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2013年3月

2013年3月31日 (日)

原発災害に対して自治体ができること

130331sakura 今朝は雨模様です。早咲きしたサクラも今日で終わりですね.桜吹雪でいたるところ白小紋です、美しくもあり悲しくもあるこの季節です。福島県の被災者の方々もサクラを楽しんでいただいているでしょうか。原発被災の避難地区にもサクラは咲いているのでしょうね。

130331hirata_2 今日は年度末の日曜日です。2010年5月22日に設立された「市民政治グループ@あしがら」も4年目の年度を迎えます。午後1時から総会を開催し、その後午後3時から政治サロン『原発災害に対して自治体ができること』を行います。講師は南相馬市議会元議長の平田 武氏です。原発災害と言う未経験の被災に対して、自治体がどう対処し、何ができて、何ができなかったのか、生々しい体験をお聞きすることができます。花吹雪の中、福島の方々に思いを馳せて、お出かけください。

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2013年3月27日 (水)

国際社会において名誉ある地位を占めたい

130327akahata 今週の新聞報道です。この国は敗戦後すでに、67年を超える日々を費やしてきました。「従軍慰安婦問題」、一体このことに日本国の政府も住民も対応しきれずに、醜く時が過ぎるのを待っているような始末は誠に悲しい限りです。300万人の自国民の生命を喪失させるような「決死戦争」とはいえ、朝鮮半島、中国大陸などの当事者たちからのきつい非難は当然でしょうが、国際的にも米国や国連機関からもわたしたちの国の対応が強く非難され続けています。

 自国の市町村議会もさまざまな決議を重ねていますが、3月26日には京都府議会が早期解決決議をしたとのことです。米国でも以前から連邦議会下院や地方議会などでさまざまな非難決議がなされていますが、カリフォルニア州、ニューヨーク州に続いてニュージャージ州でも「歴史的責任」を認めるよう求める決議がなされたのです。

 日本政府も「アジア女性基金」「村山首相談話」「河野官房長官談話」など、なにがしかの対応はしてきたとしていますが、「責任・謝罪」としては受け取られていません。日本国が孤立して、日中戦争、経済制裁から対米戦争に踏み切った時代の遺産をいつまで引きずって行くのでしょうか。

 「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたい思ふ」と憲法で歌い上げましたが、この地位を得ることはすでに諦めたのでしょうか。残り少ないわが生涯の時間内では果たせそうにないこと、悲しい思いでこれらの報道を読みました。

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2013年3月24日 (日)

反市民・反市長的「植栽専門部会」?

130324kusunoki  小田原城址の植栽保全については、2010年5月に「植栽管理計画」と称する古木伐採計画が発表されて以来、大きな市民運動が起こり、その結果として市長による「史跡と緑の共生」という指針が提示され、植栽専門部会が組織されました。第1回の会議は2010年12月27日に開催されています。その後この専門部会は現地調査や協議を精力的に重ねてきましたが、この3月27日に開催される2012年度第4回専門部会で、大きく舵が切られ「史跡と緑の共生」が消滅しようとしているようです。

