« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »

2013年7月

2013年7月31日 (水)

政党交付金

130730akahata 1994年から政党助成法によって、日本国の政党に対して交付金が支給されてきました。昨今のように政党が乱立し、短期間で消え去ったり、分裂変身するなどの乱調お中でも粛々と、一定のルールで支給されつづけています。この交付金の使途については制限がありません。連日300万円の宴会をやっても、すべて政党の自律判断にまかされております。日本共産党だけが「思想良心の自由に反し、憲法違反である」として、廃止を主張し受け取り団体に登録していません(共産党の受け取り分は他の政党に案分増額支給されています)。

 各主要政党のこれまでのの受け取り総額は2012年までで、自民党は2408億円、民主党は1594億円、公明党は390億円、社民党は327億円(みんなの党は2009年からで30億円)。2013年は画像の推定値です。その他の小政党、消えてしまった政党などにも609億円が支給されています。総額で5358億円が政党助成のために交付されて来たのです。衆参議員には、かなり立派な事務所が議員会館に用意されています。比例区で当選された山本太郎さんや、東京選挙区で当選された吉良佳子さんのような若い方はびっくりされて暫く落ち着かないでしょうね。民主主義はお金が掛かるもののようですが、政党助成金だけはどうにも釈然としません。辻本清美民主党議員は、受け取り拒否を「ポピュリズム」と批判されているそうですが、みなさんはいかがお考えでしょうか。(支給額等はWikipedia記載のものを整理して表示しました)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年7月25日 (木)

沖縄の「規格屋」ハウス

51j101yx3l_ss500__2 先週の連休明け16日(火)から、神奈川県北部の伊勢原市という国道246号が通る町の病院に入っていました。手術はかなりの実績を持たれている整形外科医によって執刀していただき「無事」術後を経過、明日26日(金)退院できることとなりました。最後の夕食はなんと「鯵フライ」でした。ラップを掛けて数十分経過したのでしょう。フライの煮付けのようでした。でも、とても良い病院ですよ。今後も6週間ほど通わなければなりません。
 入院に際して、3冊の本を持ち込みましたが、画像の1冊からは新たな知見をしっかり獲得しました。著者は与那国島生まれで琉球大学教授の川平成雄氏です。この10日ほどの孤独な「暮らし」が、沖縄の問題、日本国の問題、「日本」人民の問題を根底から考えさせられたことに対して、著者の川
平成雄氏に中心から感謝を捧げます。みなさんにも、ぜひぜひご一読いただきたいと願います。

 その中で、わずかですが救いのある(私の興味を強く引いた)部分をご紹介します。戦火で10万戸の住宅が緊急に必要となっていたのです。米軍軍政下に入った沖縄では、1945年8月15日に「沖縄諮詢会」という住民自治機関が設けられ、その工務部が対応した緊急仮設住宅のことを記します。米軍補給隊などのノウハウを下に、2×4工法による「規格屋(キカクヤー)」という基準住宅を作り上げたのです。その設計基準面積は「6.4m×5.5mの居室」「2.4m×2.1mの台所」、という内法面積を持つ住宅です。日本風に言えば15坪ほどの住宅です。その年の11月に900万立方フィートの米国基準の平割り材が入荷して、緊急仮設住宅の建設が始まっています。1948年までに約7万5000戸が供給されたそうです。
 アメリカ合衆国は戦勝国ではありましたが、1945年の財政支出総額1,004億ドル、軍事費900億ドル(89.6%)、1946年は総額650億ドル、軍事費485億ドル(74.6%)という、破綻寸前の状況ではあったのです。沖縄復興支援には、かなり異論があったようですが、軍政下とは言えこの程度の成果は残しているのです。東日本復興での、仮設住宅の水準と供給の状況は「工業先進国」の姿とはとても思えません。
 沖縄の問題は、きわめて大きな「日本国」問題です。参院選の沖縄県1人区で、社会大衆党が議席を得ましたが、日本国から幾度も切り捨てられた沖縄への連帯は大きな課題であることを、ベッドの上で痛感いたしました。やや高価な本ですが、私たちが緊急に読むべきものと考え、強く推薦します。「沖縄 空白の一年」

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2013年7月14日 (日)

私の le quatorze juillet

130714david 今日7月14日は、1789年のバスチーユ襲撃の記念日。フランス革命が市民の実力行動として姿を現した日として、フランス共和国の最大の祝祭日となっています。

