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2013年1月21日 (月)

フランス共和国の220年前

130121k_sato  昨年の12月16日以後、回復できない疲労感に捕えられています。11月末からの風邪が抜けきらないこともありますが、疲労感、脱力感に支配されて自室に閉じこもることが多くなってしまいました。年が明けてからは昼日中からの「読書」です。こんな気分の中、読飛ばせるものとして選んだのが佐藤賢一氏の「小説フランス革命」。2008年11月に第1巻が出てから、折々に読み続けて来ましたがここ2年ほどご無沙汰でした。その間に3巻も出ていましたので、Amazonから購入。癖のある文体にやや引っかかりながらも3冊続けて読み終えました。この3冊は1791年のミラボーの死後からジロンド派とジャコバン派の党争、ルイ16世の処刑(1793年1月21日)を経て、公安委員会の登場と混乱の始まりまでを描いています。

 この小説では、革命高揚のパリ市におけるロラン夫人のサロンがたびたび登場してきますが、さまざまなサロンが政治の変動に大きく関わっていたことは確かなようで、無権利であった女性たちの政治参加はとても興味深いものです。特に、スタール夫人のサロンは中道派政治家たちにとっては欠かせないものだったようです。彼女はルイ16世の財務相ネッケルの娘であり、スウェーデン大使の妻という特権的な立場で、この革命の進行をつぶさに見聞きしていたのでしょう。さすがに1792年8月10日のチュイルリー宮殿攻撃を目にして、翌月はじめにはパリを脱出していますが、1817年7月14日(!!)にパリで亡くなるまで、奔放な生涯を送っていますが、その間に書き残した“considerations” が彼女の息子によって1820年に出版されています。

130121stael  その翻訳和書が「フランス革命文明論(3巻)」という書名で1993年に出版されています。訳者は井伊玄太郎氏(早稲田大学文学部教授)によるもので、学生の購入が支えであったとは言え、たいへん貴重な出版です。中世のヨーロッパ政治文明から説き起こして、フランス革命期、ボナパルト帝政、王政復古、制限王制などについて臨場感のある論で伝えてくれます。1,000ページを超える政治文明論ですが、井伊教授の訳文はとても読みやすく、丁寧な節区分は学生の理解に配慮したものなのでしょう。「小説」とは全く違う、同時代の当事者の論考は、革命批判の独善的な書ではありますが誠に興味深いものです(Amazonで中古本が2,000円程度で出ています)。

 アルジェリア戦争を経て誕生した第五共和制の現フランス共和国の軍隊が、西アフリカ マリ共和国の北部紛争に介入(セルヴァル作戦)したことから、日本のプラント企業が反政府勢力の攻撃を受け、アルジェリア軍の反撃で痛ましい結果を招いていることが断片的に伝えられています。私たちの国家新政権が、この事件にどのように対峙していくのか案じられます。18世紀以後のフランス政体が、さまざまな国家危機に直面しながら、したたかに変身して生き延びてきた「文明」から、私たちは学ぶことが多そうです。覇権国家の傘の下で、安易に時を過ごしていくことができるのでしょうか。

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 ジュール・ミシュレの「フランス革命史」の翻訳和書は桑原武夫氏らの訳により1979年12月に中央公論社から「世界の名著 48 」として出版されています。(この時代の本の文字はとてもいい小さいですね。いまでは読むのに苦労します)2006年には中公文庫(上下2巻)にも入っています。この書は、図版等も豊富で革命史としては最も標準的なものでしょう。三部会の開会からロベスピエールの死までを書いています。

130121e_burke  エドマンド・バークの「フランス革命の考察」は、この革命を否定する英国の立場で論考したものですが、半沢孝麿氏の翻訳で1997年にみすず書房から出版されています。

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コメント

≪18世紀以後のフランス政体が、さまざまな国家危機に直面しながら、したたかに変身して生き延びてきた「文明」から、私たちは学ぶことが多そうです。≫
強力な軍隊を持ち、フランス国歌にあるように国民をその軍隊い駆り出し、アジア、アフリカ諸国を植民地支配したフランスのしたたかさに学べとおっしゃるのですか。

これまで、松本さんがおっしゃってきたこととは正反対のように思います。
日本は何をやっても、フランスと同じことをしても、松本さんには気に入られないようですね。
そんなに日本がお嫌いなら、朝鮮半島にお帰りになれば良いのにと思います。

投稿: 名無し | 2013年1月21日 (月) 20時00分

アルジェリアで、プラント会社日揮も日本人社員が10名、外国人社員数名も犠牲になりました。昨日、ご遺体が日本政府専用機で帰国されました。

私は、同邦の方の棺が並んだ映像を見て涙が出て来ました。

今回の出来事は、「反アルジェリア政府によるテロ」によるものですが、
フランス革命もテロ活動を繰り返して、多くの命を犠牲にしました。

松本さんは、このようなテロ活動に賛同していっらしゃるようですが、
それは、松本茂さんは「殺人を行う」ことに賛同していらっしゃるのでしょう。

投稿: マコ | 2013年1月26日 (土) 00時57分

マコさん、違います。
松本さんは、日本を批判したいだけなんです。
日本がいかにダメかを言いたいだけなのです。
日本が過去にいかに悪いことをしたかを言い連ね、ねつ造した歴史を並べて、貶めたいだけなのです。
松本さんは反日なだけです。

投稿: マミコ | 2013年1月27日 (日) 09時47分

マミコ様 遅れてしまいましたが、どうもありがとうございます。何とお返事してよいのか考えておりました。


松本様 「松本さんは反日」と評価される方がいらっしゃいますが、松本さんは反日なのですか?ブログからは、小田原を大変お好きであると思います。しかし、今の日本や小田原の体制を変えたいのですよね?日本をかつての旧ソ連、中国のような社会主義国にしたいのでしょうか? 
今年の冬休みに東京で60歳過ぎのロシア人のご夫婦と会う機会がありました。その方たちは、「ソヴィエト時代は悲惨だった。社会主義国には戻りたくない」「日本人に社会主義を渇望する人がいるが、旧ソ連や東ヨーロッパに実態を知らないからでしょう。」と話しておりました。

投稿: マコ | 2013年3月26日 (火) 10時05分

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