 2010年12月27日の最初の専門部会では、加藤憲一市長も同席し次のように挨拶されていますので、その全文を会議録から転記します。

 『皆様こんにちは。市長の加藤です。今日は師走で今年も終わろうかという年の瀬の大変お忙しい中、第 1 回目の史跡小田原城跡調査・整備委員会の植栽専門部会の部会員を委嘱されました皆様方には、ご出席いただき、ありがとうございます。
 今、市民の皆さんにも大変関心が高まっております、小田原城跡の中の史跡整備そして緑の保全、この両立に向けた議論を進めていくわけである。この小田原城については、皆さんそれぞれご専門、また、大変関心の高い方ばかりですので、私が改めて説明することもないが、何と言っても小田原城は市民にとっては心のよりどころであり、誇りであり、これから小田原市が発展していく上で大きな交流人口を集めていくための場所であり、また、子どもたちをはじめ、市民が憩い、また小田原を訪れた方達が憩う、貴重な緑の空間であると考える。様々な価値を小田原城跡は持っている。先人たちから受け継いだ、大切な大切な地域の資産であると同時に、今を生きる私たちにとってかけがえのない空間である、というのが小田原城跡の姿である。
 これまで小田原城跡は国の指定史跡ということもあり、歴史的価値の保全・整備に大きく注力して進めてきたが、このような時代となり、市民にとっての価値、街中の貴重な都市公園、都市空間としての価値、そういったものの価値も非常にクローズアップされている。こういう中で、これまであまり手をつけて来られなかった、緑というものをどうやって史跡の中で共生させていくのか。ここがこれまで煮詰められて来なかった。
 今回そうしたところに明確な指針を作っていこうということで、植栽管理計画を作ってみなさんに示してきたが、その手順、内容に曖昧な部分が残ったということで、今日たくさん傍聴にも来られている市民の皆さんにはずいぶんと不安を与えてしまった。これは行政の進め方に問題があったと率直に反省している。いずれにしても、このあと市民の皆さんや専門の皆さんに入っていただいて議論をしていこうと定めた専門部会が今日から始まっていく。具体的には、御用米曲輪の整備の手法、短期に植栽の手入れをして行く手法など、具体的な場に沿って皆さん方に1つ1つ議論していただきたいと思っている。今日もこのあと早速現地に出ていただき、実際に現場を確認した目で議論を始めていただくと、報告を受けている。
 それぞれ城郭のご専門・史跡・植物・造園技術などの専門の方、城址公園の空間に様々な熱い思いを持っておられる市民の方々、皆さん方の共通点は、小田原史跡を市民・来訪者にとってすばらしい空間にしていこうということであります。この一点を共有していただいているので、その思いに沿って、あとは具体的にそれぞれの見地から十分に議論をしてもらい、市民と情報を共有していきながら、小田原城跡のすばらしい姿を未来に残していきたいと思うので、忌憚のないご意見、また十分な議論をお願いしたい。』

 3月27日(水)午後1時30分〜4時30分、小田原市郷土文化館会議室(城内7-8)にて行われます。「史跡と緑の共生」事務局(文化財課)の整備案がどんなものかしっかり聞き届け、史跡保全優先・古木伐採という非文化的蛮行が再発しないよう監視しましょう。(画像は2011年1月28日の御用米曲輪北東土塁の在りし日のクスノキ樹叢の姿です)

 先の「ヒルトン施設売却(損失補填の監査請求が出るようです)」「地下街JR再生」「用地無し市民ホール事業」などなど、市政運営の疑問符は高まる一方です。小田原市政はどこに行くのでしょうか。

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2013年3月20日 (水)

東京都写真美術館ホール

130319fukushima_2 この美術館1995年の開館ですが、今日の訪問は多分5回目くらいです。関心を持っていてもここ小田原からではなかなか足が向きません。今日は五反田でのお彼岸法事の帰路にずいぶん久しぶりでしたが、思いきって立ち寄りました。

 四ノ宮浩という監督によるドキュメンタリー映画です。「日本一美しい村」の映像は誠に美しい田園風景を示し、原発被災後の無惨な、正視できない風景と暮らしを対比して見せてくれます。

 200席ほどの小さなホールですが、1時間半ほどの上映時間とても気持ち良く鑑賞できました。わが地にもこんな適正規模のホールがあれば、さまざまな市民活動、「芸術文化創造」活動が高まるのだがと強く感じました。

 小田原市20万都市。とても良いサイズのまちです。顔のみえる「芸術文化創造」を可能にする公共事業を求めたいものと痛感しました。

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2013年3月19日 (火)

芸術文化創造

 芸術文化創造センターの基本計画のプレゼンテーションが5人の建築家から、明日の20日にあります。6年前の醜態を避けるためか、この5人は結構手堅いメンバーが多いようですが、SANAAさんも加わっています。審査員のみなさん、衆人環視の中でどのような応答をなさるのでしょうか。聞いてみたいものですが、11時から16時までの長丁場は、多分耐えきれないと思いますので、断念しました。

