身辺雑記

2015年9月13日 (日)

ブログ投稿の再開

1996年から続けていた「暮らしのフォラム」を、昨年の12月で休刊していましたが、何とか再開したいと思っています。
明日14日は、国会前行動に参加しますので、無事に帰宅できましたら明後日の15日火曜日から再開いたします。
今夜は、再開のご挨拶だけにします。

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2014年8月25日 (月)

8月が終わります

140825sotokuhu 暑さは老若を問わず、辛いものですよね。朝夕、かなり秋を感じさせるころになりましたが、久しぶりの投稿です。

 1945年8月15日、この日は私の人生を縛り付けた日です。わずか10歳の子供でしたが、素直に信じていたものがすべて嘘だったなんてことは受け入れられませんでした。その日の夕刻、見知らぬ旗を立てたトラックが、大きな声で叫ぶ人たちを満載して走って行きました。その光景が何なのかはもちろん理解できません。

 私たち一家が暮らしている「大日本帝国朝鮮京城府西大門区竹添町1丁目69番地」は、まぎれもない日本でしたが、本土に逃げ帰らなければならない。友達にさようならも言えない。慣れ親しんだわが家、遊び場だった裏庭、大好きだったサルスベリの樹、すべてが「嘘」だったのか。

 10歳の夏、ここから私の敗残者(当時は引揚げ者と言いました)生活が始まりました。(画像は旧朝鮮総督府前での記念撮影。1992年西大門国民学校5年生の同窓会懐旧旅行の幹事からいただいた。この建物は1995年に解体撤去が始まり、植民地化以前の立派な光化門が2010年8月15日に復元されている)

 私にとって、8月は敗残記憶を蘇させる月です。

140825tsudoi 10日には「8月15日を考える会」第10回目の「集い」が139人の方々によって開催されました。2005年から始めたこの記念の集い、これまでに511人の方たちにご参集いただきました。第1回からこの第10回まですべて参加された方は9人いられます。今年は45人の方が初めて参加されました。

 この10年、多くのみなさまのご賛同、ご協力で「集い」が継続できました。心から感謝申し上げます。

 来年からは新たな展開になります。

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2014年1月31日 (金)

Happy New Year!

140131newyear  今日は、旧暦の正月だそうです。わたしの手帳には、Chinese New Year と添え書きしてあります。朝鮮半島から東南アジアまでの広い地域で、New Year が祝われているのでしょう。日本国だけは、明治以来の脱亜入欧とかの国家政策で、下々では旧正月は密やかに祝われているだけのようです。

 HAPPY BIRTHDAY DEAR SHIGERU I WISH YOU A FANTASTIC FOREVER WITH GREAT HEALTH & HAPPINESS LOVE JACK 98歳の友人からです。8月には99歳、白寿になります。当方は、たったの79歳、70代最後の一年になります。

 このブログ、かなりお休みしてしまいました。鬱状態なのかもしれません。敗戦後、民主主義教育で育ってきました。わが人生の88%は敗戦後のものです。その69年間は、「平和憲法」公布とともに米ソ冷戦時代に突入し、あっという間の「逆コース」。日々、民主主義が衰退する姿を見せつけられてきました。初めての「普通選挙」も、主権在民を守りきれないまま、吉田茂内閣の強権政治でレッドパージ、戦犯の政界復帰、謀略事件などなど民主主義は、儚く押しつぶされてしまいました。

 2月9日には「東京都知事選」の投開票があります。都民の選択はいかがなるのか。わが70歳代の日々は空しく過ぎてしまうのだろうか。なんとも暗いBIRTHDAYです。

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2013年9月 9日 (月)

小田原城址公園でのウォーキング

130909gate1 少し涼しくなったのでしょう。よく眠れます。今朝もやや遅めの出発になりました。7時半ころ出かけたのですが、いつも閉鎖されている銅門が開いていました。急遽ルートを変更して,お茶壺広場から住吉橋に向かいました。欄干の老朽化で危険につき中央部を歩くように端部にそってガードがつけられ、路面材も新たに複装させられていました。

