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2013年6月25日 (火)

6月25日そして6月30日

 1950年6月25日、米ソにより南北2分割(北緯38度線)占領されていた朝鮮半島で戦争が始まりました。私は、この年の4月に新制高校(初の男女共学)に入学したばかりでした。戦争の激化、日本工業界の戦争協力(特需ブーム)で、一部階層は敗戦後初めての「好景気」に沸き立っていました。私の高校は明治通り(環状5号線)に面していたので、元帝国陸軍赤羽工廠に向かう破損した米軍戦車の陸走車などの往来で異様な光景が展開されていました。戦争終結後わずか5年でまた戦争です。警察予備隊、保安隊と「再軍備」の進展、そして労働運動(主に国労)に絡む謀略事件の多発、血のメーデー、レッドパージ、共産党の非合法化などなど、いま思い出しても身の毛のよだつような、「非民主化」「逆コース」が強行され、マッカーサー占領政策の大転回(日本の恒久的浮沈空母化)で戦後民主主義は崩潰してしまいました。冷戦の開始、私にとっては「政治」理解の出発になりました。

 それからすでに63年、今日の日本国の政治状況をどのように評価すべきなのでしょうか。日曜日の東京都議選、投票率43.42%、自民党と公明党は全候補者当選。自民党は昨年4月27日に「日本国憲法改正草案」を決定しております。この草案が目指すものは、憲法を遵守する義務を国民に課し、基本的人権は「公益及び公の秩序」のもとに制限され、軍隊を創設し、自衛権という戦争ができる国にするという「改正」のように読み取れます。

130630uehara 今週末の30日(日)午後2時より、小田原市川東タウンセンター「マロニエ」202号室で上原公子さん(元国立市長)をお呼びして「自民党憲法草案から、安倍政権のめざす国を読む」政治サロンを開催します。先週から資料づくりに入っています。草案全文はもちろん、改憲をめぐる貴重な資料を用意しています。

 上原さんは、柔らかな語り口で鋭い問題指摘を、分かり易く、しずかに話されます。2007年2月4日、市長職にあった当時ですが現在の「ケヤキ」大ホールでも講演をされていますが、やはり「憲法」をもとに有事法制や国民保護法などについて話されました。(この講演会のまとめ記録(A4,7頁)があります。古い資料ですが添付しておきます。「070204uehara.pdf」をダウンロード

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コメント

レッドパージは、日本、米国だけでなく、西欧諸国でも起きた不幸な歴史です。しかし、「なぜレッドパージや共産党の非合法化が起きたのか?」、その原因や背景を知ることが「歴史に学ぶ」ことだと思います。

松本さんは、この点に全く触れていませんね。「赤狩り」行なわれた原因や背景をご存知でないのだろうと思います。更に、マルクス主義は暴力を肯定しています。この恐ろしさも理解されていないのでしょうか?

米国では、F・ルーズベルト大統領の特別顧問のロークリン・カーリー、国務長官補佐のハリー・デクスター・ホワイト、カナダの外交官であるエドガートン・ハーバート・ノーマン 、アニー・リー・モスらが、冷戦後に公開されたベノナなどの機密文書などによって、実際にソ連のスパイだったり、共産主義者であったことが判明しています。

投稿: マコ | 2013年6月26日 (水) 15時49分

冷リンチ殺人事件や浅間山荘事件を犯した連合赤軍、
連続爆破事件やテルアビブ空港乱射事件を起こした日本赤軍、
内ゲバ事件を起こした極左集団。

冷戦の真ただ中で起きた事件ですが、このような事件が再発する可能性はないんでしょうか?松本さんは、心配になりませんか?それともいずれの事件も肯定していらっしゃるのですか?

投稿: マコ | 2013年6月26日 (水) 15時57分

松本さん、はじめまして。自分は小田原在住の高3です。クラスの仲間から松本さんのHPのことを教えてもらって訪問しました。自分たちの世代は、サヨクやブントのことを全く知らないし、身近にもあまりいません。なので松本さんに興味を持っている者がうちの学校にの結構いるのです。今回の記事を読んだ感想をお伝えします。

>軍隊を創設し、自衛権という戦争ができる国にするという「改正」のように読み取れます。

まず、「軍隊」のことです。松本さんの想定している「軍隊」というのは、「戦前の軍隊」ですね。第二次世界大戦終結までは、国際法で、各国が外交政策の1つの手段としての「戦争」は認められていました。当時は「戦争」は悪いことではなかったということです。この点を松本さんは、知らないと思いますが、昔は、「戦争は正当な外交政策の1つ」だったのです。