 基本計画の作成に1年ほどおかけになるようですが、その間にぜひ小田原市政府の文化政策を平行してしっかり制定して欲しい。ホールという建造物は、設計も施工も可能でしょうが、その施設がなんになるのか。50億60億という出費は、この町の方々にとって、お一人3万円程度のご負担です。過剰な負担ではないでしょう。
 この施設が「芸術文化創造」の役目を果たすためには、市民が「芸術文化創造」出費を合意する必要があります。来年度の当初予算に建設費の歳出を提案されるなら、その金額の半分程度30億円「芸術文化創造事業費」(5年間の継続費?)を組んで欲しいものです。年間6億円の出費です。
 このホールの三の丸での建設は、わが小田原市の都市整備の行方を指し示すことになります。設計者はその責務を負うことを決して忘れないでください。

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2013年3月15日 (金)

「主権回復の日」の式典開催??

130315akahata 一体この国は、何をしようというのだろうか?この「式典」は何をもくろんでのことなのか。この日が、この国の屈辱の日、屈服の日であることは、骨身に沁みて体験した。朝鮮戦争のまっただ中、米ソ対立の行方が見えないまま、1951年9月日本政府は偏面講和を選択してアメリカ合衆国の属国となる道を選択した。

 一体何が「主権回復」だというのか。吉田茂に繋がる副総理を抱えた安倍内閣の愚行、世界的恥さらしを止めることはできないのか。日本のメディアは何を考えているのか。
 日本共産党のしんぶん赤旗でさえ、やっと今日の紙面で委員長の「中止請求」を掲載した。この話が報道されたのは3月7日だった。遅すぎる対応だ。
 単に馬鹿なセレモニーを政府がやるに過ぎないというものではない。日本民族の恥辱を世界に曝すセレモニーは取り返しのつかない傷跡を残す。商業メディアはなぜ沈黙を続けているのか。新たな対米従属強化、TPP隠しのためか。

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住まいは人権

130315jutakukaigi87_2 日本住宅会議は1982年に設立され、それからすでに30年以上の時が流れています。この会の世代交代も進み、画像のイラストを残されている西山夘三さん(1994年没)など多くの方が他界されていますが、設立の中心、事務局長として奮闘された早川和夫さんは、いまだ鋭い発言を続けられています。

 会誌今月号の巻頭言に、久しぶりの寄稿をされていますので、転記する手間を惜しんでスキャンした画像ですがご一読ください。いまは、この会には顧問として残られていますが、この文脈から現役世代への「初心」を忘れるなという熱い思いの檄が読み取れます。
130315ohkohchi 1945年の敗戦は、この国の庶民層の「住宅事情」を徹底的に破壊し、住まい文化そのものを喪失させたのです。「住宅貧乏」は、高度成長やら石油ショックやらバブルやらリーマンショックやら、経済変動のつど揺さぶられ、3.11の大被災では、いまだに30万人を超える方が住まいを失ったままです。近代国家、経済大国の欺瞞が、「住まいと暮らし」に張り付いています。住まいのために借金漬けの人生を送る、二重ローンなどと言う悲嘆に泣かされる。新築入居後1週間で全破壊という悲劇。自国民の住生活を保障し得ない国家が、連綿とその国体を維持していること、許しがたい思いです。
 私のホームページは20年以上「Open your eyes for your home!」と叫んでいますが、「住宅貧乏」は生き続けています。日本住宅公団は、巨大デベロッパーに変身して「公的住居供給」などは捨て去られています。
 「住まい」は暮らしのすべて、福祉の基底です。大河内一男さん(1984没)の『我われは人間らしい生活を求める権利を有す。住居はその基本的要件である』というアピール文を読み取ってください。(今号の「住宅会議30周年特別寄稿」は貴重なものです。コピーをお届けできます)

