書籍・雑誌

2013年11月16日 (土)

「いつの日も泉は湧いている」

131116tokyo2_2  昨年末の安倍政権の登場以来、この国の戦前「復古」の度合いは止まらない。ほんとうに「日本」を取り戻しそうである。「いつの日も泉は湧いている」という小説が話題になっている。1970年代の若者たちの「闘い」を、その世代にやや遅れて生きてきた筆者盛田隆二氏が、再生体験として創作した物語だという。かなり年代差のある当方でさえ、しっかりした臨場感を持って一気に読んでしまった。

 当方の実体験は1950年代、占領軍が絡む謀略事件、朝鮮戦争、片面講和、血のメーデーという時代背景の中での反戦闘争。高校生といえども非合法活動のシリアスな状況を身近に感じるようなものだった。明治通りに面していた「機関銃試射場」の撤去闘争では、米軍払い下げの拳銃を腰にした警官に拘束された経験さえある。そんな大昔のことをリアルに思い出させてくれ、この冷戦初期の未熟な闘いがいまのこの国の姿に繋がったのかなという、忸怩たる思いに襲われる。

 政治的メッセージを背負った「青春小説」になるのかもしれないが、さまざまな世代が、それぞれに読み起こしてくれる物語だ。高校生にも読んで欲しい。

(この東京新聞文化面の記事は、とても良い。全文読み通してください)

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2013年9月 8日 (日)

再度「仕事場」イラスト

130908kappa いささかしつこいようですが、この素晴らしいイラストの本を紹介します。昨日は文庫本を記事にしましたが、今日、ハードカバーの初出本が届きましたので、再度の紹介です。「ロン&ヤス」の仕事場について、わずかの記事でしたが、初出本のきれいな図版から、この二人の「仕事場」をスケッチするためのご苦労の違いを読み取ってください。「河童が覗いた50人の仕事場」

 昨日は全く記事にしなかった「ヤス」の執務室の取材写真やTV画像からの書き起しイラストを本文とともに紹介させていただきます。
130908yasu_room かなりご苦労された様子が分かります。USA大統領と日本国総理大臣の公開性は、これだけの差があるのですから、「天皇の執務室」の取材なんてのは問いただすことさえできないのでしょうね。まあ「仕事場」を見せたくない方は結構多いでしょうが、特別公務員である政治家、特に元首、首長は拒否することはできないと思いますが。
130908oval_room これがレーガン時代のアメリカ合衆国ホワイトハウスの大統領執務室です。オーバルルームと称してたびたびTVにュースにも露出しますので、合衆国人民はすでに熟知しているのでしょう。この執務室は、主が変わるたびにサーフェースだけですが改装されます。大統領自身のテースト、あるいはファーストレディーのご趣味で、ホワイトハウスの「インテリア」は一新されます。小泉時代以降の新首相官邸はいかがなんでしょうかね。執務室は一度も報道陣にさえ公開されていないのではないかと思います。国家秘密があるのかな。公邸の方は模様替えなさる方もいられるようですが、滞在1年足らずなんてことでは、改装など無理ですね。そもそも、ここに引っ越ししない総理大臣がいますので、どうなっているんでしょうね。安倍さんもずっと神山町のマンション暮らしとかですから、公邸はみなさんに嫌われているんですね。

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2013年5月11日 (土)

沖縄戦新聞 1945.5.27.号

130511okinawa 沖縄の琉球新報社が2005年に発行した「沖縄戦新聞」のことは、5月4日の記事でも紹介しましたが、ここでは第10号の第一面をスキャンしてアップしました。

 沖縄戦は、戦闘員の悲惨な闘いとともに、住民のおびただしい無惨な犠牲が記憶されています。この32軍と言う拙速に組織された守備隊と大本営作戦部の根本的戦術の食い違いの悲劇が、なんとも空しく、悲しい結果を生み出してしまっています。
 大規模な戦争の戦闘員と一般市民の戦死者数の対比はこのように変化してきたようです。
 第一次世界大戦では戦闘員95%vs非戦闘員5%でしたが、第二次世界大戦では戦闘員52%vs非戦闘員48%、その中での沖縄戦の戦死者は、日本軍65,908人、米軍12,520人、現地住民178,228人ですので、戦闘員30%vs非戦闘員70%となります。沖縄戦以後の朝鮮戦争では戦闘員16%vs非戦闘員84%、ベトナム戦争では戦闘員5%vs非戦闘員95%となってしまいました。
 非戦闘員が「戦死」するのが現今の戦争と言うことのようです。特に無人機による空爆の拡大などが始まっていますが、0%vs100%に近づいてくるのではないでしょうか。

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2013年5月 4日 (土)

「沖縄戦新聞」1944.7.7.~1945.9.7.

130504okinawa 2005年、沖縄戦の終結から60年の年を重ねたとして、琉球新報社が日刊紙の特集面で発行した「沖縄戦新聞」というものがあります。「戦前、戦時中と日本中の新聞が戦意高揚の記事で紙面を埋め尽くし、住民を戦場へとかりたてました。言論機関として本来の性格を失ってしまった当時の新聞の「負の歴史」を直視しながら軍部に屈して報道できなかった先達の無念さを忘れてはなりません。----本誌記者がいまの情報と視点で編集した紙面です」としてあるように、当時の戦況、政治状況をあらためて報道しなおすと言う、たいへん興味深い企画です。2005年9月に「箱詰め出版」されて、広く知られるようになりました。