しかし、戦後、国連で議論されて「戦争は外交政策上の正当な手段」でなくなりました。現在は、自衛的な戦争のみが許されるだけです。それを受けて、世界各国の軍隊のあり方や様子が一変しました。どの国も「国防軍」を名乗るようになったのです。その結果、特に先進国では、軍事練習も国防のための訓練しか行なわれず、戦前のように侵略するための訓練も作戦も立てられることはなくなりました。

松本さんは、「戦前の軍隊」と「戦後の国防に専念する軍隊」との区別ができていないように思います。また、中国軍の船や戦闘機が日本の領空や領海を繰り返し侵犯している状況や北朝鮮がミサイルの実験を繰り返している状況について何ら言及していません。中国・北朝鮮に対して日本がどう立ち向かうのか?ということについて何も語らないのはなぜでしょうか?

松本さんは、単に政府や権力を批判して見せることに満足を見出しているのですか?

投稿: かず | 2013年6月27日 (木) 11時23分

2伸)松本さんは、日本が中国や北朝鮮の侵略を受けた場合、どのように守れば良いと考えていますか?国防に関する松本さんの意見が知りたいです。

投稿: かず | 2013年6月27日 (木) 11時27分

2007年の上原さんの資料を読みました。自画自賛せずに、もっと客観的に評価できないものですかね?うちの学校の話しですが、文化祭が成功しても、改善すべき点などがあげられ、体育祭や来年の文化祭に生かそうします。自画自賛ばかりしていたら、まわりから「めでたい」と言われてしまいますけど。

資料で、上原さんが「新たな経済的効果も狙って「戦争が必要だ!自己犠牲が必要だ!」と考えている人がいまだにいるのが事実なのです。」と言ってますが、妄想だと思います。事実なら、「戦争が必要だ」と考えている人が誰なのか、具体的に示して欲しいです。「戦いが必要だ」と考えている人がいるならば、それは反日勢力や極左集団でしょう。

投稿: かず | 2013年6月27日 (木) 19時24分

民主党菅直人政権は、中国漁船が日本の巡視船に体当たりしたビデオを公開しないで、船長を早々に特別便で帰国させた。これは、胡 錦濤国家主席の訪日を実現させるためだったことが後に判明した。菅直人首相がへつらうかのように「胡閣下」に口上を述べる姿がテレビに映し出された。

この卑下した態度こそが、戦後日本が中韓両国に取ってきた外交姿勢なのだ。日韓基本条約で全て解決しているにもかかわらず、文句を言われれば心付けを出す。相手は、日本が非を認めたのだと見て、「もっと出せ」と言い募る。

1965年の日韓基本条約締結時、韓国側は「『日帝36年』の併合時代、酷い目に遭ったから賠償は当たり前だ」との言い分であった。しかし、日本側代表が「互いの財産を相殺すれば、そちら側が莫大なカネを払うのだぞ」と反論したのだった。当時の外交当事者は、言うべき事は言うという腹が据わっていた。

投稿: 小河亘 | 2013年7月19日 (金) 00時09分

朴槿恵大統領は「歴史認識は千年たっても覚えている。変わらない。」としばしば言う。しかし、「日帝36年の酷い時代」の前、南北朝鮮は、千年に渡り中国の属国だった。近年には、清の軍隊が漢城(現ソウル)に駐屯し、中国領になる寸前だった。それを阻止しようと、日本が起こしたのが日清戦争である。世界の戦争後の講和条約は、ほぼ例外無く第1条で、負けた側が支払う賠償や割譲する領土のことを記してあるものだが、下関条約の第1条は、「(これにより)、朝鮮の独立を確認する」と書いてある。

しかし、朝鮮の独立は不確かで、今度はロシアに傾いていく。朝鮮半島がロシアの植民地になったら、日本にとっては、この上ない脅威だ。日清戦争後、日本は富国強兵を一段と推し進め、1905年にロシアを破って後、韓国を保護国とした。伊藤博文初代統監は当初、併合には反対だったが、ハルビン駅で安重根に暗殺され、併合論が一気に勢いを増した。併合は、英米仏独のほかロシアも認めた。

