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2013年1月15日 (火)

住まいは人権

130115tokyo_4  こういう記事に接すると、本当に悲しくなる。この国の住宅貧困は一体いつまで続くのだろうか。敗戦後の悲惨な住宅事情は、この国の人びとから「住まいの思想」を奪い去ってしまった。あの無住居の住民たちを差し置いて「重化学工業再興」「傾斜生産」とやらで、暮し住まいは国の政策から転げ落ちてしまった。「所得倍増」「住宅金融」とかで、住まいは自己責任、個々の甲斐性に押し付けられた。

 住宅無策の中で、公営住宅は当然のように消え去りつつある。住宅公団やら供給公社やら、なにがしかの役割を押し付けられていた「公共事業体」は、2転3転鮮やかに変貌してしまった。「独立行政法人都市再生機構」は『人が輝く都市をめざして、美しく安全で快適なまちをプロデュースします』とのこと。日本一の都市開発デベロッパーを目指されるようになった。住まいは自己責任、甲斐性がなければホームレスになるしかない。ローンで破綻したら、災害で家を失ったら、残念でしたね、頑張ってください。

 阪神大震災、東日本大震災、原子力大災害、この国で「持ち家制度」とやらの制度欠陥があまりにも無惨に崩壊してしまっている。住居は瓦礫になって消え去り、土地は使えなくなり、『住宅取得に頑張ってね。借金のお手伝いしますよ』と言われても、対応できない人は多い。「借り上げ住宅」などという弥縫策で20年やり過ごせば、何とかごまかせるという被災対策はあまりにも恥ずかしい施策。東京のような過密都市が被災した際に、「借り上げ住宅」なんて手品はできないはず。

 こんな無惨な資本主義国があるのだろうか。災害大国、地震、火山噴火、風水害、原発事故---災害のデパートのような国で、住まいの自己所有は無理な話。住まい保証は生存権の基底的な事項。生活最低条件を保証できなくて、公共は成立しない。被災地を放り出して、五輪だ国防軍だと戯言を言う前に、住まいの保証に目を向けろ。

 昨年末から、この国はいよいよ危険水域に突入したようだ。

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