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2013年3月13日 (水)

狂気の安倍内閣

130312tokyo 「主権回復の日」???信じがたい愚行ですが、安倍少年には深い読みがあるのでしょうか。3月7日のFBにも書き込みましたが。いまだに、真意を測りかねています。さらなる対米従属戦略固定化が企てられているのでしょうか。

 まず、ジョン・ダワーの記述の一部を抜粋転記します。『---独立が実際にどれほど高い代価を意味するかに吉田政府が気づいたのは、日本が分離講和に飛びつき、1951年9月、サンフランシスコでの講和会議で華やかな調印式を済ませたあとのことであった。---日米安保条約と、これに付随して作成された「行政協定」は、戦後合衆国が締結した二国間の取り決めの中で最も不平等なものとなった。---(岩波書店増補版「敗北を抱きしめて」下巻 P.378)』

 以下は日経新聞のコラム記事『---それがだれであるかはわからないが、「8日午後5時にプレシディオで安保条約署名式」と米側から通告されたのは外務省条約局長だった西村熊雄である。西村の回想「サンフランシスコ平和条約 日米安保条約」(中公文庫)によれば、吉田が講和条約受諾演説をした7日夜の会議が終わり、午後11時近くに議場を出ようとすると、GHQ外交局長だったシーボルト大使から呼び止められ、連絡された。深夜だったが、吉田が宿泊していたスコット邸に西村は赴き、これを伝えた。講和条約への署名が8日の昼前とされていたから、午後5時はそれから5時間後である。---「安保は不人気」と吉田だけが署名 全権団内部の微妙な空気はプレシディオの署名式会場にはっきりと表れた。米側の署名者がアチソン国務長官、ダレス特使に加え、民主、共和両党の上院議員を加えた4人だったのに対し、日本側は吉田ひとりだった。---(「日米外交60年の瞬間」2012/12/29 特別編集委員・伊奈久喜)』

130313japan_us_security_1951

 Wikipediaの記述『当条約の署名のさい、主席全権委員であった吉田茂首相は独りで署名に臨んだ。講和会議の舞台となった華やかなオペラハウスとは対照的な、プレシディオ国立公園の下士官用クラブハウスの一室で行われたこの調印式には、他の全権委員は欠席しており、唯一同行した池田勇人蔵相に対しても「この条約はあまり評判がよくない。君の経歴に傷が付くといけないので、私だけが署名する」と言って一人で署名したという。(署名の画像もWiki)』

 吉田茂氏と言う自由主義者「臣茂」にとって、日本国の生きながらえる道はこれしかないと言う悲壮な覚悟での単独署名だったのでしょうか。ほとんど強制連行とでも言えるような米国陸軍将校クラブでの密やかな調印、これが現在の日本の姿の原点となって、翌年1952年4月28日の発効を迎えたのです。これを「主権回復の日」と名付けて政府主催の式典をやると言うのです。1950年に解任されたマッカーサー元帥の言「日本人は12歳」という「めいげん」は、安倍少年の登場を予測していたのでしょうか。

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2013年3月 4日 (月)

大手メディアには調査報道力は無い?

130303tokyo いまだ、日刊新聞は大きな情報源です。画像に示した事件は、この国の報道の実態をぶざまにさらけ出したように思えます。大手全国紙の情報収集力は極めて巨大なものになっているはずですが、この事件に対する取り組みは、なんとも無様なものです。どうして自らの能力を結集して調査しないのでしょうか。警視庁記者クラブだけが情報源なのでしょうか。はみ出すことはできないのでしょうか。

 警察組織だけでもかなりの情報量を蓄積されているはずですし、このようなネット犯罪についても一定の掘り下げはできているはずです。メディア側としても、クラブ発表の仕掛けなどはこれまでの経験で、真相を把握する糸口はあるはずです。

 情報の受け手側としても、この事件の経緯には腑に落ちない部分が多々あります。これまでの冤罪事件、現在進行の冤罪事件に果たしている「メディア責任」は非常に大きいことに少しは思いを馳せてください。こういう情報も流れているんですよ。

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2013年3月 2日 (土)

あれから2年 避難者315,196人!!!