漢城(現ソウル)のフランス人宣教師、ダレ氏が帰国して後の1874年に『朝鮮事情』という本を著している。それによると「漢城(現ソウル)は、まさに糞尿まみれで足の踏み場もなく、肺結核、ハンセン病、肺臓ジストマ、赤痢、チフスなどの疫病が流行していた。日韓併合の前年に、日本が入って京城医専やその付属病院を設立し、医師、看護師、衛生師を養成した。併合後に、日本がとりかかったのが学校の建設で、1945年の終戦までに京城帝大のほか専門学校を約1000校設置し、小学校を5200も開校した。その結果、識字率が4%から61%に上昇。100kmだった鉄道も6千kmに延伸された。

投稿: 小河亘(続き) | 2013年7月19日 (金) 00時10分

朴大統領の父親、朴正煕大統領の時代、韓国は民主主義国家としての発展を予感させた。しかし、その後、在任中に汚職に手を染めて罪に問われる大統領が少なくなかった。日本と協力して経済発展を遂げる方が容易だ思われるのに、日本を脅してカネを取ろうという姿勢は北朝鮮と同じだ。

李 明博前大統領は、「未来志向の関係を築こう」と語り、期待を抱かせた。しかし、支持率が落ちてくるや、政権末期の2012年、竹島に強行上陸し、「天皇の謝罪」を求める暴言を吐いた。

後任の朴槿恵氏は、それ以上の反日姿勢を示さないと地位が危うくなるとでも思っているのだろうか。朴氏は政治、経済を通じて中国にのめり込み、米国に行って、日本の悪口を並び立てた。まさに大衆迎合の政治を繰り広げているが、この姿こそ千年にわたる朝鮮の歴史への回帰である。

朝鮮に染み渡っているのは、儒教思想である。日本にも儒教思想はあるが、仏教の平等思想で中和されて、それほど浸透していない。韓国の儒教は、徹底して上下関係にこだわる事大主義である。大きいものには従うということだから、中国、アメリカには従う。日本は中華思想からみて下の位置にいなければんらないのである。

日本が下にいることの証明の第一が「竹島(独島)占拠」、第二が慰安婦への謝罪だ。司法も日韓基本条約を無視して、対馬の寺から盗んだ仏像を返さず、ユネスコ批判との声にも耳を貸さない。これでまともなクにといえるでしょうか。

投稿: 小河亘(続き) | 2013年7月19日 (金) 00時12分

朴正煕元韓国大統領のこと

・・・・・ その判断(日韓併合)を、ある意味で冷静に評価したのは韓国の大統領だった朴正煕さんだ。私も何度かお目にかかった。あるとき、向こうの閣僚とお酒を飲んでいて、みんな日本語がうまい連中で、日本への不満もあるからいろいろ言い出した。朴さんは雰囲気が険悪になりかけたころ「まあまあ」と座を制して、「しかしあのとき、われわれは自分たちで選択したんだ。日本が侵略したんじゃない。私たちの先祖が選択した。もし清国を選んでいたら、清はすぐ滅びて、もっと大きな混乱が朝鮮半島に起こったろう。もしロシアを選んでいたら、ロシアはそのあと倒れて半島全体が共産主義国家になっていた。そしたら北も南も完全に共産化された半島になっていた。日本を選んだということは、ベストとはいわないけど、仕方なしに選ばざるを得なかったならば、セコンド・ベストとして私は評価もしている」(拍手)。

 いや、こんなところで拍手しなくていい。

 朴さんが、「石原さん、大事なのは教育だ。このことに限ってみても、日本人は非常に冷静に、本国でやってるのと同じ教育をこの朝鮮でもやった。これは多とすべきだ。私がそのいい例ですよ」と言う。

「私は貧農の息子で、学校に行きたいなと思っても行けなかった。日本人がやってきて義務教育の制度を敷いて子供を学校に送らない親は処罰するといった。日本人にしかられるからというんで学校に行けた。その後、師範学校、軍官学校に進み、そこの日本人教官が、お前よくできるな。日本の市谷の士官学校に推薦するから行けといって入学。首席で卒業し、言葉も完璧でなかったかもしれないが、生徒を代表して答辞を読んだ。私はこのことを非常に多とする。相対的に白人がやった植民地支配に比べて日本は教育ひとつとってみても、かなり公平な、水準の高い政策をやったと思う」・・・・・

(平成14年11月5日大阪・サンケイホール、同6日東京・新高輪プリンスホテル)

投稿: かず | 2013年7月19日 (金) 15時41分

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投稿: 松本茂 | 2013年7月29日 (月) 09時02分

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