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2013年8月14日 (水)

戦意高揚はどう行われたか

130814kanagawa1_3 8月11日の日曜日、恒例の「8月15日を考える会」の集いが開かれました。今回は初めてとなる「音羽会館」の集会場を使わせていただきました。小田原市市民会館や伊勢治書店のギャラリーなど、さまざまに工夫しながら開催を続け今回で9回目となります。市民が使い易い小ホール(100〜200人収容で音響がきちんと配慮されたもの)が欲しいとつくづく感じました。

 ご参集いただいたみなさん、主催者の想定を超えてしまい作成した資料の不足を招くと言う不手際でした。窮屈な会場にも関わらず、みなさん最後まで熱心に聴視されていて、末席から眺めていた当方涙ぐむほどでした。

 画像の記事も、しっかり読んでいただきたいのですが、多分この記者さんもこのような話は未経験のものだったのでしょう。参会者の中でも高齢者は、あらためて聞くまでもないと言う感じでしたが、若い方はかなりショックだったようです。
 満蒙開拓に動員され、国策に翻弄されていのちを長らえた臣民は幸せもの、中国大陸の土となった花嫁、子供、母親-----個々人の生命は一束いくらと言う資材でしかなかった時代、当時の映像が淡々と語ってくれたのです。
 いま、68年後のいま、何事もなく忘れ去ったかのごとくにして、再び個々人が「公益」と言う国家利益のために利用される、そんな時代風潮が忍び寄って来ています。今朝の新聞では、東京都立の高校生が「宿泊防災訓練」と称して自衛隊に体験入隊させられる、そんな東京都の施策が報じられていました。個人が「国体」の捨て石にさせられる、そんな忠君愛国の時代は、絶対に招いてはなりません。「ナチス」ではなく、戦争の過去から学んで欲しい、そんな思いを強く抱かされた集いでした。

130814kanagawa2_2 この画像も、神奈川新聞今日の記事です。「戦時下の小田原地方を記録する会」は、1979年から熱心に、継続的に調査記録活動を続けられています。「戦争と民衆」という会報は、この8月に71号を出されるまでになっております。

 小田原市は、今年「平和都市宣言」20周年を迎え、「平和を守る」から一歩進めて「平和を創る」平和推進事業をなさるとのことです。このような「明治44年制式」とされる貴重な「戦争遺産」など、まだまだこの地には保存すべき戦争遺産は存在するものと思われます。小規模であれ「戦争記録保存館」の設置事業に取り組んでいただきたいものです(2008年9月に「提言書」を提出しました)

 本年度の「小田原市平和推進事業」が、「平和を創る」事業となることを心から願っています。

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