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2013年9月 8日 (日)

「災害」の国に生きる

130908walk_1 今朝はかなりの雨模様でしたが、わが地域の自主防災部は、秋の防災訓練を決行しました。120人ほどが参加されました。その後、リハビリウォークでお城へ。遅い時間でしたので久しぶりに銅門をくぐらせていただきました。二の丸広場の松の古木、根の露出の痛々しさが目に留まりました。根もとの柵囲いなど不要なのでしょうか。まったくの門外漢ですが、このままでいいのかなと強く感じました。

130908walk_2 三の丸広場(暫定未利用地)には、かつて警察署前を優しく包んでいた1本の松と2本のサクラが残されています。期せずして誕生したこのミドリの空地、貴重な市民広場として、この5年ほど生き続けてきました。「小田原市芸術文化創造センター」の前庭計画ではどう位置づけられているのだろう。サクラも松も勢い良くこの素敵なオープンスペースで樹陰をつくっていました。

130908walk_3 その1ヘクタール足らずの未利用地に隣接して、この小型ビルはその役割を終えたごとくにひっそりと静まり返っています。その手前も空地の駐車場利用のままです。「小田原市芸術文化創造センター」は9,000㎡余の狭小な敷地に、息のつまるような空間計画で、さまざまなスペースをひしめき合わせています。創造者要望に最大限こたえた結果でしょう。用地整備が進まないまま建造物計画を先行させることはとても危険なことです。冷静になって考えて欲しい。

130908walk_4 三の丸小学校は小さな堀に囲まれて、せせらぎを楽しむアイデアでスタートしましたが、現在ではさまざまな植物が石垣に繁茂して、意図しなかった姿を呈しています。この写真のように、松の若木までが育っています。どのような植生様態を形作って行くのでしょうか。力のこもった、小田原市を代表する小学校建築ですので、さらに美しい姿になって欲しいものです。

1300908tokyo_2 今朝の新聞報道です。かつて(あるいは現在も?)支配下の労働者の賃金から、天引き貯金を強制することはかなり一般的なことでした。通常は、その貯金の管理は貯金者も共同できていたのですが、徴用労働者にはそのような共同は許されなかったのでしょう。「数万册」と無造作に表現されますが、その貯金者が失った貯金、たぶん200円、300円という残高でしょうが、辛い思いがこの「数万册」に込められているのでしょうね。私の父親が、戦後すぐ「愛国生命保険の満期解約金で靴1足買えない」と嘆いていたのが不思議に耳に残っています。私の保険不信はここから来ているようです。

130908akahata_2 これも今朝の報道。関東大震災での権力によるテロル、民衆による襲撃など、さまざまに記録されていますが、この「亀戸事件」は典型的な警察権力によるテロルです。このような有無をいわせぬ暴力的警察権執行そして殺害、遺棄。この事件だけではないのですが、現代日本国、平和日本ではあり得ないと信じていいのでしょうか。ヒステリックなヘイトデモ、差別主義的の風潮の拡大などを見るにつけ、大被災の異常の中では「再び」というのがあり得そうに思えてきます。

 過去の清算、歴史認識など、執拗に否定し続けていますが、オリンピックを招致できるほどの優良国と評価されたのを機会に、「われらは,平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」という憲法の理念を熟思したいものです。

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