130909gate2 「住吉橋は老朽化しています」という張り紙がつけられた右手の欄干親柱は、かなりひどく腐食しています。いまにも崩潰しそうにも見えます。露天に曝された針葉樹材(ヒノキ)は、間違いなくかなり早くに老朽化します。今年は伊勢神宮の遷宮の年ですが、20年に一度建て替えるという保存継続の手法を守ってきているそうです。20年ですべて更新というのは思い切った手法ですね。この住吉橋はまだ20年経っていないと思いますが、こんなになってしまうのですね。水切りが悪かったのでしょうか。いずれにしても、この状況は至急改修する必要がありますね。住吉橋の保全は15年更新にしなきゃならんのでしょう。15年に一度の建て替えにも国の助成はあるのでしょうか。何か秘策があるのかな。

130909gate3 銅門は住吉橋より少し新しい(平成9年4月)のですが、門扉はラオスヒノキ、梁材は松が使われていますので、まだまだ堂々とその勇姿を誇っています。1枚の写真から「復元的整備」をなさったようですが、良くできています。私が小田原市に転入して間もなくの完成でしたから、とても強い思い入れがあります。ただ、残念なことにこの門は午前9時まで、安全上「閉鎖」するということになっています。今朝、歴史見聞館のオーバーナイト警備員さんに確認しましたら、7時半ころには開門しているということでした。リハビリウォーキングは当面、7時20分出発にしますが、城址公園は早朝散策の方が多いのですから、「日の出から日没まで開門」と言う決まりにはなりませんでしょうか。

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2013年9月 7日 (土)

なんとも不思議な古書市場

130907kappa 「少年H」に引き続き、妹尾さんのことです。画像の文庫本、まことに興味つきない歴史的博物記録です。個性あるクリエーターをはじめ政治家の仕事場まで、実に克明なイラスト(例によって正確な俯瞰図など)は美しい。

 レーガン大統領の「執務室」では、ビクトリア女王から寄贈された、まさにビクトリアンスタイルのデスクの詳細なイラストまで(デスク上には“IT CAN BE DONE”の銘板がある)描かれています。ロン&ヤス時代でしたが、ヤスの執務室、総理大臣執務室は未だかつて一般公開など考えてもいないと断られたそうです。
 前田外科病院の手術室、見事な俯瞰図に圧倒されます。妹尾さんは手術で大騒ぎする患者だそうですが、観察は鋭く詳細ですね。先々月の外科手術の前に知っておきたかった。
 建築家の斉藤義さんの建築現場というのもあります。斉藤さんには、2007年の城下町ホール事件の際、K君とともに事務所をお尋ねしてご教示をいただきました。「もういい加減に、変な劇場を建てるのを止めてください」と言い続けている妹尾河童さんらしい劇場装置のイラストもありますよ。小田原市の「芸術文化創造センター」ご関係のみなさんも、このお二人には、ぜひ一度お教えを乞うた方が良いかもしれません。
 先年亡くなった井上ひさしさんの書斎や雲の名人島倉二千六さん(ご存じないかもしれませんが彼の絵にはみなさん全員お世話になっているはず)のアトリエ、山下惣一さんの田圃など、興味ある観察が登場しつづけます。

 ところで、この文庫本は1円で購入したものです。送料250円負担で251円でした。私が購入した本の中で最高のコストパフォーマンス?ネット市場と言うのはなんとも不思議な世界ですね。みなさんもトライしてみてください。

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秋近し

130907after_operation 昨日は2週間ぶりの東京、わが伴侶をともなって、動物病院に行きました。8時17分発のロマンスカーはMSEと言うダンディーな車両でしたが、いささか過剰冷房で長袖シャツでも震えていました。画像のわが伴侶、今日は全身麻酔のスケーリングをされて5時半ころ帰宅しましたが、その落ち込んだ様子は痛々しいものでした,右手の包帯は点滴後の養生です。彼も11歳を過ぎましたから、シニア犬。かなり気が合います。長生き競争、どちらが先か-----。

