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2013年3月15日 (金)

「主権回復の日」の式典開催??

130315akahata 一体この国は、何をしようというのだろうか?この「式典」は何をもくろんでのことなのか。この日が、この国の屈辱の日、屈服の日であることは、骨身に沁みて体験した。朝鮮戦争のまっただ中、米ソ対立の行方が見えないまま、1951年9月日本政府は偏面講和を選択してアメリカ合衆国の属国となる道を選択した。

 一体何が「主権回復」だというのか。吉田茂に繋がる副総理を抱えた安倍内閣の愚行、世界的恥さらしを止めることはできないのか。日本のメディアは何を考えているのか。
 日本共産党のしんぶん赤旗でさえ、やっと今日の紙面で委員長の「中止請求」を掲載した。この話が報道されたのは3月7日だった。遅すぎる対応だ。
 単に馬鹿なセレモニーを政府がやるに過ぎないというものではない。日本民族の恥辱を世界に曝すセレモニーは取り返しのつかない傷跡を残す。商業メディアはなぜ沈黙を続けているのか。新たな対米従属強化、TPP隠しのためか。

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コメント

大戦後、日本は国際法上「占領」されたのであって、主権が無くなったのではないのですがね。占領下、天皇陛下も総理大臣もいたし、内閣も各省庁も機能していたし、日本法が適用されていたし、裁判所も裁判をしていたのですが。昭和55年10月9日に衆議院予算委員会で奥野誠亮法務大臣が「昭和二十七年に独立するまでは主権は日本になかった」と発言し問題になり、その日のうちに発言を取消し謝罪し「主権は日本にあった」という政府公式見解が出たのですが。しかし、日本に主権がなかったのなら「日本は消滅した」「皇位は断絶した」「国体は護持できなかった」となるのですが、国体護持のみを願った当時の保守派が聞けば卒倒ものですね。あと「日本は独立した」と言いますが、どの国から独立したと言うのでしょうか。ばかばかしい限りです。

投稿: 左翼 | 2013年3月16日 (土) 00時43分

>1951年9月日本政府は偏面講和を選択してアメリカ合衆国の属国となる道を選択した。一体何が「主権回復」だというのか。

松本さんは、主権の意味をご存知ではないようですね。
主権は3つの要素から成り立ちます。
1)領土に対する統治権
2)対外的に独立
3)最高決定力(日本は国民主権)
いずれも現在の日本は満たしております。

更に、サンフランシスコ条約締結前に、米国は沖縄を国連の信託統治領として永久に占領しようとしていました。しかし、吉田茂が強く抵抗したのです。沖縄は米国の領土になってもおかしくなかったのですが、吉田茂が守ったのです。その後も日本は沖縄返還交渉を粘り強く続け、1972年に沖縄は返還されました。戦争で占領された領土が、平和的な交渉で返還されたのは世界でも珍しい事例です。

松本さんは、史実をご自分の主張に都合良く捩じ曲げているだけです。

投稿: マコ | 2013年3月17日 (日) 06時19分

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