」を設置することができています。開発意図が「商業コンプレックス」であったようで、それらの巨大な施設がタワーに近接してその足下に展開するという施設です。設計監理者は東京タワーと同じ「日建設計」ですが、前者のクラシックな鋼構造手法は見事に変身して、主要なメンバーに鋼管を使用し、小振りな基礎部に長大タワーを築くという「斬新な」設計です。

121215eiffel 左の画像は、パリ7区にある「エッフェル塔」の配置を示した空撮写真です。こちらはご承知のように、革命100周年を記念する「パリ万博」の目玉として計画された臨時的タワーで、会期終了後は解体するはずでした。「景観破壊」という悪評もあったのですが、ギュスターブ・エッフェル氏の会社に「売り払われ」て生き残り、現在はパリ市の公社が所有し管理経営しています。すでに123年間風雪に耐えてきていますが、建設当時の1万トンの鋼材加工、250万本のリベットの打設、資材は馬車で運んだという光景は、産業興隆期のフランス共和国の熱情のなかでの輝かしい建設記録です。
121215eiffel2_2この画像は、1887年7月18日に撮影した「第4柱脚(セーヌ川に近い西側の柱脚)」の組み立てを開始した光景です。この塔は、4本の大きな柱脚をそれぞれ巨大な鋼材のメンバーを、トラス状に組んで積み上げていくのです。東京タワーも類似した工法をとっていますが、極めて安定した塔を造れるようです。この塔の柱脚の外寸間隔は125mもあり、柱脚が占める用地だけで15,625平米を要することになります。その成果は、塔頂の風圧変移が最大でわずか7cm、太陽熱による変移が18cmとされています。エッフェル氏は、最頂部に「高層気象観測室」を設けて研究に励んだそうです。
 この3つの塔をどう評価するか、エッフェル塔は123歳、東京タワーは54歳、東京スカイツリーは0歳児、それぞれに経年変化に対応した管理努力が求められて、その果実が評価されるのでしょう。東京の二つの塔も100歳、150歳を迎える努力をして欲しいですね。

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 左の画像は MICHELIN Atras Parisからとったものです。シャイヨー宮からエコールミリテールまで、整然とした広場(シャンドマルス)のオープンスペースを控えさせて、タワーがどっしりと立っています。東京タワーは、信じ難いほど狭小な敷地に窮屈そうに立っています。スカイツリーは不整形な用地の上に3本足で立っています。このような巨大建造物が、十分な空間を得られないままに、押し込めて設けられることに最大の欠陥がありそうです。
 どんなに優れた計画者でも、欠陥だらけの用地には長命な市民施設を造ることはできないでしょう。30年も経てば老朽施設として取り壊される、こんなことの繰り返しは、シュリンク社会では通用しません。賢明で長生きできる都市経営を願わずにはいられません。

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