130907construction 6時前にわが伴侶の短い散策をすませ、あらためてリハビリ散歩に出ました。市道0087(藤棚通り)を下ったのですが、凄い熱気。夜間工事が終わったばかりのようで、仮舗装の残熱です。せっかくの秋の気配が吹き飛んでしまいました。この後本舗装の工事に入るのでしょうが、水道局と小田原ガスの掘削工事は散発的、部分的に幾度も繰り返されています。諸事情がおありなんでしょうが、もう少し合理的にできないもんでしょうかね。埋め戻し、転圧も夜間作業ですが適正になされているのか疑問です。2年ほど前からこの近隣の道路振動が激しくなり、地震動と見分けがつかない状態、近隣住民からの要請に応えて明後月曜日に関連3課による「事情説明会」を開いていただくことになりました。路面下の空隙、腐食廃管による空隙、路面の不陸など様々な原因が考えられるのでしょうが、どのような調査結果が知らされるでしょうか。
130907exercise_3 城址公園の二の丸広場では、ちょうど「集団ラジオ体操」が始まっていました。今朝は薄曇りでしたので、涼しい中での気持ちの良いエクササイズ。かなりの高齢者も大勢居られました。幾人もの方にご挨拶しましたが、こちらはもう少しシリアスなリハビリテーションの最中。楽しそうな体操交流は眺めるだけでした。NHKのラジオ体操第一、第二、生命長いですね。国民学校時代の一糸乱れずの全校体操とは、かなり違う光景ではありましたが、戦前の記憶が蘇りました。

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2013年9月 4日 (水)

今朝は4214歩あるきました

130904castle1 いつものように藤棚前からお茶壺橋を渡って城址に入ります。5時40分ころ、さわやかな朝でした。蓮池の葉は密生して見事です。しかも今朝は、3輪ほどが見事に開花していました。頑張ってくれている姿にほろりとしました。散歩者のみなさんも嬉しそうでした。蓮花の風情は本当に嬉しいものです。何とかこの蓮池、往年の勢いを取り戻して欲しいとつくづく思いました。

130904castle2_2 いままで工事用仮かこいの隙間から覗き見していましたが、発掘調査の様子は全く分かりません。今朝は覚悟して、学橋から北進入路まで足を伸ばして、かなり上部から眺めてみました。この説明板、一生懸命読もうとしたのですが、字の大きさや位置のため、判読できませんでした。かなり丁寧な説明文のようでしたが、もう少し見やすいものしたらいかがでしょう。この仮囲い、当分続くのでしょう。

130904castle3 覗きこんで見ても、良く分かりませんが、北條時代の庭園遺跡はご用邸時代にかなり破壊されているそうですね。丁寧な発掘が続いていると思いますが、20年前の「整備構想」江戸末期の曲輪取りを復元すると言う路線とどう整合されるのでしょうか。毎年「北条五代祭り」が行われますが、江戸末期の復元城址から出陣なさるのでしょうか。ご工夫なさっているのでしょうが、「新たな構想」に向かうのでしょうか。

130904castle4 城址の観望を良くするために、邪魔な古木は伐採すると言う「植栽管理計画」は、生き続けているんですね。古木の管理は、是非是非丁寧に大切になさって欲しい。本丸まで上ってしまったので、天守閣を久しぶりに撮影しました。樹木が邪魔することなくきれいに全景がとれましたよ。これも建て替えましょうという運動が続いています。木造建築技能の保全のためにも、また耐震技術の習得のためにも、拙速でなくじっくり進行させていただきたいですね。歩行1,214歩でした。

9月第1週の歩行記録 1日(日)1288歩、2日(月)3571歩、3日(火)5899歩、4日(水)5848歩、5日(木)4243歩、6日(金)3146歩、7日(土)7413歩(18時現在)