 昨日の蒸し暑さを言い訳に、一日ゴロゴロして物語本などで時間を過ごしていました。2008年11月に第1巻を出した「小説フランス革命(佐藤賢一)」の第11巻が先月末に出版されています(9月出版予定の第12巻で完結)。今日ベッドの中で読みつづけていましたが、いよいよロベスピエールの権力掌握、エベール、ダントン、デムーランの処刑という山場にさしかかりますが、「神々が渇く」という懐かしい表現が登場していました。

 アナトール・フランスの“Les dieux ont soif (1912) ”を初めて日本語訳にした水野成夫氏がその書名としたものです。1946年と言う出版界壊滅の時期の貴重な翻訳書でした。水野氏は戦時もしくは戦前に原稿を完成させていたのでしょうね。私は、その極めて粗末な装釘のペーパーブックを、幾度も読み返しました。フランス革命に初めてふれて、こころ動かされた少年の「革命」体験でした。

 この「革命」はご承知のように帝政、王政復古、第2帝政、パリコミューン、普仏戦争敗北などを経てやっと第3共和制にたどり着いています(1870年)。そのときアナトール・フランスは26歳、百年近く掛かった「革命」の終幕には立ち会っていたのでしょう。

 先週の7月10日は、天正18(1590)年小田原城の開城。徳川幕府の長期武家政権に道をひらき、その「国体」は300年近くも続きました。1867年の薩長連合による天皇親政クーデターによって近世君主国に変身、国際社会の一員として拡大を成功させて78年継続しましたが、その終末、1945年の敗戦により国民主権の「民主主義国家」となり現在に至っているわけです。敗戦後も「国体は護持された」とする象徴天皇制は、1950年の講和成立・敗戦処理以後は、「逆コース」を突き進みながらも、なんとか生き延びてきました。2013年の国政選挙では、「天皇元首」をめざす自民党が政権強化を成功させると、マスメディアは伝えています。

 日本民主国はすでに66年経過していますが、日本天皇元首国(君主国?)をめざそうという政治勢力が台頭して来ているのです。文筆業の水野成夫氏は、その事業経営の才覚を認められ、産経グループを拡大成長させ、マスメディアの逆コース路線の強化に貢献しています。

 「小説フランス革命」に「神々は渇く」を発見し、神の国「ニッポン」の神は何に渇いているのだろうかと、考え込んでしまいました。

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2013年7月12日 (金)

自民党のクーデターか?

130711tokyo_2 第三条 国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。第2項 日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。

 第一条に掲げられた元首からの命令なのだろうか。この条文からも、この改正案が立憲の原則を捨て去ったことがはっきりと読み取れます。政権政党が掲げるような「改正案」ではあり得ないことです。
 日章旗とは何でしょうか。君が代とは何でしょうか。
 昨日の東京新聞神奈川面でもふれているように、大日本帝国の崩潰で、日章旗も君が代も消滅したはずですが、1950年以後の自民党長期政権の中でなし崩しに、生き残りを図り、「国旗国歌法」を強行制定し、それを後追いで国民に憲法を改正して遵守義務を付するという暴挙。日本国憲法違反の行為です。
 私は、日章旗も君が代も、国民合意が成立したとは認めません。この国が、生き延びて行くためにも、このような短絡的な憲法改正草案を政権党が提示すると言うこと自体、この国の自民党「政治」は狂気の中に入って来たようです。自民党の政権継続を許してはなりません。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2013年7月 9日 (火)

二千円札の両替

1007292000bill 以前にも何度か二千円札普及運動のような記事をアップしたと思いますが、今日はとても嬉しい日でした。ポケットには常時二千円札を5、6枚入れておくために、毎月のように両替えにかよっています。店頭には当然両替機がありますので、みなさんマシンの操作で両替されています。マシンには、2,000円札と指定できるようになっていますが、両替してもすべて1,000札が出てくるのです。2,000円札の両替えだけは、両替え表に記載してテーラーに渡して手作業が終わるのをしばし待機する、遅いときは10分近くも掛かりました。

130709mizuho_bk 今日、いつものように両替え票をもらおうとしたら、顔なじみの行員が「両替機にやっと入りました」と、マシン操作を手伝ってくれました。これで、少し沖縄の方たちに顔向けができます。小田原のタクシーで、2,000円札を出したら受け取り拒否をされたことがあり、かなり落ち込んだことがありましたが、この町の銀行支店が、やっと2,000円札の市民権を認めてくれたのです。支店長に御礼を言付けして帰宅しました。画像はマシンの記録紙。金縁を付けました。