 1944年7月7日の第1号から1945年9月7日の第14号までの一面記事、見出しを列記します。

第1号 サイパン陥落「邦人1万人が犠牲」S19/7/7
第2号 対馬丸が沈没「米潜水艦の魚雷受け」8/22
第3号 米軍が無差別空爆「沖縄全域に延べ1400機」10/10
第4号 軍が北部疎開要求「男子は防衛隊動員」12/14
第5号 北部へ10万人疎開「島田知事が移動指示」S20/2/10
第6号 慶良間に米軍上陸「沖縄戦始まる」3/26
第7号 本島に米軍上陸「兵員18万3000人投入」4/1
第8号 米軍が伊江島占領「住民1500人が犠牲」4/21
第9号 日本軍の総攻撃失敗「沖縄戦は事実上敗北」5/5
第10号  32軍、首里司令部を放棄「摩文仁へ撤退」5/27
第11号  沖縄戦 事実上の終結「米軍、占領を宣言」6/23
第12号 「疎開船」尖閣沖で沈没「台湾行き米軍機攻撃」7/3
第13号  日本が無条件降伏「政府、ポッダム宣言受諾」8/15
第14号  日本守備軍が降伏「宮古、奄美の司令官調印」9/7
130504okinawa2
 第14号の4面に掲載されている資料記事の一部です。沖縄戦終結時の人口構成の無惨な姿です。9条を変えようと言う成年男子のみなさんは、次の戦争でも沖縄だけが犠牲になるのだとお思いなんでしょうか。
 戦争の無惨さを学んでいただきたいと思います。なぜ、安倍晋三氏のような復古主義者の言い分を信じられるのですか。
 この「沖縄戦新聞」 Amazon で1,650円で買えますので、お買い求めの上熟読してください。

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2012年6月25日 (月)

『満月の夜の森で』

120625mangetsuno 「まだ知らないらいてうに出会うたび」という副題が付けられた、平塚らいてうに「とりつかれた」米田佐代子氏の思い入れのある新しい本です。同書による著者紹介。「東京生まれ。東京都立大学人文学部(歴史専攻)卒業。同大学助手、山梨県立女子短期大学教授を経て、現在『らいてうの家』館長。著書・共編著に『ある予科練の青春と死—兄をさがす旅』、『子どものとき憲法に出会った』、『平塚らいてう—近代日本のデモクラシーとジェンダー』、『わたしたちのアジア太平洋戦争』(前3巻)、『金いろの自画像—平塚らいてう ことばの花束』、『女たちが戦争に向き合うとき—わたし・記憶・平和の選択』、らいてうの家 四季ものがたり』、『ジェンダー視点から戦後史を読む』等がある。
 『---平塚らいてうという教科書にも登場する「有名人」であるにも関わらず、そん実像はほとんど知られていないのではないか---。これまでの歴史の中で、女性が考えたこと、主張したこと、行動したことの意味が正当に評価されなかったからだ---』と、あとがきにありますが、その思いに突き動かされて「らいてうの家」館長になった著者が綴った本です。昨今の東京、大阪での荒々しい政治風潮は危険水域に入りそうな様相です。「維新」などという使い古された「男」の旗を掲げて時代を逆行させようとしていますが、こんな時代こそ、歴史に埋められた女性たちの「考えたこと、主張したこと、行動したこと」をしっかり理解することの意味は大きいと思います。ぜひ読んで欲しい本です。
120625raiteu_house この画像は長野県上田市、四阿山麓に2006年に開館した「らいてうの家」です。すばらしい自然環境の中に建てられていますが、結構不便な場所です。2009年に小田原からもバスを仕立てて訪問しました。著者の思い入れが伝わる「家」です。紹介した図書、まだAmazonには入っていませんでした。書店にもないでしょう。当方に20冊ほど手持ちがあります。お分けできますのでお申し越しください。送料込み1000円でお送りします。"mailto:smat2@nifty.com"

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2009年1月 5日 (月)

おだわらの歴史

History_2 小田原市では市制施行50周年の事業として、1986年から2003年の間、小田原市史編纂室を置き小田原正史とでもいうべきものを発刊しています。全15巻におよぶ大部なものです。一昨年2007年には、「おだわらの歴史」というブックレットが小田原市立図書館によって刊行されています。通史編の最終刊行が2000年ですから、その後の新たな事績などでかなり補正されていますし、なにより読みやすく記述編集されていますので、普及書としてたいへん充実したものになっています。ぜひみなさまにご一読願いたいものです。

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2008年10月12日 (日)

「地震の日本史」

Samyaku_3 八幡山遺構見学の際、発掘断面にはっきりと現れている砂脈にたいへん興味を抱きました。小田原地域はたびたびの地震で大きな被災を繰り返しております。今回の大型発掘で現れたこの砂脈が何を示しているのか、門外漢の当方にはまったく分かりませんが、近々に予定されている埋め戻しの前に、地震考古学研究者などの調査が必要ではないでしょうか。(既に行われているが知らされていないだけなのでしょうか)土質調査で地震の歴史を書かれている寒川旭さんの著書「地震の日本史」では、さまざまな地域での調査で、噴砂、砂脈から地震を読み解かれています。これからも、地震とは長い付き合いになるこの地の住民としてこの砂脈はたいへん気になります。

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2007年12月16日 (日)

少年F

 フィデルは1926年生まれです。その彼が、記憶にある少年期から「モンカダ」で獄中生活を送るまでの、インタビュー記事と手記をまとめた面白い、私たちには「眩しい」本です。「少年フィデル」トランスワールドジャパン刊
 「少年H」講談社文庫、1930年生まれの、これも知って欲しい過去。日本国のパッシブな死と隣り合わせの物語です。
 お読みいただける方、お届けします。少年フィデルと少年H

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