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2013年8月26日 (月)

お城でリハビリウォーキング

130826walking1 7月26日に退院して、今日でちょうど1カ月、東海大病院のリハビリPTの言いつけ通り、右肩・腕のストレッチに励んでいますが、下半身もよれよれですので、昨日の雨の中から、初めてのリハビリウォーキングを始めました。今日は1時間ほど遅く6時時半ころ出発。市道0087を東進、お茶壺橋・二の丸広場・学橋・お堀端通り・馬出門・お茶壺橋・0087を西進というコースで7時半ころ帰宅。わずか2,818歩でした。大賀ハスは元気な葉だけを眺めてきました。

130826walking2

 お堀端通りのサクラ古木にこんな表示がありました。老朽サクラ3本を伐採し、年末近くに補植するとの説明はいただいていましたが、やはり痛々しい思いがします。この通りは史跡外ですから、観光課のお仕事のようです。樹木管理は、この観光課がお城の周辺、史跡内は文化財課、市道脇は道水路整備課、公園はみどり公園課となっているようです。植栽管理課なんて課は難しいのかな。植栽の管理は、都市経営の重要施策と思います。

130826walking3 お茶壺広場には、こんな古びた警告板が相変わらずたっています。この看板は2008年に、この広場に8本ほど立てられたものの残骸です。「立ち入り禁止」と言う規制から、「小田原城址公園愛犬家の会」が発足。放置糞の収集活動を続け,飼い主の啓発努力を続けてきた結果、現在では放置糞は見られなくなりました。そろそろ、この醜い警告板は撤去しても良いのではないでしょうか。今でも、幼稚園遠足からの苦情があるのでしょうか。

130826walking4 これは、道路脇の「工事告知看板」で、市道0087の仮舗装を掘り起こして本舗装をすると言う工事のようです。今朝、水道局職員さんと小田原ガスの社員さんが説明にみえられました。この工事はまた別途で、市道0087の内青橋方向の「国安道路」、問題の狭隘道路、相洋高校をはじめとする生徒諸君の通学路、幅員5mほどのひどい危険道路(競輪送迎バスさえ通ります)、ここを掘削して、10月から上水道管とガス管の交換工事をするとのこと。夜間工事で車両通行禁止にしての工事とか。難しい工事になりそうです。いつまで、この問題道路を放置しているのだろう。沿線住民が死に絶えるまで待っているのだろうか?都市経営者は何を考えているのだろう。競輪客の立ち小便姿を見せつけられ、生徒たちと競輪バスのすれ違いを見るたびに、怒りが込み上げる。小田原無政府状況か?

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2013年4月10日 (水)

トロリーバッグの修理

130410proteca 妙な画像でごめんなさい。○−ス社製○rotecAというブランドのトロリーバッグのキャスターのこと、あまりに腹が立ったので、身辺雑記にもならないけど、記事にしてしまいます。

2年ほど前だったでしょうか、新宿小田急デパートでこのバッグを購入(3万円ほどもしたように思う)して、愛用していましたが、たびたびの新宿駅ロマンスカーホーム通行でキャスターに髪の毛が巻き付き、4輪のうち3輪の回転が極めて鈍くなり往生していました。懸命に異物除去に工夫しましたが、1輪だけ何とか回復しただけで、あとは全く回復しません。4月2日、○−ス社カスタマーセンターのメール送信頁から『---新しいキャスター2輪を購入したいと存じます。取り付けは自分でいたします。価格、納期等お知らせください』と写真つきで通知しましたところ、『恐れ入りますが、個人での部品取り付けは取付不具合が発生する恐れがあり部品のみの取寄せはしておりません。お手数ですが、ご購入されたお店にお預けして頂くか、弊社カスタマーセンターで取替修理として承らせて頂きます。キャスター2個取り換えですと6,825円(税込)になります。納期は約3週間前後になります。一般的な修理ご依頼方法を添付させていただきますのでご参照ください。』との返信。

 毎日使っているバッグを3週間も修理預けする訳いかないので『3週間の修理期間では、お預けできかねます。1.キャスターに絡まった髪の毛等を除去する方法をお教えください。2.あるいは、キャスター2個をお送りして、髪の毛等を除去していただくことができますか。ご返信お待ちいたします』とメールしましたが、その後のやり取り『本文が記名されていませんでしたので、恐れ入りますが、もう一度ご返信お願いできますでしょうか』という不思議な返信。2度3度やり取りしましたが、同じ返信。『エラー通知等は一切来ておりません。貴社の環境等ご調査ください』とうとうFAXで『他のアドレスで配信お願いできますでしょうか。○○@○○』指定アドレスに即時メール再送しましたが、以後はそれっきり。

 やむなく、カバン修理をネットで検索。「谷水カバン」にヒット。全くの職人さんのサイトのようですが、やり取りは見事に早い。今日、帰宅したら新品同様となったキャスター4輪が着荷していました。早速取り付けて問題解決。量産企業の愚かな対応と職人さんの誠実な対応。3週間と3日の差。代金後払い(メーカーさんよりずっと安い)にも感動しました。

 アフターサービスで顧客の立場に立てないようなシステムで良いのだろうか。なにか今風ビジネスの無能さに悲しい思いをしました。

 明日からまたこのカバンが使えます。「谷水カバン」さん、ありがとう。

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2013年1月 5日 (土)

ガヴローシュの死から180年

130105les_miserable 正月休みもそろそろ終わりですね。昨夕はわが家に来客があり、かなり仕上がってしまいました。

 その疲れもあり、心機一転シネマ鑑賞に出かけました。ミュージカル映画で評判となっている「レ・ミゼラブル」です。いつものように空いているだろうなどとのんびり行きましたら、残席わずかで、家人とは離ればなれのシートしかありませんでした(夫婦割引二人で2,000円はありがたい)。

 3時間を超える長大映画でしたが、しっかり熱中してしまいました。ビクトル・ユーゴーの力強いストーリが、ミュージカル、ハリウッドというフィルターを通して、新鮮な感動を与えてくれました。ブロードウェイミュージカルの魅力は結構経験していますが、映画化されたものは初めての拝見。家人はアン・ハサウェイなどのハリウッドスターを知っていましたが、当方は全くの門外漢。最近はとても涙もろくなっていますので、かなりのティッシュペーパーを消費しました。みなさまにも、お薦めしたいシネマです。

 ところで、画像のバリケードは、1832年6月5日のパリの蜂起の際、学生たちが中心で立てこもったセクション(今日のレ・アールの近くのP.レスコー街区)の「砦」です。30年の7月革命で誕生したルイ・フィリップ王制は、完全なブルジョア政権で、7月革命の推進力だった貧困層の諸権利は蔑ろにされたままで、所得格差の拡大がこの貧困市民蜂起を引き起こしたのです。この蜂起は、王制から共和制の復活を求めるものでもあったため、政権によって壊滅させられますが、これらの暴政が48年の2月革命に繋がっていったのでしょう。

 このミュージカル映画でも、ガヴローシュ少年の勇気ある行動とその銃撃死がしっかり描かれていますが、このシーンがユーゴーの貧困と年少者の不幸への痛切な弾劾として表現されていました。

 1789年に始まったフランス革命は、1815年の王政復古、30年の7月革命、48年の2月革命、そして70年のパリコミューンを経て、第3共和制に至る百年にも及ぶ革命で、王制・帝政を脱して「共和制」を定着させたのですね。この画像の青年たちが鎮圧部隊の大砲で吹き飛ばされてから、このミュージカル映画ができるまでに180年の時間が過ぎさっているのです。そう簡単に「市民が主人公」にはなれないこと、再認識させられました。勤労者の生活権、こどもの幸福権が尊重されるのはいつになるのでしょうか。

(画像はこのミュージカル映画の公式サイトから)

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