130302emergency_house 東日本大震災から2年の歳月を重ねました。大手メディアからはさまざまに報道され、日本国政府からも都道府県からもさまざまな施策が伝えられました。地震災害、液状化災害、津波災害、原発災害などなど多くの地域で多くの方が被災されました。

 復興庁が発表した2013年2月7日現在の避難者の数は次のようです。( )内の数字は1年前2月23日現在の数です。
公民館や学校の避難所で暮らしている方ーー139人(578人)
親族知人宅で暮らしている方ーーーーーー15,412人(17,569人)
仮設住宅や病院などで暮らしている方ー299,645人(325,681人)
計ーーーーーーーーーーーーーーーーー315,196人(343,935人)

130227tokyo  復興庁のお仕事はたいへんなんでしょうが、被災から2年経って、いまだに30万人を超える被災者が仮住まいで暮らしていられる、この1年間でも8%しか回復していない、こんなことがあっていいのでしょうか。まだまだ2年も3年もあるいは10年もこの暮らしを続けさせようとしているのでしょうか。避難者の方が「先が見えない。不安だ」と言われていますが、復興庁も先が見えていないのでしょうか。

 景気回復だ、円高是正だ、日本を取り戻すなどと言われる日本国統治者は、これらの避難者の方たちのことは、枝葉末節のこととでも思われているのでしょうか。かつて、東アジア大陸と南洋各地に棄民した無惨さはいまだ続いているように思えます。何よりも緊急な施策は、避難者の生活回復、権利回復です。このような国家統治者を生み出している日本国選挙民の冷酷さにも恐怖を感じます。

130302roadside_2 あれから2年!!来週の日曜日、3月10日にはわが町小田原市でもいろいろな記念イベントが企画されています。私が聞知った3つのイベントを紹介します。(東京でも大きな行動があります)

130302parade_3 「ROADSIDE#2012」映画上映会 午前9時30分開場 10時開演 上映時間50分 会場:小田原市立三の丸小学校ふれあいホール 監督挨拶もあります。

「さよなら原発小田原パレード」午後1時30分集合 出発地:三の丸元警察署 2時35分解散 駅前ポケットパーク跡地 象さんの山車も登場します。ゆっくり歩くパレードです。子どもさんもどうぞ。

130302town_news_3  地域紙「タウンニュース」がささやかですが、告知記事を掲載してくれました。ささやかとは言え、このような地域の商業タウン紙が、情報の伝達に苦労している市民運動体に力を貸してもらえること、新たな地域社会の創造の一歩です。

130302energy 「小田原電力、はじまります。」LOCAL ENERGY MEETING vol.0 映画「第4の革命」ダイジェスト版上映 ・事例紹介・パネルディスカッション(新会社社長や小田原市長、県議など)午後3時開会5時30分閉会 会費1,000円で交流会もあります 会場:小田原駅前地下街 「ほうとくエネルギー株式会社」という新会社が、小田原地域の20社ほどの企業の出資で設立されたお披露目の会でもあるようです。
 私企業による事業活動ですが、公共の支援もあるのでしょう。「小田原電力」と言う公共性に市民がどう関わって行くのか、今後の展開が注目されます。

130302zero_2 昨年3月から、東京では「首都圏反原発連合」と言う共同行動組織が出来上がり、毎週金曜日の「国会・官邸包囲行動」が粘り強く継続されてきました。あれから2年の3月10日には、「原発ゼロ・大行動」が実施されます。午後1時に日比谷公園野外音楽堂で集会、2時にデモ出発、5時から7時は恒例の国会前集会です。  全国各地で、小田原と同じように地域集会やデモが行われます。国民の安全、尊厳ある暮らし、まっとうな住まいを求めることを強く求めて行きましょう。31万人の避難者、1億1千万人の日本国民の人権を守りましょう。

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