 2000年に小渕首相の沖縄への思い入れで、2000年記念として新札の発行を断行したのです。なぜ、2,000円札がいわれなき「いじめ」を受けるのでしょうか。みなれない「守礼門」の姿が不愉快?違和感?使いにくい?。私には良く分かりませんが、1,000円とか5,000円ではなく、2,000円という単位が不愉快、違和感なのかな。使いつければとても便利なお札ですよ。20ドル札とか、20ユーロ札が、お札の多数派なんですけどね。ATMで出てくるお札は、みなこれですよ。

 いまだ敗戦の軛で、苦しみつづけている沖縄住民に連帯し、みなさんが使い慣れ、このお札の市民権を回復して欲しいと衷心からお願いします。両替機を使ってください。画像の記録紙は、みずほ銀行小田原支店のものです。まず一度両替機をお試しください。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2013年7月 5日 (金)

小田原保健福祉事務所・児童相談所跡地

130705site_slip 「平成25年10月18日実施予定の一般競争入札」の物件が、神奈川県のサイトで公開されました。小田原市民から高い関心が寄せられていた小田原保健福祉事務所・児童相談所(小田原市南町二丁目698番1、698番6、698番7)が、一般競争入札に掛けられるのです。第一種低層住居専用地域、面積3,302.94平米の更地です。Googleの航空写真、この用地は「西海路通り」という幅員12m程の桜並木の歩車道分離の整備された北側の道路に面しています。西側は細い道路を隔てて、美しい庭園のある市立「小田原文学館」に面し、南側は大きな寺院に接しています。若干のサブディビジョンが進んでいますが、まだまだ良好な住専地域です。

 ここ10年程は、解体整地されたまま放置されていました。平成14年8月には、小田原市にとって有益な場となるようはかられたいと言う「市内南町の県有施設移転についての陳情書」が採択され、平成15年9月には、陳情者5,620名による「県施設及び跡地等(市内南町)の有効活用を求める請願書」が出されましたが、12月に取下げとなっています。平成22年総合計画作成時には、地域のコミュニティの拠点を確保して欲しいと言う「十字まちづくり検討委員会からの意見書」が提出されています。

 7月2日に一般競争入札の公示を知り、神奈川県総務局財産経営部財産経営課財産活用グループに「小田原市には取得の意思がないことを確認なさったのでしょうか。財政的に不可能という回答でしたか。恐縮ですが速やかな回答をお願いします」という問い合わせをしましたところ、次のような回答をいただきました。
 「県では、廃止した施設の跡地の利活用については、県自らの利用を検討し、県自ら利用しない場合には、地元市町村から公的な活用を図りたいとの希望があれば、優先して譲渡を検討してまいります。こうした公的な利活用が見込まれない場合には、民間事業者による活用を図ることを基本的な考え方としております。元小田原保健福祉事務所・児童相談所については、県による利用がなく、小田原市も厳しい財政状況の中、直ちに取得意思を明示することは困難とのことから、今回、一般競争入札による売却を予定するものです」

 神奈川県の公示では「平成25年10月18日(金曜日)に県有財産の一般競争入札を予定しています。※次の入札予定物件は、あくまでも予定であり、変更、中止及び追加を行う場合があります。※詳細については、平成25年9月17日(火曜日)以降に改めてお知らせします」とされています。この用地が、民間事業として低層マンションあるいは小区画の分譲地(15物件ほどか)として開発されることは、この貴重な住居専用地域の取り返しのつかない破壊になります。

 神奈川県からは小田原市に取得意思の照会が2度あり、つぎのように回答しています。<回答>・地元自治会から、市長及び議長宛に、地域の福祉や文化の充実に資する活用を県に求める旨の陳情書も提出されており、地域住民の本件に対する関心は非常に高いものとなっている。市としても、こうした地域住民の声や、良好な住環境に配慮した利活用が必要と考えている。歴史的な佇まいを残した西海子小路の一角にあることから、隣接する小田原文学館や近隣にある小田原漁港などとの回遊性を向上させる役割を担うことができる貴重な種地であり、また、長年の懸案である史跡小田原城跡内に存在する公共施設の移転候補地の一つとして、本件土地の利活用も含めて検討はしてきたところ。しかし、本市においては、厳しい財政状況のもと、重要案件への投資が必要となっている状況の中で、直ちに本件土地の取得意思を明示することは困難である。

 神奈川県および小田原市には、良好な地域環境保全のための決断を求めたい。

(これまでの陳情、請願、意見書、県への回答等については、小田原市議井上昌彦氏のブログ記事によって知りました)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »